30 / 43
第3章:S級昇格・ライバル対決編
第30話 開戦前夜ならぬ開戦当日の憂鬱
しおりを挟む
日曜日。決戦の朝。
S級昇格試験の当日だというのに、俺、鈴木悠作はアパートのキッチンで、甘い香りに包まれていた。
「……仕込みは完璧だ」
冷蔵庫から取り出したのは、バットに並べられた厚切りのバゲット。
昨夜のうちに、卵、牛乳、生クリーム、砂糖、そして風味付けのバニラエッセンスと少量のラム酒を混ぜ合わせた「アパレイユ」に浸しておいたものだ。
一晩じっくりと寝かせたことで、バゲットの中心部まで黄金色の液が染み込み、ずっしりと重くなっている。
パンというよりは、もはやプリンに近い状態だ。
「今日は長丁場になる。糖分補給は必須だ」
俺はフライパンを弱火にかける。
ここでのポイントは、焦らずじっくりと火を通すことだ。
バターを溶かし、泡が細かくなってきたところに、バゲットを静かに置く。
ジュワァ……。
控えめな音と共に、バターとバニラの芳醇な香りが立ち上る。
蓋をして蒸し焼きにする。こうすることで、中までふっくらと火が通り、スフレのような食感になる。
片面がきつね色になったら裏返す。
さらにバターを追加入し、表面をカリッとキャラメリゼさせるように焼き上げる。
焼き上がるのを待つ間に、ドリンクを用意する。
これから「雷帝」とかいう暑苦しい男と顔を合わせるのだ。気分だけでも爽やかにいきたい。
グラスに、たっぷりのフレッシュミントとライムのくし切りを入れる。
そこにきび砂糖を加え、ペストルで優しく潰す。
力を入れすぎてはいけない。ミントの苦味が出ないよう、香りだけを引き出すように。
クラッシュアイスを山盛りにし、ソーダを注ぐ。
本来ならホワイトラムを入れるところだが、試験前なのでノンアルコールだ。
『ヴァージン・モヒート』。
ミントのグリーンとライムのイエローが、目にも涼しい一杯。
「……よし、焼けた」
俺は熱々のフレンチトーストを皿に盛り付けた。
表面はカリッカリ、中はトロトロ。
仕上げに粉糖を振りかけ、メープルシロップをたっぷりとかける。
さらに、酸味のアクセントとしてイチゴとブルーベリーを添える。
「いただきます」
ナイフを入れる。
サクッ、という音の直後に、抵抗なく沈んでいく柔らかさ。
口に運ぶと、バターの塩気とシロップの甘み、そして卵の濃厚なコクが渾然一体となって広がる。
「……美味い」
咀嚼する必要すらない。舌の上で溶けていく。
そこにモヒートを流し込む。
ミントの清涼感とライムの酸味が、口の中の甘さを洗い流し、鮮烈なリフレッシュ感を与えてくれる。
濃厚な甘さと、突き抜ける爽快感。
完璧な朝のスタートだ。
「ワフッ!(俺にもよこせ!)」
足元でポチが騒いでいる。
俺はシロップ控えめの端っこを切り分けてやった。
ポチはそれを一瞬で吸い込み、「もっと!」と尻尾を振る。
平和だ。
このまま一日中、ここでポチとダラダラしていたい。
だが、現実は非情だ。
ピンポーン。
先日しずかが鋼鉄プレートで補強修理した、要塞のような玄関ドアのチャイムが鳴った。
お迎えの時間だ。
「悠作さーん! お迎えに上がりましたー! 遅刻しますよー!」
すずの声だ。
俺は最後の一切れを口に放り込み、ため息をついて立ち上がった。
行きたくない。
だが、行かねば借金も返せないし、この平穏も守れない。
「……行くか、ポチ」
「ワフン!(散歩か!?)」
俺は作業着の上着を羽織り、腰に安物のナイフを差した。
背中には五右衛門。
完全装備で、俺は戦場へと向かった。
探索者協会本部、第3演習場。
最大収容人数5万人を誇る巨大なドーム型アリーナは、異常な熱気に包まれていた。
本来、昇格試験は関係者のみで行われる厳粛なものだ。
だが今回は違う。
「パジャマの英雄」こと鈴木悠作と、「帰ってきた雷帝」ジーク・ヴァイスの激突。
この世紀のカードを見逃すまいと、マスコミ各社や一般の観覧希望者が殺到し、チケットは即日完売。
闇チケットが高値で取引されるほどの騒ぎになっていた。
「……人、多すぎだろ」
選手入場口の袖で、俺は客席を見上げてげんなりした。
フラッシュの嵐。怒号のような歓声。
俺は静かに暮らしたいだけなのに、どうしてこうなった。
「あら、悠作様。緊張なさっています?」
横から声をかけてきたのは、加藤茜だ。
彼女は首から「運営スタッフ」のパスを下げ、手には分厚い札束(売上金)が入ったポーチを抱えている。
「茜……お前、ここで何してるんだ」
「商売ですわ。この『S級昇格試験・特別観覧席』のチケット販売と、グッズ販売の元締めをさせていただいております」
「……また勝手なことを」
「悠作様の人気は凄まじいですわよ? 『パジャマおじさんタオル』と『虚無顔アイマスク』が飛ぶように売れております」
勝手にグッズ化するな。肖像権の侵害だ。
茜はホクホク顔で客席の一角を指差した。
「あちらが、皆様のお席ですわ」
最前列のVIP席。
そこに、見慣れた顔ぶれが並んでいた。
高橋すずは「悠作さん頑張ってー!」と書かれた手作り団扇を振っている。
山本ゆき子は「師匠ー! ぶちかませー!」とメガホンで叫んでいる。
中村瞳は双眼鏡とタブレットを構え、データ収集の準備に余念がない。
山田しずかは腕を組み、仁王像のように鎮座している。
そして伊藤みのりは、運営側の席で頭を抱えている。
ポチも「介助犬」という名目で、すずの隣にちょこんと座っている。
首には「応援団長」というタスキがかけられていた。
「……やりづらい」
俺が天を仰いでいると、会場の照明が一斉に落ちた。
ドォォォォン!!
重低音が響き渡り、アリーナの中央にスポットライトが集中する。
「Ladies and Gentlemen!!」
アナウンサーの絶叫と共に、天井から稲妻が落ちた。
バリバリバリッ!!
青白い閃光の中から、一人の男が姿を現す。
金髪を逆立て、全身を最新鋭の魔導アーマーで固めた男。
背中には雷神の太鼓のようなリングを背負い、手にはスパークを纏った長剣『雷切』。
S級探索者、ジーク・ヴァイスだ。
「待たせたな、日本の諸君!」
ジークが手を掲げると、会場が揺れるほどの歓声が上がった。
ド派手な演出。過剰な自己主張。
俺とは対極にいる人種だ。
「本日の試験官を務める、雷帝ジークだ。……さて」
ジークはマイクを握り、ニヤリと笑った。
「本来なら、ここで基礎体力測定や筆記試験を行う予定だったが……そんなもん、退屈だよな?」
会場が「おおお?」とどよめく。
「俺がルールだ。面倒な前座は全てキャンセルする! 俺が見たいのは、コイツの実力だけだ!」
ジークが俺の方を指差した。
スポットライトが俺に当たる。
眩しい。
「試験内容はただ一つ! 俺と戦って、3分間立っていられたら合格! シンプルでいいだろ?」
会場が爆発した。
S級同士(片方はF級だが)のガチンコバトル。
観客が求めていた展開そのものだ。
「……はぁ」
俺は深いため息をついた。
筆記試験のために徹夜した努力はどうなる。
それに、3分間もあの雷男の相手をするなんて、面倒くさいにも程がある。
「……帰っていいか?」
俺はボソリと呟き、踵を返そうとした。
試験放棄。不合格で構わない。
こんな茶番に付き合っていられるか。
だが、その退路を塞ぐように、茜が笑顔で立ちはだかった。
「お待ちなさい、悠作様」
「どけ、茜。俺は帰る」
「逃げるのは構いませんが……その場合、契約不履行となりますわよ?」
茜がスマホの画面を見せてきた。
そこには、みのりからのメッセージが表示されていた。
『逃げたら借金一括返済よ』
「……は?」
「今回の試験は、多額の放映権料とスポンサー契約が絡んでおります。もし悠作様が逃亡してイベントが中止になった場合、その損害賠償は全て悠作様に……。試算しますと、今の借金の3倍にはなりますわね」
「さ、3倍……!?」
3000万円。
俺の脳裏に、一生ダンジョンで馬車馬のように働き続ける未来予想図が浮かんだ。
定時退社? 夢のまた夢だ。
「……くっ」
逃げ道はない。
やるしかない。
俺は覚悟を決めて、アリーナの中央へと歩き出した。
アリーナの中央。
ジークと対峙する。
距離は10メートル。
「へっ、逃げずに来たか。偉いぞ、おっさん」
ジークが嘲笑う。
間近で見ると、その装備の豪華さがよくわかる。
全身を覆うアーマーは、ミスリルとオリハルコンの合金製。
剣は魔力を増幅する魔石が埋め込まれた特注品。
全身これ、金と技術の塊だ。
対する俺は、ヨレヨレの作業着に、腰のベルトに差した錆びかけたナイフ一本。
そして背中には風呂敷。
あまりの装備差に、観客席から失笑が漏れる。
「ハンデはやらねえぞ? 死にたくなければ本気で来い」
「……さっさと始めろ。俺は忙しいんだ」
俺はナイフを抜いた。
刃渡り15センチ。野菜を切るにも頼りない、ただの鉄の板。
だが、俺にとってはこれで十分だ。
「強がりもそこまでだ。……行くぜ!」
ジークが構える。
全身から放電される魔力が、空気を焦がす。
パチパチという音が、マイクを通して会場全体に響き渡る。
審判の協会職員が、震える手で開始の合図となるブザーのスイッチに指をかけた。
会場のボルテージが最高潮に達する。
すずたちが固唾を呑んで見守る。
ポチが「やっちまえ!」と吠える。
そして。
ブォォォォォォン!!
試合開始のブザーが、高らかに鳴り響いた。
同時に、ジークの姿が雷光と共に消えた。
高速移動。
瞬きする間に間合いを詰め、必殺の一撃を放つ構え。
だが、俺には見えていた。
その軌道も、タイミングも、そして「隙」も。
「……うるさい奴だ」
俺は静かに、最初の一歩を踏み出した。
開戦。
俺のS級への昇格をかけた、最後の戦いが始まった。
S級昇格試験の当日だというのに、俺、鈴木悠作はアパートのキッチンで、甘い香りに包まれていた。
「……仕込みは完璧だ」
冷蔵庫から取り出したのは、バットに並べられた厚切りのバゲット。
昨夜のうちに、卵、牛乳、生クリーム、砂糖、そして風味付けのバニラエッセンスと少量のラム酒を混ぜ合わせた「アパレイユ」に浸しておいたものだ。
一晩じっくりと寝かせたことで、バゲットの中心部まで黄金色の液が染み込み、ずっしりと重くなっている。
パンというよりは、もはやプリンに近い状態だ。
「今日は長丁場になる。糖分補給は必須だ」
俺はフライパンを弱火にかける。
ここでのポイントは、焦らずじっくりと火を通すことだ。
バターを溶かし、泡が細かくなってきたところに、バゲットを静かに置く。
ジュワァ……。
控えめな音と共に、バターとバニラの芳醇な香りが立ち上る。
蓋をして蒸し焼きにする。こうすることで、中までふっくらと火が通り、スフレのような食感になる。
片面がきつね色になったら裏返す。
さらにバターを追加入し、表面をカリッとキャラメリゼさせるように焼き上げる。
焼き上がるのを待つ間に、ドリンクを用意する。
これから「雷帝」とかいう暑苦しい男と顔を合わせるのだ。気分だけでも爽やかにいきたい。
グラスに、たっぷりのフレッシュミントとライムのくし切りを入れる。
そこにきび砂糖を加え、ペストルで優しく潰す。
力を入れすぎてはいけない。ミントの苦味が出ないよう、香りだけを引き出すように。
クラッシュアイスを山盛りにし、ソーダを注ぐ。
本来ならホワイトラムを入れるところだが、試験前なのでノンアルコールだ。
『ヴァージン・モヒート』。
ミントのグリーンとライムのイエローが、目にも涼しい一杯。
「……よし、焼けた」
俺は熱々のフレンチトーストを皿に盛り付けた。
表面はカリッカリ、中はトロトロ。
仕上げに粉糖を振りかけ、メープルシロップをたっぷりとかける。
さらに、酸味のアクセントとしてイチゴとブルーベリーを添える。
「いただきます」
ナイフを入れる。
サクッ、という音の直後に、抵抗なく沈んでいく柔らかさ。
口に運ぶと、バターの塩気とシロップの甘み、そして卵の濃厚なコクが渾然一体となって広がる。
「……美味い」
咀嚼する必要すらない。舌の上で溶けていく。
そこにモヒートを流し込む。
ミントの清涼感とライムの酸味が、口の中の甘さを洗い流し、鮮烈なリフレッシュ感を与えてくれる。
濃厚な甘さと、突き抜ける爽快感。
完璧な朝のスタートだ。
「ワフッ!(俺にもよこせ!)」
足元でポチが騒いでいる。
俺はシロップ控えめの端っこを切り分けてやった。
ポチはそれを一瞬で吸い込み、「もっと!」と尻尾を振る。
平和だ。
このまま一日中、ここでポチとダラダラしていたい。
だが、現実は非情だ。
ピンポーン。
先日しずかが鋼鉄プレートで補強修理した、要塞のような玄関ドアのチャイムが鳴った。
お迎えの時間だ。
「悠作さーん! お迎えに上がりましたー! 遅刻しますよー!」
すずの声だ。
俺は最後の一切れを口に放り込み、ため息をついて立ち上がった。
行きたくない。
だが、行かねば借金も返せないし、この平穏も守れない。
「……行くか、ポチ」
「ワフン!(散歩か!?)」
俺は作業着の上着を羽織り、腰に安物のナイフを差した。
背中には五右衛門。
完全装備で、俺は戦場へと向かった。
探索者協会本部、第3演習場。
最大収容人数5万人を誇る巨大なドーム型アリーナは、異常な熱気に包まれていた。
本来、昇格試験は関係者のみで行われる厳粛なものだ。
だが今回は違う。
「パジャマの英雄」こと鈴木悠作と、「帰ってきた雷帝」ジーク・ヴァイスの激突。
この世紀のカードを見逃すまいと、マスコミ各社や一般の観覧希望者が殺到し、チケットは即日完売。
闇チケットが高値で取引されるほどの騒ぎになっていた。
「……人、多すぎだろ」
選手入場口の袖で、俺は客席を見上げてげんなりした。
フラッシュの嵐。怒号のような歓声。
俺は静かに暮らしたいだけなのに、どうしてこうなった。
「あら、悠作様。緊張なさっています?」
横から声をかけてきたのは、加藤茜だ。
彼女は首から「運営スタッフ」のパスを下げ、手には分厚い札束(売上金)が入ったポーチを抱えている。
「茜……お前、ここで何してるんだ」
「商売ですわ。この『S級昇格試験・特別観覧席』のチケット販売と、グッズ販売の元締めをさせていただいております」
「……また勝手なことを」
「悠作様の人気は凄まじいですわよ? 『パジャマおじさんタオル』と『虚無顔アイマスク』が飛ぶように売れております」
勝手にグッズ化するな。肖像権の侵害だ。
茜はホクホク顔で客席の一角を指差した。
「あちらが、皆様のお席ですわ」
最前列のVIP席。
そこに、見慣れた顔ぶれが並んでいた。
高橋すずは「悠作さん頑張ってー!」と書かれた手作り団扇を振っている。
山本ゆき子は「師匠ー! ぶちかませー!」とメガホンで叫んでいる。
中村瞳は双眼鏡とタブレットを構え、データ収集の準備に余念がない。
山田しずかは腕を組み、仁王像のように鎮座している。
そして伊藤みのりは、運営側の席で頭を抱えている。
ポチも「介助犬」という名目で、すずの隣にちょこんと座っている。
首には「応援団長」というタスキがかけられていた。
「……やりづらい」
俺が天を仰いでいると、会場の照明が一斉に落ちた。
ドォォォォン!!
重低音が響き渡り、アリーナの中央にスポットライトが集中する。
「Ladies and Gentlemen!!」
アナウンサーの絶叫と共に、天井から稲妻が落ちた。
バリバリバリッ!!
青白い閃光の中から、一人の男が姿を現す。
金髪を逆立て、全身を最新鋭の魔導アーマーで固めた男。
背中には雷神の太鼓のようなリングを背負い、手にはスパークを纏った長剣『雷切』。
S級探索者、ジーク・ヴァイスだ。
「待たせたな、日本の諸君!」
ジークが手を掲げると、会場が揺れるほどの歓声が上がった。
ド派手な演出。過剰な自己主張。
俺とは対極にいる人種だ。
「本日の試験官を務める、雷帝ジークだ。……さて」
ジークはマイクを握り、ニヤリと笑った。
「本来なら、ここで基礎体力測定や筆記試験を行う予定だったが……そんなもん、退屈だよな?」
会場が「おおお?」とどよめく。
「俺がルールだ。面倒な前座は全てキャンセルする! 俺が見たいのは、コイツの実力だけだ!」
ジークが俺の方を指差した。
スポットライトが俺に当たる。
眩しい。
「試験内容はただ一つ! 俺と戦って、3分間立っていられたら合格! シンプルでいいだろ?」
会場が爆発した。
S級同士(片方はF級だが)のガチンコバトル。
観客が求めていた展開そのものだ。
「……はぁ」
俺は深いため息をついた。
筆記試験のために徹夜した努力はどうなる。
それに、3分間もあの雷男の相手をするなんて、面倒くさいにも程がある。
「……帰っていいか?」
俺はボソリと呟き、踵を返そうとした。
試験放棄。不合格で構わない。
こんな茶番に付き合っていられるか。
だが、その退路を塞ぐように、茜が笑顔で立ちはだかった。
「お待ちなさい、悠作様」
「どけ、茜。俺は帰る」
「逃げるのは構いませんが……その場合、契約不履行となりますわよ?」
茜がスマホの画面を見せてきた。
そこには、みのりからのメッセージが表示されていた。
『逃げたら借金一括返済よ』
「……は?」
「今回の試験は、多額の放映権料とスポンサー契約が絡んでおります。もし悠作様が逃亡してイベントが中止になった場合、その損害賠償は全て悠作様に……。試算しますと、今の借金の3倍にはなりますわね」
「さ、3倍……!?」
3000万円。
俺の脳裏に、一生ダンジョンで馬車馬のように働き続ける未来予想図が浮かんだ。
定時退社? 夢のまた夢だ。
「……くっ」
逃げ道はない。
やるしかない。
俺は覚悟を決めて、アリーナの中央へと歩き出した。
アリーナの中央。
ジークと対峙する。
距離は10メートル。
「へっ、逃げずに来たか。偉いぞ、おっさん」
ジークが嘲笑う。
間近で見ると、その装備の豪華さがよくわかる。
全身を覆うアーマーは、ミスリルとオリハルコンの合金製。
剣は魔力を増幅する魔石が埋め込まれた特注品。
全身これ、金と技術の塊だ。
対する俺は、ヨレヨレの作業着に、腰のベルトに差した錆びかけたナイフ一本。
そして背中には風呂敷。
あまりの装備差に、観客席から失笑が漏れる。
「ハンデはやらねえぞ? 死にたくなければ本気で来い」
「……さっさと始めろ。俺は忙しいんだ」
俺はナイフを抜いた。
刃渡り15センチ。野菜を切るにも頼りない、ただの鉄の板。
だが、俺にとってはこれで十分だ。
「強がりもそこまでだ。……行くぜ!」
ジークが構える。
全身から放電される魔力が、空気を焦がす。
パチパチという音が、マイクを通して会場全体に響き渡る。
審判の協会職員が、震える手で開始の合図となるブザーのスイッチに指をかけた。
会場のボルテージが最高潮に達する。
すずたちが固唾を呑んで見守る。
ポチが「やっちまえ!」と吠える。
そして。
ブォォォォォォン!!
試合開始のブザーが、高らかに鳴り響いた。
同時に、ジークの姿が雷光と共に消えた。
高速移動。
瞬きする間に間合いを詰め、必殺の一撃を放つ構え。
だが、俺には見えていた。
その軌道も、タイミングも、そして「隙」も。
「……うるさい奴だ」
俺は静かに、最初の一歩を踏み出した。
開戦。
俺のS級への昇格をかけた、最後の戦いが始まった。
24
あなたにおすすめの小説
俺の伯爵家大掃除
satomi
ファンタジー
伯爵夫人が亡くなり、後妻が連れ子を連れて伯爵家に来た。俺、コーは連れ子も可愛い弟として受け入れていた。しかし、伯爵が亡くなると後妻が大きい顔をするようになった。さらに俺も虐げられるようになったし、可愛がっていた連れ子すら大きな顔をするようになった。
弟は本当に俺と血がつながっているのだろうか?など、学園で同学年にいらっしゃる殿下に相談してみると…
というお話です。
覚悟は良いですか、お父様? ―虐げられた娘はお家乗っ取りを企んだ婿の父とその愛人の娘である異母妹をまとめて追い出す―
Erin
恋愛
【完結済・全3話】伯爵令嬢のカメリアは母が死んだ直後に、父が屋敷に連れ込んだ愛人とその子に虐げられていた。その挙句、カメリアが十六歳の成人後に継ぐ予定の伯爵家から追い出し、伯爵家の血を一滴も引かない異母妹に継がせると言い出す。後を継がないカメリアには嗜虐趣味のある男に嫁がられることになった。絶対に父たちの言いなりになりたくないカメリアは家を出て復讐することにした。7/6に最終話投稿予定。
追放された私の代わりに入った女、三日で国を滅ぼしたらしいですよ?
タマ マコト
ファンタジー
王国直属の宮廷魔導師・セレス・アルトレイン。
白銀の髪に琥珀の瞳を持つ、稀代の天才。
しかし、その才能はあまりに“美しすぎた”。
王妃リディアの嫉妬。
王太子レオンの盲信。
そして、セレスを庇うはずだった上官の沈黙。
「あなたの魔法は冷たい。心がこもっていないわ」
そう言われ、セレスは**『無能』の烙印**を押され、王国から追放される。
彼女はただ一言だけ残した。
「――この国の炎は、三日で尽きるでしょう。」
誰もそれを脅しとは受け取らなかった。
だがそれは、彼女が未来を見通す“預言魔法”の言葉だったのだ。
料理の上手さを見込まれてモフモフ聖獣に育てられた俺は、剣も魔法も使えず、一人ではドラゴンくらいしか倒せないのに、聖女や剣聖たちから溺愛される
向原 行人
ファンタジー
母を早くに亡くし、男だらけの五人兄弟で家事の全てを任されていた長男の俺は、気付いたら異世界に転生していた。
アルフレッドという名の子供になっていたのだが、山奥に一人ぼっち。
普通に考えて、親に捨てられ死を待つだけという、とんでもないハードモード転生だったのだが、偶然通りかかった人の言葉を話す聖獣――白虎が現れ、俺を育ててくれた。
白虎は食べ物の獲り方を教えてくれたので、俺は前世で培った家事の腕を振るい、調理という形で恩を返す。
そんな毎日が十数年続き、俺がもうすぐ十六歳になるという所で、白虎からそろそろ人間の社会で生きる様にと言われてしまった。
剣も魔法も使えない俺は、少しだけ使える聖獣の力と家事能力しか取り柄が無いので、とりあえず異世界の定番である冒険者を目指す事に。
だが、この世界では職業学校を卒業しないと冒険者になれないのだとか。
おまけに聖獣の力を人前で使うと、恐れられて嫌われる……と。
俺は聖獣の力を使わずに、冒険者となる事が出来るのだろうか。
※第○話:主人公視点
挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点
となります。
世界最強の賢者、勇者パーティーを追放される~いまさら帰ってこいと言われてももう遅い俺は拾ってくれた最強のお姫様と幸せに過ごす~
aoi
ファンタジー
「なぁ、マギそろそろこのパーティーを抜けてくれないか?」
勇者パーティーに勤めて数年、いきなりパーティーを戦闘ができずに女に守られてばかりだからと追放された賢者マギ。王都で新しい仕事を探すにも勇者パーティーが邪魔をして見つからない。そんな時、とある国のお姫様がマギに声をかけてきて......?
お姫様の為に全力を尽くす賢者マギが無双する!?
無能な勇者はいらないと辺境へ追放されたのでチートアイテム【ミストルティン】を使って辺境をゆるりと開拓しようと思います
長尾 隆生
ファンタジー
仕事帰りに怪しげな占い師に『この先不幸に見舞われるが、これを持っていれば幸せになれる』と、小枝を500円で押し売りされた直後、異世界へ召喚されてしまうリュウジ。
しかし勇者として召喚されたのに、彼にはチート能力も何もないことが鑑定によって判明する。
途端に手のひらを返され『無能勇者』というレッテルを貼られずさんな扱いを受けた上に、一方的にリュウジは凶悪な魔物が住む地へ追放されてしまう。
しかしリュウジは知る。あの胡散臭い占い師に押し売りされた小枝が【ミストルティン】という様々なアイテムを吸収し、その力を自由自在に振るうことが可能で、更に経験を積めばレベルアップしてさらなる強力な能力を手に入れることが出来るチートアイテムだったことに。
「ミストルティン。アブソープション!」
『了解しましたマスター。レベルアップして新しいスキルを覚えました』
「やった! これでまた便利になるな」
これはワンコインで押し売りされた小枝を手に異世界へ突然召喚され無能とレッテルを貼られた男が幸せを掴む物語。
~ワンコインで買った万能アイテムで幸せな人生を目指します~
転移術士の成り上がり
名無し
ファンタジー
ベテランの転移術士であるシギルは、自分のパーティーをダンジョンから地上に無事帰還させる日々に至上の喜びを得ていた。ところが、あることがきっかけでメンバーから無能の烙印を押され、脱退を迫られる形になる。それがのちに陰謀だと知ったシギルは激怒し、パーティーに対する復讐計画を練って実行に移すことになるのだった。
治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~
大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」
唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。
そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。
「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」
「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」
一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。
これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。
※小説家になろう様でも連載しております。
2021/02/12日、完結しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる