実力S級の俺、配信切り忘れで「虚無顔でボスを瞬殺する姿」が全国放送されてた件。今さら「ただの荷物持ち」とは言えない 〜定時で帰りたいので、

ken

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第3章:S級昇格・ライバル対決編

第35話 S級最初の指名依頼

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 火曜日。
 アパート『ひまわり荘』が、魔女とヤンデレと筋肉の手によって「要塞」へと改造されてから一夜が明けた。

 午前10時。
 俺、鈴木悠作は、リビングのソファーで、ダラダラとテレビを見ていた。

「……平和だ」

 窓の外では、自動迎撃タレットが、カラスを追い払う軽快な作動音を立てている。
 玄関は最新の生体認証ロックで守られ、チャイムを鳴らすセールスマンは五右衛門の威圧スキルで撃退される。

 S級探索者となった俺に課せられた義務。
 それは「世界平和への貢献」でも「ダンジョンの謎解明」でもない。
 いかにして仕事をサボり、定時まで心穏やかに過ごすか。これに尽きる。

「今日は天気もいいし、布団でも干すか……」

 俺が重い腰を上げようとした時だった。

 ピッ。ウィィィン……。

 厳重なセキュリティロックが解除される電子音が響いた。
 この家に入室権限を持つ人間は限られている。
 現れたのは、協会の制服を着崩した、担当職員の伊藤みのりだった。

「おはよ、悠作。……あんた、またダラけてんの?」

 開口一番、呆れたような声が飛んでくる。
 みのりはドサッと鞄をテーブルに置き、冷蔵庫から勝手に麦茶を取り出して飲み干した。

「おい、人の家でくつろぐな」
「いーじゃない。私の労働のおかげで、あんたはこうしてダラダラできてんのよ。……ほら、仕事よ」

 みのりが鞄から取り出したのは、赤枠で囲まれた分厚い封筒だった。
 表紙には『S級指名依頼』の文字。

「……見なかったことにする」
「逃げんな。あんた宛の最初の『指名依頼』よ」

 みのりが俺の目の前に封筒を突きつける。

「依頼主は、国立魔導研究機関と、大手食品メーカーの共同プロジェクト。内容は『深層未踏破エリアにおける、特定生体サンプルの捕獲および回収』よ」
「却下だ。面倒くさい」

 俺は即答した。
 深層? 未踏破エリア?
 そんな場所に行ったら、定時退社どころか残業確定だ。命の危険もある。

「報酬は金貨500枚。成功報酬として、メーカーの新商品一年分」
「金なら茜から借りる。物は間に合ってる」
「はぁ……。やっぱりそう言うと思ったわ」

 みのりはやれやれと肩をすくめ、封筒の中から一枚の写真を取り出した。

「あんたが『首を縦に振らない』時の切り札、ちゃんと用意してあるわよ」
「なんだ? ハニートラップか? 今さら通用しないぞ」

 俺の周りにはすでに、S級美女が飽和状態だ。
 だが、みのりが見せた写真は、美女のグラビアではなかった。

 それは、魔物の盗撮写真だった。

 場所は薄暗い洞窟の奥。
 そこに写っていたのは、全長5メートルはあろうかという巨大な獣。
 長い牙と、全身を覆う茶色い毛。
 一見すれば、ただのマンモスだ。
 だが、俺の目は「ある一点」に釘付けになった。

「……おい、みのり。これは……」
「『エンシェント・マンモス』。深層70階層で目撃された希少種よ。……で、こいつの別名、知ってる?」

 みのりがニヤリと笑う。

「通称、『歩く霜降り肉』」

 ドクン、と俺の心臓が跳ねた。
 写真のマンモスの背中や太腿のあたり。毛の隙間から見える筋肉が、美しい桜色をしており、そこに網の目のようなサシが入っているのが見て取れる。

「文献でしか見たことがない……。氷河期の王者が持つ、極上の脂身。融点が極端に低く、口に入れた瞬間に体温で溶けるという幻の肉……」

 俺は生唾を飲み込んだ。
 市場には絶対に出回らない。S級探索者でも、出会うことすら稀な食材。

「依頼内容は、こいつの『確保』。研究用だから、なるべく傷つけずに持ち帰るのが条件だけど……ま、多少の『損耗』は事故として処理できるわよ?」
「……損耗?」
「ええ。例えば、運搬中に一部の肉が剥がれ落ちちゃったとか、解体しないと運べなかったとか……ね?」

 みのりが悪魔のようなウインクをした。
 コイツ、俺の扱い方を完全にマスターしていやがる。

「……みのり」
「なによ」
「受ける。今すぐ行くぞ」

 俺はソファーから飛び起きた。
 定時退社? 安全第一?
 知ったことか。目の前に「幻の肉」があるなら、取りに行くのが料理人の義務だ。

 作戦会議だ。
 俺たちは早速、アパートのリビングで遠征の計画を立てることにした。

「場所は70階層の寒冷エリア。環境適応装備が必要ね」
「ああ。それと、保存用の大型冷凍庫も要るな」

 真剣な顔で話し合う俺たちの周りに、いつの間にか住人たちが集まってきた。
 暇を持て余したジーク、暇を持て余したゆき子、そして暇を持て余したポチだ。

「師匠! 何の話? どっか行くの?」
「深層へピクニックだ。……ところで、頭を使ったら腹が減ったな」

 肉の写真を見て興奮したせいで、脳が糖分と塩分を欲している。
 俺はキッチンへ向かった。
 難しい話をする前には、手軽につまめるスナックが必要だ。

「ポップコーンを作るぞ」
「えー、ポップコーン? 映画館のやつ?」

 ゆき子が不満そうな声を上げるが、俺のポップコーンを舐めてもらっては困る。
 市販の袋入りとはわけが違う。

 俺は深底の鍋を用意した。
 そこに投入するのは、普通のサラダ油ではない。

 『ギー』だ。

 バターから不純物と水分を取り除いた、純粋な乳脂肪分。香りが段違いに良く、焦げ付きにくい。

「まずはギーに、ポップコーン用の爆裂種コーンを浸す。ここで重要なのは、塩も一緒に入れることだ」

 油に塩を溶かし込むことで、弾けたコーン全体に均一に味がつく。
 さらに、隠し味に微量の『ターメリック』と『パプリカパウダー』を加える。
 これで食欲をそそる黄金色と、奥深い風味が出るのだ。

 蓋をして強火にかける。
 鍋を絶えず揺する。

 ポン、ポン、ポポポポン!!

 軽快な破裂音が響き始める。
 鍋の中でコーンが踊り狂っているのが振動で伝わってくる。
 香ばしい穀物の香りと、濃厚なバターの香りがキッチンから溢れ出す。

「音の間隔が長くなったら、火を止めて余熱で仕上げる」

 ザララァッ!
 ボウルに開けると、黄金色に輝くポップコーンの山が出来上がった。

「仕上げに、追いバターだ」

 溶かしバターを回しかけ、全体をさっくりと混ぜる。
 熱気でバターが染み込み、艶めかしい光沢を放つ。

「飲み物はこれだ」

 俺はミキサーを取り出した。
 スパイシーで塩気の強いポップコーンには、甘酸っぱく濃厚なドリンクが合う。
 ヨーグルト、牛乳、そして完熟マンゴーのピューレ。
 氷と一緒にミキサーにかける。

 ガガガガッ!
 鮮やかなオレンジ色の液体が渦を巻く。

 『特製マンゴーラッシー』の完成だ。

 隠し味にカルダモンを一振り。これで後味が爽やかになる。

「「「いただきます!」」」

 リビングのテーブルに、山盛りのポップコーンと、冷えたラッシーが並んだ。
 ゆき子が一番に手を伸ばす。

「熱っ! ……うまーっ!! 何これ、映画館のと全然違う!」

 サクッ、フワッとした軽い食感。
 噛むとジュワッと広がる濃厚なバターの風味。
 絶妙な塩加減とスパイスの香りが、食べる手を止めさせない。

「手が止まらん……! なんだこの中毒性は!」

 ジークも、S級の高速ハンドでポップコーンを口に放り込んでいる。
 塩っぱくなった口の中に、マンゴーラッシーを流し込む。
 とろりとしたヨーグルトの酸味と、マンゴーの濃厚な甘みが、バターの油分を洗い流し、リセットする。

「……無限機関だ。これ、無限に食えるぞ」
「ポップコーンとラッシー……。意外な組み合わせだけど、合うわね」

 みのりも書類を確認しながら、ポリポリと食べている。
 ポチに至っては、自分用の皿に顔を突っ込んで吸引していた。

「ワフッ!(もっとくれ!)」
「食べ過ぎると太るぞ、ポチ」

 俺はポチの鼻についたポップコーンの殻を取ってやりながら、地図を広げた。

「さて、腹ごしらえも済んだ。作戦開始だ」
「悠作、今回は指名依頼だから、パーティメンバーの登録が必要よ。誰連れてくの?」

 みのりの問いに、俺は部屋を見渡した。

 ポップコーンを貪り食うジーク。
 ラッシーで髭を作っているゆき子。
 そして、五右衛門。

 ……まともなのがいない。

 だが、戦力としては過剰だ。

「全員だ。……ただし」

 俺はジークを指差した。

「お前は荷物持ち見習いだ。俺のサポートをしろ」
「御意! 師匠の背中、学ばせていただきます!」

「ゆき子は囮役だ。持ち前のステップでマンモスを翻弄して、隙を作れ」
「りょ! アタシのダンスで釘付けにするっしょ!」

 軽い。だが、こいつらはやるときはやる。
 俺は最後に、天井に向かって声をかけた。

「五右衛門。家の方はどうだ?」
『へへっ、アパートの管理システムはオートモードにしておいたでヤンス。本体はいつでも出撃可能でヤンスよ!』

 五右衛門が天井からシュルリと剥がれ落ち、俺の背中に収まった。
 頼もしい相棒だ。

「よし。行くぞ」

 俺は立ち上がった。
 目指すは地下70階層。
 極上の霜降り肉が、俺を待っている。

「残業はしない。……定時までに、マンモス肉で焼肉パーティーだ!」

 俺たちの、S級として初めての遠征が始まろうとしていた。
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