愚者の狂想曲☆

ポニョ

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2章

愚者の狂想曲 46 暗雲

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人攫い達の襲撃を受け、依頼を断った日の翌日の朝、俺達は朝食を取るために食堂に降りてきていた。

食堂の中に入ると、いつもの皆が楽しそうに朝食を食べていた。

その中で、俺達に気がついたエマが満面の笑みを見せてくれる。



「葵おにいちゃんおはよ~!」

テテテと走り寄ってきたエマは、ギュッと俺の足にしがみつく



「おはよエマ、今日も元気だね。皆もおはよ~」

皆に挨拶をしてエマの頭を撫でると、エヘヘと可愛い微笑みを浮かべている。

挨拶も済ませ席につくと、ステラが朝食を持ってきてくれる。

それに礼を言い朝食を食べ始めると、ミーアとシノンがトレイに朝食を乗せて、食堂を出て行こうとしていた。



「あ!ミーアおねえちゃんとシノンおねえちゃん、マリアネラさんとトカゲさんのところにいくの~?」

「そうですよエマさん。2人に朝食を持って行こうと思いまして」

「じゃ~エマもいく~!」

ねえねえとせがむ様に言うエマに、顔を見合わせて笑っているミーアとシノン。



「じゃ~エマさんも一緒に行きましょうか」

「うん!ありがとうミーアおねえちゃん!」

ヤッターと両手を上げるエマを見て、皆が笑っている。



「エマ、マリアネラさんとゴグレグさんに無理をさせちゃいけませんよ?後、ミーアさんとシノンさんの邪魔をしない様にね」

「うん!わかってるよ~お母さん!」

「ミーアさん、シノンさん、エマをお願いします」

苦笑いをしながら頭を下げるレリアに、いえいえと微笑みながら言うミーアとシノン。

エマはミーアとシノンの後ろを嬉しそうに、ピョンピョンと跳ねながら食堂を出て行く。

それをニコニコしながら見ているマルガにマルコ。



「でも…マリアネラさんもゴグレグさんも…大事に至らなくて良かったですね。…ヨーランさんは残念でしたけど…」

俺に紅茶を入れながら、少し儚げに微笑むユーダ。



「…そうだね。冒険者ギルドの依頼には危険がつきもの。だから高額な報酬が貰える。それは依頼を受ける冒険者は覚悟している事だけど…解っていても…ね」

俺の言葉に神妙な面持ちで頷いているマルガにマルコ。



「…それに今回の依頼は、特殊なものでしたしね。依頼を放棄して良かったのかも知れませんね」

リーゼロッテの言葉に頷いているレリアにユーダ。



「…でも、ルチアさんはまだ、あの依頼の一件を調べているのですよねご主人様?」

マルガの伏目がちに、言い難そうに言うのを見て、マルコも俯き加減だった。



「…ルチアはあの一件を最後まで調べるつもりだろう。でも…皆を危険に巻き込む訳にもいかないからね。ルチアも解ってくれているよ」

そう言いながらマルガの可愛い頭を撫でると、コクッと小さく頷くマルガ。



…俺もマルガと同じ気持だ。

いつも勝気なルチアの儚げなあの表情は、心を締め付けない訳ではない。

でも…愛するマルガ達や大切な仲間を、これ以上危険な事に関わらせる事は出来ない。

ルチアもその事を解ってくれているから、何も言わずに放棄を認めてくれたのだから…



「とりあえず暫くの間は、メーティスさんのエンディミオン光暁魔導師団が宿舎の警護と、俺達が出かける時には護衛をつけてくれる。皆、暫く我慢してね」

俺の言葉に頷く一同。俺はステラが入れてくれた食後の紅茶をグイッと飲み干すと椅子から立ち上がる。それを見たマルガが



「そう言えばご主人様、どこかに出かけられるのですか?」

着替えの時からずっと一緒に居るマルガは、俺がどこかに出かけるつもりで居るのを感じていたのであろう。



「うん、ちょっとね」

「じゃ~私もすぐに出かける準備をしますねご主人様!」

マルガはそう言うと、俺と同じ様に食後の紅茶を一気にグイッと飲み干し、椅子から立ち上がった。



「あ…いいんだマルガ。今日は俺一人だけで出かけるつもりだから」

「え…1人で出かけられるのですかご主人様?」

マルガは小首を傾げながら俺を見つめる。



「ちょっとした用事みたいなものだから、すぐに帰ってくるよ。だから、宿舎で寛いでて」

「はい~ご主人様~」

残念そうに言うマルガの頭を優しく撫でると、可愛い舌をペロッと出してはにかんでいるマルガ。



「では、葵さんが出かける事を、護衛してくれている魔導師団の方に伝えておきますわね」

「あ、お願いできるリーゼロッテ?」

俺の言葉に優しい微笑みを向けるリーゼロッテは、食堂を出て行く。

暫くして帰ってきたリーゼロッテに、護衛の人の準備が出来た事を聞き、俺は食堂を後にする。

宿舎の外で魔導師団4人と合流し、彼らの馬車に乗せて貰う。

俺が目的の場所を言うと、馬の手綱を握り、馬車を進めてくれる魔導師団。

彼らの馬車に暫く揺られながら乗っていると、俺の目的の場所にたどり着いた。

そこは、郊外町ヴェッキオの入り口にある、大街道に面している、食堂屋の店の路地だった。



俺は魔導師団の4人にここで待ってくれて居る様に伝え、路地の中を進んでいく。

するとそこには、食堂屋のゴミ箱をガサガサと漁っている、小さな人影が見えた。

その小さな人影は俺に気がついたのか、俺に向き直ると、少し気に食わなさそうな顔を向ける。



「…もう…来ないのかと…思ってた」

澄み渡る様なライトブルーの瞳を俺に向けているナディア。



「うん、ちょっと色々あってね。来れなかったんだゴメンネ」

俺の苦笑いしながらの言葉を聞いたナディアは、少し気に食わなさそうな顔をしながら



「…そう。それなら…仕方無い」

ゴミ箱を漁るのをやめたナディアは俺の傍に近寄ってきた。

そして、ちっちゃな手を俺に差し出す。



「ああ、報酬ね。昨日の分も一緒に渡すね」

俺はアイテムバッグから銀貨1枚を出し手渡すと、それを大事そうに腰につけた麻袋にしまうナディア。



「今日はね話があって来たんだ。少し座って話しない?」

俺はそう言うと、ナディアを石段に腰掛けさせ、その隣に腰を下ろす。



「…何?話したい事って…」

「…うん、実は前に言っていた冒険者ギルドの依頼を、昨日放棄したんだ」

その言葉を聞いたナディアは、少しピクッと眉を動かす。



「…そう。じゃあ…私達の仕事も…今日迄と言う事」

「…うん、そういう事になるね」

「…解った」

言葉少なげにそう言ったナディアは、表情を変える事無く立ち上がる。

そして、そのまま立ち去ろうとして、歩き始めた所で俺に振り返る。



「…最後に…聞きたい事が…あるの」

「うん?何ナディア。聞きたい事って?」

俺が首を傾げながら聞き返すと、やっぱり気に食わなさそうな顔で



「…何故、郊外町の浮浪児である私達を…助ける様な事を…してくれたの?」

そう言って、真剣な眼差しを俺に向けるナディア。



「私達が…可哀想に見えたから?…それとも…私達の気を引いて…あの一級奴隷の様に…性奴隷にしたかった?…それとも…あの王女様の様に…助けてやっていると優越感にでも…浸りたかったの?」

ナディアは俺を見据えながら、歯に着せぬ物言いをする。

俺はそれを聞いて、深く溜め息を吐く。



「…俺が君達に、頼まなくても良い仕事を頼んだのは…マルガがおねだりしたからだよ」

「…おねだり?」

そう言って困惑の表情をするナディア。



「そうおねだりさ。マルガは君達に何かしてあげたかったのさ。だから俺におねだりをした。俺はそのマルガのおねだりを聞いたって訳さ」

俺の言葉を聞いたナディアは、その可愛い顔に嘲笑いを浮かべる。



「…つまり、あの一級奴隷の前で…良い格好がしたかったから…私達を助ける様な事をした…と、言う事。空も…結局は…あの王女様と一緒だったと…言う事」

そう言って、蔑む様な眼差しで俺を見つめるナディア。



「上から私達を助けてやっている…その優越感と…一級奴隷に良くしてやっていると言うのを…見せたかっただけ…。やっぱり…空も…私達の事は…何も解ってなかったんだ」

そう吐き捨てる様に言うナディアの瞳は、最初に逢った時の様な、野生の動物の様な、ギラギラした瞳で俺を見つめていた。



「…そうだね、何も解っていないね。と言うか、理解する事なんて出来ないよ」

俺の言葉を聞いたナディアは、更にきつく俺を睨む。



「…それは、私達の事なんて…考える事すら…無駄って事?」

「…ううん、違うよ?…いくら君達の事を考えたり、気持ちを解ってあげようとしても、俺は実際に君達の様な生活をしている訳じゃ無い。生まれも境遇も違いすぎる。そんな俺が、君達の事を全て理解してあげる事は出来ないと言ってるだけさ」

俺の言葉を黙って聞いているナディア。



「…そう…それは…良かったね。…私達の様な…環境に生まれなくて」

「そうだね。良かったと俺も思う」

俺の返事を聞いて、キュッと唇を噛むナディア。



「ナディア達には酷な事だけど、世の中は…不公平や理不尽の塊で出来ているんだと思う。そして…その中で存在してしまっている事は…変え用の無い事実。しかし、その中でも…生きて行くしか無いんだ。…だったら…後は…足掻くしかない…」

「…足掻く?」

ナディアは首を傾げる。



「…そう、足掻く事。所詮人間1人に出来る事なんて限られていると思うんだ。だけど…少しでもその境遇に足掻く事で、何かが変わる時もある。僅かな確率かもしれないけどね。でも、諦めたら、何も変わらないんだきっと」

俺の言葉を黙って聞いているナディア。



「と、まあ、偉そうに言ったけど、俺には出来ない事だろうけどさ。実際、俺がもしナディアと同じ境遇だったとしたら、同じ様に世の中の不公平や理不尽な事を恨んでいたと思うよ。それにナディアの様に、生き抜けていたかも怪しいね」

苦笑いしている俺を静かに見つめるナディア。



「…今日ここに来た本当の理由はね、きっとマルガがまた悲しい顔をすると思ったから、ナディア達を俺の商売の手伝いをして貰おうと思って、誘いに来たんだ。当然、俺達の住んでいる宿舎に一緒に住んで、一緒に生活をする。そうすれば、今の様な過酷な生活をしなくてすむから、マルガも悲しい顔をしなくて良いだろうと思ってさ。でも…」

「…でも?」

ナディアは一切の表情を変えずに俺に聞き返す。



「気が変わった。ここからは俺が正式にナディア達を誘う事にするよ」

「…なぜ?あの一級奴隷に良い所を見せる為じゃなしに…私達を空の商売を手伝わせる事に…何か利点がある?…商売をした事の無い私達を…誘う理由は…無いと思う。…私達を…どうしたいの?」

ナディアは真っ直ぐにギラギラした野生の動物の様な瞳を俺に向ける。



「…世の中は不公平や理不尽の塊だ。だったら、俺がナディア達に関わると言う不公平があったって不思議じゃ無いだろ?そういう事」

微笑みながらの俺の言葉に、ギラギラした瞳野生動物の様な瞳を、一瞬揺らすナディア。



「…なにそれ…意味解らない」

「あ…やっぱり?」

俺の苦笑いの言葉に、少し気に食わなさそうな表情を浮かべているナディア。



「で、どうする?俺達の所に来る?」

その言葉を聞いたナディアは、一瞬天空を眺め、軽く溜め息を吐く。



「…行かない」

小さいながらも微かに聞き取れる様な声を出すナディア。



「え…来ないの?…何故?」

俺は少し戸惑いながらナディアに聞き返す。

ナディアは俺の方に向き直ると、しっかりと俺を見つめる。



「…足掻いてみる」

「足掻く?」

「…うん。空が言った。この世界は…不公平や理不尽の塊だって。…私もそう思う。だから…足掻いて…その先に何があるのか…見てやるの。私達の世界の正体を…見てやるの」

真っ直ぐに俺を見つめるライトブルーの透き通った瞳は、揺るぎのない意志が秘められている様に感じた。



「…そっか、解った。でも、俺は諦めが悪いからさ、気が変わったらいつでも言ってよ。歓迎するからさ。それから…どうしてもお腹が空いてダメな時は、俺達の宿舎においで。いつでもお腹一杯食べさせてあげるから」

微笑む俺の言葉を聞いたナディアは、軽く溜め息を吐き呆れ顔をする。



「…本当に…変な人。…解った」

小さく呟く様にそう言ったナディアは、踵を返し郊外町と対峙する。

そして、郊外町の中に歩き始めた所で、俺に振り返る。



「…明日、また…ここに来て」

そう言い残して、ナディアは何かを吹っ切るかの様に、郊外町の中に走り去って行った。

俺はナディアの後ろ姿を見つめながら、待って貰っていた魔導師団の元に戻り、宿舎に帰るのであった。











そこは豪華な屋敷の一室。

その部屋の扉が上品にノックされる。



「ジギスヴァルト様、ザビュール王都大司教様をお連れしました」

「ウム。入ってて頂け」

その言葉に、部屋の中に入って行く案内役の男と豪華な司祭服を着た男。

ジキスヴァルトは司祭服の男を見て、ニヤリと笑う。



「これはこれは、ヴィンデミア教の王都大司教を努められるザビュール殿、ようこそいらっしゃいました」

ジキスヴァルトの挨拶を聞いたザビュールはフフと笑う。



「その様に仰々しくされると、こそばゆくなりますなジキスヴァルト宰相」

「ハハハ。そうでしたな」

笑い合うジキスヴァルトとザビュール。

ザビュールは豪華なソファーに腰を下ろすと、メイドが持ってきた上等なワインを手に取り、ワイングラスを傾ける。



「…何時飲んでも、このワインは美味いですな」

「この王都ラーゼンシュルトに運ばれるワインの中でも、上等な物ですからな」

そう言いながら同じ様にワイングラスを傾けるジキスヴァルト。



「…で、ヴィンデミア教をフィンラルディア王国の国教にする話は、どこまで進んでいますかなジキスヴァルト宰相?」

ワイングラスを傾けながら言うザビュールの言葉に、フフと笑うジキスヴァルト。



「その話は解っていますともザビュール殿。反対している他の六貴族の者達や、難色を示しているアウロラ女王陛下を説き伏せるには、まだ少し時間が掛かるのですよ」

ジキスヴァルトの言葉に、少し流し目で見つめるザビュール。



「…まあ、その話は解りますが…ヴィンデミア教をフィンラルディア王国の国教にする為に、貴方に尽力している我らの事情もある」

「それも解っていますとも。暫し時間を頂ければ、ヴィンデミア教を必ずフィンラルディア王国の国教にしましょう。…まあ…それが解っているから、私達に力を貸してくれているのでしょう?ザビュール王都大司教殿?」

ニヤッと笑うジキスヴァルトを見て、ククッと笑うザビュール。



「…ま、そうなのですがね。では、引き続き宜しく頼みますよジキスヴァルト宰相」

「ええ、こちらこそ。これからも、一層の協力を願いますザビュール王都大司教殿」

笑い合いながらワイングラスを合わせるジキスヴァルトとザビュール。

その美しいワイングラスの重なった音が響く中、部屋の中に入ってくる者達が居た。

部屋に入ってきた者達は、ザビュールに片膝をつくと、頭を下げて挨拶をする。



「これはザビュール王都大司教殿、ご機嫌麗しゅう御座います」

「メネンデス伯爵寛いで下さい。他の者達も」

ザビュールの言葉を聞いたメネンデス伯爵は頭をあげる。



「今日は例の件の報告かメネンデス伯爵?」

「は!そうでございます」

そう言ったメネンデス伯爵は、複数の羊皮紙をジキスヴァルトに手渡す。

それを見たジキスヴァルトは、ニヤッと口元に笑いを浮かべる。



「流石はメネンデス伯爵。彼奴らの妨害に遭いながらも、生産量は落としてはいない様だな」

満足そうなジキスヴァルトの言葉に、少し得意げな表情を浮かべるメネンデス伯爵。



「しかし先日、モリエンテス騎士団のマスタークラスが7人程、暁の大魔導師にやられたと報告を受けている。…モリエンテス騎士団の兵の補充の方は…大丈夫なのか?」

流し目で見つめられるメネンデス伯爵は、気まずそうに顔を歪める中、その隣りの男が一歩前に出る。



「ご心配には及びませんジキスヴァルト宰相。我がモリエンテス騎士団は、これ位の事ではゆるぐ事は有りませぬ」

「…団長のルードヴィグがそう言うのなら安心か」

ジキスヴァルトの言葉に、ニヤッと笑うルードヴィグ。メネンデス伯爵も表情を緩める。



「では引き続き事に当たってくれ。この調子で頼むぞ」

「は!お任せ下さいジキスヴァルト宰相」

威勢良く返事をして頭を下げるメネンデス伯爵とルードヴィグ。

2人はジキスヴァルトとザビュールに挨拶をすると、部屋から出ていった。

それを流し目で見つめている、真っ赤な燃える様な髪をした美少年を見つめるジキスヴァルト。



「…今日はヒュアキントスと一緒ではないのだなアポローンよ」

「はい。ヒュアキントスは例の件の詰めの作業の為、王都を離れています。商業国家連邦ゼンド・アヴェスターに段取りを伝えていると思います」

アポローンの言葉に、フムと頷くジキスヴァルト。



「…そうか。彼奴らの情報は大体は得ているが、何が有るか解らぬからな。例の件の要であるから、ヒュアキントスとレオポルド殿には…くれぐれも失態の無き様に伝えておいてくれ」

「解りましたジキスヴァルト宰相」

そう言って頭を下げるアポローンを見て、イヤラシイ微笑みを浮かべるザビュール。



「ホホホ。いつ見ても可愛い青年ですなアポローン殿は。…是非今度2人だけで食事でもしたいものですな」

舌なめずりをしながらアポローンを見つめるザビュール。



「…まあまあザビュール殿。このアポローンはあの大商組合、ド・ヴィルバン商組合の統括、レオポルド殿の息子であるヒュアキントスの従者。…手を出すのは不味いですぞ?」

「…それが解っているので口惜しくて…」

そう言いながらアポローンを卑猥な瞳で見つめるザビュール。アポローンはそれに一切の表情を変えず、軽く頭を下げている。



「まあ、それは良いとして、ハプスブルグ家や王女達は、まだこちらの事は何も解っておらぬのかな?」

「…多少は、情報を得ているらしいですが…どちらでも良い事です」

「…ほう、それはどういった事ですかな?」

ザビュールの問に、アポローンが説明をする。

その説明を聞いたザビュールは可笑しそうに口に手を当てて笑う。



「…なるほど、そう言う事でしたか。こちらに近づいても良し、近づけなければ、また今迄通りでそれで良し。どちらに転んでも…我らが…。上手く考えましたな」

「全てレオポルド様とヒュアキントスの手の中と言う事です」

そう言って微笑むアポローンを見て、頷くジキスヴァルトとザビュール。



「では、この話はこの辺にして、晩餐でもいかがですかなザビュール殿?ザビュール殿が気に入るであろう奴隷も用意してあります」

「…それはありがたいですな。…楽しみにしていますぞ」

そう言ってニヤッとイヤラシイ笑いを浮かべるザビュール。

それを涼やかな微笑みで見つめるアポローン。



『…何も知らずに愚かな…』

アポローンは2人を見つめながら、ヒュアキントスの帰りを待つのであった。













ここは王都より徒歩で4時間程歩いた所にある山中。

時刻は秋の肌寒い夜明け前、そこに4人の小さな人影が現れる。



「ねえ~ナディア~。夜中からずっと歩きっぱなしだけどさ~こんな所に来て…一体どうするつもりなの?いい加減に理由を教えて欲しいんだけど?」

ブルブルと寒さに震えながらコティーが言うのを聞いて、ウンウンと頷くトビとヤン。



「そうだよナディア。いい加減理由を教えてよ」

「トビとコティーの言う通りだよ」

トビとヤンも寒さに震えながらナディアに詰め寄る。

ナディアは平然としながらコティー達に振り返ると、



「…朝霧の石を…探すの」

「「「朝霧の石~!?」」」

声を揃えるコティー、トビ、ヤンの3人は顔を見合せている。



「朝霧の石って…あの旅人の安全を願う宝石だろ?確か…リコリスって花から、夜明け前の霧の中で花を咲かせるその時にだけ取れる宝石だったっけ?」

「トビの言う通りね。でも、リコリス自体が滅多に見つからない上に、夜明け前の霧の中でしか採れないから、結構高値で売れるって聞いた事あるけど…」

コティーとトビの話を聞いて、何かに気がついたヤンは



「そうか!あの葵さんの仕事が終わってお金が入ってこなくなるから、それを見つけて売るつもりなんだねナディアは!」

ヤンの言葉に、なるほどと頷くコティーとトビを見て、フルフルと首を横に振るナディア。



「…違う。朝霧の石は…売らない。明日…空に…あげるの」

そう言ってソッポを向くナディア。

それを見たコティーは、ニヤニヤしながらナディアに近寄る。



「何々~?葵さんにあげるの?」

その余りにもニヤニヤしているコティーの顔を見たナディアは、少し気に食わなさそうな表情をすると、



「…空には…色々として貰った。…だから…そのお礼。…それだけ…」

珍しく言葉を詰まらせるナディアを見て、楽しそうな顔をするコティー、トビ、ヤンの3人。



「解ったわナディア!確かに葵さんには色々お世話になったしね。私達に出来るお礼なんて限られてるし…。朝霧の石…探しましょう!」

コティーの言葉に頷くトビとヤン。



「…ありがとう」

ナディアの礼の言葉に、微笑む3人。



「折角ここまで来た事だし、どうせなら一杯見つけて帰ろう!」

「そうだねヤン!」

「じゃ~私達の分も見つける為に、手分けして探しましょうか!リコリスの花は黄色い花らしいわ。朝霧の石が採れる時は、花の中心に光が見えるんだって」

コティーの説明に頷く一同。



「じゃ~捜索開始ね!」

コティーの言葉を合図に、皆がそれぞれの方向に探し始める。



秋の夜明け前、月明かりのみで探しまわる4人。口から白い息を吐きながらも、必死で探し回る。



「どうだった?リコリスの花は見つかった?」

肩で息をしているコティーの言葉に、口から白い息を吐きながら首を横に振るナディアとトビ



「…ダメ…見つからない」

「こっちもだよ。かなり見て回ったけどさ…」

ナディアとトビの残念そうな言葉に、腕組みをしながら唸っているコティー



「…どうしようっか…。もうすぐ日が登っちゃうし。そうすれば朝霧の石は消えちゃうらしいし…」

コティーの言葉に、ナディアとトビも寂しそうな顔をしていると、後ろから声が聞こえてきた。



「皆~!!あったよ!見つけたよ!リコリスの花!!」

そう叫びながら、口から白い息を吐きながらヤンが走ってきた。



「本当なのヤン!?」

「うん!こっちだよ!皆来て!」

嬉しそうに言うヤンの言う通りに、皆は後を走っていく。すると、少し開けた街道沿いにある、谷川に出てきた。

そしてその谷に向かって指をさすヤン。



「ほら!あそこを見て!」

ヤンの指の指す方を皆が覗き込むと、岩肌に黄色い花が咲いていて、その花の中心が青白く光を放っていた。



「間違い無いわ!あれはリコリスの花ね!そして、あの中心に光ってるのが…きっと朝霧の石よ!」

嬉しそうに言うコティーの言葉に、少し嬉しそうに頷くナディア。

そんなナディアを見て、トビとヤンは顔を見合わせて、微笑んでいた。



「でも…どうやってあそこまで行こうかしら…。何か…あそこまで…」

コティーがそう言って思案していると、トビが辺りを見回して、



「あれ使えないかな?」

トビが指差す方を見ると、大きな木に蔦が何本も絡まっていた。



「そうね!あれを切って、繋げて縄の様に出来れば…あそこまで届くかも!」

コティーのその声を聞いたナディアは、その木に近づくと、ちっちゃな手をその蔦を握り締める。

それをナディアガ引っ張ると、バリバリと大きな音をさせて、木から剥がれ落ちた。



「流石は力持ちのナディアね!これを皆で急いで繋げましょう!日の出はもうすぐ!皆急ぎましょう!」

コティーの言葉に頷き、皆は必死で蔦を繋げる。そしてそれを谷に一番近い木にしっかりと結ぶ。



「…私がこの蔦で…降りる」

「気をつけてねナディア。力が強いのは解ってるけど、下は流れの激しい川。落ちたら助かるかどうか解らないわ」

「…解った」

ナディアは小声でそう言うと、蔦を使って谷に降りていく。

谷の風に身体を揺らされるナディアを見て、コティー、トビ、ヤンの3人は不安な声を上げながら見守っていると、ゆっくりと確実に降りていくナディアは、リコリスの花までたどり着いた。



「ナディア早く朝霧の石を採って!もう日が昇るわ!」

コティーの叫びを聞いたナディアは、必死にちっちゃな手をリコリスの花に手を伸ばす。

そして、陽の光がリコリスの花を照らす瞬間、リコリスの花の中心に光る物を掴みとる。

ナディアはゆっくりと、そのちっちゃな手の平を開く。

そこには青白く光り輝く宝石が、朝日に照らされて光り輝いていた。



ナディアは朝霧の石を腰につけた麻袋にしっかりとしまうと、谷を蔦で登っていく。

そして、皆の元に戻って来たナディアは、皆の前に朝霧の石を見せる。

その青白い、美しい光を発している朝霧の石を見て、おお~!!っと、声を上げる、コティー、トビ、ヤン。



「…綺麗。これが…朝霧の石…」

「本当に綺麗だね…」

「本当だね。高く売れるのが解った気がするよ」

トビの言葉に、アハハと笑うコティーとヤン。



「…皆…ありがとう」

嬉しそうに言うナディアの言葉を聞いて、ヘヘヘと顔を見合せているトビとヤン。



「良かったわねナディア。…これで、愛しの葵さんにあげる事が出来るね」

「…そ…そんなんじゃ…ない…」

少し気に食わなさそうな顔で、ブツブツと言うナディアを見て、アハハと声を揃えて笑うコティー、トビ、ヤンの3人。



「じゃ~朝霧の石も見つかった事だし、町に帰りましょうか」

コティーの言葉に頷く3人は、朝の澄み渡った空気を感じながら、谷沿いの街道を郊外町に向けて歩き出す。

そして、皆がキャアキャアと楽しそうに暫く歩いていると、トビが何かを見つけた。



「ねえねえ皆。あそこを見て」

トビの言う方角を見ると、街道から少し入った所に、大きな馬車らしきものが見える。



「あれって…国軍が使って居る鋼鉄馬車じゃない?馬車を引っ張っているのはストーンカだし…」

「鋼鉄馬車って…あのバスティーユ大監獄に、罪人を運ぶ馬車だよね?…こんな所で…何をしてるんだろ?」

そう言ってコティーとヤンが顔を見合わせていると、鋼鉄馬車の扉が開き、何かが飛び出した。

そして、その飛び出した者は、ナディア達の方に向かって走ってきて、勢い良くコティーにぶつかった。



「キャア!!」

声を上げてぶつかった衝撃で地面に尻餅をつくコティー。

皆がそれに驚いていると、ぶつかった者がフラフラと立ち上がり、ナディアにしがみついた。



「た…助けて!私を助けて!」

必死にナディアに助けを求める女性。

その女性は服はボロボロで半裸状態で、女性の性器からは大量の白い精液が滴り落ちていた。



「い…一体…何があったのですか?」

コティーが女性にそう声を掛けた時であった。数名の男達が瞬く間に、ナディア達を取り囲む。

それを困惑した表情で見つめるナディア達。

何故ならば、そこにはフィンラルディアの紋章の入った鎧を着た国軍が居たからだ。

男達はナディア達を見て、首をかしげる。



「…なんだ?お前達は?」

「え…私達は…ここを通りかかっただけで…」

そう説明しているコティーを見て、飛び出してきた女性が叫ぶ。



「こいつらは、郊外町で私を攫った人攫いなの!」

その言葉を聞いたナディア達は、例の人攫いの集団の事を、瞬時に思い出す。

そして、自分達がとんでも無い場面に出くわしてしまった事を感じ、一斉に逃げ出そうとして走りだそうとしたが、男の1人がヤンを捕まえ、腕を締め上げる。それに唸り声をあげるヤン。

ヤンが捕まったのを見て、足を止める、ナディア、コティー、トビの3人。



「…余計な事を聞かれたな。お前等も…逃がすわけには…行かなくなったな!」

そういった男は、目で合図をすると、ナディア達に襲いかかった。

あっという間にコティーとトビを捕まえた男達。

それを見たナディアのはキツイ表情で、男に飛びかかる。



「皆を…離せ!」

ちっちゃな手を振り上げ男に殴りかかるナディア。

男はそれを嘲笑いながら見ていたが、次の瞬間、男は衝撃音をさせて弾き飛ばされる。

ナディアに殴られた男は、木に衝突して意識を失っていた。



「へへんだ!ナディアは力が強いのよ!いい気味よ!」

そう言い放ったコティー。

ナディアも頷きながら、トビとヤンを捕まえている男に、同じ様に殴りつける為に走っていくが、ナディアの拳を難なく避けた男は、ナディアの腹部に激しい蹴りを入れる。

地面に飛ばされたナディアは、お腹を抑えながら、口から胃液を吐き出す。



「…何かの亜種の様だが…戦闘職業にも就いていないお前に出来る事は…もう無い!」

そう言い放った男は、蹲っているナディアを蹴り上げる。その衝撃に、意識を失いかけるナディア。

弱り切ったナディアの首元を掴み上げる男。



「これで終わりだ。…まあ、こんなのでも、頭数に入るだろう。そいつら3人もあそこに連れて行く」

男の指示に、飛び出した女も、トビとヤンも蒼白の表情を浮かべる中、コティーがナディアを捕まえている男の腕に噛み付いた。

余りにも激しく噛まれた事により、思わずナディアを手放す男。それを感じたコティーは、ナディアを目一杯の力で弾き飛ばす。

体当たりを食らったナディアは、谷底に落ちていく。

男が谷の縁まで近寄り下を見ると、激しく流れる川には、既にナディアの姿は無かった。



「…ここから落ちて、あの流の中に落ちたら、いかに亜種の子供といえど…助かる事は…無いか」

そう、呟いた男は、コティー達に振り返る。



「お前達も…あそこに一緒に連れて行く」

そう言って笑う男を震えながら見つめる、コティー、トビ、ヤンの3人。



「ナディアごめんね。貴女だけは…生き抜いて見せて…」

コティーは震えながら、僅かに声を出す。



そして、コティー達を締め上げ鋼鉄馬車に乗せる男達。

逃げ出した女性も同じ様に、鋼鉄馬車に乗せられていた。



「…なあ、まだ時間あるだろ?また犯っていいよな?」

「…馬鹿!…まあ、後少しだけだぞ?…俺にも変われよ?」

「解ってるって!すぐに済ますよ!」

鋼鉄馬車の中で繰り広げられる陵辱に、震えながら固まっているコティー、トビ、ヤンの3人。



女達を気が済むまで陵辱した鋼鉄馬車は、何事もなかったかの様に街道に戻り、目的地に向かうのであった。
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