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1章
愚者の狂想曲 9 イケンジリの村
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時刻は夕刻に向かっている。空を見上げると、太陽がかなり傾いてきていた。地図によると、イケンジリの村はもうすぐ、後少しで到着出来るだろう。野盗の襲来と言うちょっとした?ハプニングにみまわれはしたが、今度こそ無事此のままイケンジリの村に着けるであろう。
春先で暖かい日が続く今日この頃ではあるが、夕刻に近づいてくると、流石に肌寒く感じる。マルガも同じように思っているのか、華奢で柔らかい体を、俺にもたれかけて居た。
「ウフフ…ご主人様の体…暖かいです~」
俺の体にギュッと抱きついているマルガは上機嫌だった。さっきの事で俺もマルガもお互いの距離を少し縮めれたのかも。その証拠に、マルガの表情は幸せです!ご主人様!と言わんばかりの、ニマニマ顔だ。そんなマルガを見ていると、俺までニマニマしてしまう
「マルガも柔らかくて暖かいよ」
そう言うと、金色の毛並みの良い尻尾は、嬉しげに振られていた。
「もう少しでイケンジリの村だ。村に着いたら、一杯美味しい物食べようね」
「ハイ!ご主人様!私楽しみです!」
目をキラキラと輝かせて、涎の出そうな顔でコクコク頷くマルガに、思わず笑ってしまう。マルガも恥ずかしそうに、小さな舌をペロっと出して苦笑いしていた。
そんな穏やかな時間を荷馬車の上で過ごしていた2人だったが、次の瞬間一変する。
それは同時だった。馬のリーズ、白銀キツネのルナ、そしてマルガ…
2匹と1人?は同時に体を強張らせた。その様子に俺は先程の野盗の襲来を思い出す。
俺は荷馬車を止め様子を聞く事にした。
「マルガ…どうしたの?…ひょっとして…また何かの気配を感じた?」
俺は少し緊張しながら聞く。当然、俺も周辺の感知LVを上げて警戒を始める。
そんな俺を見たマルガは、少し強張りながら
「いえ…野盗とかの気配ではありません…動く気配では…」
マルガはそう言うと、可愛い鼻をクンクンとさせて、何かの匂いを嗅いでいる様であった
「じゃ…何の気配を感じるの?」
「はい…これは…血…森の中から、少し血の匂いがします。しかも、この血の匂いは、さっきの野盗と同じ…人間族の血の匂いです」
そう言うと、森の中を指さし、緊張した表情で、森の方を見つめるマルガ。
「血の匂いか…。俺には解らないけどマルガが言うなら、そうなんだろうね。マルガ…動きのある気配は感じる?」
「いえ…感じません。リーズもルナも、血の匂いだけで、動きのある気配は感じていない様です。ご主人様はどうですか?」
「いや…俺も感じないね」
周辺に動きのある気配は感じられない。余程の手練以外はそんな事出来無いであろう。こんな特に利益の上がりそうに無い所に、そんな手練が居る可能性は低い。居て精々先ほどの野盗クラスだろう。
そんな事を考えて、危険度は低いだろうと考えた。俺は荷馬車を街道の端に止める。
「ご主人様?」
「…その血の匂いがするのは、この先の森の中なんだよね?」
「はい。此処から…100m程、森の中に入った所です」
100mか…割りと近いな…
「マルガ…その血の匂いのする所迄、案内して。様子を確認しよう」
そう言うと、コクっと静かに頷くマルガ。俺とマルガは荷馬車から降りて、その血の匂いのする森の中に入って行く。俺はセレーションブレード付きの黒鉄マチェットを鞘から抜いて、何時でも戦える準備をしている。マルガも、黒鉄の短剣を鞘から抜いて、戦えるように警戒していた。
周囲の警戒をしながら、森の中を進んで行くと、俺の感知範囲に入った。
『確かに…血の匂いを感じるけど…これは…』
俺は、その匂いを感じる方に進んで行く。マルガもキョロキョロ警戒しながら、俺の後を付いて来ていた。
そして、その匂いの元にたどり着いて、ソレを見た時に、マルガの顔は歪む。
そこには、人らしき者の、複数の腐乱した死体が転がっていた。死体にはハエが沢山たかっており、ウジ虫も沢山湧いている。体は獣や鳥に食われたのか、バラバラになって、あちこちに散乱していた。どれ位の期間が立っているかは不明だが、一部白骨化している事から、そこそこ時間は立っている事を思わせる。
「これは…酷いですね…」
腐臭漂う死体を見ながら、目を細めるマルガ。
「だね…でもこれは、獣や鳥に食い荒らされたからかもね。しかし…これは…凄いな…」
「どうしたんですかご主人様?」
「…マルガこれ見てよ」
俺が指さすものを見て、マルガも目を丸くしていた
「これ…黒鉄製の胸当てか何かですよね?それが…こんなに綺麗に…」
俺とマルガが見ているのは、黒鉄で出来たハーフプレートメイルだった。そのハーフプレートメイルは肩から斜めに綺麗に斬られて、真っ二つになっている。俺とマルガが驚いているのは、その切断面だ。
その切断面は非常に綺麗で、まるで鏡の様に光を反射していて、指で触ってもツルツルしている。
「この斬り方は、恐らく剣による物…黒鉄製のハーフプレートメイルを、こんなに綺麗に斬れるなんて…今の俺じゃ無理だね」
切り口を見ながら、冷静に判断をする。習得しているレアスキルの闘気術を使っても、此処まで綺麗に斬る事は、今の俺には出来無い。それはつまり、この黒鉄製のハーフプレートメイルを斬った人物は、俺より実力が上と言う事が容易に解る。その言葉にマルガが反応する
「つまり…コレを斬った人は…ご主人様より…強い人だと言う事ですか!?あの野盗達を簡単にあしらったご主人様なのに…」
マルガは困惑気味で俺を見る
「あの野盗達は、初心者レベルの奴等だよ。魔法も使えなかったしね。それに魅了で奇襲ぽく先制も出来たから、簡単にあしらえただけだよ。もう少しレベルが高くて、賢い奴等だったら危なかったよ。…俺より強い奴なんか、この世界にはゴロゴロ居るよ」
俺の話を聞いて、戸惑いの表情になる。ムウウ…マルガのそんな顔は見たくないのだ…
「…俺も頑張って、これくらい出来る様になるから、そんな顔しないで…」
そう言ってマルガの頭を優しく撫でると、ハイ!と嬉しそうに返事をするマルガ。
本当にがんばろう!今迄少しサボリ気味だったしね!…昔みたいに修行しなくちゃ!
そんな事を考えながら、もう一つの死体を見ると、此方の切り口は、少し雑に切れていた。
「…この切り口は…こっちは…魔法で切られているな…」
「魔法で鎧も切れるのですか!?」
「うん。風系の魔法なら、こんな感じに斬る事が出来るね。ちょっと前にパーティーを組んだ仲間に、風の魔法を使える奴が居てさ。ソイツが放った魔法で、こんな感じに敵が斬られてたのを思い出したんだ」
でも、この切り口は、パーティーを組んだ奴より、遥かに綺麗な切り口だ。実力もアイツより上なのが解る。
この死体の奴をやったのは、手練の剣士と手練の魔法使い…又は、魔法を使える魔法剣士か…
実力もさることながら、圧倒的にこの死体のやつらを殺したのが解る。勝負は一瞬で幕を引いたのであろう。殺された現場である周囲は、戦闘の後が殆ど無いといって良かったからである。
俺が死体を分析していると、マルガが声を上げる
「ご主人様!これを見て下さい!」
マルガが興奮気味に声高に俺に告げる。そして、マルガの指さす方を見ると、少し離れた所に、食い散らかされた腐敗している腕らしき物が見える。
「この死体の腕に千切れ掛かっている青いスカーフ…これって…ギルゴマさんが言っていた、知り合いの行商人さんが、何時も付けているって言っていたスカーフと、特徴が似てませんか!?」
俺とマルガは、ギルゴマからその行商人の特徴を聞いていた。その中に、右腕に何時も青いスカーフを巻いていたと言うのがあった。ソレは彼のトレードマークであると言う事を聞いていたのだ。その腐敗した腕も右腕であった。
「確かに…特徴のスカーフに酷似しているね」
俺は辺りを再度見渡す。バラバラになっている死体を良く観察する。頭は獣に持って行かれたのであろう、2つ無くなっている。体のあちこちも食い散らかされてバラバラだ。
しかし、右手だけは、3本有るのが確認出来た。残っている体のパーツを確認すると、此処に散らばっている死体は3人分だと言う事が解った。
死体の体には、ハーフプレートメイルが2つ、革製のラメラーアーマーが1つ。武器は無かった。
ギルゴマの知人の行商人は、何時も同じ親しい傭兵の戦士2人を、護衛として雇っていたらしい。
革製のラメラーアーマーは動きやすく、防御力は低いが軽い事もあって、スカウトやハンターと言った軽業を扱う戦闘職業者に、好まれて愛用されている。
ギルゴマの知人の行商人は、俺と同じく戦闘職業に就いていたらしい。その戦闘職業はスカウト。
此処に転がっている腐乱した死体は、戦士と思われる2人の死体と、軽業系の戦闘職業の死体。
そして、右腕にちぎれかかった、青い色のスカーフ…
「間違いないな…」
「では…」
「ああ…この腐乱した死体達が…ギルゴマさんの言っていた行商人のパーティーだろう」
変わり果てた姿となっている、行商人のパーティー。マルガの瞳は少し揺れていた。
同じ行商人が、この様な姿になっているのだ。俺達も何時同じ目に会うか解らない。
マルガは腰に付けている黒鉄の短剣を、ギュっと握っている。そんなマルガの肩を優しく叩くと、緊張した顔が緩むのが解る。
俺は、腐乱した右腕から、ちぎれかかった、半分血に染まっている青いスカーフを取る。
「…港町パージロレンツォに着いたら、このスカーフと一緒に、ギルゴマさんに手紙を送ろう」
俺の言葉に、静かに頷くマルガ。スカーフをアイテムバッグにしまっていたらマルガが
「では…この行商人さん達の荷馬車は、取られてしまったのでしょうか?」
「ああ多分ね。この死体には、金目の物が残されていないし、武器も無くなっているからね」
その言葉を聞いて、ああ!なるほど!と、納得の声を上げるマルガ。俺がさっきの野盗から、金目の物と、武器を奪った事を思い出したのであろう。
俺もそうだが、倒した奴からは、金目の物を全て頂くのは、この世界ではごく普通の事だ。お金や荷馬車、積み荷は勿論の事、相手の使っていた武器はお金になる。武器は壊れにくいからだ。
防具は戦闘の結果、使い物にならなくなり、材料代位にしかならないが、武器はそのまま持って行ける事が多い。なので、この様な場面では、金目の物や武器が無くなっている事が多い。
「この行商人を襲った相手は、荷馬車や積み荷は勿論の事、金目の物は全部奪って行ったんだろうね」
「なるほど…何処かで売って、お金に変えちゃうんですね」
「多分そうだろね…。さあ、此処には用はない。荷馬車に戻ろう」
俺の言葉にコクっと頷くマルガ。俺達は荷馬車に戻る事にした。荷馬車に戻りながら俺は考えていた。
ギルゴマから聞いた情報では、アノ行商人のパーティーは戦士2人がLV35位、行商人本人はLV30位と言っていた。中級者のチョイ下と言ったLVだ。
そんな3人と俺が普通に戦えば、勝てるだろうが、楽な事ではない。
それを、あんな一方的圧勝で幕を引く人物…戦いにすらなっていない処刑に近い勝負…
そんな奴が、悪意を持って、行商人を殺し、略奪行為をしているのだ。
背中に冷たいものを感じる。そんな奴が、この辺に居るという事実。俺の体を恐怖が包みこむ。
『絶対に…遭遇したくない相手…いや、避けるべき相手だねこれは…絶対に戦っちゃダメな相手だ』
心の中でそう呟く。足早に荷馬車に戻って来た俺とマルガは、荷馬車に乗り込む。
「マルガ。此処からイケンジリの村迄は、最大限の警戒で頼むよ。リーズやルナにもそう伝えて。俺も最大限に警戒するから。兎に角いち早く、イケンジリの村に到着しよう」
俺の少し強張った顔に、マルガも若干緊張しながら頷く。
俺とマルガを乗せた荷馬車は、何時もより早い速度で、イケンジリの村に向かって走りだした。
辺りは夕焼けの美しい朱色に染まっている。空には一番星が輝きだした。もうすぐ夜の帳が降りてくるだろう。普段なら肌寒さも一層感じるのだろうが、今の俺とマルガは、その肌寒さを感じている余裕は無かった。ギルゴマの知人の行商人の成れの果てを見た事で、俺達も同じ危険が有るという思いが、口に出さずとも感じられる。そんな中、最大限の警戒で、足早に荷馬車を走らせている。
その時、マルガが少し大きな声を上げる
「ご主人様!見て下さい!村が見えます!」
指を差しながら、嬉しそうに言うマルガ。その先には、灯りのつき始めた家々が見える。
「本当だね。やっとイケンジリの村に着いたね!」
顔を見合わせて、微笑み合う俺とマルガ。当然そこには無事に村まで着けたという安堵感が含まれている。
俺とマルガを乗せた荷馬車は、村の門らしき物をくぐり、村の中に入っていく。聞いた話では、イケンジリの村は、100人弱の小さな村であるらしい。確かに家々も、ラングースの町の民家に比べたら、質素で小さく感じる。そんな村を横目にしながら、村の中央の広場に来た所で、ソレは目に入った。
「ご…ご主人様…此処は普通の村って話ですよね?」
「ああ…そのはずなんだけど…何かあったのかな?」
俺とマルガはソレを見て困惑の表情をしている。
到着した村の広場には、上等な大きなテントがいくつか張られていた。かなり上等な馬車も何台か止められていて、沢山の鎧を着た兵士達がそれらを護衛する様に立っていた。
その中の一部の兵士が、俺達の荷馬車に気が付き、近寄ってきた。
「おい!お前達は何だ?…この村の者ではないな!何者だ!」
威圧感のある声で、俺とマルガに問い正す兵士。その手に握られている、ハルバートが俺とマルガに向けられる。
「お…俺達は、行商人です!このイケンジリの村に行商に来たんです!」
何事か解っていない俺は、慌てながらとりあえずそう返答した。
「行商人だと?…野盗の類ではないと言うのだな?」
「はい!違います!本当に行商に来ただけです!」
そんな返答をしている間に、俺とマルガを乗せた荷馬車は、兵士達に取り囲まれていた。その騒ぎに、村の人々が家から出てきて、様子を見に来始めた。そして、その中から、一人の老人が、俺達の前に現れた
「どうなされましたか兵士様方?何かありましたかな?」
人当たりのよさそうな老人が兵士達にそう告げる。そして、何か考える様な眼で俺とマルガを見ている。
「いや、何者か解らないこの者達が村に入って来たのでな。何者なのか此れから取り調べをしようとしていた所だったのだ」
ハルバートを俺達に向けながら、若干強張った口調で言う兵士。
「お…俺達は、このイケンジリの村に、行商に来ただけです!」
俺はその老人にそう告げると、パッと表情を緩める老人。
「ほほう…この村に行商とな…」
そう呟きながら、俺達の荷馬車の荷台を覗き込み、積み荷を見ている老人
「フムフムなるほど…確かに行商人の様じゃの…。兵士様方、この者達は、私の家で対応させて頂きます。それで宜しいでしょうかな?」
穏やかに兵士達にそう告げると、俺達に向けられていたハルバートを降ろし、
「…貴方がそう言うのであれば、仕方無いですな。この者達は、貴方にお任せするとしましょう」
口調も平常に戻った兵士。その兵士に微笑む老人
「有難うございます兵士様」
「いや…私達は、主人であるアロイージオ様の命令に従っているだけに過ぎません。…もし、この者達が、何か危害を加える様な事が有れば、すぐに此方に報告下さい。剣の錆にしてやりますので」
「ハハハ…その時は、お願いします兵士様」
サラリと怖い事を言われたが、兵士達は俺を睨みながらも、自分の持ち場に帰って行った。
立ち去った兵士達を見ながら、軽く溜め息を吐く老人が
「さ…行商人様方、此方の方に荷馬車をまわしてくだされ」
俺は老人の言われるまま荷馬車をまわす。そして一件の家の前で荷馬車を止める。その家は、他の家より大きく、立派であった。老人にその家に案内され入っていく。その家の中は、小さな村とはいえ、なかなか豪華であった。案内されるまま部屋に通され、テーブルの席に座る。暫く座って待っていると、老人が紅茶の入ったティーカップを2つ持って来てくれた。
「さあ、どうぞお召し上がりくだされ」
笑顔でいう老人。俺とマルガは顔を見合わせて、紅茶を頂く。紅茶を飲んだマルガはピクっと体を反応させる
「わあ~この紅茶…美味しいです~」
ニコニコ顔で嬉しそうな顔で言うマルガ。尻尾も嬉しそうに揺れている。その表情を見た老人も嬉しそうに
「ハハハ。そうかそれは良かった。この村で採れる紅茶なのです。お口に合って何よりですな。…こんな可愛いお嬢さんをお供に連れて行商とは、なかなかの幸せ者ですな」
笑いながら言う老人に、苦笑いをする俺。
「有難うございます。…さっきは助けて貰ったばかりか、こんなに美味しい紅茶迄ご馳走になって…。えっと…」
「ああ!これは申し遅れましたの。私はこのイケンジリの村の村長で、アロイスと言います」
「村長様でしたか!これは失礼を。僕は行商をしています、葵 空といいます。こっちは僕の奴隷で、マルガと言います」
「ご主人様の一級奴隷をさせて貰ってますマルガです!よろしくです!」
マルガは元気にそう言うと、ペコリと可愛い頭を下げる。それに微笑むアロイス村長
「しかし…さっきは驚きました。あの兵士さん方は、どう言った方なのですか?」
「あの方々は、フィンラルディア王国、モンランベール伯爵家が三男、アロイージオ様のお連れの兵士様方なのです」
「え!?あの有名なモンランベール伯爵家の方々なのですか!?」
思わず声を上げてしまった。オラ恥ずかしい…
フィンラルディア王国は大国であり、領土も大きくオーストラリアより若干小さい位の領土があり、約50近くの貴族がいる。その中でも、六貴族と呼ばれる特に有力な貴族がいて、フィンラルディア王国の国政に深く関わっている。モンランベール伯爵家はその六貴族の中の一つなのだ。
「そうです。何でも、ご公務で港町パージロレンツォに向かう途中で、この村にご休憩にお立ち寄りなさったみたいでしての。別に悪気があって、葵殿にきつく当たった訳では無いと思います。モンランベール伯爵家の護衛の方ですから、少しでも危険があるかも知れ無いと思ったのでしょうな。仕事に忠実な兵士様方なだけの事と思ってくだされば宜しいかと。それに、この村に滞在してるアロイージオ様は、気さくでお優しい方ですからの」
そう説明してくれるアロイス村長。その時、後ろの扉が開き、何人かが部屋の中に入ってきた
「父さん行商人さんが来られたみたいですが、エドモンさんがこられたのですか?」
俺達が振り向くと、身長180㎝位、20代半ばの男が立っていた。
ムウウ…なかなかの男前だな…身長も高いし…俺とは違うね!…ううう…
この世界は、俺みたいな、黒髪に、黒い瞳の典型的な日本人の容姿の人はいない。と言うか、見た事が無い。地球で言う北欧人や西洋人、中東系がほとんどだ。
俺は身長も168㎝で高くもないし、顔の作りも中の中!不細工でも無ければ、男前でも無い。
特徴がないのが特徴という、どこかの量産型の様な表現がしっくりと来る、標準的日本人なのだ。
なんかさ…外人って格好良く見えるよね!…べ…別に…羨ましいわけじゃないんだからね!…ウウウ…
……男前に生まれたかった…神様は不公平だYO!
そんなネガティブな事を考えていた俺と、紅茶を美味しそうに飲んでいるマルガと視線が合う。
うん?どうしたのですか?ご主人様?と、言う様な感じで可愛い首を傾げて、微笑んでくれるマルガ。ああ…マルガ…癒される。マルガは、そのなかなか男前の青年には興味が全く無さそうであった。
だよね!これ位の男前なら、ラングースの町にも一杯たしね!どって事ないよね!
マルガは俺を好きって言ってくれたんだ!それだけでイイジャマイカ!
そうやって、容姿で負けている事を何とかごまかした。そして…何故か涙が出た…ガク…
「兄さん違うわよ。エドモンさんじゃないわ。別の行商人さんよ」
そのなかなか男前な青年の横から、俺と歳の変わらなそうな、可愛い感じの女の子が現れる。
「えっと…」
俺が困惑していると、軽く溜め息を吐きながらアロイス村長が
「これ!お客様の前じゃぞ2人共。すいませんな葵殿。ほれ!挨拶をせんか」
呆れながらアロイス村長が言うと、苦笑いしながら2人が、俺の前に来た。
「始めまして。僕はそこの村長の孫で、この村の副村長をしています、エイルマーと言います。よろしく」
「私もアロイスお祖父様の孫で、エイルマーお兄様の妹、リアーヌと言います。よろしくね」
2人共笑顔で挨拶してくれる。
「僕は行商をしています葵あおい 空そらと、いいます。こっちは僕の奴隷で、マルガと言います」
「ご主人様の一級奴隷をさせて貰ってますマルガです!よろしくです!」
マルガは微笑みながらそう言うと、再度ペコリと可愛い頭を下げる。
「これは…非常に可愛いお嬢さんですね。葵さんは幸せ者ですね。羨ましい限りですよ」
エイルマーが男前スマイルで俺にそう言う。男前に羨ましいと言われると…ちょっと嬉しいね!
先ほどのネガティブ値が少し下がった気がした。
「エイルマー兄様…そんな事を言っていたら、私がお兄様の許嫁のメラニーさんに言いつけちゃいますよ?」
「え!?何言ってるんだリアーヌ!僕は只、素直な感想を言っただけで、やましい気持ちは無いよ!」
「へえ~どうだか~」
ニヤニヤ笑っているリアーヌ。頭をかきながら、苦笑いのエイルマー。
なんだよ!エイルマーにも女いるんじゃないかよ!これが…紳士のお伊達というやつか…
なかなかの男前だし、女がほっとく訳ないか…うわあああん!
なかなかの男前の紳士的な態度に、再度ネガティブ値は上昇した!
そんな俺達のやり取りに、また軽く溜め息を吐いているアロイス村長。
「しかし、この小さな村に良く行商に来てくれたものです。この村に来てくれる行商人様は、ほんのひと握りですからの。最近は何時も来てくれていた行商人様も、まだ来てくれていませんのでな。どうしたものかと、考えておった所でしての」
「その何時も来てくれて居た行商人と言うのが、エドモンさんなんですか?」
「おや?エドモンさんをご存知でしたか。今彼は、どうしておるのか解りますかな?」
アロイス村長の言葉に、俺とマルガは顔を見合わせ、困惑する。
行商人エドモン…その名は知っている。ギルゴマの知人の行商人で、森の中で無残に殺され、腐敗した死体になっていた行商人…。
俺は真実を伝える前に、確認したい事があった。
「えっと先に聞きたいのですが、最近僕達以外に…他に行商人が、この村に来た事はありませんか?」
「いや…最近はまったくですの。春になってからは、葵殿方が最初の来村された行商人様ですの」
俺はその言葉に若干の安心感を覚える。どうやらエドモン一行を殺した犯人は、殺害現場に近いこの村に奪った品物を売る事無く、他の街に向かったと言う事だ。殺害されてから日にちも経っている。この村よりかなり離れている可能性の方が大きい。つまり、その殺した犯人と出くわす可能性は低いと考えた。
「そうですか…解りました」
俺が何かを考えているのに気が付いたアロイス村長は、
「どうかされましたか葵殿?何か…心配事でもおありですか?」
「ええ…実は…」
俺は、知り得た全てを話し始めた。ギルゴマに近況を依頼された事、途中で野盗に襲われたが、そいつらは犯人ではなかった事、そして…何者かに襲われて死んでいた事…
彼のトレードマークだった、血に染まった青いスカーフを見せ、俺の話を聞いた一同は、悲しみの表情を浮かべる
「そんな…酷い…優しい行商人様でしたのに…」
「そうだな…村人にも慕われていたからな…」
「行商には危険がつきものなのは解っておるが…そうか…エドモン殿がのう…」
ギルゴマの話の通り、行商人のエドモンと言う人物は、良き行商人だったのであろう。アロイス村長達は、彼の死を悼んでいる様であった。
「…エドモンさんを殺した犯人は、もう遠くに行ってしまっている可能性が高いですが、一応注意をして頂いた方が良いかも知れません」
「そうじゃの…明日にでも村人に注意を促しておくか。それと、モンランベール伯爵家御一行様にも、お伝えしておこう。まあ…沢山護衛の居るモンランベール伯爵家御一行様に、何かしようと思う奴など居らぬとは思うがの。念の為にな…」
俺は村長の話に肯定して頷く。その時、後ろから声がした。
「本当はエドモンさんを殺したのは、お前達じゃないのか?」
その声に振り返ると、20歳位の青年が、入り口の壁に持たれながら、きつい目をして俺を見ていた。
「ハンス!何を言っておるのじゃ!葵殿に失礼じゃろ!」
アロイス村長が一喝するが、気に留める様な素振りを一切見せずに、俺とマルガの傍に来た。
「だっておかしいじゃないか。俺はここ数日、街道を通ているが、エドモンさんの死体を見かけなかったんだぜ?一体、エドモンさんの死体を、何処で見つけたんだ?」
「それは街道から100m程森の中に入った所です」
「…100mも森の中に入った所の死体を、良く見つけれたものだな!…お前達が殺して、そこに捨てたんだろう?」
きつい目を更にきつくさせて、俺を見るハンス。そんな俺とハンスのやり取りを聞いていたマルガは、バン!っとテーブルを叩き立ち上がった。
「ご主人様は殺してなどいません!エドモンさんの死体は、街道で私が匂いで見つけました!ご主人様は、何も悪い事はしていません!ご主人様を…野盗と同じにしないで下さい!」
目をキツくして、声高にハンスにそう叫ぶマルガ。金色の毛並みの良い尻尾が、ボワボワに逆立っていた。ウウウっと唸っているマルガを見たハンスは、軽くたじろいていた。
「…見ての通り、このマルガは亜種で、ワーフォックスと人間のハーフなんです。ですから、音や匂いに敏感でして、そのお陰で、見つける事が出来たんです」
そう言って、気の立っているマルガの頭を優しく撫でると、あうう…と言った感じで大人しくなったマルが。軽く肩を抱いてあげると、気まずそうに苦笑いをしていた。
「そういう事じゃ。葵殿が犯人なら、モンランベール伯爵家御一行様の居る今この時に、疑われる様な話はせんじゃろう?」
「ふん!どうだか!…この村の奴等は、甘い奴らが多すぎる!モンランベール伯爵家御一行様は兎も角、一見の行商人の言う事を全て信じて、後になって泣く事にならない様に、願いますよ!」
そう言い放って、部屋から出ていくハンス。そのハンスの後ろ姿を見て、深い溜め息を吐くエイルマー
「…弟のハンスが失礼な事を言ってすいません葵さん」
そう言って頭を下げるエイルマー。
「いえ…お気になさらずに。僕も気にしてませんので。ハンスさんも、村の為を思って言ってくれているのでしょう?良い弟さんをお持ちですね」
「…そう言って貰えるとありがたいです」
俺の言葉に、笑顔でそう言うエイルマー。その横でリアーヌも微笑んでいる。
「フム…葵殿もなかなかの行商人様の様ですな」
そう言って微笑むアロイス村長
「いえいえ…まだまだ駆け出しですね。手痛い目に一杯合ってますしね」
苦笑いしながらそう言うと、笑っている一同。ふとマルガを見ると、ニコっと微笑んでいる。
そんな場も和んできた所で、アロイス村長が
「ま~商談の話は明日と言う事で、今日はゆっくり休んで下さい。泊まれる所を手配しましょう。本当なら、この家に泊まって頂くのですが、今空いている部屋は、モンランベール伯爵家御一行様がお使いしているので空きがありませんのでの。…そうじゃ、ゲイツの家なら、もう一部屋空いておったはずじゃ。お部屋は一部屋で宜しかったかの?」
その問に、マルガは下を向いて赤くなっている。
いやいやマルガさん。そこで赤くなって俯いちゃうと、余計に…
ほら…エイルマーさんが変な咳払いをして、リアーヌさんが顔を赤くしちゃってるじゃないですか…
俺まで恥ずかしくなってきちゃったよ…顔が熱い…
そんな俺達を見て、フフフと笑うアロイス村長
「まあ~若いという事は良い事ですな!いかんいかん…じじ臭い事を言ってしまったの。さあ!エイルマーよ。葵殿達を、ゲイツの家迄案内して、ゲイツに事情を説明してやってくれ」
俺を含め、皆が苦笑いしていた。…ううう…
俺とマルガはアロイス村長とリアースさんに挨拶を済ませ、その場を後にした。
外に出ると、辺りはすっかり夜の帳が降りていた。気温も下がって、肌寒く感じる。
俺とマルガは、ランタンを持って先導してくれている、エイルマーの後を着いて行っている。
普段なら、村の広場とはいえ、ランタンが無いと暗くて歩けないのだろうが、今はモンランベール伯爵家御一行様がテントを立てて、警護をしやすくする為に、あちこちに沢山の篝火が立てられ、昼間ほどではないが、辺りは明るかった。
マルガは寒いのか、俺の腕にキュっとしがみついて歩いている。マルガの体も暖かいので俺も気持ち良い。そんなマルガの肩には、甘えん坊の白銀キツネの子供のルナがヒョッコリ乗っている。
その様子にニマニマしながら歩いていると、不意に呼び止められた。
「オイ!お前達!ちょっとこっちにこい!」
その声に振り返ると、少し大きめのテントから、上等な鎧を身に纏った、30代半ばの男が出て来た。
俺達は、その男の方に歩いて行く。すると、俺を上から下まで見て、フンと鼻で言うと、
「…お前が報告にあった行商人だな?お前は挨拶もせずに、此のまま通り過ぎるつもりだったのか?」
威厳たっぷりと、俺をきつく見ながら言う男。俺達は顔を見合わせて、困惑していると、
「俺様は、モンランベール伯爵家、ラウテッツァ紫彩騎士団、第5番隊、隊長のハーラルトだ!」
男はそう名乗った。相手は貴族付きの、騎士団の隊長。俺も丁寧に挨拶をしよう。
「えっと…僕は…」
「良い!お前の名前などに興味はない!」
吐き捨てる様に言うハーラルト。…挨拶しろって言ったから、そうしようとしたのに…
俺がそう言う風に憤っていると、ハーラルトはエイルマーに向かって
「お前は…確かこの村の村長の孫だったな?」
「はい、村長のアロイスの孫で、副村長のエイルマーです」
「ウム。お前はもう良い、下がるが良い。俺様はこの行商人と話がある」
「で…ですが…」
「下がれと言っているであろう?」
エイルマーを睨みながら言うハーラルト。その威圧的な言い方に、これ以上食い下がってはマズイと感じたのであろう。俺に一件の家を指さす。彼処が恐らく目的のゲイツと言う人の家なのであろう。
俺がソレに頷くと、エイルマーは指をさした家に向かって歩いて行った。
「えっと…ハーラルト様…僕に話しとは何でしょうか?」
俺が気まずそうにそう聞いているのに、ハーラルトは興味が無いと言った感じだ。俺は更に憤る。
すると、ハーラルトは少し近づいて来て、視線を俺の隣に落とす。
「フム…報告通りの一級奴隷だな…」
ハーラルトは、マルガを舐める様に見つめると、ニヤっと卑しい哂いを浮かべる。その表情に、俺もマルガも冷たいものを感じる。
「お前は自ら行商人と名乗り、村長の元で話をしたらしいが、お前がまだ、野盗や我が主を狙う暗殺者で無いと証明出来た訳では無い。…だから、俺様が直々に取り調べてやる」
そう言うと、きつく冷たい目をしながら、先ほどの卑しい哂いを浮かべるハーラルト
「ぼ…僕は行商人です!野盗や暗殺者ではありません!」
俺の必死の訴えに、再度フンと鼻でいうハーラルト
「だから簡単にソレを調べてやろうというのだ」
「ど…どうやってですか?」
困惑している俺を見て、ニヤっと嗤うハーラルトは、
「なに…簡単な事だ。お前の隣にいる、真面目そうなその一級奴隷の少女から、簡単に聴取するだけだ。まあ…簡単にとは言っても聴取だ。多少の時間は掛る。その少女からの聴取が終わり次第、お前の元に返してやる。それで、お前の容疑は晴れるかもしれん。俺様の慈悲に感謝するんだな!」
そう言って、卑しい哂いを浮かべるハーラルト
「いえ!聴取なら僕が受けます!なぜ、このマルガなのですか?」
俺のその問いに、表情をきつくするハーラルト
「先ほども言ったであろう?その少女が、お前より真面目そうに見えるからだ。なので、その少女から話を聞けば、お前の事はすぐに解るであろう?…それとも…両方同時に、詳しく取り調べて欲しいのか?折角俺様の慈悲で、簡単に聴取を済ませてやろうと、思っているのだがな…詳しく調べられれば、あらぬ所から、不利な証言が出るやも知れぬぞ?」
そう言って俺に近づき、きつい顔を更にきつくし、高圧的に俺にそう言うハーラルト
「なに…心配するな。何もこの一級奴隷の少女を殺したりはせん。簡単に聴取したら、お前の元に返してやるから、安心するが良い」
ハーラルトは卑しく哂い、俺を嗜める様に言う。その雰囲気に、俺はハーラルトが何を言いたいのかが解った。
『…クソ…そういう事か…』
俺は唇をギュっと噛む。無意識に握り拳に、力が入る。
ハーラルトは…こいつはつまり…聴取と言う名目で、美少女のマルガを陵辱したいだけなのだ。
好きなだけ陵辱したら、俺の元に返してやると、言っているのだ。はなから、俺の事などどうでも良かったのであろう。マルガだけが目的だったのだ。
貴族の中には、このハーラルトの様に、権力を傘にして、したい放題する輩は多いと聞く。旅に出ると、女が抱けないので、宿泊している町や村で、行きずりの女を調達するなのどは、よく聞く話だ。
通常なら、娼館の娼婦などで済ます奴も多いらしいが、このイケンジリの村は小さく、当然娼館や娼婦などは居ない。
なら、村人から女を調達したい所であろうが、此処は自分の主人の収めている領地ではない。自分の権力の及びにくい、他の貴族の領地で好き勝手な事はかなりやりにくい。そんな事をすれば、貴族間で大きな問題になる。
それに、このイケンジリの村の領主は、善政をしく事で有名な、港町パージロレンツォを収める領主、フィンラルディア王国、バルテルミー侯爵家だ。しかも、バルテルミー侯爵家は、モンランベール伯爵家と同じく、有力な権力を持ち、国政に深く関わっている六貴族の内の一つ。そんな六貴族同士の争いになりかねない事は、こいつには流石に出来無いであろう。
そこで、俺が連れているマルガに目を着けたのだ。
確かにマルガは、滅多に居ないクラスの美少女だけど、理由はそれだけでは無いだろう。
俺は根無し草の行商人。この領地の人間ではない。この国に一応籍は置いて、税金も払っているが、特定の住居もなく、身元の保証が出来無い。行商人といえば聞こえは良いが、地球で言う所の、住所不定の自称商売人と言った感じなのだ。そんな俺などには、理不尽な無茶が出来る。いくらでも、権力を使って、冤罪をかぶせる事が出来ると、ハーラルトは言っているのだ。
それを利用して、難癖を付けて、俺にマルガを娼婦として差し出せと言っているのだ。
『…何が聴取だ…何が…マルガの方が真面目に見えるだ…そんな事…お前勝手な都合だろうが!』
そう思いながら、怒りがこみ上げて来る。しかし…どうする?俺には守ってくれる、組織や機関、組合などは無い。冒険者ギルドには登録しているが、ソレじゃ身元の証明なんかには当然ならない。
俺は今迄1人で来たから、税金の安い今の生活を選んでいるが、こういう時の後ろ盾は何も無い。
『せめて…商組合にでも入れていれば…こんな事にはならないんだけど…』
そう後悔するも、現実は入れていないのである。
商組合に入るには、商組合の厳しい審査をクリアしなければならない。保証金を商組合に入れ、きちんと登録出来た者だけが、商組合員となれるのだ。
行商人でも、商組合に入っていれば、商組合が身元の保証をしてくれる。大きな取引も出来るし、この様な理不尽な要求も、商組合員なら受けにくい。
商組合員に何か理不尽な事をすれば、商組合と対立してしまう。経済の根幹部分を支えている商組合と、わざわざ揉めたい貴族などいない。不利益しか被らないからだ。
『今は…無い事を思っていても仕方が無い…どうやって、この場を切り抜けるかだ!』
そう考えて、対策を考える。しかし、普通の話し合いでは到底収まら無いだろう。
アロイス村長に相談するか?…いや…今日来たばかりの行商人の願いを聞いてくれるだろうか?
もし聞いてくれて、俺の身を擁護する側に回ってくれたとしても、相手は貴族。
恐らく…後ろ盾の無い俺に、適当な冤罪を掛けるだろう…そうなると、冤罪でも俺は罪人になってしまう。いくらアロイス村長でも、罪人の肩を持つわけには行かない…
そうなると…正攻法の話し合いでは、埒があかないと言う事だ。
『って事になると…不法な事で対応するしか、選択肢は無いよな…』
不法な事…いくつか考えられるが…
まずは、賄賂…
幾らかの金を握らせて、無かった事にして貰う。でも賄賂には問題がある…
一つ目の心配は、こいつはあの有名な六貴族お抱えの騎士団の、それも隊長だ。こいつが納得するだけの賄賂を渡さないとダメだ。しかし、俺の今の手持ちは金貨6枚程度…。この村での仕入れや維持費、生活費などもいるから、賄賂を渡せても、精々金貨3枚迄が限度だ。それ以上払ってしまうと、行商が出来無くなってしまう。大貴族の騎士団の隊長が、金貨3枚で納得してくれるだろうか…確かに金貨3枚は大金だけど、微妙な金額のラインだ…。
二つ目の心配は、賄賂自体が、不法な事だと言う事だ。
一応、国は賄賂を禁止している。渡す側も、受け取る側も罰せられる。しかし、お金の魅力に勝てる人間は少なく、賄賂は横行しており、しかも、取締も緩く、賄賂関係で捕まる奴など殆ど居ない。
これが通常時なら賄賂を渡して終了なのだろうが、こいつの目的はマルガを陵辱する事。
賄賂を持ちかけた時点で、ハーラルトは俺を捕まえるかもしれない。そうなれば、わざわざ冤罪をかける事無く、俺を捕まえて、マルガを自由に出来るだろう。その上、俺の財産は全て持って行かれる可能性も高い。
こう考えると、賄賂は今は危険度が高いと思う。他の方法を考えるが、不法な方法では、結局ハーラルトに捕られる可能性があるので、危険度が高いと判断した。
『と、なれば…最後の方法しか残されていないよな…』
最後の方法…それはこの村から逃げるか、力でハーラルトと戦うかである。
しかし、逃げるにしても、戦うにしても問題は山積みだ。この騎士団は、今この村に、ハーラルトを入れて40人位居るのである。それだけの人数を相手にしなければならない。
しかも兵士のLVは、さっき興味本位で霊視で視てみたら、大体LV30後半からLV50弱だった。
中級~中級上の兵隊クラス。そして、ハーラルト本人は隊長だけあってLVが高い。LV62…上級クラス。兵士達もそうだが、ハーラルトもなかなか厄介な、戦士系のスキルを持っている。
まともに戦えば、マルガを守りながらなど、到底無理である。まともに戦ってはいけない事を理解する。
となれば…この村より逃げるの一択。
このハーラルトの隙を突いて、馬のリーズで、この村より逃走する。荷馬車と積み荷は放棄するしか無いであろう。荷馬車を引いてなど、とても逃げ切れそうにない。荷馬車と積み荷を失う事は、多大な痛手ではあるが、仕方が無い。マルガが陵辱される事など、俺には我慢出来無い…。
「どうした?黙りこんで。お前はどうするつもりなのだ?」
勝ち誇った顔で、威圧的に言うハーラルト。その顔はより一層、卑しい哂いに満ちていた。
そのハーラルトの表情を見て、怒りで俺の顔はきっと歪んでいたのだろう。マルガがそんな俺に、何か決心した様な眼で、
「…ご主人様…私…聴取に…モググ…」
俺はマルガの口を手で塞いだ。俺に口を抑えられて、ビックリしているマルガ。俺はマルガからそんな言葉を聞きたく無かった。なので話の途中で口を塞いだ。
…俺はマルガが汚されたら、好きでいられる自信はない。恐らく、マルガを捨てるであろう。
そして、汚され俺に捨てられたマルガは、きっと自分の命を断つであろう。
野盗との戦闘が終わって、荷馬車の上でマルガが言った言葉を思い出す。
『私はご主人様以外の人に、汚されたりはしません!港町パージロレンツォに着いたら、きちんと戦闘職業に就いて、強くなります!いっぱい頑張って、ご主人様もお守りしますから、私の事を捨てないで下さい!もし…私が…ご主人様以外の人に汚されてしまったら…私は自分の命を断ちます!』
こんな可愛い事を言ってくれるマルガを、手放せる訳が無い。俺の覚悟は決まった。
横目に馬のリーズの方を見ると、荷馬車から外されて、木に縛り付けられていた。あれなら、紐をほどけば、すぐに走って逃げれるだろう。後は全力で逃げるのみ…
だけど…こいつだけは…ハーラルトだけは許さない。俺を追い込んだのだ。こいつだけは…殺す!
アイツを使って…確実に…
「ええ!俺がどうするかなんて、最初から決まってるんですよ!」
そう言って、右手をゆっくりと上げていく。そして、人差し指をハーラルトに向ける。まるで何かを持って居る様に…。ハーラルトは、それを見て困惑の表情をしている。
『一瞬で終わらせる…死ね!!ハーラルト!!』
そう心の中で叫んで、実行しようとした時だった。まるで春風に誘われたかの様に、美しい声が流れてきた。
「もうその辺で宜しいのではなくて?ハーラルト様」
美しく透き通る様な声の方に俺達は振り向くと、一人の女性がそこに立っていた。
この世界独特の、土星の様にリングの付いた青い月の優しい光の下、その女性は光り輝いて見えた。
春先で暖かい日が続く今日この頃ではあるが、夕刻に近づいてくると、流石に肌寒く感じる。マルガも同じように思っているのか、華奢で柔らかい体を、俺にもたれかけて居た。
「ウフフ…ご主人様の体…暖かいです~」
俺の体にギュッと抱きついているマルガは上機嫌だった。さっきの事で俺もマルガもお互いの距離を少し縮めれたのかも。その証拠に、マルガの表情は幸せです!ご主人様!と言わんばかりの、ニマニマ顔だ。そんなマルガを見ていると、俺までニマニマしてしまう
「マルガも柔らかくて暖かいよ」
そう言うと、金色の毛並みの良い尻尾は、嬉しげに振られていた。
「もう少しでイケンジリの村だ。村に着いたら、一杯美味しい物食べようね」
「ハイ!ご主人様!私楽しみです!」
目をキラキラと輝かせて、涎の出そうな顔でコクコク頷くマルガに、思わず笑ってしまう。マルガも恥ずかしそうに、小さな舌をペロっと出して苦笑いしていた。
そんな穏やかな時間を荷馬車の上で過ごしていた2人だったが、次の瞬間一変する。
それは同時だった。馬のリーズ、白銀キツネのルナ、そしてマルガ…
2匹と1人?は同時に体を強張らせた。その様子に俺は先程の野盗の襲来を思い出す。
俺は荷馬車を止め様子を聞く事にした。
「マルガ…どうしたの?…ひょっとして…また何かの気配を感じた?」
俺は少し緊張しながら聞く。当然、俺も周辺の感知LVを上げて警戒を始める。
そんな俺を見たマルガは、少し強張りながら
「いえ…野盗とかの気配ではありません…動く気配では…」
マルガはそう言うと、可愛い鼻をクンクンとさせて、何かの匂いを嗅いでいる様であった
「じゃ…何の気配を感じるの?」
「はい…これは…血…森の中から、少し血の匂いがします。しかも、この血の匂いは、さっきの野盗と同じ…人間族の血の匂いです」
そう言うと、森の中を指さし、緊張した表情で、森の方を見つめるマルガ。
「血の匂いか…。俺には解らないけどマルガが言うなら、そうなんだろうね。マルガ…動きのある気配は感じる?」
「いえ…感じません。リーズもルナも、血の匂いだけで、動きのある気配は感じていない様です。ご主人様はどうですか?」
「いや…俺も感じないね」
周辺に動きのある気配は感じられない。余程の手練以外はそんな事出来無いであろう。こんな特に利益の上がりそうに無い所に、そんな手練が居る可能性は低い。居て精々先ほどの野盗クラスだろう。
そんな事を考えて、危険度は低いだろうと考えた。俺は荷馬車を街道の端に止める。
「ご主人様?」
「…その血の匂いがするのは、この先の森の中なんだよね?」
「はい。此処から…100m程、森の中に入った所です」
100mか…割りと近いな…
「マルガ…その血の匂いのする所迄、案内して。様子を確認しよう」
そう言うと、コクっと静かに頷くマルガ。俺とマルガは荷馬車から降りて、その血の匂いのする森の中に入って行く。俺はセレーションブレード付きの黒鉄マチェットを鞘から抜いて、何時でも戦える準備をしている。マルガも、黒鉄の短剣を鞘から抜いて、戦えるように警戒していた。
周囲の警戒をしながら、森の中を進んで行くと、俺の感知範囲に入った。
『確かに…血の匂いを感じるけど…これは…』
俺は、その匂いを感じる方に進んで行く。マルガもキョロキョロ警戒しながら、俺の後を付いて来ていた。
そして、その匂いの元にたどり着いて、ソレを見た時に、マルガの顔は歪む。
そこには、人らしき者の、複数の腐乱した死体が転がっていた。死体にはハエが沢山たかっており、ウジ虫も沢山湧いている。体は獣や鳥に食われたのか、バラバラになって、あちこちに散乱していた。どれ位の期間が立っているかは不明だが、一部白骨化している事から、そこそこ時間は立っている事を思わせる。
「これは…酷いですね…」
腐臭漂う死体を見ながら、目を細めるマルガ。
「だね…でもこれは、獣や鳥に食い荒らされたからかもね。しかし…これは…凄いな…」
「どうしたんですかご主人様?」
「…マルガこれ見てよ」
俺が指さすものを見て、マルガも目を丸くしていた
「これ…黒鉄製の胸当てか何かですよね?それが…こんなに綺麗に…」
俺とマルガが見ているのは、黒鉄で出来たハーフプレートメイルだった。そのハーフプレートメイルは肩から斜めに綺麗に斬られて、真っ二つになっている。俺とマルガが驚いているのは、その切断面だ。
その切断面は非常に綺麗で、まるで鏡の様に光を反射していて、指で触ってもツルツルしている。
「この斬り方は、恐らく剣による物…黒鉄製のハーフプレートメイルを、こんなに綺麗に斬れるなんて…今の俺じゃ無理だね」
切り口を見ながら、冷静に判断をする。習得しているレアスキルの闘気術を使っても、此処まで綺麗に斬る事は、今の俺には出来無い。それはつまり、この黒鉄製のハーフプレートメイルを斬った人物は、俺より実力が上と言う事が容易に解る。その言葉にマルガが反応する
「つまり…コレを斬った人は…ご主人様より…強い人だと言う事ですか!?あの野盗達を簡単にあしらったご主人様なのに…」
マルガは困惑気味で俺を見る
「あの野盗達は、初心者レベルの奴等だよ。魔法も使えなかったしね。それに魅了で奇襲ぽく先制も出来たから、簡単にあしらえただけだよ。もう少しレベルが高くて、賢い奴等だったら危なかったよ。…俺より強い奴なんか、この世界にはゴロゴロ居るよ」
俺の話を聞いて、戸惑いの表情になる。ムウウ…マルガのそんな顔は見たくないのだ…
「…俺も頑張って、これくらい出来る様になるから、そんな顔しないで…」
そう言ってマルガの頭を優しく撫でると、ハイ!と嬉しそうに返事をするマルガ。
本当にがんばろう!今迄少しサボリ気味だったしね!…昔みたいに修行しなくちゃ!
そんな事を考えながら、もう一つの死体を見ると、此方の切り口は、少し雑に切れていた。
「…この切り口は…こっちは…魔法で切られているな…」
「魔法で鎧も切れるのですか!?」
「うん。風系の魔法なら、こんな感じに斬る事が出来るね。ちょっと前にパーティーを組んだ仲間に、風の魔法を使える奴が居てさ。ソイツが放った魔法で、こんな感じに敵が斬られてたのを思い出したんだ」
でも、この切り口は、パーティーを組んだ奴より、遥かに綺麗な切り口だ。実力もアイツより上なのが解る。
この死体の奴をやったのは、手練の剣士と手練の魔法使い…又は、魔法を使える魔法剣士か…
実力もさることながら、圧倒的にこの死体のやつらを殺したのが解る。勝負は一瞬で幕を引いたのであろう。殺された現場である周囲は、戦闘の後が殆ど無いといって良かったからである。
俺が死体を分析していると、マルガが声を上げる
「ご主人様!これを見て下さい!」
マルガが興奮気味に声高に俺に告げる。そして、マルガの指さす方を見ると、少し離れた所に、食い散らかされた腐敗している腕らしき物が見える。
「この死体の腕に千切れ掛かっている青いスカーフ…これって…ギルゴマさんが言っていた、知り合いの行商人さんが、何時も付けているって言っていたスカーフと、特徴が似てませんか!?」
俺とマルガは、ギルゴマからその行商人の特徴を聞いていた。その中に、右腕に何時も青いスカーフを巻いていたと言うのがあった。ソレは彼のトレードマークであると言う事を聞いていたのだ。その腐敗した腕も右腕であった。
「確かに…特徴のスカーフに酷似しているね」
俺は辺りを再度見渡す。バラバラになっている死体を良く観察する。頭は獣に持って行かれたのであろう、2つ無くなっている。体のあちこちも食い散らかされてバラバラだ。
しかし、右手だけは、3本有るのが確認出来た。残っている体のパーツを確認すると、此処に散らばっている死体は3人分だと言う事が解った。
死体の体には、ハーフプレートメイルが2つ、革製のラメラーアーマーが1つ。武器は無かった。
ギルゴマの知人の行商人は、何時も同じ親しい傭兵の戦士2人を、護衛として雇っていたらしい。
革製のラメラーアーマーは動きやすく、防御力は低いが軽い事もあって、スカウトやハンターと言った軽業を扱う戦闘職業者に、好まれて愛用されている。
ギルゴマの知人の行商人は、俺と同じく戦闘職業に就いていたらしい。その戦闘職業はスカウト。
此処に転がっている腐乱した死体は、戦士と思われる2人の死体と、軽業系の戦闘職業の死体。
そして、右腕にちぎれかかった、青い色のスカーフ…
「間違いないな…」
「では…」
「ああ…この腐乱した死体達が…ギルゴマさんの言っていた行商人のパーティーだろう」
変わり果てた姿となっている、行商人のパーティー。マルガの瞳は少し揺れていた。
同じ行商人が、この様な姿になっているのだ。俺達も何時同じ目に会うか解らない。
マルガは腰に付けている黒鉄の短剣を、ギュっと握っている。そんなマルガの肩を優しく叩くと、緊張した顔が緩むのが解る。
俺は、腐乱した右腕から、ちぎれかかった、半分血に染まっている青いスカーフを取る。
「…港町パージロレンツォに着いたら、このスカーフと一緒に、ギルゴマさんに手紙を送ろう」
俺の言葉に、静かに頷くマルガ。スカーフをアイテムバッグにしまっていたらマルガが
「では…この行商人さん達の荷馬車は、取られてしまったのでしょうか?」
「ああ多分ね。この死体には、金目の物が残されていないし、武器も無くなっているからね」
その言葉を聞いて、ああ!なるほど!と、納得の声を上げるマルガ。俺がさっきの野盗から、金目の物と、武器を奪った事を思い出したのであろう。
俺もそうだが、倒した奴からは、金目の物を全て頂くのは、この世界ではごく普通の事だ。お金や荷馬車、積み荷は勿論の事、相手の使っていた武器はお金になる。武器は壊れにくいからだ。
防具は戦闘の結果、使い物にならなくなり、材料代位にしかならないが、武器はそのまま持って行ける事が多い。なので、この様な場面では、金目の物や武器が無くなっている事が多い。
「この行商人を襲った相手は、荷馬車や積み荷は勿論の事、金目の物は全部奪って行ったんだろうね」
「なるほど…何処かで売って、お金に変えちゃうんですね」
「多分そうだろね…。さあ、此処には用はない。荷馬車に戻ろう」
俺の言葉にコクっと頷くマルガ。俺達は荷馬車に戻る事にした。荷馬車に戻りながら俺は考えていた。
ギルゴマから聞いた情報では、アノ行商人のパーティーは戦士2人がLV35位、行商人本人はLV30位と言っていた。中級者のチョイ下と言ったLVだ。
そんな3人と俺が普通に戦えば、勝てるだろうが、楽な事ではない。
それを、あんな一方的圧勝で幕を引く人物…戦いにすらなっていない処刑に近い勝負…
そんな奴が、悪意を持って、行商人を殺し、略奪行為をしているのだ。
背中に冷たいものを感じる。そんな奴が、この辺に居るという事実。俺の体を恐怖が包みこむ。
『絶対に…遭遇したくない相手…いや、避けるべき相手だねこれは…絶対に戦っちゃダメな相手だ』
心の中でそう呟く。足早に荷馬車に戻って来た俺とマルガは、荷馬車に乗り込む。
「マルガ。此処からイケンジリの村迄は、最大限の警戒で頼むよ。リーズやルナにもそう伝えて。俺も最大限に警戒するから。兎に角いち早く、イケンジリの村に到着しよう」
俺の少し強張った顔に、マルガも若干緊張しながら頷く。
俺とマルガを乗せた荷馬車は、何時もより早い速度で、イケンジリの村に向かって走りだした。
辺りは夕焼けの美しい朱色に染まっている。空には一番星が輝きだした。もうすぐ夜の帳が降りてくるだろう。普段なら肌寒さも一層感じるのだろうが、今の俺とマルガは、その肌寒さを感じている余裕は無かった。ギルゴマの知人の行商人の成れの果てを見た事で、俺達も同じ危険が有るという思いが、口に出さずとも感じられる。そんな中、最大限の警戒で、足早に荷馬車を走らせている。
その時、マルガが少し大きな声を上げる
「ご主人様!見て下さい!村が見えます!」
指を差しながら、嬉しそうに言うマルガ。その先には、灯りのつき始めた家々が見える。
「本当だね。やっとイケンジリの村に着いたね!」
顔を見合わせて、微笑み合う俺とマルガ。当然そこには無事に村まで着けたという安堵感が含まれている。
俺とマルガを乗せた荷馬車は、村の門らしき物をくぐり、村の中に入っていく。聞いた話では、イケンジリの村は、100人弱の小さな村であるらしい。確かに家々も、ラングースの町の民家に比べたら、質素で小さく感じる。そんな村を横目にしながら、村の中央の広場に来た所で、ソレは目に入った。
「ご…ご主人様…此処は普通の村って話ですよね?」
「ああ…そのはずなんだけど…何かあったのかな?」
俺とマルガはソレを見て困惑の表情をしている。
到着した村の広場には、上等な大きなテントがいくつか張られていた。かなり上等な馬車も何台か止められていて、沢山の鎧を着た兵士達がそれらを護衛する様に立っていた。
その中の一部の兵士が、俺達の荷馬車に気が付き、近寄ってきた。
「おい!お前達は何だ?…この村の者ではないな!何者だ!」
威圧感のある声で、俺とマルガに問い正す兵士。その手に握られている、ハルバートが俺とマルガに向けられる。
「お…俺達は、行商人です!このイケンジリの村に行商に来たんです!」
何事か解っていない俺は、慌てながらとりあえずそう返答した。
「行商人だと?…野盗の類ではないと言うのだな?」
「はい!違います!本当に行商に来ただけです!」
そんな返答をしている間に、俺とマルガを乗せた荷馬車は、兵士達に取り囲まれていた。その騒ぎに、村の人々が家から出てきて、様子を見に来始めた。そして、その中から、一人の老人が、俺達の前に現れた
「どうなされましたか兵士様方?何かありましたかな?」
人当たりのよさそうな老人が兵士達にそう告げる。そして、何か考える様な眼で俺とマルガを見ている。
「いや、何者か解らないこの者達が村に入って来たのでな。何者なのか此れから取り調べをしようとしていた所だったのだ」
ハルバートを俺達に向けながら、若干強張った口調で言う兵士。
「お…俺達は、このイケンジリの村に、行商に来ただけです!」
俺はその老人にそう告げると、パッと表情を緩める老人。
「ほほう…この村に行商とな…」
そう呟きながら、俺達の荷馬車の荷台を覗き込み、積み荷を見ている老人
「フムフムなるほど…確かに行商人の様じゃの…。兵士様方、この者達は、私の家で対応させて頂きます。それで宜しいでしょうかな?」
穏やかに兵士達にそう告げると、俺達に向けられていたハルバートを降ろし、
「…貴方がそう言うのであれば、仕方無いですな。この者達は、貴方にお任せするとしましょう」
口調も平常に戻った兵士。その兵士に微笑む老人
「有難うございます兵士様」
「いや…私達は、主人であるアロイージオ様の命令に従っているだけに過ぎません。…もし、この者達が、何か危害を加える様な事が有れば、すぐに此方に報告下さい。剣の錆にしてやりますので」
「ハハハ…その時は、お願いします兵士様」
サラリと怖い事を言われたが、兵士達は俺を睨みながらも、自分の持ち場に帰って行った。
立ち去った兵士達を見ながら、軽く溜め息を吐く老人が
「さ…行商人様方、此方の方に荷馬車をまわしてくだされ」
俺は老人の言われるまま荷馬車をまわす。そして一件の家の前で荷馬車を止める。その家は、他の家より大きく、立派であった。老人にその家に案内され入っていく。その家の中は、小さな村とはいえ、なかなか豪華であった。案内されるまま部屋に通され、テーブルの席に座る。暫く座って待っていると、老人が紅茶の入ったティーカップを2つ持って来てくれた。
「さあ、どうぞお召し上がりくだされ」
笑顔でいう老人。俺とマルガは顔を見合わせて、紅茶を頂く。紅茶を飲んだマルガはピクっと体を反応させる
「わあ~この紅茶…美味しいです~」
ニコニコ顔で嬉しそうな顔で言うマルガ。尻尾も嬉しそうに揺れている。その表情を見た老人も嬉しそうに
「ハハハ。そうかそれは良かった。この村で採れる紅茶なのです。お口に合って何よりですな。…こんな可愛いお嬢さんをお供に連れて行商とは、なかなかの幸せ者ですな」
笑いながら言う老人に、苦笑いをする俺。
「有難うございます。…さっきは助けて貰ったばかりか、こんなに美味しい紅茶迄ご馳走になって…。えっと…」
「ああ!これは申し遅れましたの。私はこのイケンジリの村の村長で、アロイスと言います」
「村長様でしたか!これは失礼を。僕は行商をしています、葵 空といいます。こっちは僕の奴隷で、マルガと言います」
「ご主人様の一級奴隷をさせて貰ってますマルガです!よろしくです!」
マルガは元気にそう言うと、ペコリと可愛い頭を下げる。それに微笑むアロイス村長
「しかし…さっきは驚きました。あの兵士さん方は、どう言った方なのですか?」
「あの方々は、フィンラルディア王国、モンランベール伯爵家が三男、アロイージオ様のお連れの兵士様方なのです」
「え!?あの有名なモンランベール伯爵家の方々なのですか!?」
思わず声を上げてしまった。オラ恥ずかしい…
フィンラルディア王国は大国であり、領土も大きくオーストラリアより若干小さい位の領土があり、約50近くの貴族がいる。その中でも、六貴族と呼ばれる特に有力な貴族がいて、フィンラルディア王国の国政に深く関わっている。モンランベール伯爵家はその六貴族の中の一つなのだ。
「そうです。何でも、ご公務で港町パージロレンツォに向かう途中で、この村にご休憩にお立ち寄りなさったみたいでしての。別に悪気があって、葵殿にきつく当たった訳では無いと思います。モンランベール伯爵家の護衛の方ですから、少しでも危険があるかも知れ無いと思ったのでしょうな。仕事に忠実な兵士様方なだけの事と思ってくだされば宜しいかと。それに、この村に滞在してるアロイージオ様は、気さくでお優しい方ですからの」
そう説明してくれるアロイス村長。その時、後ろの扉が開き、何人かが部屋の中に入ってきた
「父さん行商人さんが来られたみたいですが、エドモンさんがこられたのですか?」
俺達が振り向くと、身長180㎝位、20代半ばの男が立っていた。
ムウウ…なかなかの男前だな…身長も高いし…俺とは違うね!…ううう…
この世界は、俺みたいな、黒髪に、黒い瞳の典型的な日本人の容姿の人はいない。と言うか、見た事が無い。地球で言う北欧人や西洋人、中東系がほとんどだ。
俺は身長も168㎝で高くもないし、顔の作りも中の中!不細工でも無ければ、男前でも無い。
特徴がないのが特徴という、どこかの量産型の様な表現がしっくりと来る、標準的日本人なのだ。
なんかさ…外人って格好良く見えるよね!…べ…別に…羨ましいわけじゃないんだからね!…ウウウ…
……男前に生まれたかった…神様は不公平だYO!
そんなネガティブな事を考えていた俺と、紅茶を美味しそうに飲んでいるマルガと視線が合う。
うん?どうしたのですか?ご主人様?と、言う様な感じで可愛い首を傾げて、微笑んでくれるマルガ。ああ…マルガ…癒される。マルガは、そのなかなか男前の青年には興味が全く無さそうであった。
だよね!これ位の男前なら、ラングースの町にも一杯たしね!どって事ないよね!
マルガは俺を好きって言ってくれたんだ!それだけでイイジャマイカ!
そうやって、容姿で負けている事を何とかごまかした。そして…何故か涙が出た…ガク…
「兄さん違うわよ。エドモンさんじゃないわ。別の行商人さんよ」
そのなかなか男前な青年の横から、俺と歳の変わらなそうな、可愛い感じの女の子が現れる。
「えっと…」
俺が困惑していると、軽く溜め息を吐きながらアロイス村長が
「これ!お客様の前じゃぞ2人共。すいませんな葵殿。ほれ!挨拶をせんか」
呆れながらアロイス村長が言うと、苦笑いしながら2人が、俺の前に来た。
「始めまして。僕はそこの村長の孫で、この村の副村長をしています、エイルマーと言います。よろしく」
「私もアロイスお祖父様の孫で、エイルマーお兄様の妹、リアーヌと言います。よろしくね」
2人共笑顔で挨拶してくれる。
「僕は行商をしています葵あおい 空そらと、いいます。こっちは僕の奴隷で、マルガと言います」
「ご主人様の一級奴隷をさせて貰ってますマルガです!よろしくです!」
マルガは微笑みながらそう言うと、再度ペコリと可愛い頭を下げる。
「これは…非常に可愛いお嬢さんですね。葵さんは幸せ者ですね。羨ましい限りですよ」
エイルマーが男前スマイルで俺にそう言う。男前に羨ましいと言われると…ちょっと嬉しいね!
先ほどのネガティブ値が少し下がった気がした。
「エイルマー兄様…そんな事を言っていたら、私がお兄様の許嫁のメラニーさんに言いつけちゃいますよ?」
「え!?何言ってるんだリアーヌ!僕は只、素直な感想を言っただけで、やましい気持ちは無いよ!」
「へえ~どうだか~」
ニヤニヤ笑っているリアーヌ。頭をかきながら、苦笑いのエイルマー。
なんだよ!エイルマーにも女いるんじゃないかよ!これが…紳士のお伊達というやつか…
なかなかの男前だし、女がほっとく訳ないか…うわあああん!
なかなかの男前の紳士的な態度に、再度ネガティブ値は上昇した!
そんな俺達のやり取りに、また軽く溜め息を吐いているアロイス村長。
「しかし、この小さな村に良く行商に来てくれたものです。この村に来てくれる行商人様は、ほんのひと握りですからの。最近は何時も来てくれていた行商人様も、まだ来てくれていませんのでな。どうしたものかと、考えておった所でしての」
「その何時も来てくれて居た行商人と言うのが、エドモンさんなんですか?」
「おや?エドモンさんをご存知でしたか。今彼は、どうしておるのか解りますかな?」
アロイス村長の言葉に、俺とマルガは顔を見合わせ、困惑する。
行商人エドモン…その名は知っている。ギルゴマの知人の行商人で、森の中で無残に殺され、腐敗した死体になっていた行商人…。
俺は真実を伝える前に、確認したい事があった。
「えっと先に聞きたいのですが、最近僕達以外に…他に行商人が、この村に来た事はありませんか?」
「いや…最近はまったくですの。春になってからは、葵殿方が最初の来村された行商人様ですの」
俺はその言葉に若干の安心感を覚える。どうやらエドモン一行を殺した犯人は、殺害現場に近いこの村に奪った品物を売る事無く、他の街に向かったと言う事だ。殺害されてから日にちも経っている。この村よりかなり離れている可能性の方が大きい。つまり、その殺した犯人と出くわす可能性は低いと考えた。
「そうですか…解りました」
俺が何かを考えているのに気が付いたアロイス村長は、
「どうかされましたか葵殿?何か…心配事でもおありですか?」
「ええ…実は…」
俺は、知り得た全てを話し始めた。ギルゴマに近況を依頼された事、途中で野盗に襲われたが、そいつらは犯人ではなかった事、そして…何者かに襲われて死んでいた事…
彼のトレードマークだった、血に染まった青いスカーフを見せ、俺の話を聞いた一同は、悲しみの表情を浮かべる
「そんな…酷い…優しい行商人様でしたのに…」
「そうだな…村人にも慕われていたからな…」
「行商には危険がつきものなのは解っておるが…そうか…エドモン殿がのう…」
ギルゴマの話の通り、行商人のエドモンと言う人物は、良き行商人だったのであろう。アロイス村長達は、彼の死を悼んでいる様であった。
「…エドモンさんを殺した犯人は、もう遠くに行ってしまっている可能性が高いですが、一応注意をして頂いた方が良いかも知れません」
「そうじゃの…明日にでも村人に注意を促しておくか。それと、モンランベール伯爵家御一行様にも、お伝えしておこう。まあ…沢山護衛の居るモンランベール伯爵家御一行様に、何かしようと思う奴など居らぬとは思うがの。念の為にな…」
俺は村長の話に肯定して頷く。その時、後ろから声がした。
「本当はエドモンさんを殺したのは、お前達じゃないのか?」
その声に振り返ると、20歳位の青年が、入り口の壁に持たれながら、きつい目をして俺を見ていた。
「ハンス!何を言っておるのじゃ!葵殿に失礼じゃろ!」
アロイス村長が一喝するが、気に留める様な素振りを一切見せずに、俺とマルガの傍に来た。
「だっておかしいじゃないか。俺はここ数日、街道を通ているが、エドモンさんの死体を見かけなかったんだぜ?一体、エドモンさんの死体を、何処で見つけたんだ?」
「それは街道から100m程森の中に入った所です」
「…100mも森の中に入った所の死体を、良く見つけれたものだな!…お前達が殺して、そこに捨てたんだろう?」
きつい目を更にきつくさせて、俺を見るハンス。そんな俺とハンスのやり取りを聞いていたマルガは、バン!っとテーブルを叩き立ち上がった。
「ご主人様は殺してなどいません!エドモンさんの死体は、街道で私が匂いで見つけました!ご主人様は、何も悪い事はしていません!ご主人様を…野盗と同じにしないで下さい!」
目をキツくして、声高にハンスにそう叫ぶマルガ。金色の毛並みの良い尻尾が、ボワボワに逆立っていた。ウウウっと唸っているマルガを見たハンスは、軽くたじろいていた。
「…見ての通り、このマルガは亜種で、ワーフォックスと人間のハーフなんです。ですから、音や匂いに敏感でして、そのお陰で、見つける事が出来たんです」
そう言って、気の立っているマルガの頭を優しく撫でると、あうう…と言った感じで大人しくなったマルが。軽く肩を抱いてあげると、気まずそうに苦笑いをしていた。
「そういう事じゃ。葵殿が犯人なら、モンランベール伯爵家御一行様の居る今この時に、疑われる様な話はせんじゃろう?」
「ふん!どうだか!…この村の奴等は、甘い奴らが多すぎる!モンランベール伯爵家御一行様は兎も角、一見の行商人の言う事を全て信じて、後になって泣く事にならない様に、願いますよ!」
そう言い放って、部屋から出ていくハンス。そのハンスの後ろ姿を見て、深い溜め息を吐くエイルマー
「…弟のハンスが失礼な事を言ってすいません葵さん」
そう言って頭を下げるエイルマー。
「いえ…お気になさらずに。僕も気にしてませんので。ハンスさんも、村の為を思って言ってくれているのでしょう?良い弟さんをお持ちですね」
「…そう言って貰えるとありがたいです」
俺の言葉に、笑顔でそう言うエイルマー。その横でリアーヌも微笑んでいる。
「フム…葵殿もなかなかの行商人様の様ですな」
そう言って微笑むアロイス村長
「いえいえ…まだまだ駆け出しですね。手痛い目に一杯合ってますしね」
苦笑いしながらそう言うと、笑っている一同。ふとマルガを見ると、ニコっと微笑んでいる。
そんな場も和んできた所で、アロイス村長が
「ま~商談の話は明日と言う事で、今日はゆっくり休んで下さい。泊まれる所を手配しましょう。本当なら、この家に泊まって頂くのですが、今空いている部屋は、モンランベール伯爵家御一行様がお使いしているので空きがありませんのでの。…そうじゃ、ゲイツの家なら、もう一部屋空いておったはずじゃ。お部屋は一部屋で宜しかったかの?」
その問に、マルガは下を向いて赤くなっている。
いやいやマルガさん。そこで赤くなって俯いちゃうと、余計に…
ほら…エイルマーさんが変な咳払いをして、リアーヌさんが顔を赤くしちゃってるじゃないですか…
俺まで恥ずかしくなってきちゃったよ…顔が熱い…
そんな俺達を見て、フフフと笑うアロイス村長
「まあ~若いという事は良い事ですな!いかんいかん…じじ臭い事を言ってしまったの。さあ!エイルマーよ。葵殿達を、ゲイツの家迄案内して、ゲイツに事情を説明してやってくれ」
俺を含め、皆が苦笑いしていた。…ううう…
俺とマルガはアロイス村長とリアースさんに挨拶を済ませ、その場を後にした。
外に出ると、辺りはすっかり夜の帳が降りていた。気温も下がって、肌寒く感じる。
俺とマルガは、ランタンを持って先導してくれている、エイルマーの後を着いて行っている。
普段なら、村の広場とはいえ、ランタンが無いと暗くて歩けないのだろうが、今はモンランベール伯爵家御一行様がテントを立てて、警護をしやすくする為に、あちこちに沢山の篝火が立てられ、昼間ほどではないが、辺りは明るかった。
マルガは寒いのか、俺の腕にキュっとしがみついて歩いている。マルガの体も暖かいので俺も気持ち良い。そんなマルガの肩には、甘えん坊の白銀キツネの子供のルナがヒョッコリ乗っている。
その様子にニマニマしながら歩いていると、不意に呼び止められた。
「オイ!お前達!ちょっとこっちにこい!」
その声に振り返ると、少し大きめのテントから、上等な鎧を身に纏った、30代半ばの男が出て来た。
俺達は、その男の方に歩いて行く。すると、俺を上から下まで見て、フンと鼻で言うと、
「…お前が報告にあった行商人だな?お前は挨拶もせずに、此のまま通り過ぎるつもりだったのか?」
威厳たっぷりと、俺をきつく見ながら言う男。俺達は顔を見合わせて、困惑していると、
「俺様は、モンランベール伯爵家、ラウテッツァ紫彩騎士団、第5番隊、隊長のハーラルトだ!」
男はそう名乗った。相手は貴族付きの、騎士団の隊長。俺も丁寧に挨拶をしよう。
「えっと…僕は…」
「良い!お前の名前などに興味はない!」
吐き捨てる様に言うハーラルト。…挨拶しろって言ったから、そうしようとしたのに…
俺がそう言う風に憤っていると、ハーラルトはエイルマーに向かって
「お前は…確かこの村の村長の孫だったな?」
「はい、村長のアロイスの孫で、副村長のエイルマーです」
「ウム。お前はもう良い、下がるが良い。俺様はこの行商人と話がある」
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「下がれと言っているであろう?」
エイルマーを睨みながら言うハーラルト。その威圧的な言い方に、これ以上食い下がってはマズイと感じたのであろう。俺に一件の家を指さす。彼処が恐らく目的のゲイツと言う人の家なのであろう。
俺がソレに頷くと、エイルマーは指をさした家に向かって歩いて行った。
「えっと…ハーラルト様…僕に話しとは何でしょうか?」
俺が気まずそうにそう聞いているのに、ハーラルトは興味が無いと言った感じだ。俺は更に憤る。
すると、ハーラルトは少し近づいて来て、視線を俺の隣に落とす。
「フム…報告通りの一級奴隷だな…」
ハーラルトは、マルガを舐める様に見つめると、ニヤっと卑しい哂いを浮かべる。その表情に、俺もマルガも冷たいものを感じる。
「お前は自ら行商人と名乗り、村長の元で話をしたらしいが、お前がまだ、野盗や我が主を狙う暗殺者で無いと証明出来た訳では無い。…だから、俺様が直々に取り調べてやる」
そう言うと、きつく冷たい目をしながら、先ほどの卑しい哂いを浮かべるハーラルト
「ぼ…僕は行商人です!野盗や暗殺者ではありません!」
俺の必死の訴えに、再度フンと鼻でいうハーラルト
「だから簡単にソレを調べてやろうというのだ」
「ど…どうやってですか?」
困惑している俺を見て、ニヤっと嗤うハーラルトは、
「なに…簡単な事だ。お前の隣にいる、真面目そうなその一級奴隷の少女から、簡単に聴取するだけだ。まあ…簡単にとは言っても聴取だ。多少の時間は掛る。その少女からの聴取が終わり次第、お前の元に返してやる。それで、お前の容疑は晴れるかもしれん。俺様の慈悲に感謝するんだな!」
そう言って、卑しい哂いを浮かべるハーラルト
「いえ!聴取なら僕が受けます!なぜ、このマルガなのですか?」
俺のその問いに、表情をきつくするハーラルト
「先ほども言ったであろう?その少女が、お前より真面目そうに見えるからだ。なので、その少女から話を聞けば、お前の事はすぐに解るであろう?…それとも…両方同時に、詳しく取り調べて欲しいのか?折角俺様の慈悲で、簡単に聴取を済ませてやろうと、思っているのだがな…詳しく調べられれば、あらぬ所から、不利な証言が出るやも知れぬぞ?」
そう言って俺に近づき、きつい顔を更にきつくし、高圧的に俺にそう言うハーラルト
「なに…心配するな。何もこの一級奴隷の少女を殺したりはせん。簡単に聴取したら、お前の元に返してやるから、安心するが良い」
ハーラルトは卑しく哂い、俺を嗜める様に言う。その雰囲気に、俺はハーラルトが何を言いたいのかが解った。
『…クソ…そういう事か…』
俺は唇をギュっと噛む。無意識に握り拳に、力が入る。
ハーラルトは…こいつはつまり…聴取と言う名目で、美少女のマルガを陵辱したいだけなのだ。
好きなだけ陵辱したら、俺の元に返してやると、言っているのだ。はなから、俺の事などどうでも良かったのであろう。マルガだけが目的だったのだ。
貴族の中には、このハーラルトの様に、権力を傘にして、したい放題する輩は多いと聞く。旅に出ると、女が抱けないので、宿泊している町や村で、行きずりの女を調達するなのどは、よく聞く話だ。
通常なら、娼館の娼婦などで済ます奴も多いらしいが、このイケンジリの村は小さく、当然娼館や娼婦などは居ない。
なら、村人から女を調達したい所であろうが、此処は自分の主人の収めている領地ではない。自分の権力の及びにくい、他の貴族の領地で好き勝手な事はかなりやりにくい。そんな事をすれば、貴族間で大きな問題になる。
それに、このイケンジリの村の領主は、善政をしく事で有名な、港町パージロレンツォを収める領主、フィンラルディア王国、バルテルミー侯爵家だ。しかも、バルテルミー侯爵家は、モンランベール伯爵家と同じく、有力な権力を持ち、国政に深く関わっている六貴族の内の一つ。そんな六貴族同士の争いになりかねない事は、こいつには流石に出来無いであろう。
そこで、俺が連れているマルガに目を着けたのだ。
確かにマルガは、滅多に居ないクラスの美少女だけど、理由はそれだけでは無いだろう。
俺は根無し草の行商人。この領地の人間ではない。この国に一応籍は置いて、税金も払っているが、特定の住居もなく、身元の保証が出来無い。行商人といえば聞こえは良いが、地球で言う所の、住所不定の自称商売人と言った感じなのだ。そんな俺などには、理不尽な無茶が出来る。いくらでも、権力を使って、冤罪をかぶせる事が出来ると、ハーラルトは言っているのだ。
それを利用して、難癖を付けて、俺にマルガを娼婦として差し出せと言っているのだ。
『…何が聴取だ…何が…マルガの方が真面目に見えるだ…そんな事…お前勝手な都合だろうが!』
そう思いながら、怒りがこみ上げて来る。しかし…どうする?俺には守ってくれる、組織や機関、組合などは無い。冒険者ギルドには登録しているが、ソレじゃ身元の証明なんかには当然ならない。
俺は今迄1人で来たから、税金の安い今の生活を選んでいるが、こういう時の後ろ盾は何も無い。
『せめて…商組合にでも入れていれば…こんな事にはならないんだけど…』
そう後悔するも、現実は入れていないのである。
商組合に入るには、商組合の厳しい審査をクリアしなければならない。保証金を商組合に入れ、きちんと登録出来た者だけが、商組合員となれるのだ。
行商人でも、商組合に入っていれば、商組合が身元の保証をしてくれる。大きな取引も出来るし、この様な理不尽な要求も、商組合員なら受けにくい。
商組合員に何か理不尽な事をすれば、商組合と対立してしまう。経済の根幹部分を支えている商組合と、わざわざ揉めたい貴族などいない。不利益しか被らないからだ。
『今は…無い事を思っていても仕方が無い…どうやって、この場を切り抜けるかだ!』
そう考えて、対策を考える。しかし、普通の話し合いでは到底収まら無いだろう。
アロイス村長に相談するか?…いや…今日来たばかりの行商人の願いを聞いてくれるだろうか?
もし聞いてくれて、俺の身を擁護する側に回ってくれたとしても、相手は貴族。
恐らく…後ろ盾の無い俺に、適当な冤罪を掛けるだろう…そうなると、冤罪でも俺は罪人になってしまう。いくらアロイス村長でも、罪人の肩を持つわけには行かない…
そうなると…正攻法の話し合いでは、埒があかないと言う事だ。
『って事になると…不法な事で対応するしか、選択肢は無いよな…』
不法な事…いくつか考えられるが…
まずは、賄賂…
幾らかの金を握らせて、無かった事にして貰う。でも賄賂には問題がある…
一つ目の心配は、こいつはあの有名な六貴族お抱えの騎士団の、それも隊長だ。こいつが納得するだけの賄賂を渡さないとダメだ。しかし、俺の今の手持ちは金貨6枚程度…。この村での仕入れや維持費、生活費などもいるから、賄賂を渡せても、精々金貨3枚迄が限度だ。それ以上払ってしまうと、行商が出来無くなってしまう。大貴族の騎士団の隊長が、金貨3枚で納得してくれるだろうか…確かに金貨3枚は大金だけど、微妙な金額のラインだ…。
二つ目の心配は、賄賂自体が、不法な事だと言う事だ。
一応、国は賄賂を禁止している。渡す側も、受け取る側も罰せられる。しかし、お金の魅力に勝てる人間は少なく、賄賂は横行しており、しかも、取締も緩く、賄賂関係で捕まる奴など殆ど居ない。
これが通常時なら賄賂を渡して終了なのだろうが、こいつの目的はマルガを陵辱する事。
賄賂を持ちかけた時点で、ハーラルトは俺を捕まえるかもしれない。そうなれば、わざわざ冤罪をかける事無く、俺を捕まえて、マルガを自由に出来るだろう。その上、俺の財産は全て持って行かれる可能性も高い。
こう考えると、賄賂は今は危険度が高いと思う。他の方法を考えるが、不法な方法では、結局ハーラルトに捕られる可能性があるので、危険度が高いと判断した。
『と、なれば…最後の方法しか残されていないよな…』
最後の方法…それはこの村から逃げるか、力でハーラルトと戦うかである。
しかし、逃げるにしても、戦うにしても問題は山積みだ。この騎士団は、今この村に、ハーラルトを入れて40人位居るのである。それだけの人数を相手にしなければならない。
しかも兵士のLVは、さっき興味本位で霊視で視てみたら、大体LV30後半からLV50弱だった。
中級~中級上の兵隊クラス。そして、ハーラルト本人は隊長だけあってLVが高い。LV62…上級クラス。兵士達もそうだが、ハーラルトもなかなか厄介な、戦士系のスキルを持っている。
まともに戦えば、マルガを守りながらなど、到底無理である。まともに戦ってはいけない事を理解する。
となれば…この村より逃げるの一択。
このハーラルトの隙を突いて、馬のリーズで、この村より逃走する。荷馬車と積み荷は放棄するしか無いであろう。荷馬車を引いてなど、とても逃げ切れそうにない。荷馬車と積み荷を失う事は、多大な痛手ではあるが、仕方が無い。マルガが陵辱される事など、俺には我慢出来無い…。
「どうした?黙りこんで。お前はどうするつもりなのだ?」
勝ち誇った顔で、威圧的に言うハーラルト。その顔はより一層、卑しい哂いに満ちていた。
そのハーラルトの表情を見て、怒りで俺の顔はきっと歪んでいたのだろう。マルガがそんな俺に、何か決心した様な眼で、
「…ご主人様…私…聴取に…モググ…」
俺はマルガの口を手で塞いだ。俺に口を抑えられて、ビックリしているマルガ。俺はマルガからそんな言葉を聞きたく無かった。なので話の途中で口を塞いだ。
…俺はマルガが汚されたら、好きでいられる自信はない。恐らく、マルガを捨てるであろう。
そして、汚され俺に捨てられたマルガは、きっと自分の命を断つであろう。
野盗との戦闘が終わって、荷馬車の上でマルガが言った言葉を思い出す。
『私はご主人様以外の人に、汚されたりはしません!港町パージロレンツォに着いたら、きちんと戦闘職業に就いて、強くなります!いっぱい頑張って、ご主人様もお守りしますから、私の事を捨てないで下さい!もし…私が…ご主人様以外の人に汚されてしまったら…私は自分の命を断ちます!』
こんな可愛い事を言ってくれるマルガを、手放せる訳が無い。俺の覚悟は決まった。
横目に馬のリーズの方を見ると、荷馬車から外されて、木に縛り付けられていた。あれなら、紐をほどけば、すぐに走って逃げれるだろう。後は全力で逃げるのみ…
だけど…こいつだけは…ハーラルトだけは許さない。俺を追い込んだのだ。こいつだけは…殺す!
アイツを使って…確実に…
「ええ!俺がどうするかなんて、最初から決まってるんですよ!」
そう言って、右手をゆっくりと上げていく。そして、人差し指をハーラルトに向ける。まるで何かを持って居る様に…。ハーラルトは、それを見て困惑の表情をしている。
『一瞬で終わらせる…死ね!!ハーラルト!!』
そう心の中で叫んで、実行しようとした時だった。まるで春風に誘われたかの様に、美しい声が流れてきた。
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