黄金の融資実行(ファイナンス) ―2043年から戻った元銀行マン、15歳の経済覇道―

ken

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1話 終末からの融資実行

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 かつて世界有数の経済力を誇った日本は、長期停滞が半世紀規模にまで及んでいた。
「硬直化した既得権益の放置」、そして「度重なる失政による過剰な増税」が重なって、少子高齢化と人口減少が決定的になっていた。

 研究開発や産業転換への投資が細り、技術職の待遇も伸びないまま、優秀層はシンガポールやシリコンバレー、そして成長著しい東南アジアの市場へ移動。結果として製造・IT・医療機器などの競争力が落ち、国内産業は空洞化し、国の稼ぎ頭は観光資源の切り売りと低賃金の単純労働に限られていく。

 年金・医療・介護は実質的な“トリアージ”状態となり、地方自治体は延命よりも「居住エリアの集約と縮小」へ制度を寄せていく。かつて賑わった地方都市は次々とゴーストタウン化し、残された老人たちが限られた配給を待つ姿が日常となった。

 そんな時代、希望者――より正確には「社会から不要と判断された者」――には、行政管理の施設で人生を自ら清算し、死後の手続き・火葬までを一括で扱う仕組みが整えられていた。その窓口は「国立生命終結センター」と呼ばれていた。

 葛石任三郎は、2000年代初頭にメガバンクへ総合職として就職し、当初はまじめに働いてきた。しかし、度重なる銀行合併の荒波と、AIによる与信審査の導入といった産業構造の変化の中でキャリアを失速。出向、転籍を繰り返し、最後は正社員から契約、派遣へと後退した。

 かつて数千億円の融資案件を差配したこともあるその指先は、いつしか配達アプリの通知を追いかけるだけの「高齢ギグワーカー」として生活を綱渡りで維持する道具に成り果てていた。

 そして2043年、契約更新の拒絶――事実上の社会からの退職へ追い込まれる。

 60歳になったばかりの冬。任三郎には守るべき家族もなく、積み上げた資産もなかった。
 絶望の中で終末施設へ向かうタクシーに乗ったが、その道中、対向車線を逸脱した自動運転暴走トラックに轢かれ、車体ごと圧壊する。

 溢れ出る血の中で、任三郎は霞む意識の先を見る。

「……結局、自分の人生の損益計算書すら、黒字にできなかったか……」

 自嘲気味に呟き、彼は息絶えた。

 暗闇の中で、任三郎は立っていた。
 感覚が鋭敏になっている。足元はぬかるんでいるが、それは泥ではない。蠢く無数の生命体だ。

 目の前に、一人の女性が座っていた。
 その姿は、一見すれば息を呑むような絶世の美女だった。しかし、その白い肌を這っているのは、腐肉を食らう蛆と、執念深く絡みつく黒い蛇だ。腐敗臭と沈丁花の香りが混ざり合ったような、奇妙な悪臭が鼻を突く。

 普通の人間なら狂い叫ぶ光景だろう。だが、任三郎は動じなかった。
 彼は現役時代の末期、生活費を稼ぐために「孤独死現場の特殊清掃」や「解体現場の産廃処理」のバイトも経験していた。死体から湧き出る蛆も、人間に絶望した者の成れの果ても、すでに見慣れていたのだ。

「……随分と物好きな身なりだな。ここが地獄か?」

 任三郎の言葉に、その存在――“禍津神”の化身は、艶やかに微笑んだ。

「地獄? いいえ、ここは境界の書庫よ。葛石任三郎、あなたは自分の人生を無価値だと言ったけれど……その『数字に寄りすぎた知識』は、まだ使い道があるわ」

 彼女は蛆が這う手で任三郎の頬を撫でた。

「お前の国は、このままでは本当に死に絶える。神々の供物も、美しき四季も、すべてがコンクリートの墓標に変わるでしょう。それを私は好まない」

 彼女は囁く。任三郎に「私の手駒」となる代わりに、国の破滅を阻止するよう求めた。

「お前に投資してあげるわ。返済は、お前が救い上げた未来の輝きでいい」

「……利息は高そうだが、破産者の私に拒否権はないらしいな」

「いい返事よ」

 視界が強烈な光に包まれ、任三郎の意識は再び深淵へと落ちていった。

「――三郎! 早く起きなさい、学校に遅れるわよ!」

 階下から響く、聞き慣れた、しかし数十年前に聞いたきりの懐かしい声。
 任三郎は跳ね起きた。
 肺が空気を吸い込む音が異様に軽い。節々が痛む老いぼれた体ではない。
 そこは、1998年の春、埼玉県内にある中学3年生の自分の部屋だった。

「嘘だろう……」

 鏡を覗き込む。
 そこにいたのは、15歳の自分だった。しかし、その顔立ちは以前の記憶にある自分よりもずっと鋭い。
 彫りの深い鼻筋と、冷徹な青みを帯びた眼光。中学生にしてはあまりに完成されすぎた、そして「色気」と「毒」を孕んだ少年の姿がそこにあった。

 机上のカレンダーは、1998年4月8日。
 任三郎は、自分が中学3年生の始業式の朝に戻っていると理解した。

 1階へ降りると、そこには母の姿があった。
 母、葛石美津子は、当時30代後半。地域でも評判の美人だったが、今の任三郎の目から見れば、その若さと美しさは眩しいほどだ。タイトなエプロン越しにもわかる、男性たちの視線を釘付けにするであろう整ったプロポーション。彼女が近所のスーパーでパートに出るだけで、そのレジには長蛇の列ができるという噂も、今の任三郎なら納得がいった。

「どうしたの? ぼーっとして。新しい制服、似合ってるわよ」

「……ああ、少し夢を見ていたんだ。母さん」

 母さんは驚いたように目を丸くした。以前の任三郎なら、思春期特有のぶっきらぼうな態度を取っていたはずだ。
 だが、今の彼の中身は60歳の元銀行マンだ。

「……母さん、か。なんだか大人っぽくなったわね、三郎」

 母は少し照れたように微笑み、任三郎の朝食を差し出した。
 任三郎は、食卓に置かれた朝刊を手に取った。
 一面には「山一證券破綻の余波、金融機関の再編加速」の文字。

 その瞬間、任三郎の脳内に異変が起きた。
 新聞に記載された数字、金利、株価のデータが、立体的なグラフとなって脳内に展開される。
「何か」から授けられた能力――“審美眼”の感覚が、肉体の変化に呼応して問題なく動く。
 企業の財務表を見れば、その会社の「寿命」と「嘘」が、血の流れる脈動のように理解できるのだ。

 登校中、任三郎は周囲の景色を眺めていた。
 街には活気があるように見える。だが、彼は知っている。
 この1998年こそが、日本が「失われた30年」へと本格的に転落し始める、分岐点であることを。
 バブルの残滓は消え、誰もが漠然とした不安を抱えながら、それでも「いつかは良くなる」と根拠のない希望を抱いている。

 本来の任三郎なら、当時の流行や周囲の空気に流されて、体育会系の部活に明け暮れ、そこそこの高校、そこそこの大学を経て、あの灰色の未来へと繋がる銀行員生活を選ぶはずだった。

 だが、彼はそれを明確に否定した。
 同じ轍を踏むために、あの「蛆と蛇の女王」は自分を戻したわけではない。

(銀行という組織の歯車になるのではない。……金融という名の暴力を、私が飼い慣らす側に回るんだ)

 任三郎は、校門の前で立ち止まった。
 そこには、新学期の高揚感に包まれた美少女たちがいた。
 特に目を引くのは、後にこの地域で「奇跡の美少女」と呼ばれることになる同級生、白金凛子だ。風にたなびく黒髪、透き通るような肌、そして15歳とは思えぬ完成された美貌。彼女もまた、後の歴史では親の経営する工場の倒産により、悲劇的な運命を辿るはずだ。

 凛子と目が合う。
 彼女は、以前の「地味な葛石くん」とは全く違う、冷徹で大人の色気を纏った任三郎の視線に、思わず頬を赤らめて立ち止まった。

「……葛石くん? なんだか、雰囲気が変わった?」

「そうかな。少し、目標を変えることにしただけだよ」

 任三郎は、その鋭い眼光を凛子の背後に広がる空、2043年の灰色の空へと繋がる空に向けた。

 彼は決意した。
 目指すべきは、安定した雇用ではない。
 これから起こるITバブル、ドットコム崩壊、リーマンショック。それらすべての経済的混乱を「収益」に変え、破滅へ向かうこの国の舵を強引に奪い取る。

 そのためには、まず軍資金が必要だ。
 中学生という肩書きを利用しながら、大人の世界を、数字の暴力で蹂躙していく。
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