40代IT社長の俺がギャルゲーの悪役に転生したけど、主人公が頼りないので「大人の包容力」と「経済力」でヒロイン全員幸せにします

ken

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第2話 休日の流儀と裏路地の定義

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 ペントハウスの窓から差し込む朝日は、昨夜の喧騒が嘘のように穏やかだった。



 俺は、淹れたてのエスプレッソを片手に、ノートパソコンの画面を睨んでいた。

 画面に表示されているのは、日経平均株価の長期チャートと、主要なIT関連銘柄の動向だ。

 世間は「IT革命」という言葉に踊らされ、ソフトバンクや光通信といった銘柄が異常な高騰を見せ始めている。いわゆる「ITバブル」の到来だ。

 日経平均もこの熱狂に牽引されて一時的な上昇局面にあるが、俺は知っている。これが長くは続かないことを。

 2000年の春には弾け飛び、そこから日本経済は長期の停滞――「失われた20年」の深淵へと沈んでいく。



「……今は『買い』だが、売り抜けるタイミングを見誤れば致命傷になるな」



 独り言ちて、いくつかの銘柄に指値注文を入れる。

 310億円の資産を守り、増やすためには、未来を知っているというアドバンテージにあぐらをかいてはいられない。市場の熱狂に付き合いながらも、常に非常口の場所を確認しておく。それが大人の投資法だ。



「Good morning, Leo. 難しい顔して、またお金の話?」



 背後から甘い香水の香りが漂い、ふわりと首に腕が回された。

 振り返ると、シルクのガウンを羽織った母が立っていた。

 寝起きだというのに、肌には一点の曇りもなく、乱れたブロンドヘアさえも計算されたスタイリングのように見える。42歳という年齢は、彼女の前ではただの数字に過ぎない。



「おはようございます、母さん。昨夜はよく眠れましたか?」

「ええ、最高のベッドだったわ。……摩耶とくるみちゃんは帰っちゃったけど、私は残って正解だったわね。レオのエスプレッソが飲めるもの」



 昨夜のディナーの後、姉さんとくるみさんは「明日の予定があるから」とタクシーで帰宅した。

 一方、自由奔放な母は「久しぶりの日本だもの、息子の新居を満喫するわ」と、当然のようにゲストルームに居座ったのだ。



「今日はどうするの? せっかくの日曜日よ」

「特に予定はありませんが……母さんは?」

「じゃあデート決定ね! 久しぶりに東京の街を歩きたいわ。エスコートしてくれるでしょう?」



 有無を言わせぬ上目遣い。スクリーンの中で世界中の男を虜にしてきたその表情を、実の息子に向けてくるとは。

 俺は苦笑しながら、パソコンを閉じた。

 親孝行も、大人の男の嗜みの一つだ。



「仰せのままに、マダム」



 午後、俺たちは青山周辺を歩いていた。

 変装用に大きめのサングラスをかけているとはいえ、母さんの存在感は隠しきれない。

 シンプルな白シャツにデニムというラフな格好でも、彼女が歩けばそこがランウェイになる。すれ違う男性たちが、吸い寄せられるように彼女を目で追い、その隣を歩く俺を見て「あのガキは何だ」と嫉妬の視線を向けてくる。



「ねえレオ、あのお店に入りましょうよ」

「母さん、あそこはメンズのセレクトショップですよ」

「いいじゃない。レオに似合うジャケットがありそうだわ」



 母の買い物に付き合い、いくつかのブティックを巡った後だった。

 少し人通りの少ない路地裏に入ったところで、不穏な空気が漂ってきた。



「おい、無視すんなって言ってんだろ、涼!」

「テメェだけ綺麗さっぱり抜けて、大学デビューかよ?」



 怒声と、乾いた音が響く。

 路地の奥、自動販売機の前で、数人の男たちが一人の女性を取り囲んでいた。

 男たちは派手なスカジャンやダボついたパンツを履いた、いかにもこの時代の「カラーギャング」崩れといった風情だ。



 そして、囲まれている女性――俺は彼女に見覚えがあった。



「……早坂さん?」



 早坂涼。

 姉の高校時代の同級生であり、親友の一人だ。

 現在は早稲田大学に通っていると聞いている。

 

 彼女は、一言で言えば「目を引く」女性だった。

 ショートカットの黒髪が白磁のような肌によく映え、涼しげな目元は理知的でありながら、どこか少年のような危うさを秘めている。

 ボーイッシュな服装をしていても隠しきれない整った顔立ち。

 彼女のような中性的な美少女は、間違いなく男性の理想を具現化した存在だった。



 だが今、その美しい顔は苦渋に歪んでいる。



「……アタシはもう、アンタらとは関係ない」

「関係ないだと? チームの金持ち逃げしたことになってんだよ、お前は!」

「ふざけんな、アタシはちゃんと清算したはずだ!」

「利子がついてんだよ、利子が! ……金がないなら、体で払ってもらってもいいんだぜ?」



 下卑た笑い声を上げながら、男の一人が涼さんの肩に手を伸ばす。

 涼さんの拳が固く握りしめられるのが見えた。

 彼女が元不良で、喧嘩慣れしていることは姉から聞いている。その気になれば、この程度の男たちなら叩きのめせるだろう。

 だが、彼女は震えながらその拳を下ろした。



(……そうか。大学で問題を起こせば、退学になりかねない)



 更生して掴んだキャンパスライフ。それを守るために、彼女は理不尽な暴力に耐えているのだ。

 その姿は、痛々しくも気高かった。



「……あら、レオ。お知り合い?」



 隣で母がサングラスをずらし、興味深そうに呟く。



「ええ。姉さんの友人です」

「そう。なら、助けてあげなさい。……スマートにね」

「心得ています」



 俺は母に目配せをし、ゆっくりと彼らに近づいた。



「そこまでにしておけ」



 できるだけ低く、落ち着いた声をかける。

 男たちが一斉に振り返った。



「あぁ? なんだテメェ、ガキがすっこんで……」



 リーダー格らしき男が俺の胸倉を掴もうと手を伸ばしてくる。

 俺は動じず、その手を片手で軽く制した。

 前世で護身用に習得し、今生でも鍛え直しているクラヴマガの技術だ。手首の関節を極めない程度に抑え込む。



「い、痛っ……!?」

「公衆の面前で女性を脅迫、および金銭の要求。刑法249条の恐喝罪、もしくは222条の脅迫罪が成立しますよ」

「は、はあ!? 何インテリぶってんだコラ!」

「それに、君たちの会話は全て録音させてもらいました」



 俺は胸ポケットから、最新型のICレコーダーを取り出して見せる。



「この先にある交番まで徒歩3分。警察が到着する頃には、君たちの顔写真と今の音声データが、私の顧問弁護士を通じて所轄の刑事課に届く手はずになっています。……前科がつけば、就職活動に響くと思いますが?」



 淡々と、事務的に告げる。

 怒鳴り合うのではなく、事実としての「社会的リスク」を提示する。それが、この手の手合いには最も効果的だ。

 「警察」「弁護士」「就職」といったワードが出た途端、男たちの顔色がさっと変わった。彼らも根っからの極道ではなく、ただの遊び半分な不良なのだろう。



「ち、チッ……! 覚えてろよ、涼!」

「行こうぜ、ヤバいぞ」



 捨て台詞を吐き、男たちは足早に路地の奥へと消えていった。

 俺は小さく息を吐き、強張ったままの彼女に向き直る。



「お怪我はありませんか、涼さん」



 涼さんは、呆然とした表情で俺を見上げていた。

 その瞳には、安堵と、それ以上の驚きが浮かんでいる。



「……あんた、摩耶の弟の……西園寺玲央くん?」

「はい。西園寺玲央です。偶然通りかかりまして」

「……今の、凄かったな。喧嘩もせずに追い返すなんて」



 彼女は緊張が解けたのか、壁に背中を預けてずるずると座り込みそうになった。俺は慌ててその腕を支える。

 細い腕だ。こんな華奢な体で、今まで一人で過去と戦っていたのかと思うと、胸が痛む。



「……余計なお世話だっつの。アタシ一人でもなんとかなったんだけど」

「ええ、存じています。涼さんがその気になれば、彼ら全員を病院送りにできたでしょうね」

「ははっ、よく知ってんじゃん」



 涼さんは力なく笑った。強がりだが、嫌味のない笑顔だ。

 ショートカットの髪が汗で額に張り付いている様子さえ、どこか色っぽい。



「ですが、暴力で解決すれば、涼さんの経歴に傷がつきます。……教師になるのが夢だと、姉から伺っていますよ」

「! ……摩耶のやつ、余計なことを」



 涼さんはバツが悪そうに視線を逸らしたが、その頬は微かに紅潮していた。

 自分の夢を知られていた恥ずかしさと、それを守ってもらえたことへの感謝。複雑な感情が入り混じっているのだろう。



「レオ、終わった?」



 そこへ、ソフィアが優雅な足取りで近づいてきた。

 涼さんがギョッとして目を見開く。



「え、うそ……西園寺ソフィア!? 本物!?」

「あら、私のファンかしら? 嬉しいわ」



 母は涼さんの前に立つと、サングラスを外してニッコリと微笑んだ。

 その圧倒的なオーラに、涼さんは直立不動になる。



「は、初めまして! 早坂涼です! 摩耶の……友人で……」

「知ってるわ。写真で見るよりずっとチャーミングね。そのショートヘア、素敵よ」

「あ、ありがとうございます……!」



 憧れの女優を前にガチガチになっている元不良娘。そのギャップがおかしくて、俺は思わず口元を緩めた。



「立ち話もなんですし、場所を変えましょう。……涼さん、少し落ち着ける場所でお茶でもいかがですか? 母も涼さんと話したがっています」

「え、でもアタシ、こんな格好だし……」

「気にすることはありません。それに、そのままだと彼らが戻ってくるかもしれませんから」



 俺はさりげなく彼女の背中を押し、エスコートする。

 涼さんは一瞬迷ったようだったが、俺と母の顔を交互に見比べ、小さく頷いた。



「……ん。じゃあ、お言葉に甘えるわ。……サンキュな、玲央くん」

「玲央で構いませんよ、涼さん」

「……生意気なガキ。でも、助かった」



 ぶっきらぼうに言いながらも、彼女は俺の隣を歩き始めた。

 その横顔には、先ほどまでの陰りはなく、年相応の明るい光が戻っていた。



 過去のしがらみは、そう簡単に消えるものではないかもしれない。

 だが、俺には金も権力も、そして大人の知恵もある。

 姉の友人たちが、つまらない石ころにつまずいて転ぶのを防ぐくらい、造作もないことだ。
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