6 / 65
第6話 逃亡する偶像と紫煙の心理学
しおりを挟む
空は薄い灰色に覆われ、いまにも泣き出しそうな湿り気を帯びていた。
放課後。俺は、都内のテレビ局近くの路地を歩いていた。
舞に頼んでおいた、芸能プロダクション関連の資料を受け取る前の時間調整だ。
この辺りは表通りこそ華やかだが、一本裏に入れば雑居ビルがひしめき合い、室外機の熱風と都会の喧騒が澱んでいる。
その時だった。
不規則な足音と、荒い息遣いが路地の向こうから聞こえてきた。
「……はぁ、はぁっ……!」
角を曲がってきたのは、一人の少女だった。
深めに被ったキャップに、大きなサングラス。オーバーサイズのパーカーで体型を隠しているが、その足元は場違いなピンヒールだ。
彼女は時折後ろを気にしながら、何かに怯えるように走っている。
だが、ヒールが路面の窪みに足を取られた。
「きゃっ……!」
少女が体勢を崩す。
俺は反射的に数歩踏み出し、倒れそうになった彼女の腕を支えた。
「大丈夫ですか?」
「っ! ……離して! あたしは戻らないから!」
少女は過敏に反応し、俺の手を振り払おうとした。
その拍子にサングラスがずれ落ち、隠されていた素顔が露わになる。
俺は息を呑んだ。
テレビのブラウン管越しに見るよりも遥かに小顔で、人形のように整った目鼻立ち。
猫のように大きな瞳は、今は焦燥と恐怖で揺れているが、その奥にある光は隠しようもなく「芸能人」のそれだった。
――天童くるみ。
姉の親友であり、先日俺がオーナーとなった事務所の稼ぎ頭だ。
「……くるみさん?」
「え……?」
名前を呼ばれ、彼女は動きを止めた。
俺の顔を凝視し、数秒後、その瞳が見開かれる。
「……あんた、レオ……?」
「ええ。こんなところで何をしているんですか? 今日は確か、歌番組の収録では」
俺が問いかけると、くるみさんはバツが悪そうに視線を逸らした。
そして、悔しそうに唇を噛む。
「……逃げてきたの」
「逃げた?」
「だって……! 急にセンターになれとか、ソロパート増やすとか……無理よ! 今まで干されかけてたのに、あんたがオーナーになった途端、周りの扱いが変わりすぎて……気持ち悪いのよ!」
彼女は叫ぶように吐き出した。
なるほど。俺が裏で手を回し、事務所の体制を一新させた副作用か。
現場のスタッフたちが、新オーナーの顔色を伺い、彼女を過剰に持ち上げ始めたのだろう。
実力でのし上がりたいと願う彼女のプライドにとって、それは「忖度」による不当な評価に映ったに違いない。
「……なるほど。現場が空回りしているようですね」
「他人事みたいに言わないでよ! 元はと言えばあんたのせいでしょ!?」
「ええ、責任は感じています。……ですが、逃げ出して解決する問題でもないでしょう」
「うるさい! 15歳のガキに何が分かるのよ!」
彼女は俺を突き飛ばそうとした。
だが、その手には力が入っていなかった。
18歳の少女が背負うには、芸能界という場所はあまりに過酷で、孤独だ。
俺は彼女の細い手首を、優しく、しかし離さないように握り留めた。
「……少し、頭を冷やしましょう。このまま路地にいては、パパラッチの餌食です」
「……離してよ」
「離しません。オーナーとして、大切な商品をみすみす傷つけるわけにはいきませんから」
俺は携帯を取り出し、待機させていた送迎車を路地の入り口に回させた。
抵抗する気力も失せたのか、くるみさんは大人しく俺に従った。
スモークガラスに守られた車内。
冷たいミネラルウォーターを渡し、少し落ち着いたところで俺は口を開いた。
「現場のスタッフには、僕から釘を刺しておきます。過剰な忖度は不要だと」
「……そんなことしたら、また干されるかもしれないじゃん」
「まさか。くるみさんの実力は僕が保証します。……先日の歌番組も見ましたよ。カメラが回っていない時の立ち振る舞い、共演者への配慮。くるみさんはプロだ」
それはお世辞ではない。
前世の記憶を含めても、彼女ほどストイックに「アイドル」を全うしようとしている人間は少ない。
くるみさんはキャップを目深に被り直し、小さく呟いた。
「……買いかぶりすぎよ。あたしは、ただの負けず嫌いなだけ」
「その負けず嫌いが、最大の武器ですよ。……くるみさん。背負っているプレッシャーは理解できます。急激な環境の変化に戸惑うのも無理はない」
俺は彼女の方に向き直り、真摯に語りかけた。
「ですが、僕がくるみさんに投資したのは、『西園寺の威光』で売れると思ったからではありません。くるみさん自身が、泥の中でも咲ける花だと確信したからです。……自信を持ってください。誰かの情けでそこに立っているわけではないはずです」
車内に沈黙が流れた。
やがて、くるみさんは顔を上げ、サングラスを外した。
その瞳は少し潤んでいたが、先ほどのような怯えの色は消えていた。
「……あんたってさ。ホントに生意気。年下のくせに、なんでそんなに偉そうなのよ」
「社長ですから」
「ふふっ……何それ」
彼女は小さく笑った。
その笑顔は、テレビで見せる作り笑顔よりもずっと魅力的で、年相応の可愛らしさがあった。
18歳の美少女の素顔。
それを独占できるのは、役得と言ってもいいだろう。
「……送ってくれてありがと。スタジオに戻るわ。……逃げたままじゃ、摩耶にも笑われちゃうしね」
「ええ。君ならやれます」
テレビ局の裏口で車を止めると、彼女はドアを開ける前に振り返った。
「ねえ、レオ。……今度、またご飯作ってよ。あの中華、そこらの店よりずっと美味しかったけど……次はもっと贅沢な材料でね!」
「構いませんよ。出世払いにしておきます」
「バカ。……ありがとね」
彼女は軽やかに車を降り、一度だけこちらに手を振って、雑踏の中へと消えていった。
その背中は、もう逃げる者のそれではなかった。
くるみさんを送り届けた後、俺は指定されたカフェへと向かった。
青山の一角にある、隠れ家的なカフェバーだ。
時刻は夕刻。オレンジ色の照明が店内を落ち着いた雰囲気に染めている。
一番奥のボックス席に、二人の女性の姿があった。
一人は、俺の秘書である如月舞。
いつものタイトなスーツ姿で、背筋を伸ばして座っている。その陶器のような白い肌と、凛とした美貌は、薄暗い店内でも際立っていた。
そして、その向かいに座っている女性。
俺は一瞬、足を止めた。
舞とは対照的な、アンニュイな空気を纏った美女だった。
シャギーの入ったショートボブ。切れ長の瞳と、口元のホクロが印象的だ。
ルーズなニットを気だるげに着こなし、細長い指には煙草が挟まれている。
退廃的でありながら、洗練された都会の色気。
男性なら誰もが一度は振り返り、そして声をかけるのを躊躇うような、独特のオーラがある。
「お待たせしました」
俺が席に近づくと、舞がすぐに立ち上がって頭を下げた。
「お疲れ様です、社長。……急な呼び出しで申し訳ありません」
「構わない。それで、こちらの方は?」
俺は視線を向かいの女性に向けた。
彼女は組んでいた脚をゆっくりと組み替え、品定めするような視線で俺を見上げた。
「へえ……。これが噂の『社長』くん?」
ハスキーで、少し挑発的な声。
彼女は煙草の煙をふぅーっと天井に吐き出し、口角を上げた。
「ふうん。顔はいいけど……中身はどうかしらね」
「沙耶、失礼ですよ」
舞が窘めるが、彼女――沙耶と呼ばれた女性は意に介さない。
「初めまして。私は柚木沙耶。舞の高校時代からの腐れ縁で、今はがない女子大生よ。……ねえ、単刀直入に聞くけど」
沙耶さんは身を乗り出し、俺の目を覗き込んだ。
その瞳には、心理学専攻らしい分析的な光が宿っている。
「君、舞のことどう思ってるの? ……便利な道具? それとも、従順なペット?」
試すような問いかけ。
舞が息を呑む気配がした。
俺は動じることなく、彼女の瞳を真っ直ぐに見返した。
「舞さんはビジネスパートナーであり、僕の命の恩人です。道具などと思ったことは一度もありません。……彼女がいなければ、今の僕も、この会社も存在しなかったでしょう」
嘘偽りのない本心だ。
15歳の俺が社会で戦えるのは、舞という絶対的な味方がいるからだ。
俺の言葉を聞いて、沙耶さんは数秒間、俺の瞳をじっと見つめていた。
やがて、彼女は「ほう」と感心したように息を吐き、手元の灰皿に煙草を押し付けた。
「……合格。舞が入れ込むのも無理ないわね」
「合格、ですか?」
「ええ。目が泳がなかった。……それに、15歳にしては随分と腹が座ってる。舞の『崇拝』も、あながち盲信じゃないってことか」
沙耶さんは笑みを深め、改めて手を差し出してきた。
「ごめんね、意地悪なこと言って。私は舞の保護者みたいなものだからさ。……よろしくね、社長さん」
「こちらこそ。初めまして、柚木さん」
俺は彼女の手を握り返した。
細く、少し冷たい手だった。
ふと、灰皿の中で消された煙草に目が留まる。
火は点いていたが、吸い口はほとんど汚れておらず、短くなってもいない。
「……柚木さん。一つ、忠告させていただいても?」
「ん? 何?」
「その煙草、ファッションですよね? 無理して吸うのは体に毒ですよ」
俺の言葉に、沙耶さんはキョトンとして目を丸くした。
そして次の瞬間、可笑しそうに吹き出した。
「あっはは! ……バレた? すごーい、これ見抜かれたの初めてかも」
彼女は悪びれもせず、髪をかき上げた。
「そうよ、ただのハッタリ。大人ぶるための小道具。……やだなぁ、年下の男の子に見透かされるなんて」
彼女の表情から、先ほどまでの刺々しさが消え、年相応の親しみやすさが覗いた。
この人は、自分を演じている。
アンニュイな大人の女という鎧を纏って、何かを守っているのかもしれない。
それは、舞が「完璧な秘書」を演じているのと、どこか似ている気がした。
「……面白い人ですね、西園寺くんは。舞が夢中になるわけだ」
沙耶さんは頬杖をつき、上目遣いで俺を見た。
その瞳は、今度は明確な興味を持って俺を捉えている。
「分析対象」としてロックオンされたような、背筋がゾクっとする感覚だ。
放課後。俺は、都内のテレビ局近くの路地を歩いていた。
舞に頼んでおいた、芸能プロダクション関連の資料を受け取る前の時間調整だ。
この辺りは表通りこそ華やかだが、一本裏に入れば雑居ビルがひしめき合い、室外機の熱風と都会の喧騒が澱んでいる。
その時だった。
不規則な足音と、荒い息遣いが路地の向こうから聞こえてきた。
「……はぁ、はぁっ……!」
角を曲がってきたのは、一人の少女だった。
深めに被ったキャップに、大きなサングラス。オーバーサイズのパーカーで体型を隠しているが、その足元は場違いなピンヒールだ。
彼女は時折後ろを気にしながら、何かに怯えるように走っている。
だが、ヒールが路面の窪みに足を取られた。
「きゃっ……!」
少女が体勢を崩す。
俺は反射的に数歩踏み出し、倒れそうになった彼女の腕を支えた。
「大丈夫ですか?」
「っ! ……離して! あたしは戻らないから!」
少女は過敏に反応し、俺の手を振り払おうとした。
その拍子にサングラスがずれ落ち、隠されていた素顔が露わになる。
俺は息を呑んだ。
テレビのブラウン管越しに見るよりも遥かに小顔で、人形のように整った目鼻立ち。
猫のように大きな瞳は、今は焦燥と恐怖で揺れているが、その奥にある光は隠しようもなく「芸能人」のそれだった。
――天童くるみ。
姉の親友であり、先日俺がオーナーとなった事務所の稼ぎ頭だ。
「……くるみさん?」
「え……?」
名前を呼ばれ、彼女は動きを止めた。
俺の顔を凝視し、数秒後、その瞳が見開かれる。
「……あんた、レオ……?」
「ええ。こんなところで何をしているんですか? 今日は確か、歌番組の収録では」
俺が問いかけると、くるみさんはバツが悪そうに視線を逸らした。
そして、悔しそうに唇を噛む。
「……逃げてきたの」
「逃げた?」
「だって……! 急にセンターになれとか、ソロパート増やすとか……無理よ! 今まで干されかけてたのに、あんたがオーナーになった途端、周りの扱いが変わりすぎて……気持ち悪いのよ!」
彼女は叫ぶように吐き出した。
なるほど。俺が裏で手を回し、事務所の体制を一新させた副作用か。
現場のスタッフたちが、新オーナーの顔色を伺い、彼女を過剰に持ち上げ始めたのだろう。
実力でのし上がりたいと願う彼女のプライドにとって、それは「忖度」による不当な評価に映ったに違いない。
「……なるほど。現場が空回りしているようですね」
「他人事みたいに言わないでよ! 元はと言えばあんたのせいでしょ!?」
「ええ、責任は感じています。……ですが、逃げ出して解決する問題でもないでしょう」
「うるさい! 15歳のガキに何が分かるのよ!」
彼女は俺を突き飛ばそうとした。
だが、その手には力が入っていなかった。
18歳の少女が背負うには、芸能界という場所はあまりに過酷で、孤独だ。
俺は彼女の細い手首を、優しく、しかし離さないように握り留めた。
「……少し、頭を冷やしましょう。このまま路地にいては、パパラッチの餌食です」
「……離してよ」
「離しません。オーナーとして、大切な商品をみすみす傷つけるわけにはいきませんから」
俺は携帯を取り出し、待機させていた送迎車を路地の入り口に回させた。
抵抗する気力も失せたのか、くるみさんは大人しく俺に従った。
スモークガラスに守られた車内。
冷たいミネラルウォーターを渡し、少し落ち着いたところで俺は口を開いた。
「現場のスタッフには、僕から釘を刺しておきます。過剰な忖度は不要だと」
「……そんなことしたら、また干されるかもしれないじゃん」
「まさか。くるみさんの実力は僕が保証します。……先日の歌番組も見ましたよ。カメラが回っていない時の立ち振る舞い、共演者への配慮。くるみさんはプロだ」
それはお世辞ではない。
前世の記憶を含めても、彼女ほどストイックに「アイドル」を全うしようとしている人間は少ない。
くるみさんはキャップを目深に被り直し、小さく呟いた。
「……買いかぶりすぎよ。あたしは、ただの負けず嫌いなだけ」
「その負けず嫌いが、最大の武器ですよ。……くるみさん。背負っているプレッシャーは理解できます。急激な環境の変化に戸惑うのも無理はない」
俺は彼女の方に向き直り、真摯に語りかけた。
「ですが、僕がくるみさんに投資したのは、『西園寺の威光』で売れると思ったからではありません。くるみさん自身が、泥の中でも咲ける花だと確信したからです。……自信を持ってください。誰かの情けでそこに立っているわけではないはずです」
車内に沈黙が流れた。
やがて、くるみさんは顔を上げ、サングラスを外した。
その瞳は少し潤んでいたが、先ほどのような怯えの色は消えていた。
「……あんたってさ。ホントに生意気。年下のくせに、なんでそんなに偉そうなのよ」
「社長ですから」
「ふふっ……何それ」
彼女は小さく笑った。
その笑顔は、テレビで見せる作り笑顔よりもずっと魅力的で、年相応の可愛らしさがあった。
18歳の美少女の素顔。
それを独占できるのは、役得と言ってもいいだろう。
「……送ってくれてありがと。スタジオに戻るわ。……逃げたままじゃ、摩耶にも笑われちゃうしね」
「ええ。君ならやれます」
テレビ局の裏口で車を止めると、彼女はドアを開ける前に振り返った。
「ねえ、レオ。……今度、またご飯作ってよ。あの中華、そこらの店よりずっと美味しかったけど……次はもっと贅沢な材料でね!」
「構いませんよ。出世払いにしておきます」
「バカ。……ありがとね」
彼女は軽やかに車を降り、一度だけこちらに手を振って、雑踏の中へと消えていった。
その背中は、もう逃げる者のそれではなかった。
くるみさんを送り届けた後、俺は指定されたカフェへと向かった。
青山の一角にある、隠れ家的なカフェバーだ。
時刻は夕刻。オレンジ色の照明が店内を落ち着いた雰囲気に染めている。
一番奥のボックス席に、二人の女性の姿があった。
一人は、俺の秘書である如月舞。
いつものタイトなスーツ姿で、背筋を伸ばして座っている。その陶器のような白い肌と、凛とした美貌は、薄暗い店内でも際立っていた。
そして、その向かいに座っている女性。
俺は一瞬、足を止めた。
舞とは対照的な、アンニュイな空気を纏った美女だった。
シャギーの入ったショートボブ。切れ長の瞳と、口元のホクロが印象的だ。
ルーズなニットを気だるげに着こなし、細長い指には煙草が挟まれている。
退廃的でありながら、洗練された都会の色気。
男性なら誰もが一度は振り返り、そして声をかけるのを躊躇うような、独特のオーラがある。
「お待たせしました」
俺が席に近づくと、舞がすぐに立ち上がって頭を下げた。
「お疲れ様です、社長。……急な呼び出しで申し訳ありません」
「構わない。それで、こちらの方は?」
俺は視線を向かいの女性に向けた。
彼女は組んでいた脚をゆっくりと組み替え、品定めするような視線で俺を見上げた。
「へえ……。これが噂の『社長』くん?」
ハスキーで、少し挑発的な声。
彼女は煙草の煙をふぅーっと天井に吐き出し、口角を上げた。
「ふうん。顔はいいけど……中身はどうかしらね」
「沙耶、失礼ですよ」
舞が窘めるが、彼女――沙耶と呼ばれた女性は意に介さない。
「初めまして。私は柚木沙耶。舞の高校時代からの腐れ縁で、今はがない女子大生よ。……ねえ、単刀直入に聞くけど」
沙耶さんは身を乗り出し、俺の目を覗き込んだ。
その瞳には、心理学専攻らしい分析的な光が宿っている。
「君、舞のことどう思ってるの? ……便利な道具? それとも、従順なペット?」
試すような問いかけ。
舞が息を呑む気配がした。
俺は動じることなく、彼女の瞳を真っ直ぐに見返した。
「舞さんはビジネスパートナーであり、僕の命の恩人です。道具などと思ったことは一度もありません。……彼女がいなければ、今の僕も、この会社も存在しなかったでしょう」
嘘偽りのない本心だ。
15歳の俺が社会で戦えるのは、舞という絶対的な味方がいるからだ。
俺の言葉を聞いて、沙耶さんは数秒間、俺の瞳をじっと見つめていた。
やがて、彼女は「ほう」と感心したように息を吐き、手元の灰皿に煙草を押し付けた。
「……合格。舞が入れ込むのも無理ないわね」
「合格、ですか?」
「ええ。目が泳がなかった。……それに、15歳にしては随分と腹が座ってる。舞の『崇拝』も、あながち盲信じゃないってことか」
沙耶さんは笑みを深め、改めて手を差し出してきた。
「ごめんね、意地悪なこと言って。私は舞の保護者みたいなものだからさ。……よろしくね、社長さん」
「こちらこそ。初めまして、柚木さん」
俺は彼女の手を握り返した。
細く、少し冷たい手だった。
ふと、灰皿の中で消された煙草に目が留まる。
火は点いていたが、吸い口はほとんど汚れておらず、短くなってもいない。
「……柚木さん。一つ、忠告させていただいても?」
「ん? 何?」
「その煙草、ファッションですよね? 無理して吸うのは体に毒ですよ」
俺の言葉に、沙耶さんはキョトンとして目を丸くした。
そして次の瞬間、可笑しそうに吹き出した。
「あっはは! ……バレた? すごーい、これ見抜かれたの初めてかも」
彼女は悪びれもせず、髪をかき上げた。
「そうよ、ただのハッタリ。大人ぶるための小道具。……やだなぁ、年下の男の子に見透かされるなんて」
彼女の表情から、先ほどまでの刺々しさが消え、年相応の親しみやすさが覗いた。
この人は、自分を演じている。
アンニュイな大人の女という鎧を纏って、何かを守っているのかもしれない。
それは、舞が「完璧な秘書」を演じているのと、どこか似ている気がした。
「……面白い人ですね、西園寺くんは。舞が夢中になるわけだ」
沙耶さんは頬杖をつき、上目遣いで俺を見た。
その瞳は、今度は明確な興味を持って俺を捉えている。
「分析対象」としてロックオンされたような、背筋がゾクっとする感覚だ。
0
あなたにおすすめの小説
異世界帰りの俺、現代日本にダンジョンが出現したので異世界経験を売ったり配信してみます
内田ヨシキ
ファンタジー
「あの魔物の倒し方なら、30万円で売るよ!」
――これは、現代日本にダンジョンが出現して間もない頃の物語。
カクヨムにて先行連載中です!
(https://kakuyomu.jp/works/16818023211703153243)
異世界で名を馳せた英雄「一条 拓斗(いちじょう たくと)」は、現代日本に帰還したはいいが、異世界で鍛えた魔力も身体能力も失われていた。
残ったのは魔物退治の経験や、魔法に関する知識、異世界言語能力など現代日本で役に立たないものばかり。
一般人として生活するようになった拓斗だったが、持てる能力を一切活かせない日々は苦痛だった。
そんな折、現代日本に迷宮と魔物が出現。それらは拓斗が異世界で散々見てきたものだった。
そして3年後、ついに迷宮で活動する国家資格を手にした拓斗は、安定も平穏も捨てて、自分のすべてを活かせるはずの迷宮へ赴く。
異世界人「フィリア」との出会いをきっかけに、拓斗は自分の異世界経験が、他の初心者同然の冒険者にとって非常に有益なものであると気づく。
やがて拓斗はフィリアと共に、魔物の倒し方や、迷宮探索のコツ、魔法の使い方などを、時に直接売り、時に動画配信してお金に変えていく。
さらには迷宮探索に有用なアイテムや、冒険者の能力を可視化する「ステータスカード」を発明する。
そんな彼らの活動は、ダンジョン黎明期の日本において重要なものとなっていき、公的機関に発展していく――。
異世界ハズレモノ英雄譚〜無能ステータスと言われた俺が、ざまぁ見せつけながらのし上がっていくってよ!〜
mitsuzoエンターテインメンツ
ファンタジー
【週三日(月・水・金)投稿 基本12:00〜14:00】
異世界にクラスメートと共に召喚された瑛二。
『ハズレモノ』という聞いたこともない称号を得るが、その低スペックなステータスを見て、皆からハズレ称号とバカにされ、それどころか邪魔者扱いされ殺されそうに⋯⋯。
しかし、実は『超チートな称号』であることがわかった瑛二は、そこから自分をバカにした者や殺そうとした者に対して、圧倒的な力を隠しつつ、ざまぁを展開していく。
そして、そのざまぁは図らずも人類の命運を握るまでのものへと発展していくことに⋯⋯。
悪役貴族に転生したから破滅しないように努力するけど上手くいかない!~努力が足りない?なら足りるまで努力する~
蜂谷
ファンタジー
社畜の俺は気が付いたら知らない男の子になっていた。
情報をまとめるとどうやら子供の頃に見たアニメ、ロイヤルヒーローの序盤で出てきた悪役、レオス・ヴィダールの幼少期に転生してしまったようだ。
アニメ自体は子供の頃だったのでよく覚えていないが、なぜかこいつのことはよく覚えている。
物語の序盤で悪魔を召喚させ、学園をめちゃくちゃにする。
それを主人公たちが倒し、レオスは学園を追放される。
その後領地で幽閉に近い謹慎を受けていたのだが、悪魔教に目を付けられ攫われる。
そしてその体を魔改造されて終盤のボスとして主人公に立ちふさがる。
それもヒロインの聖魔法によって倒され、彼の人生の幕は閉じる。
これが、悪役転生ってことか。
特に描写はなかったけど、こいつも怠惰で堕落した生活を送っていたに違いない。
あの肥満体だ、運動もろくにしていないだろう。
これは努力すれば眠れる才能が開花し、死亡フラグを回避できるのでは?
そう考えた俺は執事のカモールに頼み込み訓練を開始する。
偏った考えで領地を無駄に統治してる親を説得し、健全で善人な人生を歩もう。
一つ一つ努力していけば、きっと開かれる未来は輝いているに違いない。
そう思っていたんだけど、俺、弱くない?
希少属性である闇魔法に目覚めたのはよかったけど、攻撃力に乏しい。
剣術もそこそこ程度、全然達人のようにうまくならない。
おまけに俺はなにもしてないのに悪魔が召喚がされている!?
俺の前途多難な転生人生が始まったのだった。
※カクヨム、なろうでも掲載しています。
チート魅了スキルで始まる、美少女たちとの異世界ハーレム生活
仙道
ファンタジー
リメイク先:「視線が合っただけで美少女が俺に溺れる。異世界で最強のハーレムを作って楽に暮らす」
ごく普通の会社員だった佐々木健太は、異世界へ転移してして、あらゆる女性を無条件に魅了するチート能力を手にする。
彼はこの能力で、女騎士セシリア、ギルド受付嬢リリア、幼女ルナ、踊り子エリスといった魅力的な女性たちと出会い、絆を深めていく。
ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。
タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。
しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。
ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。
激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。
幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕だけ別な場所に飛ばされた先は異世界の不思議な無人島だった。
アノマロカリス
ファンタジー
よくある話の異世界召喚…
スマホのネット小説や漫画が好きな少年、洲河 愽(すが だん)。
いつもの様に幼馴染達と学校帰りの公園でくっちゃべっていると地面に突然魔法陣が現れて…
気付くと愽は1人だけ見渡す限り草原の中に突っ立っていた。
愽は幼馴染達を探す為に周囲を捜索してみたが、一緒に飛ばされていた筈の幼馴染達は居なかった。
生きていればいつかは幼馴染達とまた会える!
愽は希望を持って、この不思議な無人島でサバイバル生活を始めるのだった。
「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕の授かったスキルは役に立つものなのかな?」
「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕は幼馴染達よりも強いジョブを手に入れて無双する!」
「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕は魔王から力を授かり人類に対して牙を剥く‼︎」
幼馴染達と一緒に異世界召喚の第四弾。
愽は幼馴染達と離れた場所でサバイバル生活を送るというパラレルストーリー。
はたして愽は、無事に幼馴染達と再会を果たせるのだろうか?
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
S級クラフトスキルを盗られた上にパーティから追放されたけど、実はスキルがなくても生産力最強なので追放仲間の美少女たちと工房やります
内田ヨシキ
ファンタジー
[第5回ドラゴンノベルス小説コンテスト 最終選考作品]
冒険者シオンは、なんでも作れる【クラフト】スキルを奪われた上に、S級パーティから追放された。しかしシオンには【クラフト】のために培った知識や技術がまだ残されていた!
物作りを通して、新たな仲間を得た彼は、世界初の技術の開発へ着手していく。
職人ギルドから追放された美少女ソフィア。
逃亡中の魔法使いノエル。
騎士職を剥奪された没落貴族のアリシア。
彼女らもまた、一度は奪われ、失ったものを、物作りを通して取り戻していく。
カクヨムにて完結済み。
( https://kakuyomu.jp/works/16817330656544103806 )
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる