フォロワー100万人の裏側、全部晒します。~炎上コンサルタント・佐藤任三郎の処刑ログ~

ken

文字の大きさ
15 / 43
第1章 偽りの女神と加工された嘘

第15話 損切り完了

しおりを挟む
 MIIKAの逮捕から3日後の夜。
 佐藤任三郎のオフィスは、芳醇な香りに包まれていた。
 それは、勝利の香りであり、安息の香りでもあった。

 部屋の中央、通常は作戦会議に使われる無機質なテーブルには、純白のクロスが敷かれ、クリスタルのグラスと銀の食器が並べられている。
 キャンドルの灯りが、8人の顔を照らす。
 チーム「Octogram」の正式な祝勝会だ。

「……お待たせしました」

 佐藤が恭しくワゴンを押して現れた。
 その上には、見事な焼き色のついた鴨のローストが鎮座している。
 フランス・ヴァンデ産、最高級のシャラン鴨。
 以前、佐々木紘子との取引で焼いたものと同じだが、今日はサイズが違う。8人の胃袋を満たすための、特大サイズだ。

 佐藤はナイフを手に取り、慣れた手つきでデクパージュを始める。
 ナイフが入るたび、パリッという皮の弾ける音と、肉汁が滴る音が響く。
 断面は、宝石のようなルビー色。

「どうぞ。ソースはフランボワーズと赤ワインのガストリックソース。……それと」

 佐藤は別の皿もサーブした。

「紘子さんからのリクエストにお応えして、付け合わせは『イタリア産白トリュフのリゾット』です」

 切り分けられた皿が、メンバーの前に配られる。
 紘子が待ちきれない様子でフォークを刺し、鴨肉を口に運ぶ。
 咀嚼。
 そして、恍惚のため息。

「……んんッ。これよ。何度食べても最高だわ」

 彼女はうっとりと瞳を潤ませた。

「血の味がするわ。野蛮で、濃厚で、それでいて洗練されている。……まるで私たちの仕事そのものね」
「白トリュフの香りも完璧です」

 佐藤は軽く頭を下げた。

 他のメンバーも舌鼓を打つ。

「やば、何これ柔らかっ! 歯がいらないんだけど」

 田中襟華が目を丸くする。

「カロリー計算は……今日は忘れましょう。この脂の甘み、抗えないわ」

 小林弥生も白衣を脱いで、食に没頭している。

 その傍らで、松本愛永は一人、別の快楽に酔いしれていた。
 彼女は片手に赤ワイン、もう片手にタブレットを持ち、ニュース番組の録画データを再生していた。
 画面に映っているのは、彼女自身がキャスターを務める番組だ。

『……速報です。逮捕されたMIIKA容疑者が、反社会的勢力への資金提供を認めました。これを受け、所属事務所は解散を発表……』

「見てよ、この数字」

 愛永がワイングラスを揺らしながら、ニヤリと笑った。

「瞬間最高視聴率、24.8%。……平日のお昼にこの数字は化け物よ。スポンサーは大喜び、局長からは金一封。私のギャラも交渉次第で倍増ね」
「悪趣味ねえ。他人の不幸を肴に飲む酒は美味しい?」

 渡辺千尋が皮肉っぽく笑う。

「最高に美味しいわよ? それが『正義』ってラベルの貼られた不幸なら、なおさらね」

 愛永は悪びれもせず、グラスを掲げた。

「乾杯しましょう。哀れな生贄と、私たちの完璧なシナリオに!」

 チンッ。
 グラスが触れ合う音が、夜の静寂に響いた。
 誰も罪悪感など抱いていない。
 これは掃除だ。害虫を駆除し、美味しい食事と美酒に酔う。
 それが彼らの流儀だった。

 宴もたけなわとなった頃。
 佐藤はバルコニーに出て、夜風に当たっていた。
 階下の東京の街は、何事もなかったかのように光り輝いている。
 MIIKAという一つの歪みが消えても、この街の輝きは変わらない。すぐにまた、別の歪みが生まれるだろう。

「……サトウ」

 背後から、低い声がかかった。
 振り返ると、グレタ・ヴァイスが立っていた。
 いつもの黒い服ではなく、背中の開いたダークグリーンのドレス姿だ。祝勝会のために着替えたのだろうが、その立ち姿には隙がなく、ドレスの下に筋肉の鎧を纏っていることがわかる。
 彼女の手には、車のキーが握られていた。

「私の報酬を忘れていないだろうな?」

 グレタは無表情のまま言った。

「もちろんです。……約束通り、『デート』の時間ですね」

 佐藤は苦笑した。
 このチームのメンバーは、誰もが現金での報酬以上に、それぞれの個人的な欲望の充足を求めてくる。
 紘子は美食。愛永はスクープ。
 そして、この寡黙な元特殊部隊員の望みは――。

 深夜の首都高速湾岸線。
 流れる街灯が、光の帯となって後方へ飛び去っていく。
 時速250キロオーバー。
 常人なら恐怖で悲鳴を上げる速度だが、この車の助手席に座る佐藤は、涼しい顔で窓の外を眺めていた。

 グレタの愛車、BMW M5 CS。
 一見すると重厚な4ドアセダンだが、その中身は635馬力を叩き出すモンスターだ。
 「羊の皮を被った狼」という言葉すら生温い。これは「セダンの皮を被ったミサイル」だ。

「……エンジンの吹き上がりが軽い」

 ハンドルを握るグレタが、恍惚とした表情で呟く。
 普段の氷のような無表情とは違う、機械と一体化した時にだけ見せる、官能的なまでの熱量。

「あなたが調達した最高級のオイルと、紘子が手に入れたチタン製コンロッドのおかげだ。……完璧だ、サトウ」
「それは重畳です。私の口座から引かれた金額も、目玉が飛び出るほどでしたが」

 佐藤はGに耐えながら答える。

 これが、グレタとの「デート」だ。
 彼女の愛車のテストドライブに付き合い、助手席で「重り」として座ること。そして、そのドライビングテクニックを無言で称賛すること。
 言葉はいらない。
 極限のスピードの中で共有される緊張感だけが、二人のコミュニケーションだった。

 車は大黒ふ頭で速度を落とし、パーキングエリアに滑り込んだ。
 エンジンを切ると、熱を持ったマフラーがチン、チン、と冷める音だけが響く。
 静寂。
 グレタはシートに背を預け、革の手袋を外した。
 その指先は白く、美しい。人を殺める手には見えない。

「……MIIKAの件」

 グレタが唐突に切り出した。

「最後、彼女は泣いていたな」
「ええ。全てを失いましたから」
「以前の戦場でもそうだった。悪党ほど、追い詰められると命乞いをする。……私はそれが嫌いだ」

 グレタはサイドミラー越しに、遠くの工場夜景を見つめた。

「自分のしたことの責任を負う覚悟もない奴が、他人の人生を弄ぶ。……虫酸が走る」

「同感です」

 佐藤は頷いた。

「だから我々は『損切り』をする。彼らに責任を取らせるために」
「ああ。……そのための『手』として、私はあなたに雇われた」

 グレタは佐藤の方を向き、青い瞳で彼を射抜いた。

「サトウ。私はあなたの『正義』には興味がない。だが、あなたの『規律』は美しいと思う」

 彼女は身を乗り出し、佐藤のネクタイに触れた。
 甘い香水ではなく、ガソリンと革の匂いがした。

「私を使いこなしてみせろ。……ハンドルを握る手は緩めるなよ、ボス」

 それは、彼女なりの忠誠の誓いであり、挑発だった。
 佐藤は微かに口角を上げ、彼女の手を払うことなく受け入れた。

「ええ。シートベルトは締めておきますよ。……あなたの運転は、少々荒っぽいですから」

 グレタが微かに笑った。
 本当に、微かに。
 それは夜明け前の空のように、冷たくて美しい笑みだった。

「行くぞ。……帰りのルートは最短記録を狙う」

 彼女は再びキーを回した。
 V8ツインターボエンジンが、獣のように咆哮を上げる。
 タイヤが白煙を上げ、漆黒のセダンは闇の中へと弾かれたように飛び出した。

 翌朝。
 佐藤はいつものように、完璧に整頓されたキッチンでコーヒーを淹れていた。
 平和な朝だ。
 だが、その静寂を破るように、PCの通知音が鳴った。

 『新規メール受信:件名なし』

 佐藤はコーヒーカップを置き、モニターを確認した。
 差出人は不明。
 本文には、短いURLと、一行のメッセージだけが記されていた。

 『貴様らの"正義"ごっこは、ここで終わりだ。次は、我々が貴様を断罪する』

 添付されていたURLを開くと、そこには動画が表示された。
 黒い背景に、白い仮面を被った男が映っている。
 『暴露系YouTuber ジャッジマン・タナカ』。
 今、ネット上で急速に支持を集めている、過激な配信者だ。

「……ふむ」

 佐藤は眉一つ動かさずに、その動画を見つめた。

「どうやら、祝宴の余韻に浸る時間はなさそうですね」

 佐藤はモニターを見る。
 八人の仲間と共に、次なる戦場へ向かう準備はできている。

 MIIKAなど、序章に過ぎなかった。
 本当の闇は、もっと深く、粘り気を持って、彼らを待ち受けていたのだ。
 佐藤の瞳に、再び冷徹な処刑人の光が灯る。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

清掃員と僕の密やかな情状

MisakiNonagase
恋愛
都心のオフィスビルで働く会社員の26歳・高城蓮(たかぎれん)。彼の無機質な日常に唯一の彩りを与えていたのは、夕方から現れる70歳の清掃員・山科和子だった。 青い作業服に身を包み、黙々と床を磨く彼女を、蓮は「気さくなおばあちゃん」だと思っていた。あの日、立ち飲み屋で私服姿の彼女と再会するまでは――。 肉じゃがの甘い湯気、溶けゆく氷の音、そして重ねた肌の温もり。 44歳の年齢差を超え、孤独を分かち合った二人が辿り着いた「愛の形」とは。これは、一人の青年が境界線の向こう側で教わった、残酷なまでに美しい人生の記録。

無実の罪で全校生徒から土下座を要求された僕は、逆に一人ずつ土下座をするように要求した。

葉月
恋愛
無実の罪で全校生徒から土下座を要求された僕は、逆に一人ずつ土下座をするように要求した。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~

bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。

『お兄ちゃんのオタクを卒業させてみせるんだからね❤ ~ブラコン妹と幼馴染オタク姫の果てしなき戦い~』

本能寺から始める常陸之介寛浩
青春
「大好きなはずなのに……! 兄の『推し活』が止まらない!?」 かつて、私は信じていた。 優しくて、頼もしくて、ちょっと恥ずかしがり屋な── そんな普通のお兄ちゃんを。 でも── 中学卒業の春、 帰ってきた幼馴染みの“オタク姫”に染められて、 私のお兄ちゃんは**「推し活命」**な存在になってしまった! 家では「戦利品だー!」と絶叫し、 年末には「聖戦(コミケ)」に旅立ち、 さらには幼馴染みと「同人誌合宿」まで!? ……ちがう。 こんなの、私の知ってるお兄ちゃんじゃない! たとえ、世界中がオタクを称えたって、 私は、絶対に── お兄ちゃんを“元に戻して”みせる! これは、 ブラコン妹と 中二病オタク姫が、 一人の「兄」をめぐって 全力でぶつかり合う、果てしなき戦いの物語──! そしていつしか、 誰も予想できなかった 本当の「大好き」のカタチを探す、 壮大な青春ストーリーへと変わっていく──。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...