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第4章:最終決戦
第42話 アナログ・ハック
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「……無理ね。正面玄関も、裏口も、通風孔も。物理的な侵入経路はゼロよ」
キャンピングカーの薄暗い車内で、グレタ・ヴァイスが図面をテーブルに叩きつけた。
広げられているのは、バズ・インキュベーションが所有するデータセンターの青写真だ。
「地下50メートル。核シェルター並みの隔壁に、生体認証ゲートが三重。警備はドローンと私兵部隊が24時間体制。……アリ一匹入れない要塞だ」
「ネットワークからの侵入も不可能です」
佐藤任三郎は、オフラインのノートPCでシミュレーション結果を表示させた。
「彼らのメインサーバーは、外部ネットワークから物理的に切断されています。どんなに高度なウイルスも、回線が繋がっていなければ送り込めない」
完全なる孤城。
日本の世論を操るAI「パノプティコン」の中枢は、デジタルの海から隔絶された深海にあった。
「じゃあ、どうするの? お手上げ?」
田中襟華が不満げに頬を膨らませる。
「いいえ。……デジタルが通じないなら、アナログで攻めるまでです」
佐藤はホワイトボードに一枚の写真を貼り付けた。
隠し撮りされた、初老の男の写真だ。
くたびれた作業着を着て、川辺で釣竿を垂らしている。
「九条進。52歳。……かつて氷室レイと共にバズ・インキュベーションを立ち上げた、共同創業者であり天才エンジニアです」
「へぇ、こんな地味なおじさんが?」
松本愛永が写真を除く。
「彼は『パノプティコン』の基礎設計を行った人物です。ですが、現在は経営方針の違いから氷室と対立し、閑職に追いやられています。……社内での権限は剥奪されていますが、彼は開発者としての特権を一つだけ持っている」
佐藤は写真の男の胸ポケットを指差した。
そこには、古びたIDカードのようなものが見える。
「物理マスターキー。……メンテナンス用に作られた、あらゆる電子ロックとエアギャップを無効化してシステム深部にアクセスできる、唯一の『物理鍵』です」
「なるほど」
佐々木紘子がニヤリと笑った。
「その鍵があれば、正面から堂々と入って、システムを内側から壊せるってわけね」
「その通りです。……紘子さん、彼の居場所は?」
「足で稼いできたわよ」
紘子は地図上の多摩川沿いの一点を指差した。
「彼は毎週末、この古い釣り堀に現れる。スマホも持たず、たった一人で糸を垂らすのが唯一の趣味みたい」
「決まりですね」
佐藤はサイコロを手に取った。
「……振るまでもありません。次の目的地は多摩川です」
「作戦名は?」
渡辺千尋が楽しそうに尋ねる。
「『アナログ・ハック』。……魚ではなく、鍵を釣り上げに行きます」
週末の多摩川沿いにある、昭和の雰囲気が色濃く残る釣り堀。
濁った水面には、色鮮やかなヘラブナの浮きがいくつも並んでいる。
客層は、暇を持て余した老人や、家族連れがちらほら。
その中に、あまりにも「普通」なカップルが混じっていた。
「ねえあなた、全然釣れないわねぇ」
「静かに。……魚が逃げる」
よれたポロシャツにチノパン、そして安物の釣りベストを着た佐藤任三郎。
隣には、地味なカーディガンに日除けの帽子を被った渡辺千尋。
どこにでもいる、倦怠期の夫婦のような風情だ。
二人が陣取ったのは、ターゲットである九条進のすぐ隣の席だ。
九条は周囲に無関心で、ただじっと水面を見つめている。
「……いい天気ですね」
佐藤がボソリと呟いた。独り言のように。
九条は反応しない。
「……システムは完璧でも、運用する人間が壊れていては意味がない。……そう思いませんか?」
その言葉に、九条の肩がピクリと動いた。
彼はゆっくりと顔を向け、濁った瞳で佐藤を見た。
「……あんた、誰だ」
「ただの釣り人ですよ。……あなたと同じ、世の中の流れに竿を差しているだけの」
佐藤は視線を水面から外さない。
その横顔には、エンジニア特有の知性と、同業者への敬意が滲んでいた。
「九条さん。……あなたの作った『パノプティコン』は美しい。人間の行動原理を数式化し、未来を予測する。……まさに芸術品だ」
「……知った風な口を」
九条が鼻で笑う。
「あれはもう、俺のものじゃない。……氷室が作り変えた、金儲けと支配のための道具だ」
「悔しくはありませんか?」
横から千尋が口を挟んだ。
彼女の声は、慈愛に満ちた母親のように優しく、そして核心を突く鋭さを持っていた。
「自分の子供が、人殺しの道具に使われているのよ? ……あなたはそれを、ただここで指をくわえて見ているだけ?」
「……俺に何ができる!」
九条が声を荒げた。
「氷室には逆らえない。奴は俺の家族の居場所も、口座も、全て握っている。……逆らえば、俺は消される」
「私たちも同じです」
佐藤が静かに言った。
「消されかけ、全てを奪われました。……ですが、まだ生きています」
佐藤は帽子を少し上げ、その素顔を見せた。
指名手配中のテロリスト、佐藤任三郎の顔を。
「……お前、ニュースの」
九条が息を呑む。
「我々は、あなたのシステムを破壊しに行きます。……ですが、無粋な真似はしたくない」
佐藤は九条の目を真っ直ぐに見据えた。
「あなたの作った美しいロジックを、最も美しい手順で解体してあげたい。……それが、生みの親であるあなたへの、せめてもの敬意です」
「……解体、だと」
「ええ。暴走した子供を安らかに眠らせてやるのも、親の務めでしょう」
九条の手が震えていた。
恐怖ではない。
技術者としてのプライドと、押し殺していた良心が、彼の中で葛藤しているのだ。
長い沈黙の後。
九条は深いため息をつき、足元の餌箱に手を伸ばした。
練り餌を丸めるふりをして、何かを握り込む。
「……俺は何も見ていない。ただ、釣りに来ただけだ」
彼は立ち上がり、帰り支度を始めた。
その際、残った餌が入った箱を、無造作に佐藤の方へ押しやった。
「……余ったからやるよ。この釣り堀の魚は、安物の餌じゃ食いつかないんだ」
「感謝します」
九条は背を向け、歩き出した。
その背中は、来た時よりも少しだけ軽くなっているように見えた。
去り際、彼は一度だけ振り返らずに呟いた。
「……頼む。あいつを……氷室を止めてくれ」
佐藤は餌箱を開けた。
練り餌の中に埋もれていたのは、一枚の古びたSDカード。
最強の要塞を開く、唯一のマスターキーだ。
「……釣れましたね」
千尋が微笑む。
「ええ。……大物です」
佐藤はSDカードをハンカチで包み、懐にしまった。
その夜。午後9時。
都内の公園の駐車場に停めたキャンピングカーの中で、チームは入手したマスターキーの解析を行っていた。
「……すげえ。これ、マジで管理者権限へのアクセスコードだ」
襟華がモニターを見て声を上げる。
「これがあれば、認証ゲートも監視カメラも全部フリーパスだよ」
「決行は明日の深夜だ」
グレタが銃の手入れをしながら言った。
「装備を整えておけ」
車内は決戦前の緊張感に包まれている。
そんな中、襟華がふとため息をつき、席を立った。
「……ちょっと、外の空気吸ってくる」
彼女はパーカーのフードを被り、車外へと出て行った。
佐藤は少し考え、その後を追った。
公園のベンチ。
襟華は膝を抱え、夜空を見上げていた。
街灯の光が届かない場所で、彼女の横顔はどこか寂しげに見えた。
「……隣、いいですか」
佐藤が声をかけると、襟華は驚いたように肩を跳ねさせた。
「……社長? 解析は?」
「手順の構築はAIに任せました。今は待ち時間です」
佐藤は襟華の隣に座った。
そして、持ってきたコンビニの袋から、温かい肉まんと缶ココアを取り出した。
「……どうぞ。夕食がまだでしょう」
「……ありがと」
襟華は肉まんを受け取り、一口かじった。
湯気が夜の空気に溶けていく。
「……ねえ、社長」
「なんでしょう」
「明日、終わるかな」
襟華は肉まんを見つめたまま呟いた。
「氷室を倒して、パノプティコンを壊して……そしたら、私たちはどうなるの?」
指名手配犯としての生活。全てを失った現状。
勝ったとしても、元の日常に戻れる保証はない。
17歳の少女が背負うには、あまりにも重すぎる現実だ。
「……わかりません」
佐藤は正直に答えた。
「ですが、一つだけ確かなことがあります」
彼は自分の缶コーヒーを開けた。
「我々は『自由』になります」
「自由?」
「ええ。誰にも監視されず、誰の予測にも縛られない。……何を食べ、どこへ行き、誰と笑うか。それを自分で決められる世界です」
佐藤は夜空を見上げた。
都会の空だが、今日は珍しく星が見えた。
「君はまだ若い。……この戦いが終わったら、学校に戻るもよし、海外へ行くもよし。君のハッキングスキルがあれば、どこでも生きていけます」
「……社長は?」
襟華が不安げに佐藤を見る。
「社長も、一緒にいてくれる?」
佐藤は一瞬言葉に詰まり、そして微かに微笑んだ。
「私はあなたの保護者ですからね。……あなたが成人して、私なんぞ不要だと言い出すまでは、見守る義務があります」
「……何それ。素直じゃないなぁ」
襟華はクスッと笑い、佐藤の肩に頭を預けた。
シャンプーの香りと、微かな硝煙の匂い。
「じゃあ、約束ね。……全部終わったら、また美味しいもの作ってよ。今度はもっと凄いやつ」
「善処します。……リクエストは?」
「んー、お寿司のリベンジもいいけど……今は、この肉まんが一番美味しいかも」
「……安上がりですね」
二人は静かに夜空を見上げた。
冷たい風が吹いていたが、肩の温もりだけが心地よかった。
明日は決戦。
巨大なシステムという怪物に対し、小さな人間たちが挑む最後の戦い。
だが、この温もりがある限り、負ける気はしなかった。
「……よし、戻りましょう」
「うん。……寒いしね」
佐藤と襟華は立ち上がり、仲間たちの待つキャンピングカーへと歩き出した。
その足取りは、来る時よりもずっと力強かった。
キャンピングカーの薄暗い車内で、グレタ・ヴァイスが図面をテーブルに叩きつけた。
広げられているのは、バズ・インキュベーションが所有するデータセンターの青写真だ。
「地下50メートル。核シェルター並みの隔壁に、生体認証ゲートが三重。警備はドローンと私兵部隊が24時間体制。……アリ一匹入れない要塞だ」
「ネットワークからの侵入も不可能です」
佐藤任三郎は、オフラインのノートPCでシミュレーション結果を表示させた。
「彼らのメインサーバーは、外部ネットワークから物理的に切断されています。どんなに高度なウイルスも、回線が繋がっていなければ送り込めない」
完全なる孤城。
日本の世論を操るAI「パノプティコン」の中枢は、デジタルの海から隔絶された深海にあった。
「じゃあ、どうするの? お手上げ?」
田中襟華が不満げに頬を膨らませる。
「いいえ。……デジタルが通じないなら、アナログで攻めるまでです」
佐藤はホワイトボードに一枚の写真を貼り付けた。
隠し撮りされた、初老の男の写真だ。
くたびれた作業着を着て、川辺で釣竿を垂らしている。
「九条進。52歳。……かつて氷室レイと共にバズ・インキュベーションを立ち上げた、共同創業者であり天才エンジニアです」
「へぇ、こんな地味なおじさんが?」
松本愛永が写真を除く。
「彼は『パノプティコン』の基礎設計を行った人物です。ですが、現在は経営方針の違いから氷室と対立し、閑職に追いやられています。……社内での権限は剥奪されていますが、彼は開発者としての特権を一つだけ持っている」
佐藤は写真の男の胸ポケットを指差した。
そこには、古びたIDカードのようなものが見える。
「物理マスターキー。……メンテナンス用に作られた、あらゆる電子ロックとエアギャップを無効化してシステム深部にアクセスできる、唯一の『物理鍵』です」
「なるほど」
佐々木紘子がニヤリと笑った。
「その鍵があれば、正面から堂々と入って、システムを内側から壊せるってわけね」
「その通りです。……紘子さん、彼の居場所は?」
「足で稼いできたわよ」
紘子は地図上の多摩川沿いの一点を指差した。
「彼は毎週末、この古い釣り堀に現れる。スマホも持たず、たった一人で糸を垂らすのが唯一の趣味みたい」
「決まりですね」
佐藤はサイコロを手に取った。
「……振るまでもありません。次の目的地は多摩川です」
「作戦名は?」
渡辺千尋が楽しそうに尋ねる。
「『アナログ・ハック』。……魚ではなく、鍵を釣り上げに行きます」
週末の多摩川沿いにある、昭和の雰囲気が色濃く残る釣り堀。
濁った水面には、色鮮やかなヘラブナの浮きがいくつも並んでいる。
客層は、暇を持て余した老人や、家族連れがちらほら。
その中に、あまりにも「普通」なカップルが混じっていた。
「ねえあなた、全然釣れないわねぇ」
「静かに。……魚が逃げる」
よれたポロシャツにチノパン、そして安物の釣りベストを着た佐藤任三郎。
隣には、地味なカーディガンに日除けの帽子を被った渡辺千尋。
どこにでもいる、倦怠期の夫婦のような風情だ。
二人が陣取ったのは、ターゲットである九条進のすぐ隣の席だ。
九条は周囲に無関心で、ただじっと水面を見つめている。
「……いい天気ですね」
佐藤がボソリと呟いた。独り言のように。
九条は反応しない。
「……システムは完璧でも、運用する人間が壊れていては意味がない。……そう思いませんか?」
その言葉に、九条の肩がピクリと動いた。
彼はゆっくりと顔を向け、濁った瞳で佐藤を見た。
「……あんた、誰だ」
「ただの釣り人ですよ。……あなたと同じ、世の中の流れに竿を差しているだけの」
佐藤は視線を水面から外さない。
その横顔には、エンジニア特有の知性と、同業者への敬意が滲んでいた。
「九条さん。……あなたの作った『パノプティコン』は美しい。人間の行動原理を数式化し、未来を予測する。……まさに芸術品だ」
「……知った風な口を」
九条が鼻で笑う。
「あれはもう、俺のものじゃない。……氷室が作り変えた、金儲けと支配のための道具だ」
「悔しくはありませんか?」
横から千尋が口を挟んだ。
彼女の声は、慈愛に満ちた母親のように優しく、そして核心を突く鋭さを持っていた。
「自分の子供が、人殺しの道具に使われているのよ? ……あなたはそれを、ただここで指をくわえて見ているだけ?」
「……俺に何ができる!」
九条が声を荒げた。
「氷室には逆らえない。奴は俺の家族の居場所も、口座も、全て握っている。……逆らえば、俺は消される」
「私たちも同じです」
佐藤が静かに言った。
「消されかけ、全てを奪われました。……ですが、まだ生きています」
佐藤は帽子を少し上げ、その素顔を見せた。
指名手配中のテロリスト、佐藤任三郎の顔を。
「……お前、ニュースの」
九条が息を呑む。
「我々は、あなたのシステムを破壊しに行きます。……ですが、無粋な真似はしたくない」
佐藤は九条の目を真っ直ぐに見据えた。
「あなたの作った美しいロジックを、最も美しい手順で解体してあげたい。……それが、生みの親であるあなたへの、せめてもの敬意です」
「……解体、だと」
「ええ。暴走した子供を安らかに眠らせてやるのも、親の務めでしょう」
九条の手が震えていた。
恐怖ではない。
技術者としてのプライドと、押し殺していた良心が、彼の中で葛藤しているのだ。
長い沈黙の後。
九条は深いため息をつき、足元の餌箱に手を伸ばした。
練り餌を丸めるふりをして、何かを握り込む。
「……俺は何も見ていない。ただ、釣りに来ただけだ」
彼は立ち上がり、帰り支度を始めた。
その際、残った餌が入った箱を、無造作に佐藤の方へ押しやった。
「……余ったからやるよ。この釣り堀の魚は、安物の餌じゃ食いつかないんだ」
「感謝します」
九条は背を向け、歩き出した。
その背中は、来た時よりも少しだけ軽くなっているように見えた。
去り際、彼は一度だけ振り返らずに呟いた。
「……頼む。あいつを……氷室を止めてくれ」
佐藤は餌箱を開けた。
練り餌の中に埋もれていたのは、一枚の古びたSDカード。
最強の要塞を開く、唯一のマスターキーだ。
「……釣れましたね」
千尋が微笑む。
「ええ。……大物です」
佐藤はSDカードをハンカチで包み、懐にしまった。
その夜。午後9時。
都内の公園の駐車場に停めたキャンピングカーの中で、チームは入手したマスターキーの解析を行っていた。
「……すげえ。これ、マジで管理者権限へのアクセスコードだ」
襟華がモニターを見て声を上げる。
「これがあれば、認証ゲートも監視カメラも全部フリーパスだよ」
「決行は明日の深夜だ」
グレタが銃の手入れをしながら言った。
「装備を整えておけ」
車内は決戦前の緊張感に包まれている。
そんな中、襟華がふとため息をつき、席を立った。
「……ちょっと、外の空気吸ってくる」
彼女はパーカーのフードを被り、車外へと出て行った。
佐藤は少し考え、その後を追った。
公園のベンチ。
襟華は膝を抱え、夜空を見上げていた。
街灯の光が届かない場所で、彼女の横顔はどこか寂しげに見えた。
「……隣、いいですか」
佐藤が声をかけると、襟華は驚いたように肩を跳ねさせた。
「……社長? 解析は?」
「手順の構築はAIに任せました。今は待ち時間です」
佐藤は襟華の隣に座った。
そして、持ってきたコンビニの袋から、温かい肉まんと缶ココアを取り出した。
「……どうぞ。夕食がまだでしょう」
「……ありがと」
襟華は肉まんを受け取り、一口かじった。
湯気が夜の空気に溶けていく。
「……ねえ、社長」
「なんでしょう」
「明日、終わるかな」
襟華は肉まんを見つめたまま呟いた。
「氷室を倒して、パノプティコンを壊して……そしたら、私たちはどうなるの?」
指名手配犯としての生活。全てを失った現状。
勝ったとしても、元の日常に戻れる保証はない。
17歳の少女が背負うには、あまりにも重すぎる現実だ。
「……わかりません」
佐藤は正直に答えた。
「ですが、一つだけ確かなことがあります」
彼は自分の缶コーヒーを開けた。
「我々は『自由』になります」
「自由?」
「ええ。誰にも監視されず、誰の予測にも縛られない。……何を食べ、どこへ行き、誰と笑うか。それを自分で決められる世界です」
佐藤は夜空を見上げた。
都会の空だが、今日は珍しく星が見えた。
「君はまだ若い。……この戦いが終わったら、学校に戻るもよし、海外へ行くもよし。君のハッキングスキルがあれば、どこでも生きていけます」
「……社長は?」
襟華が不安げに佐藤を見る。
「社長も、一緒にいてくれる?」
佐藤は一瞬言葉に詰まり、そして微かに微笑んだ。
「私はあなたの保護者ですからね。……あなたが成人して、私なんぞ不要だと言い出すまでは、見守る義務があります」
「……何それ。素直じゃないなぁ」
襟華はクスッと笑い、佐藤の肩に頭を預けた。
シャンプーの香りと、微かな硝煙の匂い。
「じゃあ、約束ね。……全部終わったら、また美味しいもの作ってよ。今度はもっと凄いやつ」
「善処します。……リクエストは?」
「んー、お寿司のリベンジもいいけど……今は、この肉まんが一番美味しいかも」
「……安上がりですね」
二人は静かに夜空を見上げた。
冷たい風が吹いていたが、肩の温もりだけが心地よかった。
明日は決戦。
巨大なシステムという怪物に対し、小さな人間たちが挑む最後の戦い。
だが、この温もりがある限り、負ける気はしなかった。
「……よし、戻りましょう」
「うん。……寒いしね」
佐藤と襟華は立ち上がり、仲間たちの待つキャンピングカーへと歩き出した。
その足取りは、来る時よりもずっと力強かった。
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