実力S級の俺、配信切り忘れで「虚無顔でボスを瞬殺する姿」が全国放送されてた件。今さら「ただの荷物持ち」とは言えない 〜定時で帰りたいので、

ken

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第1章:追放・バズり・ざまぁ編

第7話 涙の告発配信

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 現代の魔女狩りは、松明や鎌ではなく、スマートフォンとハッシュタグによって行われる。
 そしてその火種は、往々にして「嘘」と「涙」によって着火されるものだ。

 午後10時。
 日本中の探索者たちが注目する動画共有サイト『D-Tube』において、ある緊急生配信が開始された。

『【重要なお知らせ】今回の騒動と、僕たちが隠していた真実について』

 配信者:閃光の剣チャンネル

 画面には、薄暗い部屋で、沈痛な面持ちで座るカイト、タクマ、リナの三人が映し出されていた。
 彼らの服はボロボロに破れ、顔には泥や煤がついたままだ。
 まるで、地獄のような戦場から命からがら生還した直後であるかのように。

「……こんばんは。『閃光の剣』リーダーのカイトです」

 カイトが重苦しい口調で切り出す。
 その声は微かに震えていた。
 コメント欄には、心配する声と、疑惑の目が入り混じっている。

『大丈夫? 怪我してるじゃん』
『おっさんのこと説明して』
『なんでおっさん置いて逃げたの?』

「今日は、皆さんに謝らなければならないことがあります。そして……僕たちが今まで言えなかった、ある『裏切り』について告白させてください」

 カイトは一度言葉を切り、唇を噛み締めて俯いた。
 隣に座るリナが、ハンカチで目元を拭う。
 完璧な演技だった。

「まず、僕たちの配信が途中で切れてしまったこと、そして19階層攻略を断念してしまったこと……本当に申し訳ありませんでした」

 カイトが深々と頭を下げる。タクマとリナもそれに続く。

「言い訳がましく聞こえるかもしれませんが……僕たちは、戦うことができなかったんです。なぜなら、装備を奪われてしまったから」

 カイトが顔を上げる。
 その目には、演技用の涙が溜められていた。

「今、ネットで話題になっている『パジャマのおじさん』こと、元メンバーの鈴木悠作氏についてです。……彼は、僕たちのパーティの荷物持ちでした。僕たちは彼を信頼し、パーティの資金で購入した高価な『魔法鞄』の管理を任せていました」

 カイトは息を吸い込む。

「ですが、彼は僕たちを裏切りました。18階層での休憩中、彼は突然、その魔法鞄を持って逃走したんです。中に入っていた、僕たちの予備武器も、ポーションも、食料も……全てを持ち去って」

 コメント欄がざわつき始める。

『は? 持ち逃げ?』
『あのおっさんが泥棒ってこと?』
『マジなら最低だな』
『でも動画じゃカイトたちが捨て台詞吐いてたように見えたけど?』

「僕たちは彼を追いかけようとしました。でも、装備がない状態で深層を動くのは危険すぎました。だから、泣く泣く地上へ撤退するしかなかったんです。……僕たちの姿を見てください。これが、ポーションなしでモンスターの群れと戦った結果です」

 カイトはわざとらしく、自身の破れた服と、腕の擦り傷をカメラに見せつけた。

「そして、あの『ボス瞬殺動画』についてですが……」

 ここからが、カイトのシナリオの肝だ。

「あれは、彼が盗んだ魔法鞄の中に入っていた『高ランク魔導具』を使ったものです。僕たちがいつかS級ボスに挑むために、必死にお金を貯めて買った切り札……『強制排除爆弾』のようなアイテムを、彼は無断で使用したんです」

 もちろん、そんなアイテムは存在しない。
 だが、視聴者の大半は素人だ。「なんか凄いアイテムを使った」と言われれば、そうなのかもしれないと思ってしまう。

「彼はあの動画を自作自演で撮影し、自分が最強であるかのように見せかけました。そして、僕たちを『無能なパーティ』に見えるように情報を操作したんです。……悔しいです。僕たちの努力も、お金も、信頼も、全部彼に踏みにじられました」

「ひどいよぉ……っ!」

 タイミングよく、リナが泣き崩れる。タクマがその肩を抱く。

「皆さん、騙されないでください。あいつは英雄なんかじゃない。仲間の背中を刺し、泥棒をして、それを自慢げに配信するような……最低の犯罪者なんです!」

 カイトがカメラを指差し、絶叫に近い声で訴える。
 その迫真の演技は、確かに一定の層の心を動かした。
 特に、カイトの古参ファンや、急に出てきたおっさんに嫉妬していたアンチたちは、待ってましたとばかりに飛びついた。

『やっぱりな! F級があんな強いわけないと思った!』
『アイテム盗むとかクズすぎだろ』
『カイトくんかわいそう……』
『おっさん許せねえ』
『特定して社会的に殺そうぜ』

 コメント欄が、悠作への誹謗中傷で埋め尽くされていく。
 もちろん、『でも高橋すず様は本物って言ってたぞ』『話が出来すぎじゃね?』という冷静な意見もあったが、それらは怒りの奔流にかき消されていった。

 カイトは心の中でほくそ笑んだ。
 勝った。
 これで世論は俺たちの味方だ。あのおっさんは犯罪者として追われる身となり、二度と表舞台には出てこられないだろう。
 俺たちの栄光は守られたんだ。

 ――彼らは知らなかった。
 この配信が、ある一人の「恐ろしいファン」の逆鱗に触れてしまったことを。

★★★★★★★★★★★

 午後10時15分。
 ネット上が炎上の業火に包まれている頃。
 当の鈴木悠作は、東京都内の静かな住宅街を歩いていた。

「……ふぅ。重いな」

 俺は肩を回しながら、夜空を見上げる。
 背中には、加藤骨董堂で購入新しい魔法鞄――『万能包み・五右衛門』が張り付いている。

『旦那ァ、重いとか失礼でヤンスよ。俺っちの重量はゼロでヤンスからね』
「お前の重さじゃなくて、借金の重さだよ」
『ケケッ! 金ならまた稼げばいいでヤンス。それより腹減った。魔石食わせろ』
「うるさい。家に着くまで黙ってろ」

 俺は背中の風呂敷を小突きながら、ため息をつく。
 トイチの借金、1000万円強。
 改めて考えると目眩がする数字だ。定時退社どころか、休日出勤も辞さない覚悟が必要かもしれない。

「とりあえず、明日の朝飯と、五右衛門の餌を買って帰るか……」

 俺はアパートの近くにあるコンビニエンスストア『ダンジョンマート 練馬店』へと足を向けた。
 ここは俺の行きつけだ。
 24時間営業で、探索者向けの回復アイテムや保存食も売っている便利な店だ。
 そして何より、ここには俺のささやかな「癒やし」がある。

 ウィーン。
 自動ドアが開く。

「いらっしゃいませー♡」

 入店と同時に、鈴を転がすような明るい声が響いた。
 レジカウンターの中に立っていたのは、一人の女性店員だった。
 山口純子。20歳。
 近くの大学に通う女子大生で、週に4回ほど夜勤に入っている看板娘だ。

 黒髪のロングヘアに、透き通るような白い肌。
 コンビニの制服を着ていても隠しきれない清楚なオーラと、誰にでも愛想の良い笑顔は、疲れたおっさんの心に染みる。

「あ、悠作さん! こんばんは!」

 彼女は俺の顔を見ると、パッと花が咲くような満面の笑みを向けた。
 俺のような薄汚いおっさんにも平等に接してくれる。本当にいい子だ。

「こんばんは、純子ちゃん。今日も夜勤?」
「はいっ! 学費稼がないといけないので! ……あら?」

 純子ちゃんはカウンターから身を乗り出し、俺の顔をじっと見つめた。
 大きな瞳が、心配そうに揺れている。

「悠作さん、なんだかお疲れ顔ですね? クマがいつもより濃いです」
「あー……まあ、昨日はちょっと残業が長引いてな」
「もう、無理しちゃダメですよぉ。悠作さんが倒れたら、誰が半額弁当の在庫処分をしてくれるんですか?」

 彼女は冗談めかして笑うが、その瞳には本気の心配色が滲んでいる気がした。
 俺は少し照れくさくなって、頭を掻く。

「大丈夫だよ。今日はこれを買いに来たんだ」

 俺はカゴに入れたビールとつまみ、そして探索者用の安価な魔石パックをレジに置いた。

「はい、ビール2本と……あら、今日は魔石も? 探索に行かれるんですか?」
「いや、これはちょっと……ペットの餌みたいなもんだ」
『ペット扱いすんな!』

 背中の五右衛門が小声で文句を言ったが、純子ちゃんには聞こえなかったようだ。
 彼女は手際よくレジを打ちながら、ふと思いついたようにバックヤードの方を指差した。

「そうだ、悠作さん! ちょっと待っててください!」

 彼女は小走りで裏へ行き、すぐに戻ってきた。
 手には、立派な重箱のような弁当箱が握られている。

「これ、今日の廃棄弁当なんですけど……よかったら貰ってくれませんか?」
「え? いや、それは悪いよ。廃棄って言っても、これ高そうなやつじゃ……」

 パッケージには『極上・厚切り牛タン弁当』と書かれている。
 どう見ても廃棄になるような時間帯の商品ではない。

「いいんです! 賞味期限が……えっと、あと10分で切れるんです! だから捨てちゃうよりは、悠作さんに食べて元気になってもらったほうが、お弁当も喜びます!」
「はあ……そういうものか?」
「そういうものですっ! はい、サービスです♡」

 有無を言わさぬ笑顔で、弁当を袋に入れられた。
 さらに、「これもオマケです」と言って、栄養ドリンクとホットスナックの唐揚げまで入れてくれた。

「……いつもありがとうな、純子ちゃん」
「いえいえ! 悠作さんの元気な顔を見るのが、私のやり甲斐ですから!」

 彼女は上目遣いでニコリと微笑む。
 ああ、癒やされる。
 カイトたちや骨董屋の女主人とのやり取りで荒んだ心が、浄化されていくようだ。
 俺は何度も礼を言い、温かい弁当が入った袋を提げて店を出た。

「おやすみなさい、悠作さん! 帰り道、気をつけてくださいね!」

 自動ドアが閉まるまで、彼女は手を振って見送ってくれた。
 俺は軽くなった足取りで、アパートへと向かう。
 この時の俺は知らなかった。
 俺が店を出た直後、あの天使のような純子ちゃんが、どのような表情を浮かべていたのかを。

★★★★★★★★★★★

 ウィーン。
 自動ドアが閉まり、悠作の背中が見えなくなる。
 その瞬間。

 純子の顔から、先ほどまでの愛くるしい笑みが完全に消え失せた。

「……さて」

 彼女は無表情のままレジのプレートを『休止中』に裏返し、バックヤードへと入った。
 薄暗い事務室。
 彼女はパイプ椅子に座り、ポケットからスマートフォンを取り出した。

 画面には、先ほどまで放送されていた『閃光の剣』カイトの告発配信のアーカイブが表示されている。
 彼女はイヤホンを耳に押し込み、再生ボタンを押した。

『あのおっさんは泥棒です』
『あいつは犯罪者なんです』
『僕たちを裏切った最低の人間です』

 カイトの泣き言が流れるたびに、純子の瞳からハイライトが消えていく。
 その瞳は、深淵のように暗く、冷たく、底知れない殺意を宿していた。

「……よくも」

 彼女の指先に力がこもる。
 ミシミシ、とスマホの画面に亀裂が走る。

「よくも、私の悠作さんを……。あんなに優しくて、毎日ボロボロになるまで働いて、それでも笑顔で『ありがとう』って言ってくれる人を……」

 純子にとって、悠作はただの常連客ではない。
 退屈な日常に現れた「本物」であり、彼女が密かに観察し、守り、養いたいと願っている「推し」であり「崇拝対象」なのだ。
 その悠作を、泥棒呼ばわり? 犯罪者扱い?

「……許さない」

 純子はロッカーを開けた。
 中には、女子大生の荷物とは思えないものが鎮座していた。
 黒いハードケース。
 彼女はそれを慣れた手付きで開け、中身を確認する。
 分解された、大型の対物魔導ライフル。
 そして、特殊な術式が刻まれた徹甲弾の数々。

 彼女はスマホを取り出し、とある裏サイトにアクセスした。
 カイトたちの現在地、住所、そしてこれまでの悪行の証拠データ。
 それらを瞬時に収集し、冷徹に分析する。

「カイト、タクマ、リナ。……C級パーティ『閃光の剣』」

 純子はスマホの画面に映るカイトの顔を、親指で強く押し潰した。

「悠作さんを侮辱する害虫は……駆除対象ですね」

 彼女はニッコリと笑った。
 先ほどの接客用の笑顔とは似ても似つかない、獲物を狙う捕食者の、美しくも恐ろしい笑顔だった。

「待っていてくださいね、悠作さん。貴方の名誉は、私が守りますから♡」

 コンビニのバックヤードで、静かなる処刑宣告が下された。
 カイトたちはまだ知らない。
 自分たちが敵に回したのが、単なるF級のおっさんだけでなく、この街で最も怒らせてはいけない「スナイパー」だったということを。
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