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第二章
第25話:模擬戦
帝国軍総司令部『黒鉄の城塞(アイゼン・シタデル)』の訓練場は、ネクサスのそれとは全く異なっていた。地面は固い石畳で覆われ、周囲は高い城壁に囲まれており、武器庫には寸分の乱れもなく訓練用の武具が並べられている。そこは、自由な修練の場というより、兵士を育成するための厳格な施設だった。
ゼロス一行とギデオン、そしてヘレナは、マリウスに連れられ、その訓練場の門をくぐった。
マリウスは余裕の笑みを浮かべ、ゼロスに武器庫を指し示した。
「ここにある訓練用の武器から、好きなものを選んでくれ」
彼はそう言うと、自らは武器箱から一本の訓練用大剣を引き抜いた。
「グレートアックスはあるか?」
「ん?もちろんあるぞ」
マリウスは同じく武器箱から、ゼロスの要望通りの巨大な訓練斧を引き抜き、彼に手渡す。ゼロスはそれを受け取ると、眉をひそめて黙り込んだ。
「…」
マリウスは、そんなゼロスにだけ聞こえるように、侮蔑を込めて囁いた。
「なんだよ、別に殺しはしないから安心しろよ。いくら元Sランクの冒険者と互角といっても、ガレス副長は現役引退の身だろ?別にお前らにそこまでの働きなんか期待してない。せいぜいBランクでもあれば、囮には使えるだろうがな」
しかし、ゼロスは特に気にしている素振りも見せず、手にした斧を一振りした。
「いや、軽すぎるなと思ってな…俺は、そっちでいい」
そう言って、彼は武器箱から離れた。
「…おい、そっちは」
ゼロスが手に取ったのは、床に雑に立てかけてあった、新人訓練生が素振りで使うためだけの、ただの木の棍棒だった。
マリウスの表情から、笑みが消える。
「…なめているのか?」
その声には、明らかな怒気が含まれていた。
「んなわきゃねぇよ。単に俺は、叩き斬るか、殴りつけるかの武器しか使えねえんだよ」
「…はっ…なんだそれは…技術がいる武器が使えないとでも言うのか?まるで獣だな」
「単に、不器用なだけだよ」
ゼロスは、真剣な表情でそう答えた。
「…どうやら、本気で言っているようだな。いいだろう…」
マリウスは、呆れたように息をついた。二人は訓練場の真ん中に進み出て、対峙する。
ヘレナが、事務的な口調で確認した。
「武器選びはもういいな?マリウス、ルールはどうする?」
「武器以外は本気でやる。スキルもありだ。使えるものは、全て使う」
「実戦形式、か」
「安心しろ。俺はスキルは使わん。せめてものハンデというやつだ」
マリウスは、寛大さを示すように肩をすくめた。
「あら、寛大。流石は騎士様だな。で、勝負はどうやってつけるんだ?」
「俺に一撃でも入れたら、お前の勝ちでいいぞ」
「俺の負けは?」
「…そうだな。お前が『参った』と言ったら、その場で終わりでいい」
そのあまりにも一方的なルールに、見物していたルナが大声を上げた。
「おうおう!余裕じゃねえか!うちのリーダーを舐めてっと、痛い目見るぞ!」
それに呼応して、レオも声を張る。
「そうですっ!ゼロスは、やる時はやる男ですっ!真面目にやれ!!」
マリウスは、応援する二人を横目でちらりと見た。
「…って言ってるが、どうするよ?」
ゼロスは、やれやれといった様子で頭を抱えた。
「…お前ら、俺が戦ってる姿、見たことないだろっ!」
「…ごめん、ノリで…」
「俺も…」
ルナとレオが、しゅんと萎縮する。
そんな彼らの様子に、アリシアは穏やかな微笑みを向けた。
「ゼロスさん、ご武運を…。私は、信じていますよ」
「…やっだぁ、アリシアさん。そんなに期待されても困るわぁぁぁぁぁ」
ゼロスは両手で顔を覆い、大げさにおどけて見せた。
「…自分の女に、情けない姿を見せないといいな?」
「別に、俺の女じゃねぇよ」
「…話はいいか?そろそろ始めてもらいたいんだが」
ヘレナの冷たい声が、二人の間に割って入る。
ゼロスはいつも通り呑気な返事で答えた。
「りょうかーい」
二人は距離を取り、構えた。ヘレナが戦いに巻き込まれない位置まで下がると、その手を高く振り上げた。
「…では…始めっ!!」
ゼロスは棍棒を握り締め、腰を落として重心を低くした。
マリウス(…実戦経験はある、という感じか…)
「先手は譲ってやる。好きに攻めてこい」
「んじゃぁ、遠慮なく」
ゼロスは地を蹴り、一気に間合いを詰めると、マリウスの肩目掛けて棍棒を振り下ろした。
マリウス(…所詮は、荷物持ちか)
「遅いっ!」
マリウスはそう言い放つと同時に、ゼロスの棍棒を大剣で軽く打ち払い、返す刃で即座に反撃に転じた。
マリウス(これで、終わりだっ!)
高速の斬撃が、ゼロスの胴体を捉えた――かに見えた。しかし、打ち払われたはずのゼロスの棍棒は、既に彼の身体の横に引き戻されており、マリウスの刃をガキン、と硬い音を立てて受け止めていた。
「…まぁまぁ、やるようだな」
「そいつはどうも」
二人は一旦距離を取る。
「頑張れー、ゼロスゥゥゥゥ!!」
「負けるなっ、ゼロス!」
ルナとレオは、再び果敢に応援を始めた。
「仲間の前だ。無様に散らんといいな」
マリウスはそう言うと、再びゼロスに斬りかかった。
「そうだなっ!」
ゼロスは、その斬撃をひらりとかわす。
「いよっし!躱した!攻めろぉぉぉぉぉぉ!!!」
「行けっ!!ゼロス!」
二人は応援するが、ゼロスはマリウスの剣戟を、ただひたすらに躱し続けるだけだった。その戦い方は、誰の目にも防戦一方にしか見えなかった。
ギデオンは、失望したようにため息をついた。
「…期待外れ、か…イレインのやつめ」
「仕方ありません。マリウスは現役で数多のモンスターを討伐している身。場数が違います」
「…そうだな…囮か、陽動程度には使えるかもしれんがな」
ただ一人、アリシアだけが、神妙な面持ちで、ゼロスの動きをじっと見つめていた。
マリウスは苛立ちを隠さずに、さらに斬撃の速度を上げた。
「どうした!!少しは攻めてみたらどうだ!?」
高速の斬撃の嵐の中を、ゼロスは紙一重で躱し続ける。
「…そうか?なら」
ゼロスは静かに呟くと、一瞬だけ、棍棒を大きく振りかぶる予備動作を見せた。
マリウス(遅…)
――いっ!マリウスがそう断定しかけた瞬間、ゼロスの棍棒が今までとは明らかに違う、凄まじい速度で彼の胴体を横薙ぎに薙ぎ払ってきた。
「っ!?」
マリウスは咄嗟に大剣の腹でその一撃を防御する。
「ふっ…やる…」
――な。と言い終わる前に、ゼロスはマリウスの右腕を、空いている左手で鷲掴みにし、そのまま勢いよく反対側の地面に投げ飛ばした。
「ぐっ!?」
マリウスが石畳に叩きつけられる鈍い音が、訓練場に響き渡る。
「やっった!!」
レオが歓声を上げた。
「いい気に…」
――なるなっ!マリウスがそう叫ぼうとしたのだろうが、ゼロスは聞く耳を持たず、無防備な彼の顔目掛けて、躊躇なく棍棒を振り下ろした。
轟音と金属がぶつかる激しい音、そして衝撃波で土煙が巻き起こる。
「マリウスッ!」
ヘレナが叫ぶ。マリウスは寸でのところで剣を盾にし、棍棒の一撃を止めていたが、その勢いを殺しきれず、後方へ転がって咄嗟に距離を取った。
ゼロスが振り下ろした棍棒は、石畳を大きく抉り、さらに濃い土煙を巻き上げる。
その土煙の中に、足で地面を踏み抜いたゼロスの姿があった。
「…貴様っ…」
「あら、避けられた。流石の反射神経」
その非情な戦いぶりに、ルナとレオは血の気の引いた顔をしていた。
「…ゼロス、こっわっ…」
「…本気で、頭を潰そうとしたのか…」
観戦していたギデオンは、先ほどまでの失望した顔を消し、獰猛な期待の光を目に宿していた。
「…なかなか、やるな」
「…今までの動きは…」
ゼロスは身体についた土埃を、軽く叩きながら言った。
「実戦形式、だろ?」
「…貴様の戦い方には、戦士としての誇りがないっ。ずる賢く狡猾で、まるでアサシンのような戦い方だ」
「褒めてんの?貶してんの?」
「貶しているに決まっているだろう!!」
「やぁねぇ…これだから高貴な生まれの男ってやつは」
その時、ギデオンの大きな声が響いた。
「マリウス!お前が最初に言い出したルールだ!見苦しいぞ!」
「…ちっ!」
マリウスは忌々しげに舌打ちした。
「…で、勝負はまだ続けるのか?」
「ふん、当たり前だ」
「んじゃぁ…行くぜ」
ゼロスは先ほど土埃を叩いていた手を、マリウスの顔目掛けて勢いよく振るった。
「!!」
マリウスは咄嗟に顔を横に振る。砂粒による目潰しを避けるためだった。
「ゼロスッ!」
戦士らしからぬ戦い方をするゼロスに、怒りで我を忘れて彼の名を呼んだが、既にゼロスの姿はそこに無かった。彼は筋力強化(微)の出力を上げ、一瞬でマリウスの背後に回り込み、棍棒を振り上げていた。
「っ!?」
先程よりも更に速度を増した棍棒が、マリウスに迫る。彼は寸前でそれを受け止めたが、そこからゼロスの凄まじい速度で振るわれる豪打が、嵐のようにマリウスを襲った。マリウスは、完全に防戦一方となった。
マリウス(こいつっ!力と速度は、既に人間の戦士の域を超えているっ!!)
そう思ったのも束の間、ゼロスは更にスキルの出力を上げ、棍棒の速度と威力がさらに上がっていく。
マリウス(弾き方を一度でも間違えれば、受け流せなくなるっ…こいつは、モンスターか何かか!?)
ゼロス(このマリウスとか言う奴!!どういう神経してやがったら、これを全部弾けるんだよ!めんどくせぇなっ!)
業を煮やしたゼロスは、出力をさらに引き上げ、上段からの打撃と見せかけたフェイントを混ぜて、死角となる下から棍棒を打ち上げる。
マリウス「っ!?」
一瞬のフェイントに釣られそうになり、咄嗟に剣の腹で棍棒を受け止めたが、そのあまりの威力に、マリウスの身体ごと宙に浮かされ、後ろに弾き飛ばされた。
彼はなんとか地面で受け身を取りながら着地する。
「…ハァ、ハァ…人と、やっている感覚がしないな、貴様は…」
一瞬、静まり返る訓練場。
「…うわぁぁぁぁぁああああ、ゼロスゥゥゥゥゥゥ!!」
「凄い!!本当に凄いよ、ゼロスッ!!」
ルナとレオの歓声が響き渡る。アリシアは、「私は最初から信じていました」という顔で、静かに微笑んでいる。
「…これ程とはな…イレインの言ってたことは、本当だったか…」
「…そうですね。マリウスは騎士団の中でも最高戦力…スキルを使っていないとはいえ、あそこまで防戦一方とは…」
ギデオンとヘレナも、驚愕を隠せない。
マリウスは立ち上がり、剣を構え直した。その瞳から、先ほどまでの油断や侮りは完全に消え失せている。
「俺はもう…人とやっているとは思わん。これより、対モンスター戦の戦闘に切り替える」
完全に殺す気になった、騎士の目がそこにあった。
「…へっ、どっかで聞いたセリフだな、そりゃ…」
ゼロスは不敵に笑う。
「まぁいい。そろそろ、フィナーレと行こうかっ!」
ゼロスは重心を低く構え…筋力強化(微)の出力を、自らの限界まで引き上げた。
その瞬間、彼の身体を引き裂くような激痛と共に、筋肉がさらに膨張し、棍棒を握る右腕から鮮血が弾け飛ぶ。
「行くぞぉぉぉぉ!!!マリウスゥゥゥゥ!!!」
宣言した瞬間、ゼロスの身体がその場から一瞬消え、激しい土埃だけが残った。次の瞬間には、彼はマリウスの眼前に現れていた。
「これを、待っていたっ!!」
ゼロスが見せた大振りの渾身の一撃に合わせ、マリウスはスキル『斬鉄』を発動した。ゼロスの棍棒ごと、彼を切り払う。それが、この化け物を倒す唯一の好機だと判断したのだ。
『斬鉄』の一撃が横薙ぎに一閃し、ゼロスの木の棍棒が、甲高い音を立てて二つに割れ、宙を飛んだ。
「ゼロスッ!!!!!」
アリシアの悲鳴にも似た叫びが響く。
マリウス「…しまっ…」
正気に戻り、自由都市ネクサスからの客人を斬ってしまった、と後悔の念がマリウスの脳裏をよぎったが、
「わりぃが、当たってねぇんだよ!!!」
寸前で身を逸らし、刃を躱したゼロスが、そこにいた。
そう言った彼の左手は硬く握りしめられている。右腕で棍棒を振るった勢いと、ねじれた身体を戻す反動を利用し、全体重を乗せた渾身の左フックを、がら空きになったマリウスの脇腹目掛けて、撃ち放った。
(第25話/了)
ゼロス一行とギデオン、そしてヘレナは、マリウスに連れられ、その訓練場の門をくぐった。
マリウスは余裕の笑みを浮かべ、ゼロスに武器庫を指し示した。
「ここにある訓練用の武器から、好きなものを選んでくれ」
彼はそう言うと、自らは武器箱から一本の訓練用大剣を引き抜いた。
「グレートアックスはあるか?」
「ん?もちろんあるぞ」
マリウスは同じく武器箱から、ゼロスの要望通りの巨大な訓練斧を引き抜き、彼に手渡す。ゼロスはそれを受け取ると、眉をひそめて黙り込んだ。
「…」
マリウスは、そんなゼロスにだけ聞こえるように、侮蔑を込めて囁いた。
「なんだよ、別に殺しはしないから安心しろよ。いくら元Sランクの冒険者と互角といっても、ガレス副長は現役引退の身だろ?別にお前らにそこまでの働きなんか期待してない。せいぜいBランクでもあれば、囮には使えるだろうがな」
しかし、ゼロスは特に気にしている素振りも見せず、手にした斧を一振りした。
「いや、軽すぎるなと思ってな…俺は、そっちでいい」
そう言って、彼は武器箱から離れた。
「…おい、そっちは」
ゼロスが手に取ったのは、床に雑に立てかけてあった、新人訓練生が素振りで使うためだけの、ただの木の棍棒だった。
マリウスの表情から、笑みが消える。
「…なめているのか?」
その声には、明らかな怒気が含まれていた。
「んなわきゃねぇよ。単に俺は、叩き斬るか、殴りつけるかの武器しか使えねえんだよ」
「…はっ…なんだそれは…技術がいる武器が使えないとでも言うのか?まるで獣だな」
「単に、不器用なだけだよ」
ゼロスは、真剣な表情でそう答えた。
「…どうやら、本気で言っているようだな。いいだろう…」
マリウスは、呆れたように息をついた。二人は訓練場の真ん中に進み出て、対峙する。
ヘレナが、事務的な口調で確認した。
「武器選びはもういいな?マリウス、ルールはどうする?」
「武器以外は本気でやる。スキルもありだ。使えるものは、全て使う」
「実戦形式、か」
「安心しろ。俺はスキルは使わん。せめてものハンデというやつだ」
マリウスは、寛大さを示すように肩をすくめた。
「あら、寛大。流石は騎士様だな。で、勝負はどうやってつけるんだ?」
「俺に一撃でも入れたら、お前の勝ちでいいぞ」
「俺の負けは?」
「…そうだな。お前が『参った』と言ったら、その場で終わりでいい」
そのあまりにも一方的なルールに、見物していたルナが大声を上げた。
「おうおう!余裕じゃねえか!うちのリーダーを舐めてっと、痛い目見るぞ!」
それに呼応して、レオも声を張る。
「そうですっ!ゼロスは、やる時はやる男ですっ!真面目にやれ!!」
マリウスは、応援する二人を横目でちらりと見た。
「…って言ってるが、どうするよ?」
ゼロスは、やれやれといった様子で頭を抱えた。
「…お前ら、俺が戦ってる姿、見たことないだろっ!」
「…ごめん、ノリで…」
「俺も…」
ルナとレオが、しゅんと萎縮する。
そんな彼らの様子に、アリシアは穏やかな微笑みを向けた。
「ゼロスさん、ご武運を…。私は、信じていますよ」
「…やっだぁ、アリシアさん。そんなに期待されても困るわぁぁぁぁぁ」
ゼロスは両手で顔を覆い、大げさにおどけて見せた。
「…自分の女に、情けない姿を見せないといいな?」
「別に、俺の女じゃねぇよ」
「…話はいいか?そろそろ始めてもらいたいんだが」
ヘレナの冷たい声が、二人の間に割って入る。
ゼロスはいつも通り呑気な返事で答えた。
「りょうかーい」
二人は距離を取り、構えた。ヘレナが戦いに巻き込まれない位置まで下がると、その手を高く振り上げた。
「…では…始めっ!!」
ゼロスは棍棒を握り締め、腰を落として重心を低くした。
マリウス(…実戦経験はある、という感じか…)
「先手は譲ってやる。好きに攻めてこい」
「んじゃぁ、遠慮なく」
ゼロスは地を蹴り、一気に間合いを詰めると、マリウスの肩目掛けて棍棒を振り下ろした。
マリウス(…所詮は、荷物持ちか)
「遅いっ!」
マリウスはそう言い放つと同時に、ゼロスの棍棒を大剣で軽く打ち払い、返す刃で即座に反撃に転じた。
マリウス(これで、終わりだっ!)
高速の斬撃が、ゼロスの胴体を捉えた――かに見えた。しかし、打ち払われたはずのゼロスの棍棒は、既に彼の身体の横に引き戻されており、マリウスの刃をガキン、と硬い音を立てて受け止めていた。
「…まぁまぁ、やるようだな」
「そいつはどうも」
二人は一旦距離を取る。
「頑張れー、ゼロスゥゥゥゥ!!」
「負けるなっ、ゼロス!」
ルナとレオは、再び果敢に応援を始めた。
「仲間の前だ。無様に散らんといいな」
マリウスはそう言うと、再びゼロスに斬りかかった。
「そうだなっ!」
ゼロスは、その斬撃をひらりとかわす。
「いよっし!躱した!攻めろぉぉぉぉぉぉ!!!」
「行けっ!!ゼロス!」
二人は応援するが、ゼロスはマリウスの剣戟を、ただひたすらに躱し続けるだけだった。その戦い方は、誰の目にも防戦一方にしか見えなかった。
ギデオンは、失望したようにため息をついた。
「…期待外れ、か…イレインのやつめ」
「仕方ありません。マリウスは現役で数多のモンスターを討伐している身。場数が違います」
「…そうだな…囮か、陽動程度には使えるかもしれんがな」
ただ一人、アリシアだけが、神妙な面持ちで、ゼロスの動きをじっと見つめていた。
マリウスは苛立ちを隠さずに、さらに斬撃の速度を上げた。
「どうした!!少しは攻めてみたらどうだ!?」
高速の斬撃の嵐の中を、ゼロスは紙一重で躱し続ける。
「…そうか?なら」
ゼロスは静かに呟くと、一瞬だけ、棍棒を大きく振りかぶる予備動作を見せた。
マリウス(遅…)
――いっ!マリウスがそう断定しかけた瞬間、ゼロスの棍棒が今までとは明らかに違う、凄まじい速度で彼の胴体を横薙ぎに薙ぎ払ってきた。
「っ!?」
マリウスは咄嗟に大剣の腹でその一撃を防御する。
「ふっ…やる…」
――な。と言い終わる前に、ゼロスはマリウスの右腕を、空いている左手で鷲掴みにし、そのまま勢いよく反対側の地面に投げ飛ばした。
「ぐっ!?」
マリウスが石畳に叩きつけられる鈍い音が、訓練場に響き渡る。
「やっった!!」
レオが歓声を上げた。
「いい気に…」
――なるなっ!マリウスがそう叫ぼうとしたのだろうが、ゼロスは聞く耳を持たず、無防備な彼の顔目掛けて、躊躇なく棍棒を振り下ろした。
轟音と金属がぶつかる激しい音、そして衝撃波で土煙が巻き起こる。
「マリウスッ!」
ヘレナが叫ぶ。マリウスは寸でのところで剣を盾にし、棍棒の一撃を止めていたが、その勢いを殺しきれず、後方へ転がって咄嗟に距離を取った。
ゼロスが振り下ろした棍棒は、石畳を大きく抉り、さらに濃い土煙を巻き上げる。
その土煙の中に、足で地面を踏み抜いたゼロスの姿があった。
「…貴様っ…」
「あら、避けられた。流石の反射神経」
その非情な戦いぶりに、ルナとレオは血の気の引いた顔をしていた。
「…ゼロス、こっわっ…」
「…本気で、頭を潰そうとしたのか…」
観戦していたギデオンは、先ほどまでの失望した顔を消し、獰猛な期待の光を目に宿していた。
「…なかなか、やるな」
「…今までの動きは…」
ゼロスは身体についた土埃を、軽く叩きながら言った。
「実戦形式、だろ?」
「…貴様の戦い方には、戦士としての誇りがないっ。ずる賢く狡猾で、まるでアサシンのような戦い方だ」
「褒めてんの?貶してんの?」
「貶しているに決まっているだろう!!」
「やぁねぇ…これだから高貴な生まれの男ってやつは」
その時、ギデオンの大きな声が響いた。
「マリウス!お前が最初に言い出したルールだ!見苦しいぞ!」
「…ちっ!」
マリウスは忌々しげに舌打ちした。
「…で、勝負はまだ続けるのか?」
「ふん、当たり前だ」
「んじゃぁ…行くぜ」
ゼロスは先ほど土埃を叩いていた手を、マリウスの顔目掛けて勢いよく振るった。
「!!」
マリウスは咄嗟に顔を横に振る。砂粒による目潰しを避けるためだった。
「ゼロスッ!」
戦士らしからぬ戦い方をするゼロスに、怒りで我を忘れて彼の名を呼んだが、既にゼロスの姿はそこに無かった。彼は筋力強化(微)の出力を上げ、一瞬でマリウスの背後に回り込み、棍棒を振り上げていた。
「っ!?」
先程よりも更に速度を増した棍棒が、マリウスに迫る。彼は寸前でそれを受け止めたが、そこからゼロスの凄まじい速度で振るわれる豪打が、嵐のようにマリウスを襲った。マリウスは、完全に防戦一方となった。
マリウス(こいつっ!力と速度は、既に人間の戦士の域を超えているっ!!)
そう思ったのも束の間、ゼロスは更にスキルの出力を上げ、棍棒の速度と威力がさらに上がっていく。
マリウス(弾き方を一度でも間違えれば、受け流せなくなるっ…こいつは、モンスターか何かか!?)
ゼロス(このマリウスとか言う奴!!どういう神経してやがったら、これを全部弾けるんだよ!めんどくせぇなっ!)
業を煮やしたゼロスは、出力をさらに引き上げ、上段からの打撃と見せかけたフェイントを混ぜて、死角となる下から棍棒を打ち上げる。
マリウス「っ!?」
一瞬のフェイントに釣られそうになり、咄嗟に剣の腹で棍棒を受け止めたが、そのあまりの威力に、マリウスの身体ごと宙に浮かされ、後ろに弾き飛ばされた。
彼はなんとか地面で受け身を取りながら着地する。
「…ハァ、ハァ…人と、やっている感覚がしないな、貴様は…」
一瞬、静まり返る訓練場。
「…うわぁぁぁぁぁああああ、ゼロスゥゥゥゥゥゥ!!」
「凄い!!本当に凄いよ、ゼロスッ!!」
ルナとレオの歓声が響き渡る。アリシアは、「私は最初から信じていました」という顔で、静かに微笑んでいる。
「…これ程とはな…イレインの言ってたことは、本当だったか…」
「…そうですね。マリウスは騎士団の中でも最高戦力…スキルを使っていないとはいえ、あそこまで防戦一方とは…」
ギデオンとヘレナも、驚愕を隠せない。
マリウスは立ち上がり、剣を構え直した。その瞳から、先ほどまでの油断や侮りは完全に消え失せている。
「俺はもう…人とやっているとは思わん。これより、対モンスター戦の戦闘に切り替える」
完全に殺す気になった、騎士の目がそこにあった。
「…へっ、どっかで聞いたセリフだな、そりゃ…」
ゼロスは不敵に笑う。
「まぁいい。そろそろ、フィナーレと行こうかっ!」
ゼロスは重心を低く構え…筋力強化(微)の出力を、自らの限界まで引き上げた。
その瞬間、彼の身体を引き裂くような激痛と共に、筋肉がさらに膨張し、棍棒を握る右腕から鮮血が弾け飛ぶ。
「行くぞぉぉぉぉ!!!マリウスゥゥゥゥ!!!」
宣言した瞬間、ゼロスの身体がその場から一瞬消え、激しい土埃だけが残った。次の瞬間には、彼はマリウスの眼前に現れていた。
「これを、待っていたっ!!」
ゼロスが見せた大振りの渾身の一撃に合わせ、マリウスはスキル『斬鉄』を発動した。ゼロスの棍棒ごと、彼を切り払う。それが、この化け物を倒す唯一の好機だと判断したのだ。
『斬鉄』の一撃が横薙ぎに一閃し、ゼロスの木の棍棒が、甲高い音を立てて二つに割れ、宙を飛んだ。
「ゼロスッ!!!!!」
アリシアの悲鳴にも似た叫びが響く。
マリウス「…しまっ…」
正気に戻り、自由都市ネクサスからの客人を斬ってしまった、と後悔の念がマリウスの脳裏をよぎったが、
「わりぃが、当たってねぇんだよ!!!」
寸前で身を逸らし、刃を躱したゼロスが、そこにいた。
そう言った彼の左手は硬く握りしめられている。右腕で棍棒を振るった勢いと、ねじれた身体を戻す反動を利用し、全体重を乗せた渾身の左フックを、がら空きになったマリウスの脇腹目掛けて、撃ち放った。
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※本作は小説家になろうでも投稿しています。
最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした
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最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。
「もうオマエはいらん」
勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。
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転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。
勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)
辺境追放された「植物魔導師」の領地開拓 ~枯れ果てた死の大地は、俺の魔力で聖域(楽園)へと変貌する~
リーフレット
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「植物魔法? ああ、農作業にしか使えないあの地味な魔法か」
帝国騎士団の専属魔導師だったアルトは、無能な二世皇太子レオンによって、一方的に追放を言い渡された。
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帝国を出て行き着いた先は、魔物が跋扈し、草一本生えないと言われる最果ての荒野。
死を待つだけの地。しかし、アルトは絶望するどころか、晴れやかな顔で笑っていた。
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(完結)魔王討伐後にパーティー追放されたFランク魔法剣士は、超レア能力【全スキル】を覚えてゲスすぎる勇者達をザマアしつつ世界を救います
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魔王討伐直後にクリードは勇者ライオスからパーティーから出て行けといわれるのだった。クリードはパーティー内ではつねにFランクと呼ばれ戦闘にも参加させてもらえず場美雑言は当たり前でクリードはもう勇者パーティーから出て行きたいと常々考えていたので、いい機会だと思って出て行く事にした。だがラストダンジョンから脱出に必要なリアーの羽はライオス達は分けてくれなかったので、仕方なく一階層づつ上っていく事を決めたのだった。だがなぜか後ろから勇者パーティー内で唯一のヒロインであるミリーが追いかけてきて一緒に脱出しようと言ってくれたのだった。切羽詰まっていると感じたクリードはミリーと一緒に脱出を図ろうとするが、後ろから追いかけてきたメンバーに石にされてしまったのだった。