願いを叶える公爵令嬢 〜婚約破棄された私が隣国で出会ったのは、夢の中の王子様でした〜

鹿倉みこと

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08. 隠し通路のその先に

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 一周目の私が死んだ経緯を話してくれたノックスは、終始声を震わせていた。
 
 たしかに私が見た夢は、美味しそうなチェリーのケーキを食べるシーンでぷつりと途切れていたように思う。
 きっと、自分が死んだと気づく間もなく死んだのだろう。
 でも、それを伝えたところで、ノックスの慰めになるとは思えなかった。
 
 言葉が見つからずノックスの背中をひたすら撫でる。
 すると、突然壁にかかっている大きな鏡がギイギイと軋みながらドアのように開いた。


「きゃあっ!」
「あぁっと! ごめんね~、寝ている間にと思ったんだけど。夕飯食べ損ねたからお腹空くかと思って、軽食を持ってきたんだ」


 ランプを掲げてひょっこり顔を出したのは、ぴょんぴょんと元気に跳ねる赤褐色の髪に、澄んだライトゴールドの目を持つ二十代半ばの青年。


(この人、たぶん昨日ノックスと一緒にやってきて、グレゴール王子を回収していった人だわ)


「あの、昨日はありがとうございました。私、エレアノール・ラヴェルと申します」
「わあ、ご丁寧にどうも! 俺はルーカス。お嬢さんが無事で本当によかった」


 ニカリと明るい笑顔。苗字を名乗らないということは平民だと思うけれど、ざっくばらんな口調のなかにもどこか気品が感じられる。


(もしかしたら元貴族なのかもしれないわね)


「ルーカスさん、あの……」
「ルーカスでいいよ! それよりお嬢さん、その……ちょぉっと目のやり場に困るかも?」
「え? きゃ、きゃぁっ!」


 自分が裸であることを思い出し、慌ててそこら中のものを掴んで抱き込む。
 パニックで縮こまっていると、ずっと俯いていたノックスが、骨をパキパキ鳴らしながら立ち上がった。


「ちゃんと遺書は書いてあるか?」
「え、俺殺されるの? わざわざ深夜にサンドイッチまでこさえてきたのに?」
「記憶を消せないなら死ぬしかない」
「おい待て! お前が考えなしにぶち撒けた水を、誰が補充したと思ってんだ! お嬢さんの喉を守ったのは俺だぞ!?」
「なるほど、二回も見たのか」
「いまのそういう話だったかなぁ!?」


 口論する二人をよそに、こそこそ隠れてシュミーズを着る。かなり心もとないけれど、裸よりマシだ。
 さらに布団にくるまって人心地ついたところで、忘れていた話題が耳に飛び込んだ。


「そんなんじゃない。そもそも彼女はマルセル・イシルディアの婚約者だ」
「あ……」


 私が突然口を挟んだからか、二人は口論をぴたりと止めてこちらを見た。
 わざわざ訂正する必要がないことはわかっている。婚約破棄されました、なんて大きな声で言うことではない。
 けれど、ノックスに婚約者がいると思われているのも、彼がそれを当たり前に受け入れているのも嫌だった。


「あの、婚約は破棄されました。私はもう、マルセル殿下の婚約者ではありません」
「はっ? そんなバカな……」


 ノックスが愕然とした顔でこちらを見る。一方、ルーカスは不思議そうに首を傾げた。


「俺もそれは信じ難いなぁ。いや、疑ってるわけじゃないけど、マルセル・イシルディア殿下といえば婚約者に首ったけで有名でしょ?」
「えぇと、それは新しい婚約者のことではないでしょうか」


 あの様子はまさに首ったけという表現が適切だわ。
 シャンベル男爵令嬢を甲斐甲斐しく世話して、宝石やドレスを大量に貢いでいたもの。


「えー? そんなはずはないけどなぁ……」
「シャンベル男爵令嬢のためなら、なんでもしそうな雰囲気でしたわ。陛下もマルセル殿下も、急に様子がおかしくなってしまって」
「え……新しい相手って男爵令嬢なの!? ていうか、急に人が変わったようになったってこと?」


 はっとした様子で、ノックスとルーカスが顔を見合わせる。


「……まさかイシルディアにあったとはな。とりあえず親父と合流しよう。エレアノール、歩けそうか?」
「あ、うん。大丈夫」
「では、腹ごしらえが済んだら隠し通路から移動しよう」


 ノックスに不意打ちでエレアノールと呼ばれて胸が騒ぐ。


(セルヴィオであることを認めたからか、少し壁がなくなったみたい……)


 熱を持つ頬に手を当てながら、ノックスがせっせと口に運んでくれるサンドイッチをもぐもぐ租借する。ノックスは「え、それで付き合ってないとか嘘だよね?」「あれ、俺のぶんは?」と言い募るルーカスの顔を肘で押しのけながら、自分の口にもポイポイとサンドイッチを放り込んでいた。



 「では、行こう。エレアノールは俺の後ろをついてきてくれ。気になるものがあっても触るなよ」


 ノックスにブランケットをぐるぐるに巻かれて、鏡のドアから隠し通路へと足を踏み入れる。隠し通路の中は、暗くてじめじめしていた。


(この通路の存在によって、どれだけの女性が犠牲になったのかしら……)


 暗い気持ちで歩いていると、振り返ったノックスが気遣わしげに私の顔を覗き込んだ。


「見ろ。奴らの居住エリアと繋がる通路は、グレゴールを運んだあとにルーカスが塞いだ。もう二度と犠牲者は出ない」


 促されるままに顔を上げると、目の前の通路はたしかに瓦礫で完全に塞がっていた。


「本当ね……ありがとうルーカス。ノックスも」
「……ここの存在に気づくまで、だいぶかかったのが悔やまれるけどね。さ、こっちは俺らが作った通路だよ」


 一瞬、ゾッとするほど暗い目をしたルーカスは、気を取り直したように笑顔を浮かべると、足元のレンガを足先で強く押し込んだ。すると壁がずれて、新たな通路が現れる。


「まあ! 隠し通路に隠し通路を作ったの?」
「迎賓館は常に使われているわけじゃないから、道を繋げるのはそう難しくもなかったさ。ああ、ここ踏むと落とし穴に落ちるから気をつけろ」
「あ、はい。え?」


 ノックスが振り返りながら、新たな隠し通路へ入っていく。慌ててついていくと、私の背後でルーカスが嬉しそうな声を上げた。


「お、じゃあ俺が作った仕掛けも紹介するね! まず踏むと槍が出てくる床」
「踏むと槍……」

「あ、あとこの燭台。いかにも何か仕掛けがありそうでしょ? これ触ると毒矢が飛んでくるんだ」
「触ると毒矢……」

「そして、これは力作! 迷い込むと天井にすり潰されるダミーの通路だよ!」
「天井にすりつぶ……」


(二度とここに来るのはやめよう……)


 ルーカスは楽しそうに説明してくれたけれど、一人で来たら三歩で死ぬに違いない。
 これだけ厳重ということは、ノックスのいう「親父」は重要人物であり、命を狙われる可能性があるということだ。そうなると、思い当たる人物は一人しかいない。


 「着いたぞ、ここが出口だ。親父の執務室に繋がっている」


 隠し通路は書棚へと繋がっていたらしい。壁が回転してできた入り口から執務室へ足を踏み入れると、アンナが涙をポロポロ流しながら駆け寄ってきた。


「お嬢様!! ああ、よくぞご無事で……」
「アンナ、あなたも無事で本当によかったわ」


 思わず抱き締めると、アンナの細い肩はひどく震えていて、どれだけ心配していたかを物語っていた。
 そしてアンナの肩越しには、予想どおり黄色い髪の大柄な男性が見える。


「……王弟殿下」
「エドゥアルドで構わないよ。危険な目に合わせて申し訳なかった。まさかここまで愚かだとは……恥ずかしい限りだ」
「私のことはエレアノールと。エドゥアルド殿下に謝っていただくようなことではございません。助けていただきましたし」


 エドゥアルド殿下は困った顔でなおも謝罪を重ねようとしたけれど、アンナが一歩前に出て、いつになく毅然とした声で先に言葉を放った。


「そんなことより、まずはお嬢様の湯浴みとお着換えです。このような恰好で、殿方の前にお嬢様をいつまでも立たせておくわけにはまいりません!」
「ア、アンナ?」


 アンナはすごく優秀な侍女だから、王族の話に割り込むなんて絶対にしないし、大声だって出さない。ただ、シュミーズ一枚で私が人前に出るのは許せなかったらしい。
 キリリとした顔を崩さないアンナを見て、エドゥアルド殿下は唖然としていたけれど、結局おろおろしながら頭を下げた。


「すまない。私の気遣いが足らなかった。すぐ近くにある白百合の間を使うといい。ドレスも用意させよう」
「承知いたしました。ささ、お嬢様参りましょう」


 アンナはそう言うと、完璧な所作で私をドアへと促した。
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