最強のネクロマンサーは顔は怖いけど誰よりも優しい。

湯島

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ネクロマンサーとスライムその4

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すると柱に縛り付けられたままの少女達は、喉奥を絞り上げながらあらん限りの声で訴えた。
「殺してっ、殺してえっ、怪物に捧げられるなんて嫌よっ、この悪魔に魂を食べられる前に今すぐ私達を殺してちょうだいッッ!」

半狂乱になりながら娘達が叫び続ける。それはまさしく魂のシャウトとも言えた。
セイジロウはそんな少女達を哀れに思い、自らも悲しんだ。

彼女達は何の説明も受けずに突然貢物にされてしまったのだろう。

だからあのように酷く混乱し、自らの境遇を嘆き、そして悪魔に生贄として差し出されるのだと勘違いしているのだろうと。

セイジロウのその予想は、まあ、半分位は点数を与えてもいいかな、くらいには正しいと言えなくもなかった。

セイジロウは生贄の少女達を見渡し、トーマスに言った。
「では頂いた少女達は僕からそのままお返しします。彼女達の縛めを解いて、すぐに家に帰してあげてください」

その言葉に群衆は彼女達を縛っていた縄を切り、柱から降ろした。従わないと殺されると思ったからだ。

解放された娘の一人が自分を殴った老婆に飛びかかると馬乗りになり、その顔面に拳を叩き込む。
何度も何度も執拗に。

老婆の顔はたちまち血だらけになり、裂けた唇からへし折れた前歯が飛んだ。
「や、やべで……」

「ふざけるなよっ、クソババアっ、死ねっ、死んじまえっ、この老いぼれがっっ」
娘は老婆に罵倒を浴びせながら拳の雨を降らせた。

そして、少女を竹槍でつついていたあの農夫も娘達に捕まり、激しいリンチを受ける羽目になった。
股裂きの刑である。少女達が農夫の両足を掴み、綱引きの要領で左右に引いていく。

「うわああああああっ、やめてくれえっっ」
「うるさいっ、この腐れ中年オヤジがっ」

恐怖から放たれた娘達が激しい怒りとともに暴れ始めたのだ。
そこには再び狂気と混乱が生じ始めていた。

セイジロウは大声で彼女達に対し、落ち着くように呼びかけた。すると少女達は動きを止めた。
理由は言わなくても充分だろう。そう、セイジロウが恐ろしいからだ。

だが、混乱が静まったことには変わりはないのである。
人々の理性に訴えるか、それとも恐怖心に訴えるか、それだけの違いだ。
セイジロウは一同に向かって微笑みかけた。

その微笑みは、群衆の心に血に飢えた魔界の悪鬼の姿を刻み付けるのであった。




それから数時間後、セイジロウとエリックは通されたサロンでパーティーを楽しんでいた。
モルケス城の人々がどうしてもというので、二人はこのパーティーに参加したのだった。

セイジロウはそんな彼らの心遣いに深く感謝を示した。

ブドウを摘んでいたエリックが隣に座るセイジロウに話しかける。

「なあ、セイジロウ、俺は今まで人間を誤解していたかもしれない。
人間といえば俺達スライムを見つけると面白半分に殺そうとする奴らばかりだった。

でも、この城の人々は違う。俺に果物や飲み物を持ってきてくれる。
俺は今まで自分の常識という名の先入観に囚われていたのかもしれないな。

いや、そもそも常識とは一体なんだろう。
誰もがこの常識という言葉に知った気になり、勝手に納得する。何かあればそんなもの常識だと言って」

カップに注がれたハーブティーの香りを楽しんでいたセイジロウが、穏やかな視線をエリックに投げかける。

「その質問はとても難しいね、エリック。でも、とても良い質問だよ。
そうだね、僕がかつていた世界にゲオルク・ジンメルという哲学者が居たんだ。
そしてジンメルは常識についてこう述べている。
『常識、それは互いの了知である』って」

「互いの了知、つまり、自分と相手が知っていると考えている共通の事柄から常識は成り立っているってことか。
でも、これだけだと少しわかりにくいし、何か違和感があるな」

「うん、正直に言えばこれだけじゃ、よく分からないだろうね。
他にも僕が前にいた世界の有名な人類化学者だったクリフォード・ギアツは常識をこう定義づけたんだ。

『常識、それは一般的に受け入れられている習慣や容認された考え、
あるいは一般化された判断やそれらに生まれながらの感情が絡み合ったもの』

とまあ、色々引用したけど、結局のところ常識についてのこれと言った明確な答えは出てないんだ」

「なるほどな。とても勉強になったよ、セイジロウ」

「どういたしまして、エリック。でもね、それでも常識というのは時に誤解を招いてしまうこともあるけど、
有用的でもあるんだ。例えば目の前に虎が出てきたら人は一目散に逃げる。
それは彼らの身を守るためにとても重要なんだよ。

だって、咄嗟の判断が生死を分けることもあるんだからね。

悠長にあれはこの前友人を襲った生き物と同じなのだろうか。
鋭い牙に爪、それに黄色い毛皮に覆われていて、なんて考えていたら命がいくつあっても足りないよ。
少なくともそれが大昔の人間の暮らしなんだ」

「つまり文化は新しくても人間の頭は古いままっていうことか、セイジロウ」

「はは、エリック、とてもうまい事を言うじゃないか」



一方、トーマスは気が狂った群衆から必死で逃げ惑っていた。
路地裏という路地裏をひた走り、粛清の血を求める民衆の手から少しでも離れようと。

「あのエセ坊主を捕まえて縛り首にしろっ」
「浄化の炎に投げ込めっ!」

街中に掲げられた松明の炎が鬼火のように揺れている。

群衆は誰かにこの狂乱の償いをさせようとしていた。その白羽の矢がトーマスに突き刺さったのである。
だが、ある意味ではこの僧侶の自業自得とも言えるだろう。

「元はといえばあのクソ坊主が悪魔を招き入れたって話だぞ。つまり、全部あいつが悪いんだっ、あのトーマスがっ」

するとそうだ、そうだと銘々に同調する声が轟き渡った。
群衆は血に飢えているのだ。この恐怖と混乱を鎮めるための血だ。

「た、助けてっ、助けてくれっ」
舗装もされていない裏道を走り、ゴミバケツの中に隠れ潜みながらトーマスは祈った。

必死で何度も念じ続けた。ああ、お願いです、心を入れ替えますから今度こそお助け下さいませっ。

残念ながらトーマスの祈りは天に通じることはなかった。
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