実力S級の俺、配信切り忘れで「虚無顔でボスを瞬殺する姿」が全国放送されてた件。今さら「ただの荷物持ち」とは言えない 〜定時で帰りたいので、

ken

文字の大きさ
16 / 43
第2章:七重奏のヒロイン・カオス編

第16話 嵐を呼ぶギャル

しおりを挟む
 すずとのコラボ配信から数日が経った、ある平日の夕暮れ時。
 俺、鈴木悠作は、アパート『ひまわり荘』のリビングで、奇妙な生き物と対峙していた。

「……なんだ、腹減ったのか?」

 俺の視線の先にいるのは、白い毛玉――フェンリルの幼体であるポチだ。
 ポチは俺の足元で、必死に何かを訴えようとしていた。

「ワフッ! ワフッ!(飯だ! 肉をよこせ!)」

 短い尻尾をプロペラのように回転させ、前足で畳をペチペチと叩いている。
 どうやら空腹らしい。
 成長期の食欲は凄まじい。さっきおやつに魔石を与えたばかりだというのに。

「わかったわかった。今、準備するから待ってろ」

 俺が立ち上がろうとすると、ポチは「待てない!」とばかりに、さらに大きく口を開けた。
 渾身の力を込めて、威嚇射撃のような要求吠えを繰り出そうとする。

「ワ、ワフゥ……ゥ……」

 しかし。
 吠えようとした瞬間、ポチの体がグラリと揺れた。
 大きく開けた口が、途中から「ふわぁ~」というあくびに変わる。
 そして、瞼が重力に負けたようにトロリと落ちていく。

「……くぅ……」

 ドサッ。

 ポチは吠え終わる前に、その場に崩れ落ちるように倒れた。
 気絶ではない。
 ただの「電池切れ」だ。
 空腹を訴えるエネルギーすら使い果たし、睡魔に敗北したらしい。

「スピィ……スピィ……」

 一瞬で寝息を立て始めるポチ。
 前足を投げ出し、無防備にお腹を見せて爆睡している。
 その顔は、災害級魔獣の片鱗など微塵も感じさせない、ただの天使のような寝顔だった。

「……お前、野生はどうした」

 俺は苦笑いしながらしゃがみ込み、ポチの柔らかな毛並みを撫でた。
 指が沈み込むようなモフモフ感。
 ずしりと重い質量はあるが、こうして寝ている分には可愛いものだ。

「ま、寝てる間に飯の支度をするか」

 俺はポチにタオルケットを掛けてやり、キッチンへと向かった。
 今日は冷蔵庫の残り物を使って、手早く済ませるつもりだった。
 合い挽き肉の残りと、使いかけの木綿豆腐。
 これらを使ってヘルシーなハンバーグでも作ろうかと思っていた、その時だった。

 ドンドンドンドン!!

 玄関のドアが、リズムよく、しかし乱暴に叩かれた。
 チャイムではない。直接の手撃だ。

「……なんだ?」

 俺は眉をひそめた。
 ポチがビクッとして目を覚まし、「敵襲か!?」とばかりに飛び起きる。
 せっかく寝かしつけたのに。

「ちーっす! ここっしょ!? ネットで見た『例のアパート』!」

 外から聞こえてきたのは、若い女の声だった。
 しかも、やけにテンションが高い。
 俺はため息をつきながら、チェーンをかけたままドアを少しだけ開けた。

「……セールスならお断りだ」
「うわ、出た! 生師匠じゃん! マジでここだったんだ! ウケる!」

 そこに立っていたのは、季節外れのド派手なギャルだった。
 ボリュームのあるカーリーヘアに、露出度の高いクロップドトップス。へそが出ている。
 健康的な小麦色の肌と、ジャラジャラとついたアクセサリー。
 有名なB級探索者にしてダンサー、山本ゆき子だ。

「誰が師匠だ。帰れ。……ていうか、なんでここがわかった?」

 俺の住所はまだ公にはなっていないはずだ。
 協会や関係者が箝口令を敷いているし、カイトたちの襲撃も未遂に終わっている。
 それなのに、なぜ一介のB級探索者がピンポイントでここに来られたのか。

「え、掲示板見てないの? 特定班のスレに『電柱の住所見えた』って書き込みあったし」
「……マジか」
「ま、ガセ情報も多かったけどねー。でもアタシ、鼻が利くからさ! この辺歩いてたら、なんかヤバいくらい美味そうな匂い……じゃなくて、グルーヴを感じたのよ!」

 ネットの情報収集力と、野生動物並みの勘。
 現代っ子恐るべしだ。俺は頭を抱えたくなった。

「で、何の用だ」
「あ、そうそう! アタシ、ゆき子! ダンジョンで踊ってる『ユキ・J』って言えばわかるっしょ?」
「知らん」

 俺は無慈悲にドアを閉めようとした。
 しかし、ゆき子はガッと足を挟んで阻止してくる。
 安全靴を履いたつま先が、ドアの隙間にねじ込まれる。

「待ってってば! アタシ、こないだのすずパイセンとのコラボ見たのよ! あの時の師匠のステップ、マジ神だった!」

 彼女は興奮気味にまくし立てる。

「あの脱力感! 重心移動! リズム感ヤバすぎ! アタシ、ダンスやってるからわかるのよ。師匠の動きは、究極のグルーヴだってね!」
「……はあ」
「だから決めたの! アタシを弟子にして! あのステップ教えてくれたら、一生ついてくから!」

 面倒くさいのが来た。
 すずだけでも手一杯なのに、今度はギャルか。
 俺の平穏な生活はどこへ行ったんだ。

「断る。俺は弟子なんて取らないし、ダンスも教えられない。帰ってくれ」
「そんなこと言わずにさぁ~……って、ぐぅぅ……」

 ゆき子の言葉が止まった。
 代わりに、彼女の腹の底から、雷鳴のような音が響き渡った。
 グギュルルルル……。

「……あ、やべ。鳴ったわw」

 彼女は顔を赤らめることもなく笑ったが、その顔色は明らかに悪い。
 唇がカサカサに乾いている。

「……お前、いつから食ってない?」
「えっとー、昨日から? ダイエット中でさぁ……でも、ここ来るのに迷って歩き回ってたら、なんか目が回ってきて……」

 言い終わる前に、ゆき子の膝がガクンと折れた。

「ちょ、おい!」
「あ、やべ。……ハンガーノック、かも……」

 ゆき子がそのまま玄関に倒れ込む。
 演技ではない。完全にエネルギー切れだ。
 探索者あるあるだが、魔力枯渇や極度の空腹は命に関わる。

「……まったく、世話の焼ける」

 俺は見捨てることもできず、チェーンを外して彼女を引きずり入れた。
 ポチが「新入りか?」と興味津々で近づいてくる。

「とりあえず、これを食え」

 俺はちゃぶ台に突っ伏しているゆき子の前に、丼を置いた。
 冷蔵庫の余り物で即興で作った賄い飯だ。

「……なにこれ? ハンバーグ?」

 ゆき子がふらふらと顔を上げる。
 丼の中には、白米の上にレタスとトマト、そして大きなハンバーグが乗っている。
 さらに、半熟の目玉焼きと、特製のデミグラスソースがかかっていた。
 ハワイのソウルフード、『ロコモコ丼』だ。

「ダイエット中なんだろ? それは『豆腐ハンバーグ』だ」

 俺は解説した。
 肉の代わりに、しっかりと水切りした木綿豆腐と、少量の鶏ひき肉を使っている。
 つなぎにはパン粉の代わりにオートミールを使用し、食物繊維も豊富だ。
 カロリーは通常のハンバーグの半分以下だが、ボリューム感は損なわせていない。

「マジ!? ヘルシーじゃん!」

 ゆき子の目が輝く。
 彼女はスプーンを掴み、震える手でハンバーグを割った。
 ふわりと湯気が立ち上る。

「いっただきまーす!」

 ガツッ、とスプーンですくい、口に放り込む。

「ん~~~ッ!!」

 一口食べた瞬間、ゆき子が目を見開いて絶叫した。

「ナニコレ!? めっちゃ美味いんだけど! 豆腐なのに肉汁すごくない!?」

 豆腐ハンバーグの欠点であるパサつきを、鶏ひき肉の脂と、隠し味のマヨネーズで補っている。
 さらに、中に刻んだレンコンを入れることで、食感にアクセントを加えているのだ。

「ソースもヤバい! 濃厚なのにくどくない! ご飯が進む~!」

 ソースは、ケチャップとウスターソースをベースに、赤ワインとダンジョン産の香草を煮詰めたものだ。
 酸味とコクのバランスが、淡白な豆腐ハンバーグを引き立てる。
 半熟卵の黄身を崩せば、まろやかなコクが加わり、さらに食欲を加速させる。

「はぐ、むぐ……! 美味しい……生き返る……!」

 ゆき子は夢中でスプーンを動かす。
 ジャンクな見た目なのに、体には優しい。
 まさに、現代の女子が求めている「背徳感のないガッツリ飯」だ。

「師匠、これ神! マジ神! コンビニのサラダチキン生活とか馬鹿らしくなるわ!」
「食ったら帰れよ」

 俺は自分の分の丼を食べながら言った。

「ワフッ!(俺のは?)」

 ポチが足元で催促する。
 俺は味付けなしの豆腐ハンバーグを皿に入れてやった。
 ポチはそれを一口で飲み込み、「物足りない」という顔をしている。

「……ふぅ。ごちそうさまでした!」

 あっという間に完食したゆき子が、手を合わせて叫んだ。
 顔色が戻り、肌にツヤが出ている。
 回復早すぎだろ。

「……師匠」
「なんだ」
「アタシ、決めた」

 ゆき子はドンッ、とテーブルを叩いて立ち上がった。
 その瞳は、さっきまでの空腹による虚ろさではなく、確固たる決意に満ちていた。

「アタシ、一生師匠についてく! ダンスもそうだけど、この飯! これが食べられるなら、パシリでも何でもやるし!」
「……は?」
「胃袋掴まれたわー。責任取ってよね、師匠♡」

 ゆき子はウィンクをして、勝手に冷蔵庫を開けた。
 中から炭酸水を取り出し、ラッパ飲みする。

「ぷはーっ! 最高! ……あ、このアパート、空き部屋ある?」
「ない。満室だ」
「ちぇー。じゃあ、ここに住むしかないかー」
「なんでそうなる」

 俺の制止も聞かず、ゆき子は部屋の隅に自分のバッグを置いた。
 ポチが「新しい遊び相手か?」と尻尾を振って近づいていく。
 ゆき子はポチの頭を撫で回し、「かわいー! あんたも師匠のペット? 名前は?」と早くも馴染んでいる。

 俺は頭を抱えた。
 すずに続いて、また一人。
 俺の食卓を脅かす、騒がしい居候が増えてしまったようだ。

「……俺の平穏は、どこにあるんだ」

 俺の悲痛な叫びは、ギャルと幼獣の楽しげな声にかき消された。
 こうして、B級探索者・山本ゆき子による「強引な弟子入り」が確定した。
 彼女の持ち込む騒音とトラブル、そして底なしの食欲が、俺の生活をさらに圧迫することになるのは、火を見るよりも明らかだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

俺の伯爵家大掃除

satomi
ファンタジー
伯爵夫人が亡くなり、後妻が連れ子を連れて伯爵家に来た。俺、コーは連れ子も可愛い弟として受け入れていた。しかし、伯爵が亡くなると後妻が大きい顔をするようになった。さらに俺も虐げられるようになったし、可愛がっていた連れ子すら大きな顔をするようになった。 弟は本当に俺と血がつながっているのだろうか?など、学園で同学年にいらっしゃる殿下に相談してみると… というお話です。

覚悟は良いですか、お父様? ―虐げられた娘はお家乗っ取りを企んだ婿の父とその愛人の娘である異母妹をまとめて追い出す―

Erin
恋愛
【完結済・全3話】伯爵令嬢のカメリアは母が死んだ直後に、父が屋敷に連れ込んだ愛人とその子に虐げられていた。その挙句、カメリアが十六歳の成人後に継ぐ予定の伯爵家から追い出し、伯爵家の血を一滴も引かない異母妹に継がせると言い出す。後を継がないカメリアには嗜虐趣味のある男に嫁がられることになった。絶対に父たちの言いなりになりたくないカメリアは家を出て復讐することにした。7/6に最終話投稿予定。

追放された私の代わりに入った女、三日で国を滅ぼしたらしいですよ?

タマ マコト
ファンタジー
王国直属の宮廷魔導師・セレス・アルトレイン。 白銀の髪に琥珀の瞳を持つ、稀代の天才。 しかし、その才能はあまりに“美しすぎた”。 王妃リディアの嫉妬。 王太子レオンの盲信。 そして、セレスを庇うはずだった上官の沈黙。 「あなたの魔法は冷たい。心がこもっていないわ」 そう言われ、セレスは**『無能』の烙印**を押され、王国から追放される。 彼女はただ一言だけ残した。 「――この国の炎は、三日で尽きるでしょう。」 誰もそれを脅しとは受け取らなかった。 だがそれは、彼女が未来を見通す“預言魔法”の言葉だったのだ。

料理の上手さを見込まれてモフモフ聖獣に育てられた俺は、剣も魔法も使えず、一人ではドラゴンくらいしか倒せないのに、聖女や剣聖たちから溺愛される

向原 行人
ファンタジー
母を早くに亡くし、男だらけの五人兄弟で家事の全てを任されていた長男の俺は、気付いたら異世界に転生していた。 アルフレッドという名の子供になっていたのだが、山奥に一人ぼっち。 普通に考えて、親に捨てられ死を待つだけという、とんでもないハードモード転生だったのだが、偶然通りかかった人の言葉を話す聖獣――白虎が現れ、俺を育ててくれた。 白虎は食べ物の獲り方を教えてくれたので、俺は前世で培った家事の腕を振るい、調理という形で恩を返す。 そんな毎日が十数年続き、俺がもうすぐ十六歳になるという所で、白虎からそろそろ人間の社会で生きる様にと言われてしまった。 剣も魔法も使えない俺は、少しだけ使える聖獣の力と家事能力しか取り柄が無いので、とりあえず異世界の定番である冒険者を目指す事に。 だが、この世界では職業学校を卒業しないと冒険者になれないのだとか。 おまけに聖獣の力を人前で使うと、恐れられて嫌われる……と。 俺は聖獣の力を使わずに、冒険者となる事が出来るのだろうか。 ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

世界最強の賢者、勇者パーティーを追放される~いまさら帰ってこいと言われてももう遅い俺は拾ってくれた最強のお姫様と幸せに過ごす~

aoi
ファンタジー
「なぁ、マギそろそろこのパーティーを抜けてくれないか?」 勇者パーティーに勤めて数年、いきなりパーティーを戦闘ができずに女に守られてばかりだからと追放された賢者マギ。王都で新しい仕事を探すにも勇者パーティーが邪魔をして見つからない。そんな時、とある国のお姫様がマギに声をかけてきて......? お姫様の為に全力を尽くす賢者マギが無双する!?

無能な勇者はいらないと辺境へ追放されたのでチートアイテム【ミストルティン】を使って辺境をゆるりと開拓しようと思います

長尾 隆生
ファンタジー
仕事帰りに怪しげな占い師に『この先不幸に見舞われるが、これを持っていれば幸せになれる』と、小枝を500円で押し売りされた直後、異世界へ召喚されてしまうリュウジ。 しかし勇者として召喚されたのに、彼にはチート能力も何もないことが鑑定によって判明する。 途端に手のひらを返され『無能勇者』というレッテルを貼られずさんな扱いを受けた上に、一方的にリュウジは凶悪な魔物が住む地へ追放されてしまう。 しかしリュウジは知る。あの胡散臭い占い師に押し売りされた小枝が【ミストルティン】という様々なアイテムを吸収し、その力を自由自在に振るうことが可能で、更に経験を積めばレベルアップしてさらなる強力な能力を手に入れることが出来るチートアイテムだったことに。 「ミストルティン。アブソープション!」 『了解しましたマスター。レベルアップして新しいスキルを覚えました』 「やった! これでまた便利になるな」   これはワンコインで押し売りされた小枝を手に異世界へ突然召喚され無能とレッテルを貼られた男が幸せを掴む物語。 ~ワンコインで買った万能アイテムで幸せな人生を目指します~

転移術士の成り上がり

名無し
ファンタジー
 ベテランの転移術士であるシギルは、自分のパーティーをダンジョンから地上に無事帰還させる日々に至上の喜びを得ていた。ところが、あることがきっかけでメンバーから無能の烙印を押され、脱退を迫られる形になる。それがのちに陰謀だと知ったシギルは激怒し、パーティーに対する復讐計画を練って実行に移すことになるのだった。

治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~

大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」  唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。  そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。 「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」 「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」  一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。  これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。 ※小説家になろう様でも連載しております。 2021/02/12日、完結しました。

処理中です...