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第二話 出会い
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次の日から、リリーナと名無しさんとの不思議なやり取りは毎日のように続いた。最初は遠慮がちだったが、今では「おはよう」から「おやすみ」、そして寝る前の他愛ない会話がすっかり日課になっている。
『今日はどんな一日だった?』
『庭でお花を植えたの。可愛いお花がいっぱいよ』
『もしかして、一番好きな花はチューリップ?』
『そうよ!なんでわかったの?』
『そうかなって思っただけだよ。僕は今日も本を読んでたよ』
『今日はどんな本を読んだの?』
『騎士の話だよ。旅に出た若い騎士が、仲間とともに魔物と戦う物語なんだ』
『へぇ、おもしろそうね』
ページの上で、インクが行き交うたびに、ふたりの距離は少しずつ近づいていった。
『今日はなにをしてたの?』
『お庭で紅茶を淹れたの。風が気持ちよくて、いい時間だったわ』
『いいね。僕は紅茶にオレンジと少しのミントを入れて、フルーツティーにするのが好きなんだ』
『えっ、私もその飲み方大好きよ!』
『……やっぱり、もしかして⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎?』
『?滲んでいて見えないわ。なんて書いたの?』
『ごめん。気にしないで』
エメラルドとネイビーのインクが交互に並んでいく。
話題は天気のことや好きな花、見た夢の話――どれも他愛のないことばかりだった。
それでも、交わされる言葉のひとつひとつは、リリーナの中で小さな宝石のように大切に輝いていた。
ノートの向こうの“名無しさん”がどんな人なのか、そもそも本当に“人”なのかすらわからない。
けれど、その存在はすでに彼女にとって心地よく――大切な相手になっていた。
***
そしてある日。
母のダリアが、友人であるドゥヴァル夫人と久しぶりに会うことになり、リリーナもお呼ばれすることになった。
ドゥヴァル家には息子が二人おり、次男にはまだ婚約者がいないらしい。
リリーナと同じ年頃で、こちらも婚約者はいない――せっかくだから子ども同士、軽く顔を合わせてみよう。
そんな軽いノリで、今日はドゥヴァル家を訪れることになったのだった。
立派な門をくぐった先の広々とした玄関ホールで、ドゥヴァル夫人とダリアが再会し、笑顔で挨拶を交わす。
「ダリア、久しぶりね! お元気そうで何より」
「ええ、オリビアも。ずいぶん久しぶりね。会えて嬉しいわ。」
母親同士の会話を耳にしながら、リリーナはふと、そばに立つ青年に視線を向けた。
彼がおそらく、次男のカイル・ドゥヴァルなのだろう。
さらりとしたダークブラウンの髪に、深い蜂蜜色の瞳。整った顔には柔らかな微笑みが浮かび、すらりとした体つきも相まって、いかにも好青年といった印象を受ける。
「はじめまして。カイル・ドゥヴァルです」
柔らかな声で挨拶をされ、リリーナも自然と微笑みを返した。
「はじめまして、リリーナ・ブロッサムです」
そう名乗りながら、胸の奥が小さく跳ねた。
第一印象は――笑顔が素敵な人、という言葉が自然と浮かぶ。
それを見透かすかのように、ドゥヴァル夫人がにっこり微笑んで言った。
「ふふ、カイルはまだ婚約者がいないのよ」
続けてダリアもにこにこと話す。
「王宮で文官をしてるのよね」
「そうなの。仕事はきちんとしているんだけど、人生の大事なことになると、ちょっと慎重すぎるところがあってね」
ドゥヴァル夫人はリリーナに向かってウインクしながら、にこやかに告げた。
その瞬間、カイルは思わず「母様!」と照れた声を上げ、母親を止めようと手を伸ばす。
その様子に、リリーナもまた、自分の気持ちが周りに見透かされたような気がして、頬がわずかに熱くなった。
ドゥヴァル夫人が手を軽く打ち鳴らして微笑んだ。
「こんなところで立ち話をしてしまってごめんなさいね。お庭においしい紅茶とお菓子を用意してあるの。さあ、そちらへ行きましょう」
案内された先の扉を抜けると、陽の光がやわらかく差し込む美しい庭が広がっていた。季節の花々が咲き誇り、噴水の水音が心地よく響く。丸いテーブルの上には、細やかな装飾が施された銀のティーセットと焼き菓子が並んでいる。思わず、リリーナの胸は弾んだ。
カイルが椅子を引き、穏やかな笑みを向ける。
「どうぞ、こちらへ」
リリーナは彼にお礼を言いつつ着席した。母親たちも一緒に椅子へと腰を下ろすと、穏やかな午後のひとときが始まった。ポットから注がれる紅茶の香りがふわりと広がり、焼き菓子の甘い香りも空間に満ちている。
「この紅茶、とても香りがいいですね」
リリーナがカップを手にして微笑むと、カイルも小さく頷いた。
「ええ。母が好きな茶葉なんです。紅茶はお好きですか?」
「はい。普通に飲むのも好きなんですけど、一番はオレンジに少しのミントを入れたものが。香りがさわやかで気分が明るくなるんです」
そう話しながら、リリーナはふと心の奥で思い出した。
(……そういえば、名無しさんも同じ組み合わせが好きって言ってたっけ)
「オレンジとミントですか」
カイルは興味深そうに目を細める。
「フルーツティーは飲んだことがないんです。今度、試してみようかな」
「まあ、嬉しいです。お口に合うといいんですけど」
柔らかな笑みを交わす二人のあいだに、穏やかな空気がゆっくりと流れていた。
初めて会ったはずなのに、なんだか昔から知っているような、不思議な安心感があった。
母親たちの会話が一段落したところで、ドゥヴァル夫人が優しく声をかける。
「リリーナさん、お庭も少しご覧になりますか?カイル、案内してさしあげて」
カイルは穏やかに微笑み、椅子を引いて立ち上がる。
「よければ、行きましょう。今ちょうどバラが咲き始めているんです」
リリーナも「ぜひ」と言って立ち上がり、彼のあとに続いた。
季節の花々が彩る小道を、二人はゆっくりと歩く。
淡いピンクのバラ、白いマーガレットに黄色のチューリップ――どの花も丁寧に手入れされていて、カイルの家らしい落ち着いた気品が漂っていた。
「とても素敵なお庭ですね」
「ありがとうございます。母が世話をしていて、僕もときどき手伝うんですよ」
カイルは少し照れたように笑う。
「リリーナ嬢もお花が好きなんですか?」
「はい。さっきからいろんなお花が見えて、ついはしゃいじゃって……恥ずかしいです」
頬に手を当てて笑うリリーナに、カイルも思わず微笑んだ。
「好きな花はありますか?」
「そうですね……チューリップが。毎年この時期に色とりどりのチューリップが咲くのをみるのが大好きで」
「いいですね。明るくて、元気な花だ」
風がやさしく吹き抜け、花々が小さく揺れる。二人の間に流れる空気は穏やかで、まるで時間がゆっくりと進んでいるようだった。
気づけば、楽しい時間はあっという間に過ぎていた。
門まで見送りに出てきたカイルが、微笑んでリリーナに話しかける。
「今日は来てくれて、ありがとうございました。すごく楽しかったです」
「こちらこそ。とても楽しい時間でした」
リリーナも微笑むと、カイルは一瞬ためらったように唇を開いた。
「えっと……その、もしよかったら、また、お会いできたら嬉しいです」
蜂蜜色の瞳が、わずかに揺れる。
「次は……お出かけでも。植物園とか、一緒に行きませんか?」
頬をかすかに染めた彼の耳が、夕陽に照らされて赤く見えた。
リリーナの胸がきゅっと鳴る。
「……はい。ぜひ」
緊張で声が少し震えたのを、彼女はごまかすように笑った。その様子を少し離れたところから見ていた母親たちは、微笑ましげに顔を見合わせる。
「あらあら、仲良くなれそうね」
「ふふ、若いっていいわね」
リリーナは頬を染めながら、丁寧にお辞儀をして屋敷をあとにした。
――そして夜。
お風呂と夕食をすませ、自室に戻ると、メイドのサラが「おやすみなさいませ」と言って静かに退室した。部屋には柔らかなランプの灯りと、夜風の音だけが残る。
リリーナはベッド脇の小机に置かれたノートをそっと開いた。
(……今日も、話せるかな)
そう思いながら万年筆を取った。その瞬間――まるで彼女を待っていたかのように本が光り、ページの上に文字が浮かび上がった。
『こんばんは。今日もお疲れ様』
ちょうどリリーナがノートを開いた、その瞬間に、向こう側も同時に書いていたらしい。
一瞬びっくりしたが、思わず、リリーナの口元に小さな笑みがこぼれた。
「ふふ……気が合うわね」
『こんばんは。ちょうど私も書こうと思っていたところだから、びっくりしたわ』
すぐに、また新しい文字が浮かぶ。
『それは驚かせちゃったね。そういえば、今日はお出かけの日だったね。母親の友人の家に行くって言ってたけど、どうだった?』
その問いに、リリーナは少し頬を染めながら万年筆を動かした。
『とても素敵な人だったわ。柔らかなダークブラウンの髪であたたかそうな人。お話も楽しくて、少しどきどきしちゃった』
インクの流れが一瞬止まり、すぐにまた文字が綴られた。
『そうなんだ。よかったね。その人とはまた会う予定なの?』
『ええ。今度、植物園に行きませんかって誘ってくださったの。』
しばし、ページは静まり返る。
ランプの明かりの中、リリーナは首を傾げた。
やがて、また文字が滲むようにして現れる。
『植物園、いいね。楽しんでね。』
続けてすぐにまた次の文字が現れる。
『ごめん、早いけど今日はもう休むね。おやすみ。いい夢を』
その言葉を見つめながら、リリーナの胸に、かすかな違和感が残った。
(あれ、今日は少し短いな……)
そう思いはしたものの、深く気にすることはなく、リリーナは小さく笑みを浮かべた。
『ありがとう。おやすみなさい。いい夢を。』
そう書き終えるとリリーナもベッドに入ることにした。今日出会ったカイル様――素敵な方だったな、なんて考えながら。
『今日はどんな一日だった?』
『庭でお花を植えたの。可愛いお花がいっぱいよ』
『もしかして、一番好きな花はチューリップ?』
『そうよ!なんでわかったの?』
『そうかなって思っただけだよ。僕は今日も本を読んでたよ』
『今日はどんな本を読んだの?』
『騎士の話だよ。旅に出た若い騎士が、仲間とともに魔物と戦う物語なんだ』
『へぇ、おもしろそうね』
ページの上で、インクが行き交うたびに、ふたりの距離は少しずつ近づいていった。
『今日はなにをしてたの?』
『お庭で紅茶を淹れたの。風が気持ちよくて、いい時間だったわ』
『いいね。僕は紅茶にオレンジと少しのミントを入れて、フルーツティーにするのが好きなんだ』
『えっ、私もその飲み方大好きよ!』
『……やっぱり、もしかして⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎?』
『?滲んでいて見えないわ。なんて書いたの?』
『ごめん。気にしないで』
エメラルドとネイビーのインクが交互に並んでいく。
話題は天気のことや好きな花、見た夢の話――どれも他愛のないことばかりだった。
それでも、交わされる言葉のひとつひとつは、リリーナの中で小さな宝石のように大切に輝いていた。
ノートの向こうの“名無しさん”がどんな人なのか、そもそも本当に“人”なのかすらわからない。
けれど、その存在はすでに彼女にとって心地よく――大切な相手になっていた。
***
そしてある日。
母のダリアが、友人であるドゥヴァル夫人と久しぶりに会うことになり、リリーナもお呼ばれすることになった。
ドゥヴァル家には息子が二人おり、次男にはまだ婚約者がいないらしい。
リリーナと同じ年頃で、こちらも婚約者はいない――せっかくだから子ども同士、軽く顔を合わせてみよう。
そんな軽いノリで、今日はドゥヴァル家を訪れることになったのだった。
立派な門をくぐった先の広々とした玄関ホールで、ドゥヴァル夫人とダリアが再会し、笑顔で挨拶を交わす。
「ダリア、久しぶりね! お元気そうで何より」
「ええ、オリビアも。ずいぶん久しぶりね。会えて嬉しいわ。」
母親同士の会話を耳にしながら、リリーナはふと、そばに立つ青年に視線を向けた。
彼がおそらく、次男のカイル・ドゥヴァルなのだろう。
さらりとしたダークブラウンの髪に、深い蜂蜜色の瞳。整った顔には柔らかな微笑みが浮かび、すらりとした体つきも相まって、いかにも好青年といった印象を受ける。
「はじめまして。カイル・ドゥヴァルです」
柔らかな声で挨拶をされ、リリーナも自然と微笑みを返した。
「はじめまして、リリーナ・ブロッサムです」
そう名乗りながら、胸の奥が小さく跳ねた。
第一印象は――笑顔が素敵な人、という言葉が自然と浮かぶ。
それを見透かすかのように、ドゥヴァル夫人がにっこり微笑んで言った。
「ふふ、カイルはまだ婚約者がいないのよ」
続けてダリアもにこにこと話す。
「王宮で文官をしてるのよね」
「そうなの。仕事はきちんとしているんだけど、人生の大事なことになると、ちょっと慎重すぎるところがあってね」
ドゥヴァル夫人はリリーナに向かってウインクしながら、にこやかに告げた。
その瞬間、カイルは思わず「母様!」と照れた声を上げ、母親を止めようと手を伸ばす。
その様子に、リリーナもまた、自分の気持ちが周りに見透かされたような気がして、頬がわずかに熱くなった。
ドゥヴァル夫人が手を軽く打ち鳴らして微笑んだ。
「こんなところで立ち話をしてしまってごめんなさいね。お庭においしい紅茶とお菓子を用意してあるの。さあ、そちらへ行きましょう」
案内された先の扉を抜けると、陽の光がやわらかく差し込む美しい庭が広がっていた。季節の花々が咲き誇り、噴水の水音が心地よく響く。丸いテーブルの上には、細やかな装飾が施された銀のティーセットと焼き菓子が並んでいる。思わず、リリーナの胸は弾んだ。
カイルが椅子を引き、穏やかな笑みを向ける。
「どうぞ、こちらへ」
リリーナは彼にお礼を言いつつ着席した。母親たちも一緒に椅子へと腰を下ろすと、穏やかな午後のひとときが始まった。ポットから注がれる紅茶の香りがふわりと広がり、焼き菓子の甘い香りも空間に満ちている。
「この紅茶、とても香りがいいですね」
リリーナがカップを手にして微笑むと、カイルも小さく頷いた。
「ええ。母が好きな茶葉なんです。紅茶はお好きですか?」
「はい。普通に飲むのも好きなんですけど、一番はオレンジに少しのミントを入れたものが。香りがさわやかで気分が明るくなるんです」
そう話しながら、リリーナはふと心の奥で思い出した。
(……そういえば、名無しさんも同じ組み合わせが好きって言ってたっけ)
「オレンジとミントですか」
カイルは興味深そうに目を細める。
「フルーツティーは飲んだことがないんです。今度、試してみようかな」
「まあ、嬉しいです。お口に合うといいんですけど」
柔らかな笑みを交わす二人のあいだに、穏やかな空気がゆっくりと流れていた。
初めて会ったはずなのに、なんだか昔から知っているような、不思議な安心感があった。
母親たちの会話が一段落したところで、ドゥヴァル夫人が優しく声をかける。
「リリーナさん、お庭も少しご覧になりますか?カイル、案内してさしあげて」
カイルは穏やかに微笑み、椅子を引いて立ち上がる。
「よければ、行きましょう。今ちょうどバラが咲き始めているんです」
リリーナも「ぜひ」と言って立ち上がり、彼のあとに続いた。
季節の花々が彩る小道を、二人はゆっくりと歩く。
淡いピンクのバラ、白いマーガレットに黄色のチューリップ――どの花も丁寧に手入れされていて、カイルの家らしい落ち着いた気品が漂っていた。
「とても素敵なお庭ですね」
「ありがとうございます。母が世話をしていて、僕もときどき手伝うんですよ」
カイルは少し照れたように笑う。
「リリーナ嬢もお花が好きなんですか?」
「はい。さっきからいろんなお花が見えて、ついはしゃいじゃって……恥ずかしいです」
頬に手を当てて笑うリリーナに、カイルも思わず微笑んだ。
「好きな花はありますか?」
「そうですね……チューリップが。毎年この時期に色とりどりのチューリップが咲くのをみるのが大好きで」
「いいですね。明るくて、元気な花だ」
風がやさしく吹き抜け、花々が小さく揺れる。二人の間に流れる空気は穏やかで、まるで時間がゆっくりと進んでいるようだった。
気づけば、楽しい時間はあっという間に過ぎていた。
門まで見送りに出てきたカイルが、微笑んでリリーナに話しかける。
「今日は来てくれて、ありがとうございました。すごく楽しかったです」
「こちらこそ。とても楽しい時間でした」
リリーナも微笑むと、カイルは一瞬ためらったように唇を開いた。
「えっと……その、もしよかったら、また、お会いできたら嬉しいです」
蜂蜜色の瞳が、わずかに揺れる。
「次は……お出かけでも。植物園とか、一緒に行きませんか?」
頬をかすかに染めた彼の耳が、夕陽に照らされて赤く見えた。
リリーナの胸がきゅっと鳴る。
「……はい。ぜひ」
緊張で声が少し震えたのを、彼女はごまかすように笑った。その様子を少し離れたところから見ていた母親たちは、微笑ましげに顔を見合わせる。
「あらあら、仲良くなれそうね」
「ふふ、若いっていいわね」
リリーナは頬を染めながら、丁寧にお辞儀をして屋敷をあとにした。
――そして夜。
お風呂と夕食をすませ、自室に戻ると、メイドのサラが「おやすみなさいませ」と言って静かに退室した。部屋には柔らかなランプの灯りと、夜風の音だけが残る。
リリーナはベッド脇の小机に置かれたノートをそっと開いた。
(……今日も、話せるかな)
そう思いながら万年筆を取った。その瞬間――まるで彼女を待っていたかのように本が光り、ページの上に文字が浮かび上がった。
『こんばんは。今日もお疲れ様』
ちょうどリリーナがノートを開いた、その瞬間に、向こう側も同時に書いていたらしい。
一瞬びっくりしたが、思わず、リリーナの口元に小さな笑みがこぼれた。
「ふふ……気が合うわね」
『こんばんは。ちょうど私も書こうと思っていたところだから、びっくりしたわ』
すぐに、また新しい文字が浮かぶ。
『それは驚かせちゃったね。そういえば、今日はお出かけの日だったね。母親の友人の家に行くって言ってたけど、どうだった?』
その問いに、リリーナは少し頬を染めながら万年筆を動かした。
『とても素敵な人だったわ。柔らかなダークブラウンの髪であたたかそうな人。お話も楽しくて、少しどきどきしちゃった』
インクの流れが一瞬止まり、すぐにまた文字が綴られた。
『そうなんだ。よかったね。その人とはまた会う予定なの?』
『ええ。今度、植物園に行きませんかって誘ってくださったの。』
しばし、ページは静まり返る。
ランプの明かりの中、リリーナは首を傾げた。
やがて、また文字が滲むようにして現れる。
『植物園、いいね。楽しんでね。』
続けてすぐにまた次の文字が現れる。
『ごめん、早いけど今日はもう休むね。おやすみ。いい夢を』
その言葉を見つめながら、リリーナの胸に、かすかな違和感が残った。
(あれ、今日は少し短いな……)
そう思いはしたものの、深く気にすることはなく、リリーナは小さく笑みを浮かべた。
『ありがとう。おやすみなさい。いい夢を。』
そう書き終えるとリリーナもベッドに入ることにした。今日出会ったカイル様――素敵な方だったな、なんて考えながら。
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