愚者の狂想曲☆

ポニョ

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2章

愚者の狂想曲 52 潜入

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そこは王都ラーゼンシュルトの中にある大きな建物。

その建物は淡い青色のレンガで造られており、この大国フィンラルディア王国の力の象徴であるヴァレンティーノ宮殿ににも引けを取らない美しさと威厳に満ちた建物であった。

美しい彫刻のされた数々の柱の森を通り抜けると、聖歌隊が神を称える賛美歌を歌い、沢山の人々がその中心にある、七色に光輝くステンドグラスの光を浴びた、女神像に祈りを捧げていた。



「女神アストライア様…私達を…お導き下さい…」

沢山の子羊達のその声が、聖歌隊が歌う神の歌に混じり合い、1つの世界を作っているかの様だった。

そんな神の子達の声が微かに聞こえる部屋の一室で、その光景を見て満足した男がフフと口元をあげてほくそ笑む。



「…哀れな子羊達よ…女神アストライアに全てを捧げ…ヴィンデミア教の教えを皆に伝えるのだ…」

そう言ってワインの入ったグラスを傾ける男は、そのワインを味わいながら恍惚の表情を浮かべていた時であった。扉をノックして1人の男が部屋の中に入って来た。



「遅れてすいませんザビュール王都大司教」

そう言って軽く頭を下げる、深々とローブを被った男。



「…構いはせぬ。お主も忙し身の上であるのは解っておる」

そう言ってフフと笑うサビュール。

サビュールはワイングラスにワインを注ぐと、ローブの男に手渡そうと差し出すが、それを片手で遮るローブの男。



「酒は好みません。私が口にするのは、女神アストライア様の祝福を受けた物のみですので」

「…相変わらずだな」

そう言ってククッと笑うサビュール。



「…所で今日私をここに呼び出した理由を知りたいのですが?」

ローブの男の言葉を聞いたサビュールは、豪華な司祭服の懐から一枚の羊皮紙を取り出し手渡す。



「…これは?」

「先日あのヒュアキントスから届いた手紙だ。内容を見て欲しい」

サビュールにそう言われたローブの男は、その手紙に目を通して行く。

そして、顎に手を当てて何かを考えているローブの男。



「…この通りに実行しろと?」

「…そう言う事らしい。どういう理由なのかは書かれてはいないが、ジギスヴァルト宰相も了承したらしい。我々がそれに異を唱える事は出来ぬであろう?」

ワインを飲みながら言うザビュール。



「…少しジギスヴァルト宰相のやり方に、合わせすぎなのではないですかザビュール王都大司教?我々はヴィンデミア教…女神アストライア様の為に行動する。それをお忘れではありませんか?」

少し声のトーンの低いローブの男に、表情を強張らせるサビュール。



「そ…それは解っておる!だが、ヴィンデミア教をこの大国フィンラルディア王国の国教にするには、ジギスヴァルト宰相の協力が必要不可欠!ただそれだけの事!」

そう言って少し甲高い声を出すサビュール。



「…まあ確かに、下級市民制度を推し進めようとしているアウロラ女王派は、ヴィンデミア教をフィンラルディア王国の国教にする事を良しとしてはいません。なので反対派であり、ヴィンデミア教をこの国の国教に推してくれている、ジギスヴァルト宰相派の者達に協力をしているのは解りますが…余り肩入れしすぎるのはどうかと思いますね」

「わ…私もその辺りは、心得て居るつもりだ!我らヴィンデミア教徒…神聖オデュッセリアにとって、この国で下級市民制度が制定されようがされまいが、さして問題で無い事も!重要なのは、この大国にヴィンデミア教を国教として認めさせる事のみと言う事を!」

声を荒げるサビュールを見て、軽く溜め息を吐くローブの男。



「…まあ良いでしょう。今は貴方の言う通りに動いて差し上げましょう」

ローブの男のその言葉を聞いたサビュールは、表情を緩める。



「それから、こちらの方の情報も伝えておきましょう。例の行商人の仲間達に、特段な変化はありません。葵少年が港町パージロレンツォに向かってからは、普段通りの日常を送っている。心配は無用と伝えておいてください」

「…了解した」

言葉少なげに頷くサビュールを見たローブの男は、豪華なその部屋の出口に向かって歩き出す。

そして、扉の前に来て再度サビュールに振り向く。



「…それと…貴方の趣味にとやかく言うつもりはありませんが、少年の奴隷を買って陵辱する事…少し回数を減らして下さい。貴方が女神アストライア様の為に尽力しているので大目に見て居ますが…余りにヴィンデミア教の品位を落とす様な事をするのであれば…貴方を始末しなければいけませんので…」

そう言って懐から出した黒い短剣の切先を、サビュールに向けるローブの男。

それを見てギョッとした顔をして、狼狽するサビュール。



「わ…解りました!回数を減らします!で…ですから、断罪の黒刃を納めて下さい! テトラグラマトンラビリンス…青の2番!」

顔を蒼白にして少し震えているサビュールを見て、深い溜息を吐くローブの男。



「…解れば結構です。それからその呼び名で私を呼ばないで下さい。貴方も知っての通り、その名はヴィンデミア教には存在しない者なのですから…」

「わ…解りました!注意します…」

表情を緩めるサビュールを見て、一切の表情を変えないローブの男は、ではと小さく言うと部屋から出て行った。

ローブの男が出て行った事に安堵したサビュールは、手に持っていたワイングラスを壁に投げつける。



「クソ!どいつもこいつも私の苦労も知らずに!!!」

そう言ってギリッと歯ぎしりをするサビュール。



「…まあ良い、所詮は狂犬。アヤツ如きに、大局をどうするかなど出来ぬ事。私は私の思うままにやらせて貰う!」

そう言って、ローブの男が出て行った扉を激しく睨みつけるサビュールであった。













その男は、王都ラーゼンシュルトに近い、ロープノール大湖の湖畔にある船着場に立っていた。

戦での負傷か、冒険者として何か失敗をしたさいの後遺症なのか、その男は片足を少し引きずりながら歩いている

薄汚い皮の鎧を身に纏い、腰に使い込まれているが余り手入れのされていなさそうな、刃こぼれをした短剣をつけている軽装の男。



その男は船着場をキョロキョロと見回すと、悠然と街道を歩き出す。

しかし、そんな男に目を向ける者など誰1人居なかった。

ここは大国フィンラルディア王国の王都ラーゼンシュルト。沢山の人々がその巨大都市に仕事にありつく為にやってくる。そこに住む者達にとって、その男は何も珍しい者でもなんでもないのだ。

船着場を離れ大街道沿いに歩いて来たその男は、王都ラーゼンシュルトを取り巻く様に軒を並べる郊外町に足を踏み入れる。



そして大街道から外れた路地を歩く男は、1軒の宿屋の前にたどり着く。

郊外町の大街道より外れたこの宿屋は、お世辞にも清潔であるとは言い難い、寂れた雰囲気の宿屋であった。



「…泊まってくか?」

その寂れた宿屋の前で椅子に座っている主人らしき老人が、その男に声を掛ける。



「…ああ、暫くやっかいになろうと思う。幾らだ?」

「…1日銅貨20枚。10日以上泊まってくれるなら、1日銅貨15枚にする」

「じゃあ…30日泊まらせて貰う。前金で払うから、銀貨4枚でどうだ?」

「…解った」

男から宿泊代を受け取った主人は、2階の隅の部屋を使ってくれと言うと、その男から視線を外す。

男は宿の中に入ると階段を登り、主人に言われた隅の部屋に入る。

その部屋は小さいテーブルと椅子が一組、そしてベッドのみの質素な部屋であった。

余り掃除されていないのか、至る所に埃が積もっている。

部屋の鍵も内側にしか無く、出かける時は物など置いてはいけない。

そんな部屋を見回して、軽く溜め息を吐く男は、少し湿気ているベッドに腰を下ろす。



「…流石は安いだけの郊外町の宿屋。汚いし…安全も何もあったものじゃないな。まあ…とりあえず上手くヴェッキオに潜入出来ただけで良しとするか…」

俺はそう呟き、少し臭うベッドにゴロンと横になる。



リスボン商会の所有する高速魔法船の船内でカミーユと入れ替わった俺は、途中の停泊地であるディックルの町で、リスボン商会が所有する別の商船でこの王都ラーゼンシュルトに戻って来た。

当然俺と一緒に王都に戻って来たメーティスとリューディアとは、完全に別行動。

俺は人が1人やっと入れるあの箱に入り、リューディアの手引きで誰にも解らない様に、密かに外に出たのだ。

そして今、ヴェッキオの寂れた宿屋にたどり着いたと言う訳だ。



「…とりあえず今日はもうすぐ日が暮れる。この宿屋は飯なんかなさそうだし…外で食べるとするか」

少し休憩をした俺は部屋を出ると、ヴェッキオの酒屋に向かって歩き出す。

以前マルガ達とヴェッキオに来た時とは違い、郊外町を歩く俺に対して妬みや羨望の眼差しは全く感じられない。

それは俺の風体を見て、新参者の冒険者だと認識しているのであろう。

それを証拠に郊外町の人々は、俺に視線を向けると、何も気にする事無く視線を外す。



『上手く新参者の冒険者として認識されているな。第一段階はクリアかな?』

俺は心の中でそう思いながら、1軒の酒屋にたどり着く。

騒がしい声のする酒屋の扉を開けて中に入って行くと、一瞬店の中に居た者達が俺の方に振り向くが、すぐにどうでもよさそうな顔をして、晩餐の続きを楽しんでいた。

俺は何事も無く壁際のカウンターに座ると、主人が声をかけてきた。



「…何にする?」

「とりあえず夕食が食べたい。安くて美味い物。それとエールを貰おう」

俺の言葉に頷く主人は、用意を始めている。



「ガハハ!そこで俺様の出番って訳だ!俺がその魔物を叩きのめしてやったのよ!」

後ろのテーブル席に座っている、冒険者風のガタイの良い男が得意げに話している。

どうやらラフィアスの廻廊での、魔物と戦った冒険譚を話している様だ。

席に座っている他の3人の男達も、俺も俺もと、自分の冒険譚を得意げに話していた。

そんな場末の酒屋の会話を小耳にしながら待っていると、主人が俺が注文した物を持ってきた。

俺は主人が持ってきた、ブルリ魚と野菜のシチューと固めのパンを食べながら、エールをグイッと飲む。

地球でも余り酒を飲まなかった俺は、すぐに良い気持ちになる。



「主人、俺は今日この町に来たばかりなんだが、どこか…女を抱ける店を知らないか?」

「…そうだな…」

そう言って女を抱ける店を主人に聞き、夕食の食べ終わった俺は、代金を支払い酒屋を後にする。

酒屋の外に出ると、辺りはすっかり夜の帳が降りていて、かなり肌寒く感じる。

暗くなって人通りの少なくなった路地を歩いて、俺は酒屋の主人に紹介して貰った娼館にたどり着く。



この世界の娼館は大きく分けて2つ有る。

奴隷を娼婦として提供する娼館と一般の平民が自らの身体を売る娼館の2つのタイプだ。

奴隷の娼館は主に三級奴隷を娼婦として客を取らせている。

無理の利く三級奴隷の娼館は、それ相応の代金さえ支払えば娼婦に何をしても構わない。

犯した上に殺しても問題はない。奴隷の主人に代金さえ支払えば良いのだ。

なので、それ目当てに通う者が居る位なのだ。

しかし、三級奴隷なので、女の質は良くない。つまり、可愛くない。

それとは別に、一般の平民が身体を売る娼館は、雇い主が選んで店に置いているので、女の質は割りと良い。

だが法律で守られている平民なので、殺したり暴力を振るう等の行為は出来ない。捕まってしまう。

当然料金もこちらの娼館の方が高い。

ま~つまり、少し裕福な者達が行くのが平民の女の娼館で、金の無い奴が行くのが三級奴隷の娼館だって事。

当然、下っ端の冒険者である俺が来たのは、三級奴隷の娼館だった。



「よ…宜しくお願いします…」

そう言って部屋の入口で平伏して俺に言う、三級奴隷の娼婦。

20代前半の、少し顔色の悪い女の三級奴隷だ。当然可愛くはない。ごく普通の容姿。しかも少し震えている。

まあ…自分が何をされるのかは、この娼館で客を取らされていれば解る事。

この女の三級奴隷も毎回客を取らされる時は、自分の命が無くなるかもしれないので、この様に震えているのであろう。三級奴隷に身を落とした者の末路だ。



俺は軽く溜め息を吐く。そしてその女の三級奴隷を写す俺の瞳が、一瞬妖しく真紅に光った瞬間、女の三級奴隷の身体かビクンと反応する。



「…お前は何もする必要はない。…ベッドの上でゆっくりと休め」

俺の言葉を聞いた三級奴隷は、ベッドに寝転ぶと寝息を立てて眠りだした。

きっと過酷な条件下で、1日に沢山の客を取らされて疲れているのであろう。

当然三級奴隷の女には、俺のレアスキルの魅了で自意識を奪っている。



「…そう言えば、マルガに出会うまでは…魅了で自意識を奪って娼館で良く血を吸ったな…」

俺は月に3回血を吸わなければ死んでしまう。

今ではマルガ達のお陰で、わざわざ娼館に行って娼婦から血を吸うなんて事しなくて良くなった。

血を吸ったついでに性欲を満たす為に犯しても居たが、今はソレも必要がない。

そんな事をしみじみと思いながら、これからの事を考えていた。



「…さて、どこで食いついてくるか…」

俺はそう呟いて、娼館の小さな部屋の壁に持たれながら、窓の外を眺めていた。













俺が郊外町ヴェッキオに新参者の冒険者として潜入して既に5日が経った。

今の所、例の人攫いの連中との接触はない。

人攫い達が良く人を攫っている場所を中心に出歩くのだが、まだやつらに攫われるまでには至っていないのが現状だ。

コティー達やユーダが攫われてから、そこそこ時間も経っている。

例の『奴隷の殺害』を使ったモールス信号もどきを使って、毎日マルガには一方的に定時連絡をしてはいるが、マルガ達の様子も解らない。

まあ、何かあったら、この策を放棄して、俺を探す様には伝えてあるけど…

攫ったやつらが、コティー達やユーダを大切に扱っている事の可能性も低い。



『沢山の男達に陵辱され続ければ死んでしまう。早く救出しなければいけないんだけど…』

そう心の中で呟き、焦り始めている俺。

今日も酒場から娼館に向かう、冒険者お決まりのコースを歩く。

そして、以前俺達が人攫い達と戦い、ヨーランがマリアネラ達を逃がす為に命を落とした十字路に差し掛かった所で、俺に声を掛ける人物が居た。



「オイ!そこのお前!」

そのガラガラ声に振り向くと、4人の男が俺を見ていた。

4人の男は俺を取り囲む様に立つと、高圧的な目を俺に向けている。



「…有り金を全て出せ。じゃねえと…殺しちまうぞ?」

そう言って嘲笑いながら高圧的に言うガタイの良い男。俺はこの男を知っている。

この男は俺が良く行っている酒場で、たむろしている冒険者崩れの男達だ。

恐らくだが、毎日酒場に顔を出し、娼館に通っている俺を見て、そこそこ金を持っているのだろうと考えたのであろう。



しかしここは無法者が行き着く郊外町。金を沢山持つ者が来る所ではない。

こんな所に来る冒険者崩れなど、良く持っていて銀貨数十枚程度。

その僅かな金を奪う為に、平然と人をゴミの様に殺す…

それが日常の様にまかり通る郊外町。

俺は軽く溜め息を吐く。



『人攫いの連中が釣れるのではなく、雑魚が釣れるか。まあ…ここは無法の郊外町。何も人攫い達だけが脅威ではないよな。さて…どうしたものか…』

俺は暫く考える。



ここでこいつらを倒すのは簡単だ。

レアスキルの霊視でこいつらを視た所、こいつらのLVは10代後半から、20代前半。

まさに初級の冒険者崩れと言った所だ。



こいつらを簡単に倒す事は出来るが、それによってどこかでこの郊外町の様子を伺っているであろう人攫いの連中や、ヴェッキオを実効支配しているバミューダ旅団達の地回りに警戒されるかもしれない。

そうなれば俺を攫ってくれなくなる可能性も出てくる。そうなっては本末転倒も良い所だ。



しかし、解りましたと言って、全財産を渡す訳にもいかない。

俺はこの策を実行する為に、金貨1枚を持ってきていた。

今は活動費として使って少し減ってはいるが、この金が無くなると、今後の活動がしにくくなる。

当然、こいつらも俺を簡単に逃がす気は無いであろう。

それに加え、俺は足に障害を持った様に振舞っている。

それをバラして逃げ切るのも、ヴェッキオの様子を伺っているかもしれない連中に気が付かれるかもしれない。



『ここはいつもの様に…1人を魅了で操って…そいつに他の男達の相手をさせて、混乱に乗じて逃げるのが一番か?』

そんな事を考えていた俺に業を煮やした男達の1人が、俺に近づく。



「オイ!聞いてるのかてめえ!早く金を出せって言ってるんだよ!」

そう甲高い声で言って、俺の胸ぐらを掴もうとした時であった。

何かの風の様な物が通り過ぎた様に感じた瞬間、その男の首がスローモーションの様にゴロリと地面に落ちる。残された男の首の無い身体から、噴水の様に血が飛び散る。

それは屋根の上から飛び降りてきた男の仕業によってなされた所業であった。



「な!なんなんだお前!」

そう叫んだガタイの良い男の後ろに別の男が現れ、ガタイの良い男に一撃を食らわせると、口に何かの布の様な物を押し当てる。

するとガタイの良い男は、身体から全ての力が抜けたかの様に倒れる。

他の残りの男達も、屋根から現れた襲撃者によって、一瞬で無力化されていた。



『来た!!こいつらは…人攫いの連中だ!』

俺は心の中で歓喜の声を上げる。

そんな俺に人攫いの内の一人が俺の腹に拳をめり込ませる。



「グフッ!!!」

思わず顔を歪め声を漏らす俺の顔に、何か布の様な物を押し当てる人攫いの男。



『しまった!これは…何かの…催眠…薬…』

俺はソレを最後に完全に意識が無くなってしまう。



俺達を一瞬で無力化した人攫いの男達は、それぞれ気絶させた者を肩に担ぐ。

そして人知れず郊外町の闇に姿を消していくのであった。











…なんだろう、身体が凄くダルい。

それに…何か冷たいし…肌寒い…



「…うんん」

俺はその感覚が嫌で目を覚ます。

体に力を入れようとするが、どこか本調子ではない。

ゆっくりと身体を起こす俺に誰かが声を掛けてきた。



「…目が覚めたか」

そのガラガラ声に振り向くと、1人の男が壁に腰掛けて座っているのがボンヤリと見える。

暫くして頭が冴えてきた俺は、視界も徐々に回復する。

するとそこには、俺から金を奪おうとした、ガタイの良い冒険者崩れの男が居た。



「…ここは…どこだ?」

「は!?俺が知る訳ねえだろ?」

そう言って吐き捨てる様に言うガタイの良い男。

その男の言葉を聞きながら、俺は有る異常に気がつく。



「ウッ…何だこの匂いは?」

思わずそう呟いた俺は、その咽返る様な異臭に鼻をつまむ。

そんな俺を見ていたガタイの良い男は嘲笑う。



「ここには用をたす場所が無いからな。ここにいる者の糞尿が垂れ流しにされているのさ」

そう言って卑屈に笑う男。俺は男のソノ言葉に辺りを見回す。



そこは薄暗い牢獄だった。

広さは…20帖位であろうか?窓一つない薄暗い牢屋には、20人程の男が居た。それぞれに薄汚い朝の奴隷服を着せられている。

一体この後に何をされるのか解っていない彼らは、悲壮な表情で座り込んでいた。

しかも、その内の何人かは顔色が悪い。

ガタイの良い男の話では、ここに入れられてから、全く食事を与えられていないとの事らしい。



「他の奴の話じゃ、2~3日ここに入れられた後に、何処かに連れて行かれるって話だ」

ガタイの良い男はそう言うと、チッと舌打ちをして、薄汚い床にゴロリと寝転がった。



…なるほど、ここに入れられてから2~3日後に別の場所に移されるか…

とりあえず、此処がどこか探ってみるか…

俺は情報を集める為に、辺りを注意深く観察し始める。



牢獄の中には20人の男達。

それぞれがヴェッキオで攫われてきたらしい。

部屋を間仕切る檻の向こうには、見張りの鎧を着た兵士が数人立っていて、見回っている。

今現状で解るのは、此れ位であった。



『この牢獄…壊せないのか?』

俺は霊視で牢獄を視る。

そして牢獄を霊視して、予想通りであると感じる。



この牢獄は、壁や床、檻が魔法で強化された物で造られている。例えるなら、港町パージロレンツォの冒険者ギルドの訓練場にあった、特別訓練場の造りに似ている。

王宮であるヴァレンティーノ宮殿や、ごく一部の重要な建物は、敵の襲撃に備え、この様な魔法で強化された素材で造られている。

それは各地にあるダンジョンを研究して造られた産物であり、余程の攻撃魔法や物理的衝撃でないと壊せない様に造られている。



『これは俺の奥義クラスの技でも、壊せるかどうかだな』

そんな事を考え、ここがそんな高価で貴重な素材を使って造らなければいけない程の、重要な建物であると予想した。

そして、予め考えていた脱出プランを実行する為に、見張りの兵士を霊視する。



『見張りの兵士は…LV55~60か…。もう少し…俺に近いLVの奴は居ないのか?』

俺は注意深く見張りの兵士を霊視するが、それらしい見張りは居なかった。



俺はレアスキルの魅了を使って、見張りの自意識を奪い、ここから脱出するつもりで居た。

しかし、俺のレアスキルの魅了は、俺より強い者や、とびきり精神の強い、又は意志の強い奴には掛けれない。しかも、掛けれる対象は1人だけなのだ。



『この見張りの兵士も交代するはず。その時に俺のLVに近い奴が居れば良いけど…。居ない時は…かなり危険だけど、強行突破しかないな』

俺はそう考えをまとめ、暫く様子を伺う事にした。



そして、かなりの時間が経ち、見張りの兵士が交代を始める。

当然俺は交代した兵士を霊視する。

そして、俺のLVに近く、ギリギリ魅了を掛けれるかもしれないLVの見張りの兵士を見つける。



『…居た。LV45の見張り。こいつに魅了を掛けてみるか…』

俺はそのLV45の見張りの兵士に魅了を掛ける。

俺の瞳が一瞬妖しく真紅に光った瞬間、見張りの兵士の身体がビクンと反応する。



『やった!こいつに魅了を掛ける事ができた!』

俺はその事に安堵して、自意識を奪った男に、調べて欲しい事を命令する。



1つ目はここがどこであるかを調べさせる。

俺のレアスキルの魅了は、操っている者の記憶を調べる事は出来ない。

自意識を奪い、行動する情報を俺が与えているだけなのだ。

だから色々と1から調べさせる必要があるのだ。



2つ目は最も重要な事。

コティー達やユーダの監禁場所の特定だ。

俺は彼女達を助け出す為に、色んな策を打ってこんな所に潜入しているのだ。

もし、この場所にコティー達やユーダが居ないとなれば、それこそ全てが無駄に終わる可能性も出てくる。



俺はその情報を見張りの兵士に与え行動させる。

俺の指示通りに動く見張りの兵士は、廊下の奥の扉に消えていく。

そして、更に結構な時間待っていると、魅了で操っている見張りの兵士が戻って来た。

その手には一枚の羊皮紙が握られている。

俺に操られている見張りの兵士は廊の傍まで来ると、誰にも解らない様に俺にその羊皮紙を手渡す。

その羊皮紙の内容を、部屋の片隅で見た俺は、歓喜に染まる。



『居た!やっぱり此処に囚われていたんだ!』

羊皮紙をギュッと握る俺。



『さあ、奪還作戦を開始させるか!』

俺は策を実行すべく、行動を開始するのであった。
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