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第1章:チーム結成と混沌
第2話 スパチャは情報の対価です
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「……以上で、調書は終わりですか?」
K区警察署の殺風景な取調室。
パイプ椅子に座らされた岡本純は、憔悴しきった顔で目の前の刑事に尋ねた。
時刻は朝の5時を回っている。
窓の外はすでに白み始めており、徹夜明けの肌には蛍光灯の白い光が痛いほど刺さった。
「ああ、ご苦労さん。しかし岡本さん、あんたも運がいいんだか悪いんだか」
年配の刑事は、呆れたように調書をトントンと机で揃えた。
「あの廃墟にいた男、広域指定暴力団の下っ端だよ。あそこで栽培してた大麻の管理役だったそうだ。ネットの通報のおかげで、逃走ルートの防犯カメラ映像がすぐに押さえられてな。隣町のネカフェに潜伏してるところを緊急逮捕だ」
「そ、そうですか……よかった」
「ネットの力ってのは凄まじいな。数千人が一斉に通報してくるんだから、回線がパンクするかと思ったよ」
刑事は苦笑しながら、コーヒーを勧めてくれた。
私はそれを啜りながら、バッグの中のスマートフォンを盗み見る。
通知ランプが、まるで心臓の鼓動のように激しく点滅し続けている。
Twitterの通知数、99+。
YouTubeのチャンネル登録者通知、止まらない。
『JUN様チャンネル』の登録者数は、あの一夜で500人から3万人へと爆増していた。
――バズった。
本当に、バズってしまったのだ。
「……じゃあ、帰りますね」
「ああ。あー、それと岡本さん。いくらバズりたいからって、不法侵入は勘弁してくれよ? 今回は緊急避難と同情の余地ありでお咎めなしだが、次はねえぞ」
「は、はい……肝に銘じます」
私はペコペコと頭を下げて警察署を出た。
早朝の冷気が、火照った頭を冷やしてくれる。
タクシーを拾おうと大通りへ出たところで、私はスマホを取り出し、あの男への連絡を試みた。
『Q』こと、金子徹。
私の腐れ縁であり、昨夜の奇跡的な脱出劇を演出した、引きこもりの幼馴染。
コール音は鳴らない。
代わりに、無機質なメッセージがLINEに届いた。
『今は眠い。用件は簡潔に。あるいは鴨肉を送れ』
相変わらずだ。
私はフリック入力で怒涛の感謝メッセージを打ち込んだ。
「Qちゃん! 本当にありがとう! 警察もびっくりしてたよ! あんたのおかげで命拾いしたし、チャンネルも大爆発! 今度、最高級の鴨肉とワイン持ってくから!」
送信。
既読は瞬時についた。
そして、数秒後に返ってきたのは、感謝への謙遜でも労いの言葉でもなく、一枚の画像データだった。
「……は?」
それは、PDFファイルで作られた『請求書』だった。
件名:コンサルティング及び危機管理対応費用
請求額:¥500,000
内訳:
・深夜緊急対応費
・画像解析・地理特定技術料
・精神的苦痛への慰謝料
「ご、ごじゅうまん……!?」
私は道端で素っ頓狂な声を上げた。
早朝のサラリーマンがギョッとして振り返るが、構っていられない。
すぐに通話ボタンを連打する。
今度は2コールで出た。
『うるさいな。文字が読めないのか?』
不機嫌極まりない、しかし相変わらずイイ声が鼓膜を震わせる。
「読めるわよ! なによこれ! 五十万ってボッタクリでしょ!?」
『命の値段にしては安いもんだろ。お前があのまま撲殺されていたら、葬式代だけでもっとかかる』
「それはそうだけど……! でも私、昨日のスパチャ収益まだ入金されてないし、そもそも底辺配信者にお金なんてないの知ってるでしょ!?」
『知っている。だから「出世払い」だ』
電話の向こうで、カチャカチャとキーボードを叩く音が聞こえる。彼は寝ると言いながら、まだ起きているらしい。
『純、お前は勘違いしている。昨日の配信がバズったのは、お前の厚化粧が魅力的だったからじゃない。視聴者は「リアルな謎解き」と「参加型の正義執行」に興奮したんだ』
「……うっ」
痛いところを突かれる。
確かに、コメント欄の大半は『Qすげえ』『特定班GJ』といったもので、私の悲鳴に対する感想は『鼓膜破れるかと思った』という苦情ばかりだった。
『この波を逃す手はない。今夜21時、もう一度配信をやれ。そこで僕をゲストとして正式に紹介しろ。今後の「ビジネスモデル」を発表する』
「ビジネスモデル? あんた、また変なこと企んでないでしょうね」
『安心しろ。お前にもメリットのある話だ。……じゃあな、鴨肉の件、忘れるなよ』
プツッ。
一方的に通話が切れた。
私は溜息をつき、空を見上げた。
雲ひとつない青空が、今の私の心境とは裏腹に、憎たらしいほど清々しかった。
その日の夜、21時。
私は自宅のアパートから『緊急報告! 昨日の事件について&重大発表』というタイトルで配信を開始した。
「えー、みなさんこんばんは。JUN様です……」
開始ボタンを押した瞬間、同接カウンターが凄まじい勢いで回り始めた。
100、500、1000、3000……あっという間に5000人を超えた。
コメント欄も滝のように流れる。
『待ってました』
『無事でよかった』
『昨日の探偵出る?』
『Qを出せ』
『Qまだ?』
……私の心配をしてくれているのは全体の1割くらいで、残りの9割は「Q」目当てだった。
嫉妬でネイルが剥げそうだが、ここは我慢だ。
「昨日はご心配おかけしました! 犯人は無事逮捕されました。これも全部、みんなの協力のおかげです!」
私が深々と頭を下げると、画面上にポーン、ポーンとスーパーチャットの通知音が鳴り始めた。
500円、1000円、中には1万円の赤スパまで飛んでくる。
『祝・生還』
『逮捕祝い』
『Qへの依頼料』
「あ、ありがとうございます! ……えーっと、今日はですね、昨日私を助けてくれた謎の協力者、Qさんと通話が繋がっています。Qさーん?」
私が呼びかけると、配信画面の右上に、黒いシルエットのアバターが表示された。
ただの黒塗りではない。よく見ると、椅子の形をした影に、足組みをした男の影が座っているような、スタイリッシュなデザインだ。
……あいつ、いつの間にこんな素材作ったんだ。
『……どうも。Qです』
ボイスチェンジャーで少し低音を強調した、しかし聞き覚えのある渋い声が響いた。
コメント欄が一気に沸く。
『キタアアアアアア』
『イケボ』
『昨日の指示マジで痺れた』
『結婚して』
『抱いて』
「ちょ、ちょっと! みんな落ち着いて! ……Qさん、自己紹介をお願いできますか?」
『自己紹介? ……面倒くさいな』
第一声がそれかよ。
しかし、リスナーにはその気だるげな態度すら「大物感」として受け取られたようだ。
『僕は探偵だ。……といっても、現場で走り回るのは好きじゃない。僕は安楽椅子に座ったまま、世界中のあらゆる謎を解く。昨日のようにね』
「かっこいいこと言ってるけど、要するに引きこもりってことですよね?」
私が横槍を入れると、Qは無視して続けた。
『さて、リスナー諸君。昨日のような「祭り」は楽しかったか?』
『楽しかった』
『脳汁出た』
『またやりたい』
『だろうな。退屈な日常において、安全圏から悪を断罪し、謎を解く快感は何物にも代えがたいエンターテインメントだ』
Qの声には、どこか煽るような響きがあった。
『だが、勘違いするなよ。僕はボランティアでやってるわけじゃない。僕の脳細胞を動かすには、それなりのカロリーが必要だ。具体的には、鴨のコンフィとヴィンテージワインくらいのコストがかかる』
「……」
『そこでだ。今後、僕への依頼、あるいは僕の推理を聞きたい場合、対価を支払ってもらう』
Qがキーボードを叩く音がすると、画面上にテロップが表示された。
【ルール1:推理にはスパチャが必要】
【ルール2:有益な情報提供者は優遇する】
『情報はタダじゃない。僕が謎を解くための「燃料」を投下しろ。金額は問わないが、額によって僕のやる気が変わる』
途端に、コメント欄が荒れた。
『は? 金とんのかよ』
『がめついな』
『調子乗んな』
『解散解散』
当然の反応だ。ネットの住民は「無料」が大好きなのだから。
私がフォローしようと口を開きかけた時、Qが冷ややかに笑った。
『フン……。安いな、君たちの好奇心は。「タダで面白いものが見たい」「安全な場所から石を投げたい」。そんな乞食根性だから、昨日のような三流の犯罪者に騙されるんだ』
『なんだと?』
『煽り耐性低すぎw』
『いいか? ミステリにおいて、探偵への依頼料は必須だ。そして、君たち「特定班」にも報酬のチャンスを与える』
Qの言葉に、コメントの流れが止まった。
『僕はこの配信の収益の一部を、事件解決に最も貢献した「MVPリスナー」に還元する。あるいは、君たちが望む機材や、次の調査対象となる心霊スポットへの取材費に充てる』
「えっ、私も初耳なんだけど!?」
『純、お前は黙ってろ。……つまりだ。君たちはただの視聴者じゃない。僕の手足となり、目となり、耳となる「共犯者」だ。優秀なエージェントには報酬を。無能な野次馬には沈黙を。それが僕のやり方だ』
一瞬の沈黙。
そして――。
ポーン! ¥10,000
『面白そうじゃん。一口乗った』
ポーン! ¥50,000
『昨日の特定班だけど、これで高性能マイク買ってくれ。もっといい音で分析したい』
ポーン! ¥2,400
『俺、Googleアース見るの得意。雇ってくれ』
次々と高額スパチャが飛び交い始めた。
画面が赤や黄色、虹色の帯で埋め尽くされていく。
批判的なコメントは、札束の暴力によって一瞬で彼方へと流されていった。
「す、すごい……! 今日の収益だけで、家賃3ヶ月分くらいあるかも……!」
『喜ぶな純、その4割は僕の取り分だ』
「ええっ!?」
『さて、手付金は受け取った。早速だが、一つ「テスト」をしようか』
Qが画面を切り替える。
表示されたのは、一枚の古ぼけた心霊写真だった。
廃墟のような場所で、窓ガラスに白い顔のようなものが映り込んでいる、よくある写真だ。
『これは昨日、TwitterのDMに届いた依頼だ。「実家の近くの廃ホテルで撮れた写真だが、本物の霊ではないか鑑定してほしい」とのことだ。場所は群馬県北部としか書かれていない』
「うわ、気持ち悪……。これ、ガチっぽくない?」
『特定班、出番だ。制限時間は10分。この写真から得られる全ての情報を抽出して、コメント欄に書き込め。優秀な回答には僕が直々に「いいね」をつけてやる』
Qの号令と共に、コメント欄の空気が変わった。
先程までの野次馬根性が消え、完全に「解析モード」に入ったのだ。
『窓枠のサッシ、YKKの旧型だな。1990年代前半のモデル』
『反射してる電柱の看板、「〇〇外科」って読めない?』
『画像補正かけた。看板の電話番号、市外局番は027だ』
『027は群馬県の前橋・高崎エリア』
『植生に注目。このシダ植物、標高500m以下には生えない種類だぞ』
『背景の山、赤城山のシルエットと一致』
情報の嵐。
誰かが一つのヒントを出すと、別の誰かがそれを検証し、さらに別の誰かが新たな知識を上乗せする。
まさに「集合知」の暴走。
『……正解が出たな』
開始からわずか3分後。Qがつぶやいた。
『群馬県S市にある廃ホテル「グランド・レイク」。15年前に廃業し、現在は立ち入り禁止区域だ。……そして、この窓ガラスの顔だが』
Qが画像を拡大する。
『これは心霊じゃない。窓ガラスに貼られた「防犯フィルム」が劣化して剥がれかけ、偶然人の顔のようなシミに見えているだけだ。……ほら、ここを拡大すると、フィルムの縁がめくれているのがわかる』
画面上で、デジタル処理された画像が鮮明になる。
確かに、それは幽霊の顔ではなく、ただの汚れとフィルムの気泡だった。
『つまらないな。ただのパレイドリア効果だ。解散』
Qがバッサリと切り捨てる。
しかし、リスナーたちの反応は失望ではなく、称賛だった。
『すげえええええ』
『3分で特定とかワロタ』
『俺の地元特定されてて草』
『このスピード感、たまんねえな』
「……あんたたち、本当におかしいわよ」
私は呆れつつも、興奮を抑えきれなかった。
昨日のような命がけの逃走劇ではないけれど、この「ネットの向こうの何千人と繋がって、一つの答えにたどり着く」感覚。
これが、Qの言う「共犯者」の感覚なのか。
『純、次のターゲットを探せ』
Qの声が、私の耳元で響く。
『この「特定班」というシステムを使えば、どんな迷宮入り事件も、どんなオカルトも丸裸にできる。……金になるぞ』
「……結局はお金なのね」
『当然だ。僕は鴨肉が食べたい』
私は苦笑いしながら、カメラに向かってウインクをした。
「了解、ボス。……みんな、聞いた? 次の配信までに、もっとヤバいネタ、募集するからね! 採用者には……Qちゃんのサイン入り画像をプレゼント!」
『いらないだろそんなの』
『いる』『欲しい』『家宝にする』
こうして、引きこもり探偵と崖っぷち配信者、そして数万人の特定班による、奇妙なチームが結成された。
スパチャは情報の対価。
なら、私たちが支払うのは、極上の「謎解きエンターテインメント」だ。
――この時の私はまだ知らなかった。
この「特定班」の中に、とんでもない能力を持った怪物たちが紛れ込んでいることを。
そして、単なる心霊配信が、国家を揺るがす大事件の入り口になることを。
K区警察署の殺風景な取調室。
パイプ椅子に座らされた岡本純は、憔悴しきった顔で目の前の刑事に尋ねた。
時刻は朝の5時を回っている。
窓の外はすでに白み始めており、徹夜明けの肌には蛍光灯の白い光が痛いほど刺さった。
「ああ、ご苦労さん。しかし岡本さん、あんたも運がいいんだか悪いんだか」
年配の刑事は、呆れたように調書をトントンと机で揃えた。
「あの廃墟にいた男、広域指定暴力団の下っ端だよ。あそこで栽培してた大麻の管理役だったそうだ。ネットの通報のおかげで、逃走ルートの防犯カメラ映像がすぐに押さえられてな。隣町のネカフェに潜伏してるところを緊急逮捕だ」
「そ、そうですか……よかった」
「ネットの力ってのは凄まじいな。数千人が一斉に通報してくるんだから、回線がパンクするかと思ったよ」
刑事は苦笑しながら、コーヒーを勧めてくれた。
私はそれを啜りながら、バッグの中のスマートフォンを盗み見る。
通知ランプが、まるで心臓の鼓動のように激しく点滅し続けている。
Twitterの通知数、99+。
YouTubeのチャンネル登録者通知、止まらない。
『JUN様チャンネル』の登録者数は、あの一夜で500人から3万人へと爆増していた。
――バズった。
本当に、バズってしまったのだ。
「……じゃあ、帰りますね」
「ああ。あー、それと岡本さん。いくらバズりたいからって、不法侵入は勘弁してくれよ? 今回は緊急避難と同情の余地ありでお咎めなしだが、次はねえぞ」
「は、はい……肝に銘じます」
私はペコペコと頭を下げて警察署を出た。
早朝の冷気が、火照った頭を冷やしてくれる。
タクシーを拾おうと大通りへ出たところで、私はスマホを取り出し、あの男への連絡を試みた。
『Q』こと、金子徹。
私の腐れ縁であり、昨夜の奇跡的な脱出劇を演出した、引きこもりの幼馴染。
コール音は鳴らない。
代わりに、無機質なメッセージがLINEに届いた。
『今は眠い。用件は簡潔に。あるいは鴨肉を送れ』
相変わらずだ。
私はフリック入力で怒涛の感謝メッセージを打ち込んだ。
「Qちゃん! 本当にありがとう! 警察もびっくりしてたよ! あんたのおかげで命拾いしたし、チャンネルも大爆発! 今度、最高級の鴨肉とワイン持ってくから!」
送信。
既読は瞬時についた。
そして、数秒後に返ってきたのは、感謝への謙遜でも労いの言葉でもなく、一枚の画像データだった。
「……は?」
それは、PDFファイルで作られた『請求書』だった。
件名:コンサルティング及び危機管理対応費用
請求額:¥500,000
内訳:
・深夜緊急対応費
・画像解析・地理特定技術料
・精神的苦痛への慰謝料
「ご、ごじゅうまん……!?」
私は道端で素っ頓狂な声を上げた。
早朝のサラリーマンがギョッとして振り返るが、構っていられない。
すぐに通話ボタンを連打する。
今度は2コールで出た。
『うるさいな。文字が読めないのか?』
不機嫌極まりない、しかし相変わらずイイ声が鼓膜を震わせる。
「読めるわよ! なによこれ! 五十万ってボッタクリでしょ!?」
『命の値段にしては安いもんだろ。お前があのまま撲殺されていたら、葬式代だけでもっとかかる』
「それはそうだけど……! でも私、昨日のスパチャ収益まだ入金されてないし、そもそも底辺配信者にお金なんてないの知ってるでしょ!?」
『知っている。だから「出世払い」だ』
電話の向こうで、カチャカチャとキーボードを叩く音が聞こえる。彼は寝ると言いながら、まだ起きているらしい。
『純、お前は勘違いしている。昨日の配信がバズったのは、お前の厚化粧が魅力的だったからじゃない。視聴者は「リアルな謎解き」と「参加型の正義執行」に興奮したんだ』
「……うっ」
痛いところを突かれる。
確かに、コメント欄の大半は『Qすげえ』『特定班GJ』といったもので、私の悲鳴に対する感想は『鼓膜破れるかと思った』という苦情ばかりだった。
『この波を逃す手はない。今夜21時、もう一度配信をやれ。そこで僕をゲストとして正式に紹介しろ。今後の「ビジネスモデル」を発表する』
「ビジネスモデル? あんた、また変なこと企んでないでしょうね」
『安心しろ。お前にもメリットのある話だ。……じゃあな、鴨肉の件、忘れるなよ』
プツッ。
一方的に通話が切れた。
私は溜息をつき、空を見上げた。
雲ひとつない青空が、今の私の心境とは裏腹に、憎たらしいほど清々しかった。
その日の夜、21時。
私は自宅のアパートから『緊急報告! 昨日の事件について&重大発表』というタイトルで配信を開始した。
「えー、みなさんこんばんは。JUN様です……」
開始ボタンを押した瞬間、同接カウンターが凄まじい勢いで回り始めた。
100、500、1000、3000……あっという間に5000人を超えた。
コメント欄も滝のように流れる。
『待ってました』
『無事でよかった』
『昨日の探偵出る?』
『Qを出せ』
『Qまだ?』
……私の心配をしてくれているのは全体の1割くらいで、残りの9割は「Q」目当てだった。
嫉妬でネイルが剥げそうだが、ここは我慢だ。
「昨日はご心配おかけしました! 犯人は無事逮捕されました。これも全部、みんなの協力のおかげです!」
私が深々と頭を下げると、画面上にポーン、ポーンとスーパーチャットの通知音が鳴り始めた。
500円、1000円、中には1万円の赤スパまで飛んでくる。
『祝・生還』
『逮捕祝い』
『Qへの依頼料』
「あ、ありがとうございます! ……えーっと、今日はですね、昨日私を助けてくれた謎の協力者、Qさんと通話が繋がっています。Qさーん?」
私が呼びかけると、配信画面の右上に、黒いシルエットのアバターが表示された。
ただの黒塗りではない。よく見ると、椅子の形をした影に、足組みをした男の影が座っているような、スタイリッシュなデザインだ。
……あいつ、いつの間にこんな素材作ったんだ。
『……どうも。Qです』
ボイスチェンジャーで少し低音を強調した、しかし聞き覚えのある渋い声が響いた。
コメント欄が一気に沸く。
『キタアアアアアア』
『イケボ』
『昨日の指示マジで痺れた』
『結婚して』
『抱いて』
「ちょ、ちょっと! みんな落ち着いて! ……Qさん、自己紹介をお願いできますか?」
『自己紹介? ……面倒くさいな』
第一声がそれかよ。
しかし、リスナーにはその気だるげな態度すら「大物感」として受け取られたようだ。
『僕は探偵だ。……といっても、現場で走り回るのは好きじゃない。僕は安楽椅子に座ったまま、世界中のあらゆる謎を解く。昨日のようにね』
「かっこいいこと言ってるけど、要するに引きこもりってことですよね?」
私が横槍を入れると、Qは無視して続けた。
『さて、リスナー諸君。昨日のような「祭り」は楽しかったか?』
『楽しかった』
『脳汁出た』
『またやりたい』
『だろうな。退屈な日常において、安全圏から悪を断罪し、謎を解く快感は何物にも代えがたいエンターテインメントだ』
Qの声には、どこか煽るような響きがあった。
『だが、勘違いするなよ。僕はボランティアでやってるわけじゃない。僕の脳細胞を動かすには、それなりのカロリーが必要だ。具体的には、鴨のコンフィとヴィンテージワインくらいのコストがかかる』
「……」
『そこでだ。今後、僕への依頼、あるいは僕の推理を聞きたい場合、対価を支払ってもらう』
Qがキーボードを叩く音がすると、画面上にテロップが表示された。
【ルール1:推理にはスパチャが必要】
【ルール2:有益な情報提供者は優遇する】
『情報はタダじゃない。僕が謎を解くための「燃料」を投下しろ。金額は問わないが、額によって僕のやる気が変わる』
途端に、コメント欄が荒れた。
『は? 金とんのかよ』
『がめついな』
『調子乗んな』
『解散解散』
当然の反応だ。ネットの住民は「無料」が大好きなのだから。
私がフォローしようと口を開きかけた時、Qが冷ややかに笑った。
『フン……。安いな、君たちの好奇心は。「タダで面白いものが見たい」「安全な場所から石を投げたい」。そんな乞食根性だから、昨日のような三流の犯罪者に騙されるんだ』
『なんだと?』
『煽り耐性低すぎw』
『いいか? ミステリにおいて、探偵への依頼料は必須だ。そして、君たち「特定班」にも報酬のチャンスを与える』
Qの言葉に、コメントの流れが止まった。
『僕はこの配信の収益の一部を、事件解決に最も貢献した「MVPリスナー」に還元する。あるいは、君たちが望む機材や、次の調査対象となる心霊スポットへの取材費に充てる』
「えっ、私も初耳なんだけど!?」
『純、お前は黙ってろ。……つまりだ。君たちはただの視聴者じゃない。僕の手足となり、目となり、耳となる「共犯者」だ。優秀なエージェントには報酬を。無能な野次馬には沈黙を。それが僕のやり方だ』
一瞬の沈黙。
そして――。
ポーン! ¥10,000
『面白そうじゃん。一口乗った』
ポーン! ¥50,000
『昨日の特定班だけど、これで高性能マイク買ってくれ。もっといい音で分析したい』
ポーン! ¥2,400
『俺、Googleアース見るの得意。雇ってくれ』
次々と高額スパチャが飛び交い始めた。
画面が赤や黄色、虹色の帯で埋め尽くされていく。
批判的なコメントは、札束の暴力によって一瞬で彼方へと流されていった。
「す、すごい……! 今日の収益だけで、家賃3ヶ月分くらいあるかも……!」
『喜ぶな純、その4割は僕の取り分だ』
「ええっ!?」
『さて、手付金は受け取った。早速だが、一つ「テスト」をしようか』
Qが画面を切り替える。
表示されたのは、一枚の古ぼけた心霊写真だった。
廃墟のような場所で、窓ガラスに白い顔のようなものが映り込んでいる、よくある写真だ。
『これは昨日、TwitterのDMに届いた依頼だ。「実家の近くの廃ホテルで撮れた写真だが、本物の霊ではないか鑑定してほしい」とのことだ。場所は群馬県北部としか書かれていない』
「うわ、気持ち悪……。これ、ガチっぽくない?」
『特定班、出番だ。制限時間は10分。この写真から得られる全ての情報を抽出して、コメント欄に書き込め。優秀な回答には僕が直々に「いいね」をつけてやる』
Qの号令と共に、コメント欄の空気が変わった。
先程までの野次馬根性が消え、完全に「解析モード」に入ったのだ。
『窓枠のサッシ、YKKの旧型だな。1990年代前半のモデル』
『反射してる電柱の看板、「〇〇外科」って読めない?』
『画像補正かけた。看板の電話番号、市外局番は027だ』
『027は群馬県の前橋・高崎エリア』
『植生に注目。このシダ植物、標高500m以下には生えない種類だぞ』
『背景の山、赤城山のシルエットと一致』
情報の嵐。
誰かが一つのヒントを出すと、別の誰かがそれを検証し、さらに別の誰かが新たな知識を上乗せする。
まさに「集合知」の暴走。
『……正解が出たな』
開始からわずか3分後。Qがつぶやいた。
『群馬県S市にある廃ホテル「グランド・レイク」。15年前に廃業し、現在は立ち入り禁止区域だ。……そして、この窓ガラスの顔だが』
Qが画像を拡大する。
『これは心霊じゃない。窓ガラスに貼られた「防犯フィルム」が劣化して剥がれかけ、偶然人の顔のようなシミに見えているだけだ。……ほら、ここを拡大すると、フィルムの縁がめくれているのがわかる』
画面上で、デジタル処理された画像が鮮明になる。
確かに、それは幽霊の顔ではなく、ただの汚れとフィルムの気泡だった。
『つまらないな。ただのパレイドリア効果だ。解散』
Qがバッサリと切り捨てる。
しかし、リスナーたちの反応は失望ではなく、称賛だった。
『すげえええええ』
『3分で特定とかワロタ』
『俺の地元特定されてて草』
『このスピード感、たまんねえな』
「……あんたたち、本当におかしいわよ」
私は呆れつつも、興奮を抑えきれなかった。
昨日のような命がけの逃走劇ではないけれど、この「ネットの向こうの何千人と繋がって、一つの答えにたどり着く」感覚。
これが、Qの言う「共犯者」の感覚なのか。
『純、次のターゲットを探せ』
Qの声が、私の耳元で響く。
『この「特定班」というシステムを使えば、どんな迷宮入り事件も、どんなオカルトも丸裸にできる。……金になるぞ』
「……結局はお金なのね」
『当然だ。僕は鴨肉が食べたい』
私は苦笑いしながら、カメラに向かってウインクをした。
「了解、ボス。……みんな、聞いた? 次の配信までに、もっとヤバいネタ、募集するからね! 採用者には……Qちゃんのサイン入り画像をプレゼント!」
『いらないだろそんなの』
『いる』『欲しい』『家宝にする』
こうして、引きこもり探偵と崖っぷち配信者、そして数万人の特定班による、奇妙なチームが結成された。
スパチャは情報の対価。
なら、私たちが支払うのは、極上の「謎解きエンターテインメント」だ。
――この時の私はまだ知らなかった。
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「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
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なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
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