フォロワー100万人の裏側、全部晒します。~炎上コンサルタント・佐藤任三郎の処刑ログ~

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第4章:最終決戦

第38話 宣戦布告

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 翌朝、午前7時。
 湾岸地区の倉庫街にあるグレタ・ヴァイスの隠れ家。
 オイルと鉄の匂いが染み付いたコンクリートの空間に、重苦しい沈黙が満ちていた。

「……やってくれるわね」

 佐々木紘子が、ドラム缶の上に置いたノートPCの画面を睨みつけながら低く唸った。
 彼女が映し出したのは、大手ニュースサイトのトップページだ。

『テロリスト集団「オメガ」、都内に潜伏か。警察が指名手配』

 見出しの下には、佐藤任三郎の顔写真が大々的に掲載されている。
 それだけではない。記事に添付された動画をクリックすると、目を疑うような映像が流れた。

 映像の中の佐藤は、路地裏で無抵抗の男性を殴り続け、カメラに向かって狂気的な笑みを浮かべていた。

『俺に逆らう奴はこうなるんだよ! 社会正義? 知るか、金だよ金!』

「……酷い顔ですね」

 佐藤は淹れたてのコーヒーを片手に、他人事のように画面を覗き込んだ。

「ディープフェイクの精度としてはB級です。瞬きの頻度と、口角の筋肉の動きが不自然だ」

「感心してる場合じゃないでしょ!」

 田中襟華が叫ぶ。

「これ、SNSで拡散されまくってるよ! 『佐藤任三郎の正体』『半グレ集団のリーダー』だって。……私や千尋さんの写真まで晒されてる」

 ネット上は、一夜にして「オメガ・リスクマネジメント」へのバッシング一色に染まっていた。
 これまで彼らが断罪してきたインフルエンサーの信者たちが、ここぞとばかりに攻撃に参加し、炎上は制御不能な規模に膨れ上がっている。

「経済封鎖も完了したみたいよ」

 渡辺千尋がスマホを放り投げた。

「私の銀行口座、全部凍結されたわ。クレジットカードも使用不可。……今の私は、ただの文無しのアラサー女よ」

「私もだ」

 紘子がため息をつく。

「海外の隠し口座までロックされてる。……氷室レイ、本気で兵糧攻めにする気ね」

 さらに、壁に立てかけられたタブレットから、吉田彩の疲弊した声が届く。
 彼女は現在、自宅待機を余儀なくされている。

『……弁護士会から通知が来たわ。私に対する懲戒請求と、業務停止命令。理由は「反社会的勢力への利益供与」。……反論の機会すら与えられない、即時処分よ』

 法の守護者である彩の手足までもが縛られた。
 社会的信用、資金、法的権利。
 その全てが、わずか半日で剥奪されたのだ。

「……これが、『削除』ですか」

 佐藤はコーヒーを飲み干した。苦い。
 氷室レイは、佐藤たちを殺す前に、まずは社会的に「存在しないもの」にしようとしている。

「さて、落ち込んでいても事態は好転しません。……まずはメンバーを回収します」

 佐藤は立ち上がり、ジャケットを羽織った。

「弥生さんとの合流ポイントへ向かいます。彼女は非戦闘員だ。一刻も早く保護しなければ」

「私が行く」

 グレタが整備中の巨大な車両――メルセデス・ベンツ G63 AMG 6x6のボンネットから顔を出した。

「いいえ。あなたはここの防衛と、Gクラスの最終調整を。敵がいつ仕掛けてくるかわかりません。……私一人で行きます」

 佐藤はガレージの隅に停めてあった、紘子の商用軽バンのキーを掴んだ。

「目立たない車で行きます。……すぐに戻りますよ」

 佐藤はシャッターを少しだけ開け、外の様子を伺った。
 曇天の空。
 空気中に、微かな火薬の匂いが混じっている気がした。

 午前8時30分。
 都内某所、早朝のコインランドリー。
 乾燥機が回る低周波音だけが響く店内で、小林弥生は膝を抱えてベンチに座っていた。

 彼女の足元には、医療器具と薬品が詰まった重たいジュラルミンケース。
 白衣ではなく、地味なパーカーにマスク姿だが、その大きな瞳には隠しきれない不安の色が浮かんでいる。

(……怖かった)

 昨夜、佐藤からの警告を受けてクリニックを飛び出した直後、黒いワンボックスカーが店の前に停まるのを見た。
 もし数分遅れていたら、今頃どうなっていたか。

 カランコロン。
 ドアが開く音がして、弥生はビクリと肩を震わせた。

 入ってきたのは、作業着に帽子を目深に被った男だった。
 男は洗濯機に洗剤を入れるふりをして、弥生の隣に座った。

「……洗剤は、ラベンダーの香りにしましたか?」

 その声を聞いた瞬間、弥生の目から涙が溢れそうになった。
 聞き慣れた、感情のない、けれど誰よりも安心できる声。

「……無香料よ。社長は匂いにうるさいから」

「正解です」

 佐藤任三郎は帽子のつばを少し上げ、わずかに微笑んだ。

「無事で何よりです、弥生さん」
「社長こそ……あのニュース、見たよ。すごい悪人顔になってた」
「私の人徳のなさでしょう」

 佐藤は弥生の重たいジュラルミンケースを、軽々と持ち上げた。
 その手が、震える弥生の手を一瞬だけ握る。

「行きましょう。……少し遠回りをします」

「え? ガレージに戻るんじゃないの?」
「追跡を撒くためです。……それに、あなたには少し休息が必要だ」

 佐藤は店の裏口から弥生を連れ出した。
 そこには、色あせた軽バンが停まっていた。

 車は下道を走り、郊外の静かな公園の駐車場に停まった。
 雨上がりの公園には誰もいない。

「……ここで少し待ちます。追っ手がいないか確認するためです」

 佐藤はシートを倒し、コンビニで買ってきた温かいカフェオレを弥生に渡した。

「……これ、デートみたいだね」

 弥生がカフェオレを両手で包み込み、自嘲気味に笑う。

「指名手配犯と、無職になった元医師の逃避行デート」

「ロマンチックとは程遠いですね」
「ううん。……悪くないよ」

 弥生は窓の外の緑を見つめた。

「私ね、後悔してないよ。……社長たちと出会って、危ない橋を渡って。普通の薬剤師じゃ絶対に見られない景色を見せてもらった」

 彼女は佐藤の方を向き、真剣な眼差しで見つめた。

「毒も薬も、使いよう。……私が作った薬が、誰かを救う武器になるなら、私は喜んで『魔女』になる」

 佐藤は彼女の言葉に、胸の奥が熱くなるのを感じた。
 この華奢な体のどこに、これほどの強さが秘められているのか。

「……あなたがいなければ、我々はとっくに壊滅していました。あなたは我々の『生命線』です」

 佐藤はそっと手を伸ばし、弥生の頭を撫でた。
 普段はしない行動。
 弥生は驚いたように目を丸くし、それから嬉しそうに目を細めた。

「……髪、ボサボサだけど」
「構いません。……今は、それが一番美しい」

 束の間の静寂。
 世界中が敵に回っても、この半径数メートルの空間だけは、確かな信頼で結ばれていた。

 だが、その平穏は長くは続かない。
 佐藤の懐で、衛星携帯電話が振動した。

『サトウ! 戻れ!』

 グレタの怒号。
 背後で爆発音が聞こえる。

『場所が割れた! ドローン攻撃だ! ガレージが……私のBMWがッ!』

「……すぐに行きます!」

 佐藤はエンジンをかけた。

「弥生さん、舌を噛まないように。……飛ばしますよ」
「了解!」

 軽バンがタイヤをきしませて急発進する。
 デートの時間は終わりだ。再び、戦場が待っている。

 午前10時。
 佐藤たちがガレージに戻った時、そこは無惨な有様だった。

 シャッターは吹き飛び、内部は黒煙に包まれている。
 小型の自爆ドローンが複数機、換気口から侵入し、自爆したのだ。

「クソッ、クソッ、クソッ!」

 グレタ・ヴァイスが、消火器を撒き散らしながらドイツ語で罵声を上げている。
 彼女の視線の先には、リフトに乗せられていた彼女の愛車――BMW M5 CSの姿があった。
 爆風でボンネットが無残にひしゃげ、フロントガラスが粉々に砕け散っている。

「私のM5が……! 塗装したばかりのフェンダーが……!」

「怪我は!?」

 佐藤が車から飛び降りる。

「全員無事だ! 奥の装甲車の陰に隠れた!」

 グレタが指差した先。
 黒煙の中、無傷で鎮座する巨大な影があった。
 メルセデス・ベンツ G63 AMG 6x6。
 軍用車両をベースにした6輪駆動のモンスタートラックだ。その分厚い装甲が、襟華たちを爆風から守った盾となっていた。

「……助かった」

 襟華がGクラスの影から顔を出す。

「こいつがなかったらミンチになってたよ」

 千尋も、ダシを入れたキャリーバッグを抱えて震えている。

「ダシも無事よ……!」

「ここも汚染されましたね」

 佐藤は黒煙を上げるガレージを見上げた。
 氷室レイの攻撃は、あまりに早くて正確だ。
 こちらの位置情報の特定、攻撃ドローンの手配。それをわずか数時間で実行する組織力。

「……逃げますよ」

 佐藤は全員を見渡した。

「ここにはもう留まれません。次の隠れ家へ移動します」

「次はどこへ? もう安全な場所なんて……」

 千尋が不安げに言う。

「あります」

 佐藤は懐から、一枚の古いカードキーを取り出した。
 それは、彼がオメガ・リスクマネジメントを立ち上げる前に使っていた、今は誰にも知られていない地下のセーフハウスの鍵だ。

「……灯台下暗し、です。敵の足元にこそ、最大の死角がある」

 遠くから、サイレンの音が近づいてくる。
 警察か、それとも敵の私兵か。

「乗り込め! Gクラスを出すぞ!」

 グレタが叫ぶ。

「私のBMWの仇だ……この6輪で、奴らの包囲網を蹂躙してやる」

 全員がGクラスに乗り込む。
 運転席にグレタ、助手席に佐藤。後部座席には襟華、千尋、弥生、そしてダシ。
 紘子は自分の軽バンに機材を詰め込み、後ろに続く。

「エンジン・スタート」

 グレタがキーを回す。
 V8ツインターボエンジンの重低音が、破壊されたガレージの空気を震わせた。

 ドガァァァン!

 グレタは半壊したシャッターを、Gクラスの巨大なバンパーで突き破った。
 瓦礫をタイヤで踏み砕き、鋼鉄の巨獣が路上へと躍り出る。

 オメガ・リスクマネジメントの残党たちは、黒煙を背に、再び東京の雑踏へと消えていった。

 これは逃走ではない。
 反撃のための、助走だ。
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