40代IT社長の俺がギャルゲーの悪役に転生したけど、主人公が頼りないので「大人の包容力」と「経済力」でヒロイン全員幸せにします

ken

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第1話 再会と買収のレシピ

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 世紀末の東京は、春の嵐のような喧騒と、どこか浮足立った熱気に包まれていた。

 ノストラダムスの大予言なんて誰も本気にしていないけれど、何かが終わって何かが始まる、そんな予感が街全体に漂っている。



 港区の高台に聳え立つ、総戸数わずか30戸の超高級マンション『グラン・エターナル麻布』。

 その最上階、ペントハウスの一室。

 広大なリビングの窓からは、東京タワーとその足元に広がる街並みが一望できた。眼下を行き交う車のライトが、まるで血管を流れる赤血球のように見える。



「……悪くない眺めだ」



 グラスの中のミネラルウォーターを揺らしながら、俺――西園寺玲央は独りごちた。

 今日からここが俺の城だ。

 実家である西園寺の本邸も居心地は悪くなかったが、やはり使用人の目を気にせず寛げる空間が必要だった。それに、これから本格化するビジネスの拠点としても、都心の隠れ家は都合がいい。



 15歳の高校入学祝いに、マンションの一室をねだる子供はいなかっただろう。

 だが、俺が提示した『今後の資産運用計画書』と、自分自身の個人資産だけで購入するという条件に、父は何も言わずにハンコを押した。



「さて、まずは腹ごしらえといきたいところだが……」



 アイランドキッチンの広さは申し分ない。ドイツ製の最新オーダーキッチンは、プロのシェフを呼んでも十分に対応できるスペックだ。

 まだ何もない冷蔵庫を見つめ、今夜のメニューを思案していた、その時だった。



 ピンポーン、と重厚なチャイムが鳴り響く。

 エントランスのオートロックではない。玄関前のチャイムだ。

 コンシェルジュには来客を通さないように言っておいたはずだが……いや、このセキュリティを顔パスで突破できる人間は限られている。



 嫌な予感を覚えながら、俺は重厚な扉を開けた。



「Surprise! レオ、引っ越しおめでとう!」

「あんたー! ついに一人暮らしなんて生意気よ!」



 案の定だった。

 両手に抱えきれないほどの花束とシャンパンを持った女性が二人、いや三人。

 台風のような勢いで玄関になだれ込んできたのは、俺の母である西園寺ソフィアと、姉の摩耶。そしてもう一人、見慣れない……いや、記憶の片隅にある顔立ちの女性が立っていた。



「あら、ごめんなさいねレオ。入居初日くらい、家族で祝ってあげようと思って。……ほら、素敵なゲストも連れてきたわよ」



 母、ソフィアがウインクをする。

 42歳の彼女だが、その美貌は時間を止めているかのようだ。ブロンドの髪をラフにまとめ、シンプルなワンピースを纏っているだけなのに、そこだけ映画のワンシーンのように華やいで見える。現役ハリウッド女優のオーラは、玄関の照明すらもスポットライトに変えてしまうらしい。



「お邪魔しまーす。……うわ、なにこのリビング! サッカーできそうじゃん!」



 続いて靴を脱ぎ捨てたのは、姉の摩耶だ。

 東大に入学したばかりの才女だが、家ではこの通りだ。ショートボブの髪を揺らし、好奇心いっぱいの大きな瞳で室内を見回している。整った顔立ちは十分に美人の部類に入るのだが、その言動のせいで「残念な美人」という評価が定着しつつある。



 そして、最後に残った女性が、少し気まずそうに俺を見上げていた。



「……久しぶりね、レオ。覚えてる?」



 その女性を見て、俺は一瞬、息を呑んだ。

 記憶にある「彼女」は、泥だらけになって男子と喧嘩をしていた、男勝りな少女だったはずだ。

 だが、目の前にいる女性は、そんな過去を微塵も感じさせないほど、洗練された大人の女性へと変貌を遂げていた。



 天童くるみ。

 姉の高校時代の友人で、現在は芸能事務所に所属するタレントだ。

 ブラウン管越しに見るよりもトレンドの茶髪を緩く巻き、体にフィットしたニットとミニスカートを着こなす姿は、まさに時代のアイコンたる「イイ女」の風格が漂っている。

 大きな瞳は猫のように愛らしく、それでいてどこか挑戦的な光を宿していた。男性なら誰もが一度は振り返るであろう、完成された美貌だ。



「くるみ……さん、ですか?」

「ぶっ! 何その敬語! 気持ち悪っ!」



 俺が丁寧に応対すると、くるみさんは吹き出した。

 緊張が解けたのか、彼女はズカズカとリビングに入り込み、イタリア製の革張りソファにドカッと腰を下ろした。



「あんたさー、昔は『おいババア、どけよ』とか言ってたくせに。何よその猫かぶった態度は。あたしよあたし、くるみ!」

「……お久しぶりです。俺ももう高校生ですから、昔のような失礼なことは言いませんよ」

「はいはい、お利口さんになっちゃって。つまんないの」



 くるみさんは頬杖をつきながら、俺を品定めするようにじろじろと眺める。

 その視線が、不意に止まった。



「……ていうか、あんた。近くで見るとマジで顔良いわね。ソフィアさんの遺伝子、仕事しすぎじゃない?」



 彼女は少し顔を赤らめ、視線を逸らした。

 どうやら、外見の成長ぶりには驚いてくれたらしい。俺は苦笑しながら、彼女たちのために紅茶の準備を始めた。



 リビングでは、女性陣による姦しいお喋りが始まっていた。

 キッチンで湯を沸かしながら、俺は自然と彼女たちの会話に耳を傾ける。



「でね、聞いてよ摩耶! うちの事務所、マジでヤバいのよ」



 くるみさんが声を荒らげた。



「社長が株で失敗したらしくてさー。資金繰りがショート寸前なんだって。で、新しいスポンサーを見つけてきたって言うんだけど、それがどう見てもヤクザまがいの不動産屋なわけ」

「ええっ、大丈夫なのそれ? くるみ、逃げたほうがいいんじゃない?」

「逃げるって言っても、契約があと2年残ってるし……違約金なんて払えないよ。その不動産屋の社長、あたしのこと『愛人にしたい』とか平気で言うような奴なのよ? もう最悪!」



 くるみさんがクッションを抱きしめながら、深いため息をついた。

 その表情には、テレビでは見せない疲労と焦燥が滲んでいる。

 華やかな芸能界で、弱小事務所の稼ぎ頭として踏ん張る18歳の少女。その双肩にかかるプレッシャーは計り知れないだろう。



「……資金難、ですか」



 俺はトレイにティーカップを載せ、リビングへと戻った。

 淹れたてのダージリンの香りが漂う。



「あら、ありがとうレオ。……ごめんね、暗い話しちゃって」

「いえ。それで、その不動産屋からの出資はもう受け入れたんですか?」

「来週の月曜に契約する予定。……あたしが我慢すれば、後輩たちも路頭に迷わずに済むし」



 悲壮な決意を秘めた瞳。

 それは美しいが、あまりにも危うい。

 自分の犠牲で組織を守ろうとする自己犠牲の精神は嫌いではないが、無能な経営者の尻拭いをさせられるのは御免だ。何より、俺の目の前で女性が不幸になる選択をするのは、どうにも座りが悪い。



「少し、失礼します」



 俺はソファの前のローテーブルに紅茶を置くと、胸ポケットから携帯電話を取り出した。

 最新型の端末だ。



「え、誰に電話?」

「……もしもし、明智か? 俺だ」



 電話の相手は、俺の資産管理会社の代表を務める代理人だ。



「今から送る社名の興信所データを洗ってくれ。『スターダスト・プロモーション』……ああ、そうだ。資金繰りが悪化しているはずだ。その債権、すべて買い取れ」



「は?」



 くるみさんがポカンと口を開けた。



「条件? 向こうの言い値で構わん。ただし、経営権はこちらが100%握る。現経営陣は刷新。所属タレントの契約内容は現状維持、ただし不当な拘束条項は破棄だ。……ああ、その悪徳不動産屋に関しては、国税の方に情報を流しておけ。二度と表舞台に出てこれないようにな」



 俺は淡々と指示を出し、通話を終えた。

 携帯電話を閉じ、くるみさんに向き直る。



「……え、ちょっと待って。今、なんて?」

「解決しましたよ、くるみさん」



 俺は静かに告げた。事実だけを淡々と、ビジネスライクに。



「これでくるみさんの事務所の筆頭株主、および実質的なオーナーは俺です。月曜日の契約は白紙に戻りました」

「は、はぁ!? あんた何言ってんの!? 債権を買い取るって、億単位の話よ!?」

「ええ。ですが、くるみさんがつまらないスキャンダルに巻き込まれて潰れてしまう損失に比べれば、これくらい安い投資ですよ」



 俺は紅茶を一口啜り、彼女の目を見つめた。



「タレントは商品です。商品が余計な傷を負うのは困りますからね。……くるみさんは、芸を磨くことだけに集中してください」



 リビングに沈黙が落ちた。

 くるみさんは信じられないものを見る目で俺を凝視し、摩耶姉さんは「またやった……」と頭を抱え、母さんは「That's my boy!」と手を叩いて喜んでいる。



「あんた……何者?」



 震える声で問うくるみさんに、俺は肩を竦めてみせた。



「ただの、生意気な年下のガキですよ。さて、お祝いのディナーといきましょうか」



 一件落着したところで、俺は立ち上がった。

 時間は既に夕方を回っている。

 デリバリーでも頼もうかという空気が流れたが、母と姉が「レオの手料理が食べたい!」と騒ぎ出したため、急遽俺が腕を振るうことになった。



「買い出しに行きましょう。くるみさんも、お好きなものをリクエストしてください」

「え、あ、うん……じゃあ、中華? 最近忙しくてまともなご飯食べてないから、ガッツリしたのがいいかも」

「承知しました」



 マンションの地下駐車場から、愛車ではなく、来客用のハイヤーを手配させる。

 向かった先は、麻布にある高級スーパー『ナショナル麻布』だ。

 大使館御用達のこの店なら、品質の確かな食材が手に入る。



「うわー、高っ! なにこの豚肉、100グラムのお値段!?」



 くるみさんが精肉コーナーで素っ頓狂な声を上げる。

 俺はその横で、鹿児島県産の最高級黒豚バラ肉ブロックをカゴに入れた。脂身の甘みが段違いなのだ。



「中華なら、まずはこれですね。あとは……春の食材を使いましょうか」



 野菜コーナーで、朝採れの立派なタケノコを見つける。まだ土の香りが残っていそうなほど新鮮だ。

 さらに、春雨、キクラゲ、干しエビ、パクチーなどを次々とカートに入れていく。

 酒類コーナーでは、ヴィンテージ物の紹興酒『古越龍山』の15年物をチョイス。さらに、姉さんたちが飲みやすいよう、果汁100%の高級フルーツジュースと、ベースとなるウォッカも購入した。自家製チューハイを作るためだ。



「レオ、このフカヒレも買っていい?」

「母さん、それは戻すのに3日かかります。今日は諦めてください」

「ちぇっ」



 まるで遠足に来た子供のように燥ぐ女性陣を引き連れ、俺は会計を済ませた。

 レシートの桁を見てくるみさんが白目を剥いていたが、見なかったことにする。



 帰宅後、俺はすぐにエプロンを締め、キッチンに立った。

 女性陣はリビングでテレビを見ながら、先ほど購入したウォッカと生搾りグレープフルーツで作った特製チューハイを楽しんでいる。



「レオくんの手料理なんて、何年ぶりかしら~」

「あいつ、料理だけは昔から異常に上手いんだよね」



 そんな声を背に受けながら、俺は中華鍋に火を入れた。

 プロ用の高火力コンロが、ゴオッという頼もしい音を立てる。



 まずは下準備だ。

 黒豚バラ肉は厚めにスライスし、紹興酒と醤油で下味をつけてから、片栗粉を薄くまぶす。これで肉の旨味を閉じ込め、口当たりを滑らかにする。

 タケノコは穂先の柔らかい部分を使い、繊維に沿って櫛形に切る。

 ピーマンとパプリカは色鮮やかに乱切りに。



「さて、いくか」



 十分に熱した鍋に油を馴染ませ、豚肉を投入する。

 ジュワアアァァッ! という激しい音が響き渡り、香ばしい肉の香りがリビングまで届いたのか、三人が一斉に振り返った。



 肉の色が変わったら一度取り出し、同じ鍋で香味野菜を弱火で炒める。香りが立ったら豆板醤を加え、油が赤くなるまで炒める。これが味の決め手だ。

 そこへタケノコを投入。強火にし、鍋を煽る。

 カンッ、カンッ、と五徳に鍋が当たる軽快なリズム。

 野菜に油が回ったら肉を戻し入れ、合わせ調味料を一気に回しかける。



 ジューッ!

 爆発的な蒸気とともに、食欲をそそる濃厚なオイスターソースの香りがキッチンを満たす。

 最後に香り付けのごま油を垂らし、青ネギを散らせば完成だ。

『鹿児島産黒豚と朝採れタケノコのオイスター炒め』。



 並行してコンロにかけていた寸胴鍋では、中華スープが仕上がっている。

 干し貝柱と丸鶏から取った黄金色のスープに、ふわふわの卵とトマト、そして絹ごし豆腐を浮かべた『トマトと卵の酸辣スープ』。黒酢の酸味が疲れた体に染み渡るはずだ。



 副菜は『春雨と海老のヤムウンセン風サラダ』。

 茹でたての春雨に、プリプリの海老、イカ、そしてたっぷりのパクチーと赤玉ねぎを和える。ドレッシングはナンプラーとライム、唐辛子でキリッと辛く仕上げた。



「お待たせしました。ディナーの準備が整いましたよ」



 大皿に盛り付けた料理をテーブルに運ぶと、歓声が上がった。



「嘘でしょ……お店より美味しそうなんだけど」



 くるみさんが目を丸くして、湯気を立てるオイスター炒めを見つめている。

 テレビでは、人気クイズ番組『世界・ふしぎ発見!』のオープニングテーマが流れていた。



「さあ、冷めないうちにどうぞ」

「いっただきまーす!」



 4人で食卓を囲む。

 くるみさんがオイスター炒めを一口食べた瞬間、その大きな瞳が見開かれた。



「……んんっ! 何これ、お肉柔らかっ! タケノコしゃきしゃき! ……ヤバい、白飯ほしい!」

「ふふ、ご飯も炊けてますよ。最高級の魚沼産コシヒカリです」

「最高かよ……あんた、私のお婿さんになりなさいよ」



 冗談めかして言うくるみさんだが、その箸は止まらない。

 母さんも姉さんも、「美味しい!」を連呼しながら、紹興酒のグラスを傾けている。



 賑やかな食卓。

 テレビのクイズに突っ込みを入れ、美味しい料理に舌鼓を打ち、他愛のない話で笑い合う。

 独り静かに過ごすはずだった引越し初日の夜は、予想外に騒がしいものとなった。



 ふと、くるみさんと目が合った。

 彼女は少し顔を赤らめ、紹興酒のグラス越しに、小さな声で囁いた。



「……ありがとね、レオ。……今日のことは、一生忘れないから」



 それは、事務所のことか、それともこの料理のことか。

 どちらにせよ、彼女の心に楔を打ち込むことには成功したようだ。

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