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店の経営が火の車なんです(前)
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「今日のお悩みコーナー。ペンネーム春の紫苑さんから頂きました。『お店の経営が火の車なんです。助けてください』です。大変ですね、では、華薔薇さんに意見をお伺いしましょう」
ある日の放課後。雑談部の部室では桔梗がどこかから持ち寄った相談事のお伺いを立てていた。
「ここは雑談部よ。店舗経営のノウハウを相談するなら経営コンサルタントに頼みなさい。以上」
「バッサリィ! もうちょっと聞く耳立てようよ。相談者がかわいそうだよ」
「そもそも雑談部にお悩みコーナーなんてないのよ。勝手にラジオ番組みたくしないで。リスナーのいない寂しすぎるコーナーなんて不毛よ」
「これから盛り上げていこう。最初は小さなことからコツコツと」
雑談部は面白おかしく喋る場所だ。ラジオ番組の真似をしてトーク力を鍛える場所ではない。ましてや赤字店舗の経営を建て直すのは門外漢である。
「女子高生に相談するのは時間の無駄よ。私からアドバイスするとしたら、専門家に聞きなさい、よ」
「まあまあ、華薔薇ならなんとかなるっしょ」
「人の話を聞きなさいな」
経営の知識を持っているか、問われるとイエスと答える。持っていても実際に有効活用できるかどうかはわからない。
本を読んだだけで、コンサルタントが上手くいくのなら、世の中はお金持ちで溢れているだろう。お金持ちが稀少であることを考えれば、知識だけではどうしよもないことがわかる。
「ダメで元々だから。アドバイスしちゃいなよ」
無責任も甚だしい。
相談者の事情はわからないが、案外軽いノリかもしれない。たまたま桔梗が聞いたことで雑談部に話を持ってきたかもしれない。
逆に藁にもすがる思いの可能性も捨てきれない。
「お店が火の車って、何のお店なのよ」
華薔薇が折れた。雑談のネタなら悪くないという判断でもある。
アドバイスしても最終的に決めるのは春の紫苑である。素人が外野がやいのやいの言っても無視される可能性は高い。
そもそも春の紫苑にアドバイスが届くかもわからないし、実在するかさえ不明である。桔梗の妄言、もしくはでっちあげも否定はできない。
雑談部の本質とは遠くかけ離れている事柄を深く考える必要はない。
「精肉店だそうだ。ブロック肉や切り身の販売以外にも惣菜の販売もしている」
「普通の精肉店ね。味と値段はどうかしら」
「新鮮なお肉を仕入れていて、リピーターも多い。値段も手頃で、むしろスーパーより安くを意識している」
パッと聞いた印象だと大きな問題はない。値段が安いから利益率が低い懸念はあるも、専門店なら安く仕入れることが可能。
「味も値段も問題ない。なら、立地かしら?」
「それが、立地も問題ないらしい。商店街に店を構えている。昔に比べて人は少なくなったそうだが、通行人の割合で考えると利益が少ないらしい」
昔が具体的にいつなのか、ネットが便利になって実店舗の売上が減少したことを考慮しているのか、数字の信憑性が計れない。
「無愛想な接客でもしているのかしら?」
「朗らかな店長とお喋りな婦人だから、接客も問題ないそうだ。ただ喋りすぎるのが玉に瑕だそう」
お客と店員が長くお喋りするくらいなら経営が傾くまでいかない。
「桔梗の内容が正しいなら、大きな問題はないでしょう。つまり火の車は幻想でした。このまま経営を続けましょう」
「いやいやいやいや、それだと閉店まっしぐら。なんか間違いがあるんじゃないの?」
あるでしょうね、と躊躇いなく肯定する。しかし華薔薇には、どれが間違っているかの指摘はできない。
「私は安楽椅子探偵じゃないから、わからないものはわからない」
「何その探偵?」
安楽椅子探偵とは、ミステリの用語である。
事件の現場に赴くことなく、人伝に情報を得ることで室内にいながら、事件を推理する探偵のことだ。
代表なのはアガサ・クリスティの『火曜クラブ』やバロネス・オルツィの『隅の老人』だ。
「でも、間違いがあるのがわかってるなら、それも込みで考えればいいじゃん」
「無理ね。情報の正確性が保証できないから、推理も予測もくそもない」
「俺はきちんと話を聞いて、メモも取ったし、正確に伝えたぞ」
伝言ゲームで情報が正しく伝わらないように、誰かの介入があると話の正確性は失われる。いくらメモを取ろうが情報は加工されている。生の情報は決して手に入らない。
「私にわかるのは春の紫苑が桔梗の知り合いの生徒で、春の紫苑の家族が精肉店を経営しているということね」
「当たってるぅぅぅ! 華薔薇って探偵? もしくは超能力者?」
桔梗の話ぶりや内容から推測したにすぎない。しかも保険をかけて、大枠で捉えている。当てはまらない訳がない。
「詐欺師まがいの占い師が使うようなテクニックよ。誉められても嬉しくない。詐欺師に間違われても困るし……」
「ん? 詐欺師?」
華薔薇は言うべき必要のない言葉を挟んだと後悔する。桔梗に疑問を抱かせないように、話題をすぐに変える。
「なんでもないわ。ともかく、情報が間違っている可能性は極めて高い。そもそも、人間の記憶ってのは、過去を美化してしまうのよ。過去の記憶は実際よりも大幅に改竄されているでしょうね」
「でも、売上の記録は残ってるそうだぞ。数字に間違いはないんじゃないかな」
記録が残っていても、正しく使えなければ意味はない。
「正確な数字でも、使い方が間違っていたら意味ないのよ」
「どゆこと?」
「そうね。仮に私の100m走のタイムが13秒としましょう。桔梗のタイムは12秒でした。この二つのタイムを比べる意味はあるかしら」
性別が違うから、この二つのタイムからわかるのは華薔薇より桔梗の方が速い、という事実だけだ。これで桔梗が誰よりも速い、と結論を出す人はいない。
桔梗の速さが同世代の男子と比べて速いかどうかはわからない。
華薔薇の速さは確かに桔梗よりは遅いが、同年代の女子と比べたら早いかもしれない。
数字が正しいのは当然として、使い方にも正解はある。
「なるほどなぁ。使い方はわかった。どうしてさっきのが間違っているんだ」
「記録はね、未来をよくするために残すものよ。タイムマシンでもないと、過去は変えられない。そんな過去の栄光にしがみついている人が、数字を正しく使えているはずないでしょう」
失敗と成功を記録することで人はよりよい未来に進める。
失敗を記録して、同じ過ちを犯さない。
成功を記録して、無駄を省く。
過去の記録を懐かしむのは、ただの日記だ。
「まあ、全て私情だけどね」
これまでの華薔薇の見解は妄想と言われても仕方ない。
桔梗の情報が全て正しく、華薔薇の言葉が全て的外れでもおかしくない。
見ていないものを的確に推理できるのは、やはり安楽椅子探偵くらいなもの。それこそ漫画や小説の中にしかいない。
現実では精々妄想を膨らませることだけ。だからこそ雑談のネタとして最適である。
「結局、アドバイスらしい、アドバイスはないのか?」
「仮に、桔梗の情報が正しいのなら、マーケティングの問題かもね。どんなに優れた商品でも人の目に触れなければ、存在しないのと一緒よ」
知らないものは選択の候補に上がらない。
「まずは知ってもらうことから始めたらいいんじゃない」
私には関係ない、とばかりに突き放す。マーケティングの話になると本格的にコンサルタントの領分である。
雑談部が扱うには手に余る。
「知ってもらうなら、SNSを始めるのもいいかもな。SNSなら他に追随を許さない豊富なラインナップを余さず紹介できるだろうし」
「ん?」
何気ない一言だったが、重要な問題が隠されていた。
「豊富なラインナップ、とは具体的にどれくらい?」
「かなり多いぞ、牛、豚、鶏、羊、馬は当然扱っている。しかも部位ごとに販売しているそうだ」
ある日の放課後。雑談部の部室では桔梗がどこかから持ち寄った相談事のお伺いを立てていた。
「ここは雑談部よ。店舗経営のノウハウを相談するなら経営コンサルタントに頼みなさい。以上」
「バッサリィ! もうちょっと聞く耳立てようよ。相談者がかわいそうだよ」
「そもそも雑談部にお悩みコーナーなんてないのよ。勝手にラジオ番組みたくしないで。リスナーのいない寂しすぎるコーナーなんて不毛よ」
「これから盛り上げていこう。最初は小さなことからコツコツと」
雑談部は面白おかしく喋る場所だ。ラジオ番組の真似をしてトーク力を鍛える場所ではない。ましてや赤字店舗の経営を建て直すのは門外漢である。
「女子高生に相談するのは時間の無駄よ。私からアドバイスするとしたら、専門家に聞きなさい、よ」
「まあまあ、華薔薇ならなんとかなるっしょ」
「人の話を聞きなさいな」
経営の知識を持っているか、問われるとイエスと答える。持っていても実際に有効活用できるかどうかはわからない。
本を読んだだけで、コンサルタントが上手くいくのなら、世の中はお金持ちで溢れているだろう。お金持ちが稀少であることを考えれば、知識だけではどうしよもないことがわかる。
「ダメで元々だから。アドバイスしちゃいなよ」
無責任も甚だしい。
相談者の事情はわからないが、案外軽いノリかもしれない。たまたま桔梗が聞いたことで雑談部に話を持ってきたかもしれない。
逆に藁にもすがる思いの可能性も捨てきれない。
「お店が火の車って、何のお店なのよ」
華薔薇が折れた。雑談のネタなら悪くないという判断でもある。
アドバイスしても最終的に決めるのは春の紫苑である。素人が外野がやいのやいの言っても無視される可能性は高い。
そもそも春の紫苑にアドバイスが届くかもわからないし、実在するかさえ不明である。桔梗の妄言、もしくはでっちあげも否定はできない。
雑談部の本質とは遠くかけ離れている事柄を深く考える必要はない。
「精肉店だそうだ。ブロック肉や切り身の販売以外にも惣菜の販売もしている」
「普通の精肉店ね。味と値段はどうかしら」
「新鮮なお肉を仕入れていて、リピーターも多い。値段も手頃で、むしろスーパーより安くを意識している」
パッと聞いた印象だと大きな問題はない。値段が安いから利益率が低い懸念はあるも、専門店なら安く仕入れることが可能。
「味も値段も問題ない。なら、立地かしら?」
「それが、立地も問題ないらしい。商店街に店を構えている。昔に比べて人は少なくなったそうだが、通行人の割合で考えると利益が少ないらしい」
昔が具体的にいつなのか、ネットが便利になって実店舗の売上が減少したことを考慮しているのか、数字の信憑性が計れない。
「無愛想な接客でもしているのかしら?」
「朗らかな店長とお喋りな婦人だから、接客も問題ないそうだ。ただ喋りすぎるのが玉に瑕だそう」
お客と店員が長くお喋りするくらいなら経営が傾くまでいかない。
「桔梗の内容が正しいなら、大きな問題はないでしょう。つまり火の車は幻想でした。このまま経営を続けましょう」
「いやいやいやいや、それだと閉店まっしぐら。なんか間違いがあるんじゃないの?」
あるでしょうね、と躊躇いなく肯定する。しかし華薔薇には、どれが間違っているかの指摘はできない。
「私は安楽椅子探偵じゃないから、わからないものはわからない」
「何その探偵?」
安楽椅子探偵とは、ミステリの用語である。
事件の現場に赴くことなく、人伝に情報を得ることで室内にいながら、事件を推理する探偵のことだ。
代表なのはアガサ・クリスティの『火曜クラブ』やバロネス・オルツィの『隅の老人』だ。
「でも、間違いがあるのがわかってるなら、それも込みで考えればいいじゃん」
「無理ね。情報の正確性が保証できないから、推理も予測もくそもない」
「俺はきちんと話を聞いて、メモも取ったし、正確に伝えたぞ」
伝言ゲームで情報が正しく伝わらないように、誰かの介入があると話の正確性は失われる。いくらメモを取ろうが情報は加工されている。生の情報は決して手に入らない。
「私にわかるのは春の紫苑が桔梗の知り合いの生徒で、春の紫苑の家族が精肉店を経営しているということね」
「当たってるぅぅぅ! 華薔薇って探偵? もしくは超能力者?」
桔梗の話ぶりや内容から推測したにすぎない。しかも保険をかけて、大枠で捉えている。当てはまらない訳がない。
「詐欺師まがいの占い師が使うようなテクニックよ。誉められても嬉しくない。詐欺師に間違われても困るし……」
「ん? 詐欺師?」
華薔薇は言うべき必要のない言葉を挟んだと後悔する。桔梗に疑問を抱かせないように、話題をすぐに変える。
「なんでもないわ。ともかく、情報が間違っている可能性は極めて高い。そもそも、人間の記憶ってのは、過去を美化してしまうのよ。過去の記憶は実際よりも大幅に改竄されているでしょうね」
「でも、売上の記録は残ってるそうだぞ。数字に間違いはないんじゃないかな」
記録が残っていても、正しく使えなければ意味はない。
「正確な数字でも、使い方が間違っていたら意味ないのよ」
「どゆこと?」
「そうね。仮に私の100m走のタイムが13秒としましょう。桔梗のタイムは12秒でした。この二つのタイムを比べる意味はあるかしら」
性別が違うから、この二つのタイムからわかるのは華薔薇より桔梗の方が速い、という事実だけだ。これで桔梗が誰よりも速い、と結論を出す人はいない。
桔梗の速さが同世代の男子と比べて速いかどうかはわからない。
華薔薇の速さは確かに桔梗よりは遅いが、同年代の女子と比べたら早いかもしれない。
数字が正しいのは当然として、使い方にも正解はある。
「なるほどなぁ。使い方はわかった。どうしてさっきのが間違っているんだ」
「記録はね、未来をよくするために残すものよ。タイムマシンでもないと、過去は変えられない。そんな過去の栄光にしがみついている人が、数字を正しく使えているはずないでしょう」
失敗と成功を記録することで人はよりよい未来に進める。
失敗を記録して、同じ過ちを犯さない。
成功を記録して、無駄を省く。
過去の記録を懐かしむのは、ただの日記だ。
「まあ、全て私情だけどね」
これまでの華薔薇の見解は妄想と言われても仕方ない。
桔梗の情報が全て正しく、華薔薇の言葉が全て的外れでもおかしくない。
見ていないものを的確に推理できるのは、やはり安楽椅子探偵くらいなもの。それこそ漫画や小説の中にしかいない。
現実では精々妄想を膨らませることだけ。だからこそ雑談のネタとして最適である。
「結局、アドバイスらしい、アドバイスはないのか?」
「仮に、桔梗の情報が正しいのなら、マーケティングの問題かもね。どんなに優れた商品でも人の目に触れなければ、存在しないのと一緒よ」
知らないものは選択の候補に上がらない。
「まずは知ってもらうことから始めたらいいんじゃない」
私には関係ない、とばかりに突き放す。マーケティングの話になると本格的にコンサルタントの領分である。
雑談部が扱うには手に余る。
「知ってもらうなら、SNSを始めるのもいいかもな。SNSなら他に追随を許さない豊富なラインナップを余さず紹介できるだろうし」
「ん?」
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