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07. 俺が君を殺した sideノックス
しおりを挟む君の、エメラルドグリーンの瞳が好きだった。
私が微笑むと嬉しそうに、私が抱き締めると幸せそうに一層明るく輝く。
君は私を見つけると、プラチナブロンドをきらきら靡かせて、ほとんど駆けるような速さで私のもとへとやってきた。
少し乱れた髪を耳にかけてやると、手のひらに頬を擦り寄せて「セルヴィオ」と愛しさの滲む声で私を呼んだ。
君が感じる幸せのぶんだけ、私も幸せを感じているのだと、君にきちんと伝わっていただろうか。
王位を継ぐ立場にあるという重圧も、だからこそ君の隣に立つ資格を得られたと思えば喜びに変わる。
それなのに、私の――俺の愚かさが君を殺した。
◇ ◇ ◇
その日、俺たちは王宮のプライベートガーデンで、二人きりのお茶会をする予定だった。
呼び声が聞こえて振り返ると、エレアノールが優雅に見えるギリギリの速度でこちらへ歩いてくる。
彼女の正直な目は「駆け出してしまいたい」と雄弁に語っていて、そのかわいらしさに笑みがこぼれた。
ようやくといった様子で俺のもとに辿り着いたエレアノールは、満面の笑みで俺の胸に飛び込むと、頬を上気させて内緒話をするように囁く。
「あのね、これはセルヴィオだけに教える秘密なのだけど……私、願いを叶える魔法使いになったの」
「ふふ、今度はなんの物語?」
「もう! 本当なんだから。私ね、ひとつだけ願い事を叶える神威を授かったの。ほら、手首に紋があるでしょう?」
エレアノールはそう言って、俺の腕の中に隠れるようにしながら、するりと右手首の内側を撫でる。
螺鈿のような不思議な色合いに揺らめく神威の紋。それはたしかに、歴史の授業で必ず習う『願いの神威』の紋様だった。
神威は、神が授ける超常の力だ。
世界には十の国があり、十の神がいる。なかでも我がイシルディアを守護する運命の神アストリウスは、この世界の創造主であるとされ、力が強いぶん神威を授かる人数も多い。
だが、願いの神威を持つ者に関しては、二百年前に確認されたのが最後だ。その人物は、猛威をふるった疫病から世界を救い、救世の聖女と呼ばれた。
エレアノールも、いつか救世の聖女と呼ばれる日が来るのかもしれない。しかし、願いの神威を授かったことが知れ渡れば、世界中から狙われることになるだろう。
そう考えると、家族にすら伝えていないのは良い判断だといえる。一方で、俺たちしか知らないというのも危険なことに思えた。
「エレアノール、君はやはり素晴らしいよ。ただ、二人だけの秘密にしてしまうと、誰かに気づかれたとき危険だ。いざというとき守ってもらえるよう、父上にだけは話しておかないか?」
「うーん……でも……」
エレアノールなら納得してくれると思っていたため、あまり芳しくない反応に戸惑う。彼女がとても真剣な顔で悩んでいるものだから余計に。
「どうした? 父上に言いたくない理由でもあるのか?」
「ううん、そうじゃないの。ただ……今日はアプリコットのケーキが食べたいとか、セルヴィオが転びませんようにとか、そんな願いでうっかり神威を使ってしまうかもしれないわ。そうしたら、陛下をがっかりさせてしまうんじゃないかしら」
彼女は真剣に悩んでいるようだが、うっかり使ってしまうようなものではない気がする。もしそうなら、今日ここに来るまでの間に、とっくに使ってしまっていただろう。
頬の内側を噛んで笑いを噛み殺し、真剣な表情を作る。
「……もしそうなったら仕方ないさ。父上もきっとわかってくださる」
「うーん、そうかしら。じゃあ陛下にだけ。秘密にしてくださるようお願いしてね」
そのとき、タイミングよく侍従長と近衛騎士を引き連れた父上がやってきた。
俺たちがプライベートガーデンでお茶を飲んでいることを知って、エレアノールの顔を見にきたのだろう。
「やあ、エレアノール。いま私を呼んだかな?」
「まあ、陛下!」
父上は未来の義娘ということもあり、昔から我が子のようにエレアノールをかわいがっていた。神威のことを知ればきっとお喜びになる。そう思い、父上に人払いを頼んだ。
「父上、実はエレアノールが神威を授かりました」
「なんと! それは喜ばしい。どんな神威だ?」
「それが、聖女と同じ願いの神威なのです! 公表すると狙われる可能性もありますし、私たち三人だけで共有しておくのがいいかと思うのですが、いかがでしょうか」
父上は目を丸くして驚いたあと、笑顔を浮かべて侍従長を呼んだ。
「それはすごい。祝いをしなければな。ひとまず今日は、特製ケーキを持って来させよう。そうだな、私が先代から受け継いだ、とっておきのブランデーを使うよう伝えてくれ」
「は、かしこまりました」
国主にとって、いざというときの切り札があるというのは、かなり心強いものだ。父上も終始笑顔だった。
俺は、エレアノールが未来の王妃としての基盤をより強固にしたのだと、感動すら覚えていた。
神は見ている。エレアノールほど優秀で善良で愛情深い人はいない。きっと素晴らしい使い方をするとわかっているから、エレアノールに神威を授けたのだ。
しばらくして、侍従長が美しくデコレーションされたケーキを、エレアノールの前に置いた。
「陛下からのお気持ちでございます。ぜひご賞味ください」
侍従長がエレアノールに柔らかい笑みを向ける。
エレアノールは目をきらきら輝かせて喜ぶと、フォークで小さく切って口に含んだ。
「わあ、香りがいいです。しっとりしてて、でもなんだか……ゴホッ、ゴボッ……」
「……エレアノール?」
バラ色の唇から、ゴポリ、ゴポリと血が溢れ出す。
彼女は何もわかっていないようなキョトンとした顔をして、そのまま椅子から崩れ落ちた。
「エレアノール!! 侍医を呼べ! 早く!!」
もはや悲鳴のような声で指示を出すが、侍従長も近衛騎士も誰一人として動かない。早く侍医を呼べと何度も叫びながら、エレアノールを掻き抱いた。
すると、父上がそっと私の肩に手を置いてエレアノールから引き離す。
「血液にも毒が混じっているだろう。あまり触れない方がいい」
「父上! エ、エレアノールが……なぜ誰も動こうとしないんだ!! エレアノール! エレアノール!! ああぁあぁぁぁぁ!!」
父上は苦しそうな顔でエレアノールをじっと見つめ、そっと目を閉じさせると、丁重に遺体を回収するよう指示を出した。
嘘だ。嘘だ。エレアノールが死ぬわけない。なぜ誰もエレアノールを助けようとしなかった。
――そう、父上が指示したことだからだ。エレアノールに毒を盛り、見殺しにした。なんの罪もないエレアノールを父上が、国王が殺したのだ!!
「……エレアノールが何をしたというんだ」
「かつての聖女は神威を授かって即座に力を使い、ただの女に戻った。だが今は特段の危機もない。エレアノールは力を持ち続ける。願うだけで世界すら滅ぼせる者を、私はイシルディアの王として野放しにはできない」
「では、即座に何かを願えと命令すればよかった。殺すことなどなかったではないか!!」
「そうだな。エレアノールは善良な娘だ。命令すれば素直に従ったかもしれない。けれど、そうではないかもしれない。人の感情は揺れ動く。私の命令をきっかけに、取り返しのつかないことをしない保証など、どこにもない。私は、そのような賭けに出られる立場ではないのだ」
エレアノールは、感情がどんなに揺れ動いても誰かを害するようなことを願う人間ではない。たとえどんなに絶望しても、世界を滅ぼすのではなく、自分が消えてなくなることを選ぶ。そういう子だ。
(そうか。私が父上に話そうなどと言ったから……私が愚かだからエレアノールは死んだのか)
頭の中に囁くような声が聞こえる。唐突に右目が熱くなり、視界が真っ赤に染まった。
「そうだ。エレアノールのいない世界など、続いても仕方がない」
「……今はつらくとも、いつかお前にもわかる日が来る」
「私が国王になる日など、もう永遠に来ない」
「セルヴィオ? 何を……」
右目に神威の紋が現れ、体が浮き上がる。自分に何ができるのか、何をしなければならないかは、もうよくわかっていた。
ごうごうと風がすべてを、時間すらも巻き取っていく。
足元では不様に這いつくばった男が、こちらを見て何かを叫んでいた。
「やり直そう。すべて初めから。こんな世界、消えてしまえばいいんだ」
エレアノール、やり直そう。君が幸せに生きられるように。
君を殺した俺に、もう君を抱き締める資格はないけれど。今度は絶対に――君を守り抜くよ。
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