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第3章:S級昇格・ライバル対決編
第36話 幻の肉と迷惑な同行者
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東京大迷宮、地下50階層『転移ターミナル』。
ここは深層エリアへの入り口であり、選ばれた上級探索者だけが足を踏み入れることができる、緊張感漂う中継地点だ。
本来であれば、張り詰めた殺気と静寂が支配する場所。
だが、今のこの空間は、まるで休日の原宿のような喧騒に包まれていた。
「ねえねえ師匠! 見てこの氷柱! 超映えるんだけど! 自撮りしよ!」
「……おいゆき子、はしゃぐな。遠足じゃないんだぞ」
俺、鈴木悠作は、頭痛を堪えるようにこめかみを揉んだ。
今回の依頼――『エンシェント・マンモス』の捕獲作戦。
メンバーは、俺と、荷物持ち見習いのジーク、そして冷凍係として高橋すずを加えた三人だけの予定だった。
はずだったのだが。
「鈴木さん、お弁当作ってきたんです! 厚焼き玉子、甘いのと出汁のと両方ありますよ!」
「……すず、何しに来た」
「えっ? もちろん、鈴木さんの護衛……兼、冷凍庫役です! 私の氷魔法なら、鮮度抜群で持ち帰れますから!」
A級筆頭、高橋すずが、重箱を抱えて満面の笑みを浮かべている。完全にピクニック気分だ。
まあ、彼女の氷魔法はこの作戦に不可欠なので良しとする。
「悠作、重心がブレているわ。……この雪道は足腰を鍛えるのに最適ね。私のコンテナ、あと100キロ増やしてもいいかしら?」
「勝手にしろ。ただし俺にぶつかるなよ」
S級ポーター、山田しずかが、雪山登山のような重装備でストレッチをしている。
「……気温マイナス20度。極寒環境における悠作さんの代謝データを収集します。……興奮しますね」
「お前は寒いなら帰れ」
中村瞳が、防寒仕様の白衣を着込んで温度計を振り回している。
「あら、皆様お揃いで。……今回のマンモス、牙と毛皮は私が買い取りますわよ? もちろん、お友達価格で」
「茜……。お前、商売道具持ってこんな深層まで来る気か」
加藤茜が、使い魔たちに大量の空箱を運ばせている。
そして極めつけは、B級探索者にしてダンサーの山本ゆき子だ。
「師匠~! アタシも行く~! 師匠の活躍、一番近くで見たいし!」
「お前、寒いの苦手だろ? ここは氷結エリアだぞ」
「愛があれば平気だし! 情熱で溶かすし!」
ゆき子は露出度の高いギャルファッションの上に、申し訳程度のダウンジャケットを羽織っているだけだ。
さらに物陰からは、純子の「じーっ」という視線も感じる。
「……はぁ」
俺は深くため息をついた。
隣で、防寒スーツを着込んだみのりが、死んだような目をしている。
「なによこれ……。どうなってんのよ」
「知らん。俺が聞きたい」
「あんたねぇ……。これだけのメンツが揃って移動したら、魔物より人間の方が怖がって逃げるわよ。S級の大名行列じゃない」
みのりは「胃薬忘れた……」と呟き、カイロをお腹に貼っている。
ちなみに彼女も「監視役」という名目で同行している。現場までついてくる事務職なんて聞いたことがない。
「まあいい。……肉だ。俺は肉さえ手に入れば、道中の騒音には目を瞑る」
俺は思考を切り替えた。
今回のターゲットは、深層70階層に出現したマンモスだ。
そこへ行くには、この50階層から続く『氷結回廊』を抜けなければならない。
「行くぞ。……定時までに終わらせる」
俺が歩き出すと、ぞろぞろと美女軍団がついてきた。
55階層。
あたり一面が氷に覆われた洞窟。
出現する魔物も、B級以上の強力な個体ばかりだ。
グオオォォォォッ!!
巨大な白熊『アイス・グリズリー』が現れた。
体長3メートル。鋭い爪はダイヤモンドよりも硬いと言われる、階層の主(ヌシ)クラスだ。
「わぁっ! 熊さんです!」
「可愛いですね。サンプルとして捕獲しますか?」
「毛皮の質が良いですわね……金貨20枚といったところかしら」
女性陣に緊張感がない。
グリズリーが怒り狂って突進してくる。
「師匠! 私が!」
ジークが前に出ようとする。
俺はそれを手で制した。
「待て。……あれは俺がやる」
俺はナイフを抜いた。
ただの安物ナイフだが、今の俺には名刀に見えているだろう。
なぜなら、目の前のグリズリーが「敵」ではなく「脂の乗った極上の食材」に見えているからだ。
「冬眠前の熊の脂は、甘くて臭みがない。……鍋に最高だ」
俺は涎を拭い、音もなく駆け出した。
正面からの突進。
熊の爪が振り下ろされる。
――スキル【解体術】・極。
俺は爪の軌道を紙一重で読み切り、懐に飛び込んだ。
斬るのではない。
関節の隙間、筋肉の継ぎ目に、刃を滑り込ませる。
スパパンッ!
一瞬の交差。
俺が背後に抜けると同時に、グリズリーの巨体から力が抜け、ドサリと崩れ落ちた。
首の動脈と脊髄を同時に切断し、かつ皮を剥ぎやすいように背中のラインに切れ込みを入れている。
「……よし。血抜き完了」
俺はナイフの血を振って納めた。
所要時間、3秒。
「「「おお~っ!」」」
後ろから拍手が聞こえる。
「さすが師匠! 熊鍋決定じゃん!」
「見事な捌きです。……勉強になります!」
ジークがメモを取っている。
俺は五右衛門を広げた。
『へへっ、鮮度抜群でヤンスね! 氷漬けにして収納するでヤンス!』
巨大な熊が、風呂敷の中に吸い込まれていく。
道中のボスは、こうして次々と俺たちの糧となっていった。
『フロスト・クラーケン』→ 刺し身用。
『スノー・ボア』→ ぼたん鍋用。
『クリスタル・クラブ』→ 焼きガニ用。
進むにつれて、五右衛門の中身が充実していく。
もはや冒険ではない。ただの買い出しツアーだ。
60階層に到達した頃。
環境はさらに過酷さを増していた。
猛吹雪。視界は白一色となり、体感温度はマイナス30度を下回っている。
「さ、さむぅ……。マジ無理……」
弱音を吐いたのは、ゆき子だった。
彼女の服装は、防寒具を着ているとはいえ、基本が「ギャルファッション」だ。
ミニスカートにルーズソックスという、雪山を舐めたスタイル。
ガチガチと歯を鳴らし、唇が紫色になっている。
「……おい、大丈夫か」
「うぅ……師匠ぉ……。アタシ、南国生まれのパッション系だからさぁ……寒いの苦手なんだよねぇ……」
ゆき子が震えながら俺の袖を掴む。
手袋越しの指先も冷たい。
さっきまでの威勢はどこへやら、完全に戦力外通告レベルだ。
「しょうがないな。……少し休憩するか」
俺は風を避けられる岩陰を見つけ、全員に停止を指示した。
茜が手際よく簡易テントを設営する。
テントの中。
魔導ヒーターをつけても、芯まで冷えた体はすぐには温まらない。
「ゆき子、こっちに来い」
「……え? なに、師匠?」
俺は五右衛門から、あるアイテムを取り出した。
『激辛カプサイシン・スープ』の素だ。
ダンジョン産の激辛唐辛子「マグマペッパー」を粉末にし、生姜とニンニクを大量に効かせた特製スープ。
これをシェラカップに入れ、お湯を注ぐ。
湯気だけで目が痛くなるほどの刺激臭が充満する。
「飲め。一発で温まるぞ」
「げっ、辛そう……。でも飲む!」
ゆき子はカップを受け取り、ふーふーと息を吹きかけてから、恐る恐る口をつけた。
「……んっ! 辛っ! ……でも、熱い!」
カッ! と顔色が良くなる。
体の中から燃え上がるような熱。
「あー……生き返るぅ……。師匠の料理って、なんでこんなに効くんだろ」
「愛情だろ、愛情」
俺が適当に答えると、ゆき子は「えっ」と動きを止め、カップ越しに上目遣いで俺を見た。
「……それって、アタシへの愛ってこと?」
「食材への愛だ。美味しく食べるためには、食べる人間のコンディションも重要だからな」
「むぅ……。師匠の朴念仁」
ゆき子は口を尖らせたが、その表情は嬉しそうだ。
彼女は少し躊躇した後、ずいっと体を寄せてきた。
「ねえ師匠。……温め足りないかも」
「スープのおかわりか?」
「ちーがーうー! 体温! 体温シェアしよ!」
ゆき子が俺の腕に抱きつき、そのままダウンジャケットの中に潜り込もうとしてくる。
甘い香水の匂いと、スープのスパイスの香りが混ざり合う。
柔らかい感触が腕に押し付けられる。
「ちょ、おい。みんな見てるぞ」
「いーじゃん! 今は休憩中だし! アタシ、今回の作戦の……応援団長でしょ? 大事にしなきゃダメじゃん!」
ゆき子は自分が戦力外であることを自覚しつつも、ちゃっかりポジションを確保しようとしている。
俺が抵抗を諦めていると、テントの入り口から冷ややかな声が飛んできた。
「……山本さん。休憩時間は終了です。離れてください」
すずだ。
彼女の手には、抜身の剣が握られている。目が笑っていない。
「あーん、すずちゃん怖い~! 師匠、守って~♡」
「こらこら、喧嘩するな。……ったく、どいつもこいつも」
俺はゆき子を引き剥がし、立ち上がった。
「よし、体も温まったな。ここからが本番だ」
俺はテントを出て、吹雪の向こうを睨んだ。
五右衛門の索敵スキルが反応している。
70階層。
ターゲットは、もうすぐそこだ。
「行くぞ。……霜降り肉が呼んでいる」
吹雪が止んだ。
目の前に広がっていたのは、広大な氷の平原。
オーロラが空を覆い、幻想的な光を放っている。
そして、その中央に。
山のように巨大な影があった。
『エンシェント・マンモス』。
全長10メートル。反り返った巨大な牙。
全身を覆う長い毛は、魔力を帯びて鋼鉄のように硬化している。
「……でかいな」
「あれが……歩く霜降り肉……!」
俺とジークが同時に生唾を飲み込んだ。
でかいだけではない。あの巨体を支える筋肉、そして極寒に耐えるために蓄えられた脂肪。
間違いなく、極上の味だ。
「パオオオオォォォォンッ!!」
マンモスが咆哮した。
衝撃波で氷の大地がひび割れる。
「来るぞ! 総員、調理開始!」
俺の号令と共に、S級が散開した。
「すず! 足を凍らせて動きを止めろ! 鮮度を保て!」
「任せてください鈴木さん! 『氷華・絶対零度』!」
すずが氷剣をかざす。
その刀身から放たれた冷気が、マンモスの巨大な脚を一瞬で凍結させる。
さすがは「氷剣の女帝」。制御が完璧だ。
「ゆき子! 棒立ちすんな! 踊って気を引け!」
「えぇ~!? マジで!? ……しゃーない、やったるっしょ!」
ゆき子は震えながらも、覚悟を決めたように上着を脱ぎ捨てた。
極寒の中、派手なストリートファッションで飛び出す。
「ヘイヘイマンモスちゃん! こっちこっち~! アタシの方が美味しそうっしょ!」
ゆき子は軽快なステップを踏みながら、マンモスの視界に入り込む。
リズムに乗った変則的な動き。
マンモスの長い鼻が鞭のように振るわれるが、ゆき子はそれをブレイクダンスのような回転動作でギリギリ回避する。
「おっと! 当たんないよ~だ! ……さっむ! マジさっむ!」
文句を言いながらも、見事な囮役だ。
マンモスの注意が完全に彼女に向いた。
「しずか、右側面! 牽制しろ! 肉は傷つけるなよ!」
「わかってるわ! 『インパクト・スロー』!」
しずかが投げた岩塊が、マンモスの牙に直撃し、さらに体勢を崩させる。
その隙に、俺とジークが真正面から突っ込む。
「ジーク、鼻を狙え! 俺は首を取る!」
「イエス・マスター! この雷切の切れ味、食材のために!」
ジークが雷を纏って跳躍する。
マンモスの動きが止まった一瞬を逃さず、一閃。
ズバンッ!
鼻の先端が切り飛ばされる。
マンモスが苦痛に暴れようとするが、足はすずの氷で固められている。
その瞬間、首元がガラ空きになった。
「……いただきだ」
俺は地面を蹴った。
五右衛門から取り出したのは、解体用の特大包丁。
――スキル【虚空殺】・調理術式展開。
俺の姿がマンモスの視界から消える。
次の瞬間、俺はマンモスの延髄の真横にいた。
硬い毛皮の隙間。
骨と骨の間。
生命活動を司る一点。
そこに、スッと刃を差し込む。
「……ごちそうさまでした」
トン。
俺が着地すると同時に、巨獣の動きが完全に停止した。
そして、スローモーションのように、静かに横倒しになった。
ズズゥゥゥゥン……。
地響きが収まる。
完全な即死。肉にストレスを与えず、血が回る前に仕留める、最高の「締め」だ。
「「「おおおおおっ!!」」」
歓声が上がる。
俺は倒れたマンモスの横に立ち、その巨大な腹を愛おしげに撫でた。
「……素晴らしい張りだ。脂の乗りも完璧だ」
俺は振り返り、サムズアップした。
「ミッションコンプリート。……帰って焼肉だ!」
ピクニック気分の遠征は、俺たちの圧勝で幕を閉じた。
だが、この時の俺たちはまだ知らなかった。
このマンモスの出現が、ダンジョン深層で起きている「異変」の予兆に過ぎなかったことを。
そして、持ち帰った肉を巡って、アパートでさらなる修羅場が勃発することを。
ここは深層エリアへの入り口であり、選ばれた上級探索者だけが足を踏み入れることができる、緊張感漂う中継地点だ。
本来であれば、張り詰めた殺気と静寂が支配する場所。
だが、今のこの空間は、まるで休日の原宿のような喧騒に包まれていた。
「ねえねえ師匠! 見てこの氷柱! 超映えるんだけど! 自撮りしよ!」
「……おいゆき子、はしゃぐな。遠足じゃないんだぞ」
俺、鈴木悠作は、頭痛を堪えるようにこめかみを揉んだ。
今回の依頼――『エンシェント・マンモス』の捕獲作戦。
メンバーは、俺と、荷物持ち見習いのジーク、そして冷凍係として高橋すずを加えた三人だけの予定だった。
はずだったのだが。
「鈴木さん、お弁当作ってきたんです! 厚焼き玉子、甘いのと出汁のと両方ありますよ!」
「……すず、何しに来た」
「えっ? もちろん、鈴木さんの護衛……兼、冷凍庫役です! 私の氷魔法なら、鮮度抜群で持ち帰れますから!」
A級筆頭、高橋すずが、重箱を抱えて満面の笑みを浮かべている。完全にピクニック気分だ。
まあ、彼女の氷魔法はこの作戦に不可欠なので良しとする。
「悠作、重心がブレているわ。……この雪道は足腰を鍛えるのに最適ね。私のコンテナ、あと100キロ増やしてもいいかしら?」
「勝手にしろ。ただし俺にぶつかるなよ」
S級ポーター、山田しずかが、雪山登山のような重装備でストレッチをしている。
「……気温マイナス20度。極寒環境における悠作さんの代謝データを収集します。……興奮しますね」
「お前は寒いなら帰れ」
中村瞳が、防寒仕様の白衣を着込んで温度計を振り回している。
「あら、皆様お揃いで。……今回のマンモス、牙と毛皮は私が買い取りますわよ? もちろん、お友達価格で」
「茜……。お前、商売道具持ってこんな深層まで来る気か」
加藤茜が、使い魔たちに大量の空箱を運ばせている。
そして極めつけは、B級探索者にしてダンサーの山本ゆき子だ。
「師匠~! アタシも行く~! 師匠の活躍、一番近くで見たいし!」
「お前、寒いの苦手だろ? ここは氷結エリアだぞ」
「愛があれば平気だし! 情熱で溶かすし!」
ゆき子は露出度の高いギャルファッションの上に、申し訳程度のダウンジャケットを羽織っているだけだ。
さらに物陰からは、純子の「じーっ」という視線も感じる。
「……はぁ」
俺は深くため息をついた。
隣で、防寒スーツを着込んだみのりが、死んだような目をしている。
「なによこれ……。どうなってんのよ」
「知らん。俺が聞きたい」
「あんたねぇ……。これだけのメンツが揃って移動したら、魔物より人間の方が怖がって逃げるわよ。S級の大名行列じゃない」
みのりは「胃薬忘れた……」と呟き、カイロをお腹に貼っている。
ちなみに彼女も「監視役」という名目で同行している。現場までついてくる事務職なんて聞いたことがない。
「まあいい。……肉だ。俺は肉さえ手に入れば、道中の騒音には目を瞑る」
俺は思考を切り替えた。
今回のターゲットは、深層70階層に出現したマンモスだ。
そこへ行くには、この50階層から続く『氷結回廊』を抜けなければならない。
「行くぞ。……定時までに終わらせる」
俺が歩き出すと、ぞろぞろと美女軍団がついてきた。
55階層。
あたり一面が氷に覆われた洞窟。
出現する魔物も、B級以上の強力な個体ばかりだ。
グオオォォォォッ!!
巨大な白熊『アイス・グリズリー』が現れた。
体長3メートル。鋭い爪はダイヤモンドよりも硬いと言われる、階層の主(ヌシ)クラスだ。
「わぁっ! 熊さんです!」
「可愛いですね。サンプルとして捕獲しますか?」
「毛皮の質が良いですわね……金貨20枚といったところかしら」
女性陣に緊張感がない。
グリズリーが怒り狂って突進してくる。
「師匠! 私が!」
ジークが前に出ようとする。
俺はそれを手で制した。
「待て。……あれは俺がやる」
俺はナイフを抜いた。
ただの安物ナイフだが、今の俺には名刀に見えているだろう。
なぜなら、目の前のグリズリーが「敵」ではなく「脂の乗った極上の食材」に見えているからだ。
「冬眠前の熊の脂は、甘くて臭みがない。……鍋に最高だ」
俺は涎を拭い、音もなく駆け出した。
正面からの突進。
熊の爪が振り下ろされる。
――スキル【解体術】・極。
俺は爪の軌道を紙一重で読み切り、懐に飛び込んだ。
斬るのではない。
関節の隙間、筋肉の継ぎ目に、刃を滑り込ませる。
スパパンッ!
一瞬の交差。
俺が背後に抜けると同時に、グリズリーの巨体から力が抜け、ドサリと崩れ落ちた。
首の動脈と脊髄を同時に切断し、かつ皮を剥ぎやすいように背中のラインに切れ込みを入れている。
「……よし。血抜き完了」
俺はナイフの血を振って納めた。
所要時間、3秒。
「「「おお~っ!」」」
後ろから拍手が聞こえる。
「さすが師匠! 熊鍋決定じゃん!」
「見事な捌きです。……勉強になります!」
ジークがメモを取っている。
俺は五右衛門を広げた。
『へへっ、鮮度抜群でヤンスね! 氷漬けにして収納するでヤンス!』
巨大な熊が、風呂敷の中に吸い込まれていく。
道中のボスは、こうして次々と俺たちの糧となっていった。
『フロスト・クラーケン』→ 刺し身用。
『スノー・ボア』→ ぼたん鍋用。
『クリスタル・クラブ』→ 焼きガニ用。
進むにつれて、五右衛門の中身が充実していく。
もはや冒険ではない。ただの買い出しツアーだ。
60階層に到達した頃。
環境はさらに過酷さを増していた。
猛吹雪。視界は白一色となり、体感温度はマイナス30度を下回っている。
「さ、さむぅ……。マジ無理……」
弱音を吐いたのは、ゆき子だった。
彼女の服装は、防寒具を着ているとはいえ、基本が「ギャルファッション」だ。
ミニスカートにルーズソックスという、雪山を舐めたスタイル。
ガチガチと歯を鳴らし、唇が紫色になっている。
「……おい、大丈夫か」
「うぅ……師匠ぉ……。アタシ、南国生まれのパッション系だからさぁ……寒いの苦手なんだよねぇ……」
ゆき子が震えながら俺の袖を掴む。
手袋越しの指先も冷たい。
さっきまでの威勢はどこへやら、完全に戦力外通告レベルだ。
「しょうがないな。……少し休憩するか」
俺は風を避けられる岩陰を見つけ、全員に停止を指示した。
茜が手際よく簡易テントを設営する。
テントの中。
魔導ヒーターをつけても、芯まで冷えた体はすぐには温まらない。
「ゆき子、こっちに来い」
「……え? なに、師匠?」
俺は五右衛門から、あるアイテムを取り出した。
『激辛カプサイシン・スープ』の素だ。
ダンジョン産の激辛唐辛子「マグマペッパー」を粉末にし、生姜とニンニクを大量に効かせた特製スープ。
これをシェラカップに入れ、お湯を注ぐ。
湯気だけで目が痛くなるほどの刺激臭が充満する。
「飲め。一発で温まるぞ」
「げっ、辛そう……。でも飲む!」
ゆき子はカップを受け取り、ふーふーと息を吹きかけてから、恐る恐る口をつけた。
「……んっ! 辛っ! ……でも、熱い!」
カッ! と顔色が良くなる。
体の中から燃え上がるような熱。
「あー……生き返るぅ……。師匠の料理って、なんでこんなに効くんだろ」
「愛情だろ、愛情」
俺が適当に答えると、ゆき子は「えっ」と動きを止め、カップ越しに上目遣いで俺を見た。
「……それって、アタシへの愛ってこと?」
「食材への愛だ。美味しく食べるためには、食べる人間のコンディションも重要だからな」
「むぅ……。師匠の朴念仁」
ゆき子は口を尖らせたが、その表情は嬉しそうだ。
彼女は少し躊躇した後、ずいっと体を寄せてきた。
「ねえ師匠。……温め足りないかも」
「スープのおかわりか?」
「ちーがーうー! 体温! 体温シェアしよ!」
ゆき子が俺の腕に抱きつき、そのままダウンジャケットの中に潜り込もうとしてくる。
甘い香水の匂いと、スープのスパイスの香りが混ざり合う。
柔らかい感触が腕に押し付けられる。
「ちょ、おい。みんな見てるぞ」
「いーじゃん! 今は休憩中だし! アタシ、今回の作戦の……応援団長でしょ? 大事にしなきゃダメじゃん!」
ゆき子は自分が戦力外であることを自覚しつつも、ちゃっかりポジションを確保しようとしている。
俺が抵抗を諦めていると、テントの入り口から冷ややかな声が飛んできた。
「……山本さん。休憩時間は終了です。離れてください」
すずだ。
彼女の手には、抜身の剣が握られている。目が笑っていない。
「あーん、すずちゃん怖い~! 師匠、守って~♡」
「こらこら、喧嘩するな。……ったく、どいつもこいつも」
俺はゆき子を引き剥がし、立ち上がった。
「よし、体も温まったな。ここからが本番だ」
俺はテントを出て、吹雪の向こうを睨んだ。
五右衛門の索敵スキルが反応している。
70階層。
ターゲットは、もうすぐそこだ。
「行くぞ。……霜降り肉が呼んでいる」
吹雪が止んだ。
目の前に広がっていたのは、広大な氷の平原。
オーロラが空を覆い、幻想的な光を放っている。
そして、その中央に。
山のように巨大な影があった。
『エンシェント・マンモス』。
全長10メートル。反り返った巨大な牙。
全身を覆う長い毛は、魔力を帯びて鋼鉄のように硬化している。
「……でかいな」
「あれが……歩く霜降り肉……!」
俺とジークが同時に生唾を飲み込んだ。
でかいだけではない。あの巨体を支える筋肉、そして極寒に耐えるために蓄えられた脂肪。
間違いなく、極上の味だ。
「パオオオオォォォォンッ!!」
マンモスが咆哮した。
衝撃波で氷の大地がひび割れる。
「来るぞ! 総員、調理開始!」
俺の号令と共に、S級が散開した。
「すず! 足を凍らせて動きを止めろ! 鮮度を保て!」
「任せてください鈴木さん! 『氷華・絶対零度』!」
すずが氷剣をかざす。
その刀身から放たれた冷気が、マンモスの巨大な脚を一瞬で凍結させる。
さすがは「氷剣の女帝」。制御が完璧だ。
「ゆき子! 棒立ちすんな! 踊って気を引け!」
「えぇ~!? マジで!? ……しゃーない、やったるっしょ!」
ゆき子は震えながらも、覚悟を決めたように上着を脱ぎ捨てた。
極寒の中、派手なストリートファッションで飛び出す。
「ヘイヘイマンモスちゃん! こっちこっち~! アタシの方が美味しそうっしょ!」
ゆき子は軽快なステップを踏みながら、マンモスの視界に入り込む。
リズムに乗った変則的な動き。
マンモスの長い鼻が鞭のように振るわれるが、ゆき子はそれをブレイクダンスのような回転動作でギリギリ回避する。
「おっと! 当たんないよ~だ! ……さっむ! マジさっむ!」
文句を言いながらも、見事な囮役だ。
マンモスの注意が完全に彼女に向いた。
「しずか、右側面! 牽制しろ! 肉は傷つけるなよ!」
「わかってるわ! 『インパクト・スロー』!」
しずかが投げた岩塊が、マンモスの牙に直撃し、さらに体勢を崩させる。
その隙に、俺とジークが真正面から突っ込む。
「ジーク、鼻を狙え! 俺は首を取る!」
「イエス・マスター! この雷切の切れ味、食材のために!」
ジークが雷を纏って跳躍する。
マンモスの動きが止まった一瞬を逃さず、一閃。
ズバンッ!
鼻の先端が切り飛ばされる。
マンモスが苦痛に暴れようとするが、足はすずの氷で固められている。
その瞬間、首元がガラ空きになった。
「……いただきだ」
俺は地面を蹴った。
五右衛門から取り出したのは、解体用の特大包丁。
――スキル【虚空殺】・調理術式展開。
俺の姿がマンモスの視界から消える。
次の瞬間、俺はマンモスの延髄の真横にいた。
硬い毛皮の隙間。
骨と骨の間。
生命活動を司る一点。
そこに、スッと刃を差し込む。
「……ごちそうさまでした」
トン。
俺が着地すると同時に、巨獣の動きが完全に停止した。
そして、スローモーションのように、静かに横倒しになった。
ズズゥゥゥゥン……。
地響きが収まる。
完全な即死。肉にストレスを与えず、血が回る前に仕留める、最高の「締め」だ。
「「「おおおおおっ!!」」」
歓声が上がる。
俺は倒れたマンモスの横に立ち、その巨大な腹を愛おしげに撫でた。
「……素晴らしい張りだ。脂の乗りも完璧だ」
俺は振り返り、サムズアップした。
「ミッションコンプリート。……帰って焼肉だ!」
ピクニック気分の遠征は、俺たちの圧勝で幕を閉じた。
だが、この時の俺たちはまだ知らなかった。
このマンモスの出現が、ダンジョン深層で起きている「異変」の予兆に過ぎなかったことを。
そして、持ち帰った肉を巡って、アパートでさらなる修羅場が勃発することを。
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白虎は食べ物の獲り方を教えてくれたので、俺は前世で培った家事の腕を振るい、調理という形で恩を返す。
そんな毎日が十数年続き、俺がもうすぐ十六歳になるという所で、白虎からそろそろ人間の社会で生きる様にと言われてしまった。
剣も魔法も使えない俺は、少しだけ使える聖獣の力と家事能力しか取り柄が無いので、とりあえず異世界の定番である冒険者を目指す事に。
だが、この世界では職業学校を卒業しないと冒険者になれないのだとか。
おまけに聖獣の力を人前で使うと、恐れられて嫌われる……と。
俺は聖獣の力を使わずに、冒険者となる事が出来るのだろうか。
※第○話:主人公視点
挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点
となります。
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※小説家になろう様でも連載しております。
2021/02/12日、完結しました。
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