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1章:異世界、始動
飲み会!
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受付嬢が4人分のギルドカードと住居証明書を準備しているあいだ、4人はカウンター横のベンチに腰掛けていた。
再会の感動、2日間の疲れ、色んな想いがひっきりなしに押し寄せ、誰もが疲弊しているはずなのに、妙に気持ちは冴えていた。
そんな空気の中__いちばん現実的な発言をしたのは、ユキヤだった。
「…さて、家を確保したのはいいが、どうやって戻るか……」
身の安全。この世界への理解。そして何よりこの世界で生計を立てていかなければならないこと……
考えるべきことはいくらでもある。
だが、その真面目な問いに返ってきた答えはあまりにも軽かった。
「戻る必要なくない?」
ミカンが迷いゼロの即答。
コウが笑いながら顎を上げる。
「ははっ!!わかるわ!俺もそう思った」
「いや~だってさ、異世界だよ?戻るより絶対こっちのが楽しいじゃん。学校もないし、めんどーな人間関係もないし!そして何より家族に会わなくていい!!さいこーだね。」
「それな~」
ミカンの言葉には、“元の世界に未練なし”というのがはっきりと滲んでいた。
ソウはというと、背にもたれたまま淡々と呟く。
「僕は…別にどうでも…どこにいようが生活は変わらないでしょ……」
あまりにも温度の違う三者三様の態度に、ユキヤは深いため息をついた。
「っはぁ~……お前らなぁ……少しは考えて__」
その瞬間だった。
「オメェら!!」
豪快で、壁一枚くらい簡単に突き破りそうな声が響いた。
「うわ、な、なんすか…」
ミカンが肩をすくめて振り向く。
そこには──さっき話しかけてきた、腕っぷしのいい冒険者が立っていた。彼は4人の前にどんと立ち、満面の笑みを浮かべた。
「転生者だったんだな!!先に言えよ~!!」
「は、ははは……」
ミカンは引きつった笑いを返す。
「登録って結構時間かかるんだよな!俺らと飲んで時間潰そうぜ!!歓迎会だ!!」
その唐突な提案に、ユキヤは思わずツッコミを入れる。
「いや、俺とミカンは未成年だから…」
「お?未成年?見た感じもう大人に見えるけどな」
「コイツらどっちも17だよ」
ソウがぼそっと補足する。
「なら飲めんじゃねぇか!!!」
「……?」
ミカンは一瞬思考停止。
「……こっちの世界の成人って…」
「ん?16歳だ!!」
ミカンが瞬時に目を輝かせる。
「おー!飲めるじゃん!」
「へ~!そうなんや!!なら飲もうぜ!」
コウまで勢いよく乗っかる。
「いや……いやいやいや!!ミカンはダメだからな!?こんな野郎がいっぱい居るところで飲もうもんなら…」
「え~いいじゃん!一緒に飲も?」
「ぐっ……!」
ユキヤが必死に止めるが、それもミカンのおねだりには負けてしまう。
「ユキヤ行くぞ~~!!飲み会やぁぁぁ!!」
「わ、わかった!わかったから肩組むな!!歩きにくいって!!」
コウはユキヤの肩を組みにずりずり引きずっていく。
「れっつごー!」
ミカンはユキヤの腕を組み引っ張る
「ちょ、まっ…ひ、引っ張るなって…!」
そしてソウと冒険者が後ろからついて行く。
「へぇ…アイツら付き合ってんのか!!」
「いや…そういう訳じゃないと思うけど…」
賑やかな声が充満するギルド奥の飲食スペース。大きな丸テーブルに、木製のジョッキと皿が次々と並べられていく。
「ほれ座れ座れ!!今日は転生者の歓迎会だ!!」
あの豪快な冒険者に促され、4人は半ば強制的に席へ着かされた。
テーブルの中心には巨大な肉の塊、焼き立てのパン、香草の効いたスープ……これぞ“冒険者の食堂”という豪快な食事がずらり。
「おぉ……!!久しぶりのご飯……!!!!」
ミカンは目を輝かせ、料理に釘付けになる。
一方ユキヤは___
(ミカンが飲むんなら俺は飲まずに見てないと……)と、隣でひやひやと眉を寄せていた。
ふいにソウがぽつりと口を開く。
「ちなみに……お酒って何あるの?」
普段は無気力に見える彼が少し興味を示したせいで、テーブルの全員がそっちを向く。冒険者は待ってましたとばかりに笑った。
「なんでもあるぞ!!ビールにワイン、カクテル、サワー……おすすめなのはドラゴンの角を粉にして溶かした酒だ!」
聞いたこともないお酒に、ソウは一瞬で青ざめる。
「な、なにそれ……ぼ、僕は梅酒で……」
苦手なものを前にした猫みたいに肩を縮こませ、そっと選択肢から逃げた。
一方、テンションが上がりきっている男が一人。
「俺は~ビールはさっき飲んだし……ウィスキーで!」
コウは胸を張りながら注文。まるで元から常連みたいに堂々としていた。
ミカンはメニューを見ながら眉を寄せて唸っていた。
「ん~……何がいいんだろ…」
悩んでいるというより、楽しんでいる顔だ。
そんなミカンに、隣のユキヤは眉間を押さえてぼそっと言う。
「初めてなんだし弱いのに……」
注意はしてみるが、ミカンの好奇心の前ではほぼ無意味。
するとコウが、優しくも余計なお節介の顔で口を挟む。
「カルーアミルクとか飲みやすいんちゃう?」
「じゃあそれで!!」
「俺の話聞いてた?」
ユキヤの忠告は秒で無視された。
「ユキヤは~?」
「俺は別に……」
メニューを見るのも面倒くさそうに答える。
「ノリ悪いなぁ~」
「ウザ…」
コウにからかわれ、ユキヤは溜息をひとつ。
「……はぁ……じゃ、一番弱いので」
すると冒険者が目を輝かせて言った。
「じゃあこのラムネサワーでいいか?」
「はい……」
軽くため息をつき返事するユキヤ。その横顔を、ミカンはこっそり口元をゆるめて見ていた。
こうして注文が出揃い、冒険者が勢いよく手を挙げる。
「おーい姉ちゃん!こいつらに酒と料理モリモリで頼む!!」
店員が笑いながらメモを取って去っていく。
テーブルの上は、もうすでに湯気と香りで満たされている。まるで、4人をこの世界が歓迎してくれているようだ。
しばらくして、店員が盆を抱えて戻ってきた。
「お待たせしました~!」
テーブルに並べられるジョッキとグラス。その香りと色だけで、誰のがどれかすぐ分かる。
コウの前には琥珀色のウィスキー。
ソウの前にはほのかに香る梅酒。
ミカンのグラスには、デザートみたいに甘い香りのカルーアミルク。
そしてユキヤの前には、炭酸の弾けるラムネサワー。
「わ!!来た来た!!」
ミカンが嬉しそうに手を叩く。そのテンションだけで周囲の冒険者が笑っていた。
豪快な兄ちゃんもジョッキを片手に声を張る。
「よし!!転生者4人の異世界初飲み会!乾杯だ!!」
ミカンとコウがノリノリでジョッキを掲げる。
「「いえ~い!かんぱーい!!」」
「か、かんぱい……」
ソウは小声ながらもグラスを合わせた。
ユキヤは──
(ミカンに度数高い酒飲ませたくないんだけど……)
心の中で頭を抱えつつも、仕方なくグラスを上げる。
「……乾杯」
グラスがぶつかる音が鳴った瞬間___
4人の肩からふっと力が抜けていくのがわかった。
昨日まで全員が、知らない場所で、知らない敵と向き合って、生きるのに全力だった。
だからこそ、この“安心してワイワイできる時間”は、胸にじんわり沁みた。
カルーアミルクを口に運んだミカンが、満面の笑みを浮かべた。
「ん~!美味しい!コーヒー牛乳みたい!!」
はしゃぐ声が弾む。その無邪気さに、ユキヤは思わず口元を緩めた。
「お前、カフェオレとかそういう感じの好きだもんな」
「うん!めちゃ好きかも、これ!」
グラスを抱え込んで嬉しそうに揺れる姿は、まるで新しいお菓子を見つけた子供みたいだった。
「飲みすぎるなよ……」
心配そうなユキヤの声をよそに、ミカンはまたひと口。甘い香りがテーブルの空気まで柔らかくしていく。
その横では___
「……ッカァー!!うんめぇー!たまんねぇなぁ!!」
コウがウィスキーを豪快に煽っていた。喉を鳴らす音がやたらと清々しい。
「おお!いい飲みっぷりだな!兄ちゃん!!」
冒険者たちから歓声が飛ぶ。
コウは得意げにジョッキを掲げ、片目を細める。
「ふっ……だろ?」
完全に“イケメンモード”だ。
一方で、ソウはというと__
「……うま」
梅酒をちびちび飲みながら、静かにつまみを食べ、静かに味わっていた。喧騒とは質の違う落ち着きを纏っているが、その肩の力が抜けた姿を見るに、彼も楽しんでいるようだった。
しばらく賑やかな宴が続いたころ、冒険者がニヤリと4人を見る。
「にしても、最近物騒なこと多いしな。特殊属性持ちの転生者さんなんて、ちょー頼られまくるんじゃないか?」
「そうか~?」
コウはウィスキー片手にケラケラ笑う。
現実味がないのか、むしろ楽しそうだ。
「これから大活躍だな!!」
「えへへ~」
ミカンは褒められていると勘違いして、頬を赤らめながら笑う。
その場は酒と笑い声で満たされ、誰もが上機嫌だった。
宴も半ばに差し掛かり、ギルドの飲食スペースは一層熱気を帯びていた。誰かが歌い、誰かが喧嘩し、誰かが抱き合って泣き___
冒険者たちの喧騒はまるで焚き火のように温かく、荒々しく、息づいている。
その一角で、ミカンは完全に酔っ払っていた。
「ミカン……流石に飲みすぎだって……」
ユキヤが心底心配そうに眉を寄せる。声は落ち着いているが、その目はずっとミカンを追い続けていた。
だがミカンはというと──
「ん~……んへへ」
返事になっていない気の抜けた声。そのまま、ふらりとユキヤに身体を寄せて___
ひっついた。
「ちょ、なん……!?」
ユキヤの肩がびくりと跳ねる。ミカンの髪が、ほのかな香りをまとって彼の首元をくすぐった。
ミカンはさらに顔を近づけると──
「ユキヤいい匂いだねぇ~……」
酔っているからか、囁き声はいつもよりもずっと甘くて、無駄に破壊力があった。
「あ、あの、み、ミカンさん??む、胸がですね俺の腕に……っ!」
ユキヤの顔が一気に赤くなる。ミカンの体温、呼吸、柔らかい感触___全てがユキヤの理性をじりじりと焼いていく。
「ん~……」
本人はそんな気など一切なく、安心しきった猫のように彼の腕に寄りかかっている。
そして、この状況を真正面から楽しんでいるやつがいた。
コウだ。
「なんや~イチャイチャしよって~」
手を口元に当て、にたぁっと口を歪めて笑う。わざとらしい挑発に、ユキヤは反射的に声を荒げた。
「ち、ちげぇから!! てか助け──」
ユキヤが救いを求めるが、コウは一切聞かない。まるでその言葉を避けるように、すっと視線をそらし___
「なぁソウ~」
と、わざとらしく隣の席へ逃げてしまう。
「おい!!!」
ユキヤの叫びも、喧騒に紛れて虚しく消えた。
コウはソウの横に腰掛け、肩をぽんぽん叩きながら声をかける。
「ソウ~飲んどるか~」
ソウは梅酒のグラスを両手で持ち、ちびちびと口に運んでいた。
「ん、飲んだよ。1杯」
「え~もっと飲もうぜ~」
「ヤダよ。僕酒弱いし……」
ソウは頬をほんのり赤く染め、目を伏せながら拒否する。その控えめな拒絶すら、どこか愛嬌があってコウの胸をときめかせた。
しかしコウはまったく引かない。
「ソウのカッコイイとこ見てみたーい!」
「そういうコールいらないから……」
ソウは本気で嫌そうに眉を寄せるが、その表情はいつもより少し柔らかく、酔いも手伝ってかどこか子供っぽい。
「え~つれへんなぁ~」
コウの楽しげな声が響き、ソウは肩を落としながら「……はぁ……」とため息をついた。
その横では、ミカンがユキヤにしがみついたまま、幸せそうに小さく笑っていた。
ユキヤは顔を真っ赤にし、手のやり場に困りながらも……ミカンの体をそっと支えている。
異世界で迎えた最初の夜は騒がしくて、温かくて、ちょっと恥ずかしくて……
だけど確かに、幸せだった。
再会の感動、2日間の疲れ、色んな想いがひっきりなしに押し寄せ、誰もが疲弊しているはずなのに、妙に気持ちは冴えていた。
そんな空気の中__いちばん現実的な発言をしたのは、ユキヤだった。
「…さて、家を確保したのはいいが、どうやって戻るか……」
身の安全。この世界への理解。そして何よりこの世界で生計を立てていかなければならないこと……
考えるべきことはいくらでもある。
だが、その真面目な問いに返ってきた答えはあまりにも軽かった。
「戻る必要なくない?」
ミカンが迷いゼロの即答。
コウが笑いながら顎を上げる。
「ははっ!!わかるわ!俺もそう思った」
「いや~だってさ、異世界だよ?戻るより絶対こっちのが楽しいじゃん。学校もないし、めんどーな人間関係もないし!そして何より家族に会わなくていい!!さいこーだね。」
「それな~」
ミカンの言葉には、“元の世界に未練なし”というのがはっきりと滲んでいた。
ソウはというと、背にもたれたまま淡々と呟く。
「僕は…別にどうでも…どこにいようが生活は変わらないでしょ……」
あまりにも温度の違う三者三様の態度に、ユキヤは深いため息をついた。
「っはぁ~……お前らなぁ……少しは考えて__」
その瞬間だった。
「オメェら!!」
豪快で、壁一枚くらい簡単に突き破りそうな声が響いた。
「うわ、な、なんすか…」
ミカンが肩をすくめて振り向く。
そこには──さっき話しかけてきた、腕っぷしのいい冒険者が立っていた。彼は4人の前にどんと立ち、満面の笑みを浮かべた。
「転生者だったんだな!!先に言えよ~!!」
「は、ははは……」
ミカンは引きつった笑いを返す。
「登録って結構時間かかるんだよな!俺らと飲んで時間潰そうぜ!!歓迎会だ!!」
その唐突な提案に、ユキヤは思わずツッコミを入れる。
「いや、俺とミカンは未成年だから…」
「お?未成年?見た感じもう大人に見えるけどな」
「コイツらどっちも17だよ」
ソウがぼそっと補足する。
「なら飲めんじゃねぇか!!!」
「……?」
ミカンは一瞬思考停止。
「……こっちの世界の成人って…」
「ん?16歳だ!!」
ミカンが瞬時に目を輝かせる。
「おー!飲めるじゃん!」
「へ~!そうなんや!!なら飲もうぜ!」
コウまで勢いよく乗っかる。
「いや……いやいやいや!!ミカンはダメだからな!?こんな野郎がいっぱい居るところで飲もうもんなら…」
「え~いいじゃん!一緒に飲も?」
「ぐっ……!」
ユキヤが必死に止めるが、それもミカンのおねだりには負けてしまう。
「ユキヤ行くぞ~~!!飲み会やぁぁぁ!!」
「わ、わかった!わかったから肩組むな!!歩きにくいって!!」
コウはユキヤの肩を組みにずりずり引きずっていく。
「れっつごー!」
ミカンはユキヤの腕を組み引っ張る
「ちょ、まっ…ひ、引っ張るなって…!」
そしてソウと冒険者が後ろからついて行く。
「へぇ…アイツら付き合ってんのか!!」
「いや…そういう訳じゃないと思うけど…」
賑やかな声が充満するギルド奥の飲食スペース。大きな丸テーブルに、木製のジョッキと皿が次々と並べられていく。
「ほれ座れ座れ!!今日は転生者の歓迎会だ!!」
あの豪快な冒険者に促され、4人は半ば強制的に席へ着かされた。
テーブルの中心には巨大な肉の塊、焼き立てのパン、香草の効いたスープ……これぞ“冒険者の食堂”という豪快な食事がずらり。
「おぉ……!!久しぶりのご飯……!!!!」
ミカンは目を輝かせ、料理に釘付けになる。
一方ユキヤは___
(ミカンが飲むんなら俺は飲まずに見てないと……)と、隣でひやひやと眉を寄せていた。
ふいにソウがぽつりと口を開く。
「ちなみに……お酒って何あるの?」
普段は無気力に見える彼が少し興味を示したせいで、テーブルの全員がそっちを向く。冒険者は待ってましたとばかりに笑った。
「なんでもあるぞ!!ビールにワイン、カクテル、サワー……おすすめなのはドラゴンの角を粉にして溶かした酒だ!」
聞いたこともないお酒に、ソウは一瞬で青ざめる。
「な、なにそれ……ぼ、僕は梅酒で……」
苦手なものを前にした猫みたいに肩を縮こませ、そっと選択肢から逃げた。
一方、テンションが上がりきっている男が一人。
「俺は~ビールはさっき飲んだし……ウィスキーで!」
コウは胸を張りながら注文。まるで元から常連みたいに堂々としていた。
ミカンはメニューを見ながら眉を寄せて唸っていた。
「ん~……何がいいんだろ…」
悩んでいるというより、楽しんでいる顔だ。
そんなミカンに、隣のユキヤは眉間を押さえてぼそっと言う。
「初めてなんだし弱いのに……」
注意はしてみるが、ミカンの好奇心の前ではほぼ無意味。
するとコウが、優しくも余計なお節介の顔で口を挟む。
「カルーアミルクとか飲みやすいんちゃう?」
「じゃあそれで!!」
「俺の話聞いてた?」
ユキヤの忠告は秒で無視された。
「ユキヤは~?」
「俺は別に……」
メニューを見るのも面倒くさそうに答える。
「ノリ悪いなぁ~」
「ウザ…」
コウにからかわれ、ユキヤは溜息をひとつ。
「……はぁ……じゃ、一番弱いので」
すると冒険者が目を輝かせて言った。
「じゃあこのラムネサワーでいいか?」
「はい……」
軽くため息をつき返事するユキヤ。その横顔を、ミカンはこっそり口元をゆるめて見ていた。
こうして注文が出揃い、冒険者が勢いよく手を挙げる。
「おーい姉ちゃん!こいつらに酒と料理モリモリで頼む!!」
店員が笑いながらメモを取って去っていく。
テーブルの上は、もうすでに湯気と香りで満たされている。まるで、4人をこの世界が歓迎してくれているようだ。
しばらくして、店員が盆を抱えて戻ってきた。
「お待たせしました~!」
テーブルに並べられるジョッキとグラス。その香りと色だけで、誰のがどれかすぐ分かる。
コウの前には琥珀色のウィスキー。
ソウの前にはほのかに香る梅酒。
ミカンのグラスには、デザートみたいに甘い香りのカルーアミルク。
そしてユキヤの前には、炭酸の弾けるラムネサワー。
「わ!!来た来た!!」
ミカンが嬉しそうに手を叩く。そのテンションだけで周囲の冒険者が笑っていた。
豪快な兄ちゃんもジョッキを片手に声を張る。
「よし!!転生者4人の異世界初飲み会!乾杯だ!!」
ミカンとコウがノリノリでジョッキを掲げる。
「「いえ~い!かんぱーい!!」」
「か、かんぱい……」
ソウは小声ながらもグラスを合わせた。
ユキヤは──
(ミカンに度数高い酒飲ませたくないんだけど……)
心の中で頭を抱えつつも、仕方なくグラスを上げる。
「……乾杯」
グラスがぶつかる音が鳴った瞬間___
4人の肩からふっと力が抜けていくのがわかった。
昨日まで全員が、知らない場所で、知らない敵と向き合って、生きるのに全力だった。
だからこそ、この“安心してワイワイできる時間”は、胸にじんわり沁みた。
カルーアミルクを口に運んだミカンが、満面の笑みを浮かべた。
「ん~!美味しい!コーヒー牛乳みたい!!」
はしゃぐ声が弾む。その無邪気さに、ユキヤは思わず口元を緩めた。
「お前、カフェオレとかそういう感じの好きだもんな」
「うん!めちゃ好きかも、これ!」
グラスを抱え込んで嬉しそうに揺れる姿は、まるで新しいお菓子を見つけた子供みたいだった。
「飲みすぎるなよ……」
心配そうなユキヤの声をよそに、ミカンはまたひと口。甘い香りがテーブルの空気まで柔らかくしていく。
その横では___
「……ッカァー!!うんめぇー!たまんねぇなぁ!!」
コウがウィスキーを豪快に煽っていた。喉を鳴らす音がやたらと清々しい。
「おお!いい飲みっぷりだな!兄ちゃん!!」
冒険者たちから歓声が飛ぶ。
コウは得意げにジョッキを掲げ、片目を細める。
「ふっ……だろ?」
完全に“イケメンモード”だ。
一方で、ソウはというと__
「……うま」
梅酒をちびちび飲みながら、静かにつまみを食べ、静かに味わっていた。喧騒とは質の違う落ち着きを纏っているが、その肩の力が抜けた姿を見るに、彼も楽しんでいるようだった。
しばらく賑やかな宴が続いたころ、冒険者がニヤリと4人を見る。
「にしても、最近物騒なこと多いしな。特殊属性持ちの転生者さんなんて、ちょー頼られまくるんじゃないか?」
「そうか~?」
コウはウィスキー片手にケラケラ笑う。
現実味がないのか、むしろ楽しそうだ。
「これから大活躍だな!!」
「えへへ~」
ミカンは褒められていると勘違いして、頬を赤らめながら笑う。
その場は酒と笑い声で満たされ、誰もが上機嫌だった。
宴も半ばに差し掛かり、ギルドの飲食スペースは一層熱気を帯びていた。誰かが歌い、誰かが喧嘩し、誰かが抱き合って泣き___
冒険者たちの喧騒はまるで焚き火のように温かく、荒々しく、息づいている。
その一角で、ミカンは完全に酔っ払っていた。
「ミカン……流石に飲みすぎだって……」
ユキヤが心底心配そうに眉を寄せる。声は落ち着いているが、その目はずっとミカンを追い続けていた。
だがミカンはというと──
「ん~……んへへ」
返事になっていない気の抜けた声。そのまま、ふらりとユキヤに身体を寄せて___
ひっついた。
「ちょ、なん……!?」
ユキヤの肩がびくりと跳ねる。ミカンの髪が、ほのかな香りをまとって彼の首元をくすぐった。
ミカンはさらに顔を近づけると──
「ユキヤいい匂いだねぇ~……」
酔っているからか、囁き声はいつもよりもずっと甘くて、無駄に破壊力があった。
「あ、あの、み、ミカンさん??む、胸がですね俺の腕に……っ!」
ユキヤの顔が一気に赤くなる。ミカンの体温、呼吸、柔らかい感触___全てがユキヤの理性をじりじりと焼いていく。
「ん~……」
本人はそんな気など一切なく、安心しきった猫のように彼の腕に寄りかかっている。
そして、この状況を真正面から楽しんでいるやつがいた。
コウだ。
「なんや~イチャイチャしよって~」
手を口元に当て、にたぁっと口を歪めて笑う。わざとらしい挑発に、ユキヤは反射的に声を荒げた。
「ち、ちげぇから!! てか助け──」
ユキヤが救いを求めるが、コウは一切聞かない。まるでその言葉を避けるように、すっと視線をそらし___
「なぁソウ~」
と、わざとらしく隣の席へ逃げてしまう。
「おい!!!」
ユキヤの叫びも、喧騒に紛れて虚しく消えた。
コウはソウの横に腰掛け、肩をぽんぽん叩きながら声をかける。
「ソウ~飲んどるか~」
ソウは梅酒のグラスを両手で持ち、ちびちびと口に運んでいた。
「ん、飲んだよ。1杯」
「え~もっと飲もうぜ~」
「ヤダよ。僕酒弱いし……」
ソウは頬をほんのり赤く染め、目を伏せながら拒否する。その控えめな拒絶すら、どこか愛嬌があってコウの胸をときめかせた。
しかしコウはまったく引かない。
「ソウのカッコイイとこ見てみたーい!」
「そういうコールいらないから……」
ソウは本気で嫌そうに眉を寄せるが、その表情はいつもより少し柔らかく、酔いも手伝ってかどこか子供っぽい。
「え~つれへんなぁ~」
コウの楽しげな声が響き、ソウは肩を落としながら「……はぁ……」とため息をついた。
その横では、ミカンがユキヤにしがみついたまま、幸せそうに小さく笑っていた。
ユキヤは顔を真っ赤にし、手のやり場に困りながらも……ミカンの体をそっと支えている。
異世界で迎えた最初の夜は騒がしくて、温かくて、ちょっと恥ずかしくて……
だけど確かに、幸せだった。
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