竜殺しの料理人~最強のおっさんは、少女と共にスローライフを送る~

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おっさん、異世界転移する

おっさん、全てを失う

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 ……今日で、店もお終いか。

「男、土方相馬ひじかたそうま……三十五歳で、全てを失うか」

 綺麗に掃除した店内を見渡し、今日までのことを振り返る。

    俺は、高校卒業後にイタリアンレストランに就職した。

 しかし飲食店業界は、未だに昭和気質が残っていて……。

 セクハラ、パワハラは日常的に行われ、仕事量も激務だ。

 そんな中、俺は何とか十年間耐えてお金を貯めつつ、ようやく店を出すことができた。

 ずっと夢だった……自分の料理で、人を喜ばせることが。

 安くて美味しくて、それでいて、お客様にお腹いっぱいで笑顔になって頂くことが。

 なのに……七年目の今日、店を閉めることになるとは。

 と言っても、俺の店が人気がなかったわけではない。

 それなりに人気になってきたし、これからって感じだった。

   まあ、利益は少なかったのも理由だが……一番は、世界中で新種のウイルスが流行ったことだ。

 経済は止まり、特に飲食業界に絶大なダメージを与えた。

 俺の店も例に漏れず打撃を受けて、店を閉めざるを得なかったというわけだ。

「まあ、従業員に退職金は出せたし、良しとするか」  

 補助金や失業保険も出るし、しばらくは生活できるだろう。

「あとは、俺がどうするかだな」

 ……正直言って、全然考えてなかった。
 色々と必死で、それどころではなかったし。

「とりあえず、家に帰るとするか」

 店を出て、鍵をかけたら……もう、この店は俺のものではない。

 契約が切れて、ただの空き店舗になる。




 家に帰ってきたら、自前の包丁を出して研ぐ。

「料理人とって、包丁は命だ。特に、この包丁は匠の技で作られた包丁だ。きちんと手入れをしないと……」

 そこで、ふと……手が止まる。
   俺としたことが、家に着いたのにポシェットをしたままだったみたいだ。
  それどころか、ジーパンや紅いレザーのジャケットを着たままだ。

「どれだけ動転してるんだが……そもそも、もう研がなくていいのか。明日からは、店を開くこともない」

 そう……もう、わかっていた。

 今からウイルスが収まるのを待ち、再び飲食店を始められるくらいの貯金を貯める頃には……俺はいくつになってるだろうか?

 何より、まずは明日からの生活を考えないといけない。

「もう、三十五歳だしなぁ……再就職するなら、今しかないよな。いや、今からでも厳しいくらいだ」

 違う仕事……だめだ、全然思い浮かばない。

 料理人一筋、十七年……人生の半分くらいを費やしてきた。

「くそぉぉ……料理がしてぇ……!」

 俺は両手で、包丁を強く握りしめる……!

 そう願った瞬間——俺の身体が浮いたような感覚になる。

「うぉっ!? な、なんだァァァ!?」

 そこで、俺の意識は途絶えた。






 ◇

 ……どうして、わたしが……。

 何も悪いことしてないのに……まだ、何も楽しいことしてない。

 親に売られて奴隷になって、休みなく働かされて……。

 最後には、ドラゴンの生贄にされるなんて。

 わたしは何のために生まれたのだろう?

 生まれて来なければ良かったのかな?

「ククク……良い顔だ。絶望に染まった表情こそが、最高の調味料というものよ」

「ひっ……」

 目の前には、見上げるほど大きな黒いドラゴンがいます。
 その顔は邪悪そのもので、口は大きくて……わたしなんか一飲みしちゃう。

「さて、何か言い残すことはあるか?」

「……」

 いや、でも……それも悪くないかも。
 どうせ生きてても、わたしに自由なんかない。
   なけなしの財産は取られたし、そもそも帰っても居場所はない。

「なんだ、抵抗しないのか?」

「……」

 その言葉に、つい昨日の出来事が蘇る。
 そのドラゴンは、突然村に現れました。
 黒い翼に漆黒の鱗、大きい身体に四肢の手足を持つ化け物で……。
 そして、立ち向かった人達は殺され、それ以外の者達は震えていた。
 そして言いました……食事は対して必要なく、ただ単に人間を恐怖に陥れたいからと。
 そして、最後に……一月に一回生贄をよこせと言ってきた。
   そして村人から選ばれたのが……一番の役立たずであり、獣人奴隷のわたしだった。

 「さて……メインディッシュをいただくとしよう」

 その瞬間、私の体は動かなくなってしまう。
    覚悟はしていたし、醜態は晒したくはない。
  それでも、恐怖が押し寄せる。

「ふむ、良き顔だ。我は、人の顔が恐怖に染まる顔を見るのが一番好きなのだ。特に、普段は無表情な者がな」

「……ぁぁ」

「ククク、実に良い」

 そのドラゴンは、わたしを舐め回すように眺めてきます。
 すぐには食べずに、じっくりと恐怖を味わうかのように。

「や、やだ! 誰かァァァ! 助けてよぉ!!」

 恐怖に耐えきれず、自分でも驚くような声が出る。

「ははっ! 誰もくるはずがあるまい! では、 頂くとしよう」

 ドラゴンが大きな口を開けて、わたしに迫ってくる。

 ……ぁぁ、死にたくない。

「いい顔だ……むっ? なんだ?」

「へっ?」

「わぁァァァ!?」

「なっ、なん——ぎゃァァァァ!?」

 次の瞬間、人が空から降ってきて——ドラゴンに何かを突き刺す!

「ば、バカな……我が……こんなところで……」

 ドラゴンの背中から血が流れ……その場に倒れこむ。

 動かない……死んでる? ……へっ? わたし……助かったの?

 次の瞬間、わたしの体から力が抜けていく。

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