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一人前の証
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儂は騎士として任命されてから、ロイス様に子供扱いされなくなった気がする。
あの時は一人前と認めてもらえた気がして嬉しかった。
ユリア様に対しては……そうじゃ、あの時か。
「シグルド、少し話があります」
「はっ、何でしょうか?」
儂が三十代前半、ユリア様は十代後半くらいだろう。
領地から王都に行き、五年が経過していた頃だ。
ユリア様は見た目や仕草もすっかり女性らしくなり、いわゆる結婚適齢期に入っていた。
それでも儂からしたら、まだまだ小娘も良いところじゃった。
「私と——本気の打ち合いをしなさい」
「……ふむ、何故ですかな?」
「今の私の力を見て欲しいの」
領地を脱出してからは、儂はユリア様の願い通りに剣の稽古をしていた。
それが故郷を見捨てたと自分を追い込むユリア様の精神の均衡を保つためだった。
しかし、この時は……何やら覚悟を感じたのを覚えている。
「……わかりました」
「では、お願いします」
「うむ、どこからでもかかってきなさい」
敬語は、主君の娘と騎士という関係ではないという合図。
ここからは、ただの弟子と師匠の関係ということだ。
つまり……手心を加えることは許されない。
「せぁ!」
「甘い」
「つぁ!?」
木剣の振り下ろしを避け、背中に木剣を叩きつける。
ユリア様は地面に転がり、顔に泥がつく。
「気合いが入った顔つきかとおもいましたが……終わりですかな?」
「ま、まだよ!」
「うむ、意気はよし。しかし、気合いだけではダメですぞ」
「わかってるわ!」
そしてユリア様は果敢に攻めてくる。
それまでは荒々しい剣技だったが、今回はきちんと型に沿った剣技をしてきた。
それを受けているうちに……儂は不思議な感情を覚える。
剣を通して、ユリア様の気持ちが伝わってきた気がしたのだ。
「はぁ……はぁ……」
「ふむ……良き剣筋です。しかし、どういった心境の変化ですかな?」
それまでのユリア様は、故郷を捨ててしまった気持ちを晴らすための剣だった。
しかし、普段の八つ当たりの剣と、今回の剣は違う。
そこには真っ直ぐな気持ちが込められていた。
「シグルド、私はもう平気よ。お父様や故郷を捨てた後悔が晴れることはないけど……私は私なりのやり方で、魔王に復讐するわ……この国を良き国にする事で」
「……それでは、あの話を受けると? 正式に、クラウス様の婚約者になることを」
「ええ、プロポーズをされちゃったし……」
その時のユリア様は最早少女ではなく、れっきとした女性であった。
儂は少しの寂しさと、それ以上の喜びを感じた。
同時にユリア様の心を解してくれたクラウス殿下に心からの感謝を。
「それは良きことです。きっと、ロイス様もお喜びになるかと」
「そうかしら? お前に務まるのかとか言われそうだわ……見せたかったな」
「代わりにはなれませんが、儂が見届けいたしましょう」
「ふふ、それこそお父様が言いそうだわ。俺の代わりに見届けよって」
「ははっ! 違いないですな!」
これで、主君の最後の願いを叶えることが出来た。
ユリア様を守ること、それはあの時ばかりではないと受け取った。
ユリア様が一人前の大人になるまで見守ることだと。
「だから……シグルドも、もう自由になって良いわ」
「どういう意味ですかな?」
「貴方は元々、我が家ではなくお父様個人に仕えていた騎士。それをお父様の娘である私が縛ってしまった。それこそ、あちこちから勧誘があったのに断ってるわ」
「それは当然です。我が主人はただ一人、ロイス様ですので」
確かに王都に来てから、士官の誘いや王宮騎士団の団長にとの声もあった。
しかし儂はその全ての誘いを断り、ユリア様のお側にいた……うちに秘めたる願いを隠しつつ。
今思えば、ユリア様は見抜いていたに違いない。
「本当にありがとう。でも、もう良いのよ。貴方は充分に果たしてくれたわ」
「そうですか……確かに結婚する女性の側に独身の男などいてはいけないですな」
「そういうことじゃないわ。クラウス様だって、シグルドなら近衛騎士団長になって欲しいって」
「それは光栄ですな……ユリア様、貴方は私などより立派になられた。では、私は私の願いを叶えるとします」
この時、儂は自分の役目が終わったと思った。
そして、抑えていた想いが溢れてくる。
「……それって断るってことよね?」
「ええ、私などには勿体ない地位です。私は……主君を見捨てた騎士ですから」
「それは違うわ! 貴方は、私のために……」
「いえ、どんな理由であろうと騎士の本懐を遂げなかった私の責任です」
封じ込めた記憶が蘇る。
燃え盛る都市を背に、泣き叫ぶユリア様を抱えて逃げたことを。
噛み締めすぎて、己の口から血が流れるのを。
「……やっぱり、出ていくのね?」
「はい、私の役目はまだ残っております故」
「確かに魔王は驚異だけど、それは貴方一人で背負うものじゃ……私も」
「ユリア様、貴女は幸せになって良いのです。それこそが、我が主君の願いだったのだから」
「シグルド……でも、貴女の幸せは?」
「私には貴女とロイス様との大事な思い出があります。では……どうか、お幸せに」
この時、儂は改めて魔王を殺すと決めた。
ユリア様が復讐心を抑え込み、己のするべきことを見つけた故に。
同時に自分が恥ずかしくなりつつも、ユリア様が一人前の大人になったのだと嬉しくなったのだ。
あの時は一人前と認めてもらえた気がして嬉しかった。
ユリア様に対しては……そうじゃ、あの時か。
「シグルド、少し話があります」
「はっ、何でしょうか?」
儂が三十代前半、ユリア様は十代後半くらいだろう。
領地から王都に行き、五年が経過していた頃だ。
ユリア様は見た目や仕草もすっかり女性らしくなり、いわゆる結婚適齢期に入っていた。
それでも儂からしたら、まだまだ小娘も良いところじゃった。
「私と——本気の打ち合いをしなさい」
「……ふむ、何故ですかな?」
「今の私の力を見て欲しいの」
領地を脱出してからは、儂はユリア様の願い通りに剣の稽古をしていた。
それが故郷を見捨てたと自分を追い込むユリア様の精神の均衡を保つためだった。
しかし、この時は……何やら覚悟を感じたのを覚えている。
「……わかりました」
「では、お願いします」
「うむ、どこからでもかかってきなさい」
敬語は、主君の娘と騎士という関係ではないという合図。
ここからは、ただの弟子と師匠の関係ということだ。
つまり……手心を加えることは許されない。
「せぁ!」
「甘い」
「つぁ!?」
木剣の振り下ろしを避け、背中に木剣を叩きつける。
ユリア様は地面に転がり、顔に泥がつく。
「気合いが入った顔つきかとおもいましたが……終わりですかな?」
「ま、まだよ!」
「うむ、意気はよし。しかし、気合いだけではダメですぞ」
「わかってるわ!」
そしてユリア様は果敢に攻めてくる。
それまでは荒々しい剣技だったが、今回はきちんと型に沿った剣技をしてきた。
それを受けているうちに……儂は不思議な感情を覚える。
剣を通して、ユリア様の気持ちが伝わってきた気がしたのだ。
「はぁ……はぁ……」
「ふむ……良き剣筋です。しかし、どういった心境の変化ですかな?」
それまでのユリア様は、故郷を捨ててしまった気持ちを晴らすための剣だった。
しかし、普段の八つ当たりの剣と、今回の剣は違う。
そこには真っ直ぐな気持ちが込められていた。
「シグルド、私はもう平気よ。お父様や故郷を捨てた後悔が晴れることはないけど……私は私なりのやり方で、魔王に復讐するわ……この国を良き国にする事で」
「……それでは、あの話を受けると? 正式に、クラウス様の婚約者になることを」
「ええ、プロポーズをされちゃったし……」
その時のユリア様は最早少女ではなく、れっきとした女性であった。
儂は少しの寂しさと、それ以上の喜びを感じた。
同時にユリア様の心を解してくれたクラウス殿下に心からの感謝を。
「それは良きことです。きっと、ロイス様もお喜びになるかと」
「そうかしら? お前に務まるのかとか言われそうだわ……見せたかったな」
「代わりにはなれませんが、儂が見届けいたしましょう」
「ふふ、それこそお父様が言いそうだわ。俺の代わりに見届けよって」
「ははっ! 違いないですな!」
これで、主君の最後の願いを叶えることが出来た。
ユリア様を守ること、それはあの時ばかりではないと受け取った。
ユリア様が一人前の大人になるまで見守ることだと。
「だから……シグルドも、もう自由になって良いわ」
「どういう意味ですかな?」
「貴方は元々、我が家ではなくお父様個人に仕えていた騎士。それをお父様の娘である私が縛ってしまった。それこそ、あちこちから勧誘があったのに断ってるわ」
「それは当然です。我が主人はただ一人、ロイス様ですので」
確かに王都に来てから、士官の誘いや王宮騎士団の団長にとの声もあった。
しかし儂はその全ての誘いを断り、ユリア様のお側にいた……うちに秘めたる願いを隠しつつ。
今思えば、ユリア様は見抜いていたに違いない。
「本当にありがとう。でも、もう良いのよ。貴方は充分に果たしてくれたわ」
「そうですか……確かに結婚する女性の側に独身の男などいてはいけないですな」
「そういうことじゃないわ。クラウス様だって、シグルドなら近衛騎士団長になって欲しいって」
「それは光栄ですな……ユリア様、貴方は私などより立派になられた。では、私は私の願いを叶えるとします」
この時、儂は自分の役目が終わったと思った。
そして、抑えていた想いが溢れてくる。
「……それって断るってことよね?」
「ええ、私などには勿体ない地位です。私は……主君を見捨てた騎士ですから」
「それは違うわ! 貴方は、私のために……」
「いえ、どんな理由であろうと騎士の本懐を遂げなかった私の責任です」
封じ込めた記憶が蘇る。
燃え盛る都市を背に、泣き叫ぶユリア様を抱えて逃げたことを。
噛み締めすぎて、己の口から血が流れるのを。
「……やっぱり、出ていくのね?」
「はい、私の役目はまだ残っております故」
「確かに魔王は驚異だけど、それは貴方一人で背負うものじゃ……私も」
「ユリア様、貴女は幸せになって良いのです。それこそが、我が主君の願いだったのだから」
「シグルド……でも、貴女の幸せは?」
「私には貴女とロイス様との大事な思い出があります。では……どうか、お幸せに」
この時、儂は改めて魔王を殺すと決めた。
ユリア様が復讐心を抑え込み、己のするべきことを見つけた故に。
同時に自分が恥ずかしくなりつつも、ユリア様が一人前の大人になったのだと嬉しくなったのだ。
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