フォロワー100万人の裏側、全部晒します。~炎上コンサルタント・佐藤任三郎の処刑ログ~

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第2章:正義を騙る暴露系YouTuberの闇

第19話 アジテーター対決

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 松本愛永がSNSで放った「公開生討論」という餌に、ジャッジマン・タナカは見事に食いついた。
 プライドの塊である彼は、自らの信者たちの前で「国民的アナウンサーを論破し、完全勝利する」というシナリオに陶酔したのだろう。
 討論の開始時刻は、翌日の午後9時と設定された。

 これを受け、佐藤任三郎は作戦プランを修正した。
 当初の「夜明け前の急襲」を延期し、タナカが討論に集中して画面の前に釘付けになっている時間帯――つまり、午後9時以降に突入作戦を決行することにしたのだ。
 タナカが愛永とのレスバトルに熱中すればするほど、周囲への警戒心は薄れる。
 その隙を突き、物理的に制圧する。

 決戦当日の夜、午後7時。
 港区の高級ホテル、エグゼクティブスイートの一室。
 ここは、今回の作戦のために佐藤が確保した臨時の前線基地だ。
 夜景を一望できるリビングで、佐藤は簡易キッチンに立っていた。

「……また、とんでもないものを作ってるわね」

 吉田彩が、ミニバーの冷蔵庫から缶ビールを取り出しながら呆れた声を上げた。
 彼女は今夜、作戦の法的サポートのためにここに詰めている。普段のスーツ姿ではなく、リラックスしたシルクのガウンを羽織っている。

「糖分補給です。頭脳労働には不可欠ですから」

 佐藤はオーブンの前で焼き加減を確認していた。
 彼が作っているのは『香港式エッグタルト』だ。
 タルト生地ではなく、ラードを使った中華式のパイ生地。
 何層にも折り重ねた生地を型に敷き詰め、そこに卵黄、生クリーム、牛乳、砂糖を絶妙な比率で混ぜたフィリングを流し込む。
 オーブンの中で、フィリングがプルプルと震えながら固まっていく。

「焼き上がり」

 佐藤が天板を取り出すと、甘く香ばしい匂いが部屋中に広がった。
 黄金色に輝くエッグタルト。表面には美しい焦げ目がつき、パイ生地は何層にも浮き上がっている。
 彼はそれを皿に並べ、彩の前に置いた。

「熱いうちにどうぞ。……ペアリングは、そこのミニバーにあるもので」

 彩は苦笑しながら、缶ビールのプルタブを開けた。
 プシュッ。

「エッグタルトに缶ビール? ……悪くない組み合わせかもね」

 彼女はタルトを手に取った。まだ熱い。
 サクッ。
 一口齧ると、パイ生地がホロホロと崩れ、中から熱々のカスタードがとろけ出した。

「……っ! 熱っ、でも美味しい!」

 彩が目を丸くする。

「甘さ控えめで、卵の味が濃い。……あんた、これ店で出したら行列できるわよ」

 そこへ冷たいビールを流し込む。
 卵の濃厚な甘みを、ビールの苦味と炭酸が洗い流す。意外なほどの好相性。

「……悔しいけど、癒されるわ」

 彩はソファに深く沈み込んだ。

「タナカの配信を見てると、検事時代の古傷が痛むのよ。……法で裁けない悪を見るたびに、自分の無力さを突きつけられるようで」

 彼女はビールを煽った。

「でも、あんたの料理を食べると、少しだけ救われる気がする。……少なくとも、ここには『確かなもの』があるって思えるから」

 佐藤も自分の分のタルトを手に取り、ミニボトルのウイスキーを開けた。

「……料理は裏切りません。手順を守れば、必ず答えを返してくれる」

 彼はタルトを口にし、ウイスキーをちびりと飲んだ。

「法も同じはずですが……人間が扱う以上、歪みが生じる。だから我々が、その歪みを正すのです」

 二人の間に、共犯者特有の静かな時間が流れる。
 窓の外には、タナカが潜むマンションのある白金台の夜景が見える。
 甘いタルトと、苦い酒。
 それが、戦場に向かう前の最後の儀式だった。

 午後9時00分。
 YouTube Liveにて、緊急特番『激突! 松本愛永 vs ジャッジマン・タナカ ~真実はどっちだ~』の配信が開始された。
 同時接続数は、開始前から10万人を超えている。

 画面は左右に分割されている。
 左側には、佐藤のオフィスの特設スタジオから参加する松本愛永。
 彼女は「戦闘服」である純白のスーツに身を包み、完璧なメイクで武装している。その表情は、いつもの柔和な笑顔ではなく、ニュースキャスターとしての凛とした冷たさを湛えていた。
 右側には、薄暗い部屋から配信するジャッジマン・タナカ。
 白い仮面、ボイスチェンジャー。背景には、例の「贋作の壺」もしっかり映り込んでいる。

『ようこそ、松本愛永さん。……まさか本当に逃げずに出てくるとはね』

 タナカの加工された声が響く。

「こんばんは、タナカさん。逃げる理由がありませんから」

 愛永は落ち着いた声で返した。

「あなたこそ、今日は仮面を外してお話しいただけるのかと思いましたけど。……まだお顔を隠されるんですか?」
『ハッ、くだらない挑発だ。俺は個人の名声のためにやっているんじゃない。正義の概念として存在しているんだ』

 ゴングが鳴った。
 コメント欄は、愛永への誹謗中傷と、タナカへの応援で埋め尽くされている。

 『愛永消えろ』
 『タナカさん論破して!』

 完全にアウェーの戦場だ。

 タナカが先制攻撃を仕掛ける。

『単刀直入に聞こう。先日のMIIKA逮捕劇……あれは君と警察、そして裏の組織が結託して仕組んだマッチポンプだろ? 証拠はあるんだ』

 彼はもっともらしいフリップを出して、愛永を問い詰める。
 愛永は反論せず、静かに頷きながら聞いていた。
 渡辺千尋からのアドバイスだ。

 『まずは相手に喋らせて、優越感を持たせるの。人間は、自分が優位に立っていると感じた時ほど、口が軽くなるわ』

「なるほど。……とても興味深い推理ですね」

 愛永は微笑んだ。

「でも、その資料の日付、おかしくありませんか? 公文書の書式とも少し違うようですが……」
『細かいことはいいんだよ! 本質を見ろ!』

 タナカが声を荒げる。
 効いている。痛いところを突かれると、声が大きくなるのは三流の証拠だ。

 愛永はここから、アナウンサー仕込みの「間」と「声のトーン」を駆使した反撃に出た。
 彼女はタナカが息継ぎをする一瞬の隙を狙って、鋭い質問を差し込む。

「タナカさん。あなたは正義を語りますが、先日の動画で私の過去を捏造しましたよね? あれは『正義』なんですか?」
『捏造じゃない! あれは視聴者からの提供情報で……』
「裏取りは? 取材は? ……何もせずに拡散したなら、それはただのデマゴーグです」

 愛永の声色が、ふっと低くなる。ドスの利いた、本気の怒りを含んだ声。

「あなたは安全な場所から石を投げているだけ。……自分の言葉に責任を持てない人間が、他人を断罪する資格なんてないわ」

『……黙れ!』

 タナカが机を叩いた。

『お前らオールドメディアの人間はいつもそうだ! 上から目線で、高尚な理屈を並べて……! 俺たちはな、お前らが隠している真実を暴くために戦ってるんだよ!』
「俺たち? ……誰と戦っているんですか?」

 愛永が首をかしげる。

「まさか、スポンサーの権藤さん……でしたっけ? あの方のために戦っているわけじゃありませんよね?」

 その名前が出た瞬間、タナカの動きがピタリと止まった。
 仮面の奥の動揺が、画面越しにも伝わってくる。
 権藤。
 先日、佐々木紘子が特定した、タナカのパトロンの名前だ。

『な、何を……』
「あら、図星ですか?」

 愛永は畳み掛ける。

「視聴者の皆さんはご存じないかもしれませんが、タナカさんの活動資金、どこから出ているんでしょうね? ……正義の味方ごっこをするにも、お金はかかりますものね」

『ふざけるな! 俺は……俺は……!!』

 タナカが立ち上がり、カメラに向かって絶叫した。

『このアマ! 調子に乗るんじゃねぇぞ! 俺にはな、お前なんか簡単に潰せるバックがついてるんだよ! 警察だって動かせねぇ力がな!』

 言った。
 完全な失言。
 「個人の正義」を謳っていた彼が、自ら「バックの存在」と「権力との癒着」を認めてしまったのだ。
 コメント欄の流れが一瞬止まり、そして反転する。

 『バックって何?』
 『なんか怪しくね?』
 『愛永お姉さん、なんか知ってるの?』

 愛永は、カメラに向かって、今日一番の冷酷な笑顔を見せた。

「……ありがとうございます。その言葉、待っていました」

 彼女はイヤホンマイクのスイッチを切り替え、裏の回線に呼びかけた。

「佐藤。……お膳立ては済んだわよ。あとは任せた」

 同時刻。港区白金台。
 高級マンション『メゾン・ド・プラチナ』の地下駐車場。
 タナカが愛永との議論に熱中し、画面に釘付けになっているその真下で、漆黒のBMW M5 CSが静かにエンジンを切った。

 車から降りてきたのは、佐藤任三郎、グレタ・ヴァイス、田中襟華、小林弥生の4人だ。
 佐藤はスマホの画面で、タナカの配信を確認する。

「……愛永さんが時間を稼いでくれました。タナカは今、理性を失っています」

 彼は襟華に合図を送る。

「襟華、セキュリティの解除を」
「了解。……紘子さんが用意してくれた機材、最強だね」

 襟華は配電盤に特殊なデバイスを接続し、コードを走らせた。
 カチッ。
 エレベーターのランプが、赤から緑へと変わる。
 メンテナンスモードによる強制解除成功。

「行きますよ」

 佐藤が先頭に立ち、エレベーターに乗り込む。
 最上階、ペントハウスへ。
 グレタが革手袋を嵌め直し、特殊警棒を伸ばす。
 弥生がガスマスクを装着し、麻酔スプレーのピンを抜く。

 上昇する箱の中で、佐藤は静かに目を閉じた。
 タナカの罵倒する声が、愛永のイヤホンを通じて微かに聞こえてくる。

 『ぶっ殺してやる! 住所特定して信者けしかけてやるからな!』

「……吠えるのは今のうちです」

 佐藤は呟いた。

「あなたの『正義』がどれほど薄っぺらいものか、直接教えて差し上げましょう」

 チン。
 最上階に到着する音が、死刑執行のベルのように鳴り響いた。
 扉が開く。
 その先には、虚構の王が住む城が待っていた。
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