実力S級の俺、配信切り忘れで「虚無顔でボスを瞬殺する姿」が全国放送されてた件。今さら「ただの荷物持ち」とは言えない 〜定時で帰りたいので、

ken

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第2章:七重奏のヒロイン・カオス編

第17話 万能の魔女

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 金曜日の朝。
 ギャル探索者・山本ゆき子が俺のアパートに強引に居座り始めてから、数日が経過した。

 狭い6畳間には、俺の私物に混じって、派手なファッション誌やコスメ、そして大量のスナック菓子が散乱している。
 ポチは、ゆき子が持ち込んだ豹柄のクッションを気に入り、その上で王様のようにくつろいでいる。

「おっはよー師匠! 今日の朝ごはん何?」

 ジャージ姿のゆき子が、欠伸をしながら起きてきた。
 完全に馴染んでいる。
 俺はため息をつきながらも、キッチンに立っていた。

「今日は手抜きだ。文句言うなよ」

 俺が取り出したのは、皮付きの新鮮なトウモロコシだ。
 朝採れの甘いゴールドラッシュ。
 これをシンプルかつ豪快に調理する。

「『軸つきコーン』だ」

 まずは下処理。皮を一枚だけ残して剥き、ラップで包んで電子レンジで加熱する。
 これで中の水分を閉じ込め、甘みを引き出す。茹でるよりも味が濃くなるのだ。
 数分後、熱々のトウモロコシを取り出し、皮を全て剥く。
 鮮やかな黄色い粒が輝いている。

「ここからが本番だ」

 フライパンにバターを溶かす。
 ジュワッという音と共に、芳醇な香りが広がる。
 そこにトウモロコシを投入し、転がしながら表面に焼き目をつけていく。
 バターが粒の隙間に染み込み、焦げ目がついていく。

 そして、味の決め手。
 醤油、みりん、ザラメを合わせた「特製ダレ」を回し入れる。

 ジューーーーーッ!!

 爆発的な香ばしさ。
 醤油の焦げる匂いと、バターのコク、そしてコーンの甘い香りが混ざり合い、暴力的なまでの食欲を刺激する。
 屋台の焼きトウモロコシを、プロの技術で極限まで高めた香りだ。

「うわ、ヤバ! めっちゃいい匂い!」

 ゆき子が鼻をヒクヒクさせて近づいてくる。
 ポチもクッションから飛び起き、「ワフッ!(寄越せ!)」と足元で跳ねる。

 俺はタレを煮詰めながら、トウモロコシ全体に絡め、最後に強火でカリッと仕上げた。
 串を持ってかぶりつけるよう、持ち手にはアルミホイルを巻く。

「飲み物はこれだ」

 俺が冷蔵庫から出したのは、ガラスのピッチャーに入った毒々しいほど鮮やかな赤色の液体。
 アメリカの粉末ジュース『クールエイド』だ。

「え、クールエイド? 懐かし! てか、色がヤバくない?」
「たまにはこういうジャンクなのもいいだろ。ただし、俺流にアレンジしてある」

 ただ粉を水で溶いただけではない。
 強炭酸水で割り、さらにレモン果汁を搾り入れ、クラッシュアイスをたっぷりと入れている。
 甘ったるいだけのジュースが、キリッとした大人の炭酸飲料に生まれ変わる。

「はい、朝飯だ」

 皿に乗せた熱々の軸つきコーンと、キンキンに冷えたクールエイド。
 アメリカの夏休みのような組み合わせだ。

「いっただきまーす!」

 ゆき子がコーンにかぶりつく。
 ガブッ。

「ん~~~っ! 甘っ! じゅわっとしてる!」

 プチプチと弾けるコーンの粒から、甘い果汁が溢れ出す。
 そこに焦がし醤油バターの塩気とコクが絡み合い、麻薬的な美味さを醸し出す。
 口の周りをタレで汚しながら、ゆき子は夢中で齧り付いている。

「そこでクールエイドだ」

 ゆき子が赤い炭酸を流し込む。
 シュワシュワとした刺激と、人工的だがどこか懐かしいチェリーの香りが、コーンの濃厚な後味を洗い流す。

「ぷはーっ! 最高! 縁日みたい!」
「ガウガウ!(俺も食う!)」

 ポチにも一本与えると、器用に前足で押さえて粒を齧り取っている。

 騒がしいが、まあ悪くない朝だ。
 俺も自分の分を平らげ、指についたタレを舐めた。
 さて、腹ごしらえも済んだし、仕事に行くか。

 身支度を整え、俺はアパートの階段を降りた。
 ゆき子は「今日はオフだから二度寝する~」と部屋に残っている。
 ポチは俺の肩の上だ。

 エントランスを出て、通りに出ようとした時だった。
 目の前に、異質な存在が立ちはだかっていた。

 白衣。
 ボロアパートの前には似つかわしくない、純白の実験用白衣を羽織った女性。
 インナーはカチッとしたシャツにスラックス。
 首からはIDカードをぶら下げ、片手にはタブレット端末を持っている。

 年齢は20代半ばだろうか。
 ベリーショートの黒髪が、知的な顔立ちを際立たせている。
 眼鏡の奥にある瞳は、爬虫類のように冷たく、それでいて獲物を狙う狩人のように鋭く光っていた。

「……鈴木悠作さんですね」

 彼女は俺の顔を見ると、感情の籠もらない声で言った。
 挨拶もなし。いきなりの確認だ。

「……そうだが。あんたは?」
「確認しました。生体認証、一致。魔力波形、照合完了」

 彼女は俺の質問を無視して、タブレットを操作し始めた。
 ブツブツと独り言を呟いている。

「骨格筋の分布、異常なし。しかし、体表面の魔力伝導率が通常の探索者の0.01%以下……。興味深い。実に興味深いです」
「おい、無視するな。何の用だ」

 俺が少し声を強めると、彼女はようやく顔を上げた。
 そして、無表情のまま眼鏡の位置を直す。

「失礼しました。私は中村瞳。国立魔法大学・魔導研究室に所属する特任准教授、兼A級探索者です」
「大学の先生? それが俺に何用だ」
「単刀直入に言います」

 瞳は俺の目の前に歩み寄り、至近距離で指を突きつけた。

「貴方の身体データを提出してください。血液、唾液、毛髪、そして24時間の行動ログ。すべてです」
「……は?」
「拒否権はありません。これは人類の魔法学の発展のため、ひいては世界の真理を解明するための崇高な義務なのですから」

 頭がおかしいのが来た。
 俺の直感がそう告げていた。
 すずやゆき子とはベクトルが違う。これは「話が通じない」タイプだ。

「……お断りだ。俺はモルモットじゃない」
「モルモット? いえ、貴方はそれ以上に貴重な『特異点』です」

 瞳は食い下がるどころか、さらに目を輝かせて一歩踏み込んでくる。

「先日拡散された動画、拝見しました。ミノタウロス・ジェネラルを一撃で解体する剣技。……あれは、物理法則と魔力理論の両方を無視しています」
「はあ……」
「通常、あの質量の物体を切断するには、相応の運動エネルギーか、高密度の魔力強化が必要です。しかし、貴方の動きにはそのどちらも観測されなかった。計算が合わないのです。数式が成立しないのです!」

 彼女は興奮して早口になった。
 頬が紅潮し、眼鏡が曇る。

「私の試算では、貴方の動きは『空気抵抗ゼロ』かつ『摩擦係数マイナス』というあり得ない条件下でのみ成立します。そんなことが現実に可能なのか? もし可能なら、既存の物理学は根底から覆る! ……ああ、知りたい。貴方の中身を、細胞の一つ一つまで分解して調べ尽くしたい!」

 怖い。
 純粋な知的好奇心が暴走している。
 このままでは、本当に解剖されかねない。
 俺はポチを抱え直し、逃走を図ることにした。
 相手にするだけ時間の無駄だ。

「……悪いが急いでるんでな」

 俺は瞳の横をすり抜けようと、右へステップを踏んだ。

 その瞬間。

「……逃がしませんよ」

 瞳が小さく呟き、タブレットをタップした。

 カシャン。

 俺の足元の空間に、光る幾何学模様が浮かび上がった。
 魔法陣だ。
 そこから見えない鎖のような重力が発生し、俺の足に絡みつく。

「なっ……『重力結界』!?」

 俺は驚愕した。
 これは上級魔導士しか使えない拘束魔法だ。しかも、詠唱なしで発動させたのか?

「私の固有スキル『解析眼』は、対象の筋収縮と視線の動きから、数秒先の行動を予測することができます」

 瞳が冷淡に解説する。

「貴方が右足に重心を移し、逃走しようとする予備動作……その0.5秒前に、進行方向に結界を展開しました。無駄です。私の計算からは逃げられません」

 理詰めだ。
 直感や反射神経ではなく、すべてを計算と予測で封殺するスタイル。
 相性が最悪だ。

「くっ、五右衛門!」
『へいよ!』

 俺は背中の風呂敷に合図を送る。
 五右衛門が布を伸ばし、俺の体を引っ張り上げようとするが、重力結界の出力が高すぎて動けない。

「あら、その風呂敷……自律型魔導具ですか? 構造が古いですね。AIの思考パターンも単純です」
『なんだとコラァ! メガわんこ! 表出ろヤンス!』
「うるさい布ですね。遮音結界、展開」

 瞳が指を振ると、五右衛門の周りに透明な壁が出現し、罵声が聞こえなくなった。
 手際が良すぎる。

「……おい、そこまでやるか? 俺はただの一般市民だぞ」
「一般市民はミノタウロスを瞬殺しませんし、フェンリルを肩に乗せて歩きません」

 瞳は俺の肩に乗っているポチを指差した。

「その個体……魔力波長からして『王種』のフェンリルですね。市場価値は国家予算並み。それをペット扱いしている時点で、貴方は研究対象として十分すぎるほど異常です」
「ワフゥ……(なんかムカつく)」

 ポチが不快そうに唸り、瞳に向かって牙を剥いた。
 しかし、瞳は動じない。

「威嚇行動を確認。……ふむ、咬合力の測定も必要ですね。あとで私の腕を噛ませてデータを取ります」
「腕を噛ませる? 正気か?」
「腕の一本くらい、再生魔法で治せますから。データの方が重要です」

 狂っている。
 マッドサイエンティストだ。
 俺は重力に縛られたまま、天を仰いだ。

「さて、鈴木さん。観念してください。貴方の生活、食事、排泄、睡眠……すべてを記録させていただきます」

 瞳が一歩近づく。
 その眼鏡の奥の瞳は、絶対に獲物を逃がさないという確固たる意志に満ちていた。

「……一番面倒くさいのが来た」

 俺の独り言は、重力結界の中に虚しく消えた。
 ゆき子の襲来で終わったと思っていた俺の災難は、まだ序の口だったらしい。
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