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24. ヴァルケル人は○○で
しおりを挟むノックスは肯定したくせに「そうじゃないんだよな」という顔をしていて、ではどういう意味かと考えてみたけれど、さっぱりわからない。
だからここは一旦置いておこうと判断し、けれどまだ先ほどの光景について話したい気分ではなかったため、微妙に話題をずらすことにした。
「それにしても、国民の性格に傾向があるなんて面白いわね。イシルディア人にもあるのかしら?」
適当に振った話ではあるけれど、口に出してみると俄然気になってくる。
話題をずらすという当初の目的を忘れて純粋にワクワクしていると、ルーカスが笑顔で答えてくれた。
「守護神の性質が反映されるらしいよ? イシルディア人は運命の神が守護神だから、ロマンチストが多いんだ。語り出すと言い回しが詩的で、ちょっとムズムズするかな」
「まあ、そうなの? 全然意識していなかったわ」
「普段の会話は大丈夫なんだけどねぇ」
ルーカスはニヤニヤしながらノックスを見ている。
つまりノックスがそうだと言いたいのかもしれないけれど、私はそう感じたことがないから、つまり私にとっての当たり前がヴァルケルの人にとっては『ムズムズ』なのだろう。
もしかしたら私も、公務の際などに他国の人から「突然、詩的表現で語り始めたぞ!」とか思われていたのかもしれない。
それはそれで面白いわねと考えていると、ノックスが対抗するように口を開いた。
「ヴァルケル人は、一点集中型っていう特徴もあるぞ。そのおかげで優秀な技術者や芸術家がとび抜けて多い。専門分野の話を振ると面倒だが、素朴で、温和で、あと大体ポンコツだ」
「ええ!?」
ムズムズすると言われた仕返しか、ヴァルケル人を褒めるふりして最後に思いきり貶している。
ヴァルケルの次期国王と次期伯爵の目の前でポンコツはまずいのではないかしら? と思ったけれど、ルーカスはのんびりした様子でノックスの発言を肯定した。
「いや、ほんとそれー。頭が悪いわけじゃないんだけど、天然っていうのかなぁ? まぁ俺は違うけどね」
「ルーカスみたいな抜け目ないタイプは、ヴァルケルでは珍しいんだ。でも、こいつは執念深さに振り切ってるだけだぞ」
二人は「黒歴史量産男!」「粘着騎士!」とよくわからない悪口を投げ合いながら楽しそうにしているけれど、エドゥアルド殿下はポンコツ呼ばわりされて地味に傷ついたらしい。先ほどから「ポンコツ……ポンコツ……」とずっと呟いている。
それに気づいたノックスは慌てたようにエドゥアルド殿下に近づき、背中を摩りながら捲し立てた。
「親父は愛情深さに振り切ってるタイプだろ? それにホラ、国民みんなが親父のことを切れ者だって言ってるじゃないか!」
ノックスは取り繕おうと必死な様子だったけれど、エドゥアルド殿下をポンコツだと思っていることは微妙に否定しなかった。
ただ、ノックスが言いたいのは『誠実でお人好しゆえに足元を見られがち』ということで、能力がないなどとは思っていないはずだ。
それに、エドゥアルド殿下は間違いなく王たる資質を持っている。
彼の優しさこそが傷ついたヴァルケルの人々を癒やし、支える力になるはずだから。
その証拠に、足元を見る筆頭であるお父様も、毒気を抜かれたような表情で肩の力を抜いたように見えた。
「私はノックス殿下がそのように育った理由が、わかったような気がしましたよ。ああ、これは褒め言葉です」
お父様の言葉を聞いたノックスは、信じられないと言いたげに目を見開いた。その顔には明らかに『俺もポンコツだって言いたいのか!?』と書いてある。
けれど、それを口にするとエドゥアルド殿下をポンコツ呼ばわりするのに等しいと気づいたのか、結局そのまま悔しそうに口を噤んだ。
お父様はノックスの顔が愉快だと言わんばかりに、熊さんの笑顔を浮かべている。
しかし、嫌なことを先延ばしにしたところで何も解決しないわけで、やがてお父様は楽しい時間の終わりを告げるように外務大臣の仮面を被った。
「それはともかく、イザベル様がかかわると陛下は感情的になりがちですから、盗品に関してはせめて誠実にご対応いただけて良かったですよ」
お父様は、隠してあとで判明したら苛烈な対応になっただろうと言い、それから最後に「まぁでも、あの異様な空間を見せる必要はまったくなかったですが」と恨めしげに言い添えた。
お父様の話によると、レオパルド前国王は若かりし頃からイザベル前王妃陛下に付きまとい、まるで恋人のような態度で接していたらしい。
社交辞令で笑いかけられて両想いなどと勘違いする人がいると聞いたことがあるけれど、その類だろうか。
ハインリヒ国王陛下とのご結婚が決まったときには裏切り者だアバズレだと騒いだというから、イザベル前王妃陛下はさぞ恐ろしい思いをしただろう。
結婚後は大人しくしていたから諦めたと思っていたけれど、それでもノックスが攫われたとき、レオパルド前国王による犯行だと確信できる程度には異常さを感じていたのだとお父様は言った。
イザベル前王妃陛下のドレスやアクセサリーが盗まれたということは、それができる位置にヴァルケルの間者がいたということになる。
新入りに任せるような仕事ではないから、もしかしたら何年もかけて忍び込んだのかもしれない。そう考えるとゾッとする。
そして当然ノックスが攫われたのも、その間者の手引きによるものだろう。
国とはつまり守護神の縄張りだから、他の神の縄張りに手を出そうなどと普通は考えない。
イシルディアの北にあるスカリムドールだけは侵攻してくるけれど、あそこは守護神が戦神なので一旦置いておくとして、とにかく他国の王宮に間者を差し向けようなどと、そんなことは考えないものなのだ。
しかし、レオパルド前国王はイザベル前王妃陛下の私物や情報を得るためだけにそれをした。しかも、今まで判明しなかったということは、イザベル前王妃陛下の私物と同じものを作らせてすり替えるなどしていたのではないだろうか。
その執念に思わず身震いして腕を摩っていると、エドゥアルド殿下が深々と頭を下げた。
「本当にご迷惑ばかりおかけして、なんとお詫びしてよいか。妄想の産物はすぐさま処分するが、ドレスや宝石類はお返しする。もし触れたくないということであれば、こちらで換金してお渡しするので申し出ていただきたい」
他国の者に簡単に頭を下げたエドゥアルド殿下を見て、お父様は苦笑いしている。
そして「参りましたね。私はこういう人物に弱いんですよ」と好意的な声で小さく呟いたけれど、次の瞬間には表情を一変させた。
「その件は陛下のご意向を確認してからになりますので、一旦置いておきましょう。しかし、イシルディアの第一王子と知りながらノックス殿下を隠していた件は別です。どう責任を取るつもりなのか、この場で明言いただきたい」
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