最強のネクロマンサーは顔は怖いけど誰よりも優しい。

湯島

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ネクロマンサーとスライムその5

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隠れていたバケツは押し倒され、地面に転がされた。

民衆の手によって湿った路地裏から街路へと引きずり出されるトーマスの姿が実に哀れだ。
「ここにいやがったのかっ、このエセ坊主めがっ」

若者もいれば年寄りもいた。男もいれば女もいた。
老若男女問わずゾロゾロと集まってきた群衆に取り囲まれ、トーマスは血が凍りついた。

「た、頼むから助けてくれっ、靴でもケツでも舐めるからァァっ!」

一般市民はナタや鎌、棍棒や包丁をその手に掴み、戦士や兵士と思しき者達は槍や長剣を構えている。
そして彼らの背後に控えている何人かの魔術師達が、杖を握ってトーマスを睨んでいた。

トーマスを囲んで喚き立てる群衆の怒鳴り声が、黒く染まった夜空へと響く。
ついに袋の鼠となったトーマスは、しかし、最後の悪あがきとばかりに人々に向かって<ホーリーカッター>の魔法を放った。

ホーリーカッターは聖属性の初級攻撃魔法だ。
トーマスの発した聖なる刃が鎌を持った老人の胸を切り裂いた。



魔法データ 「ホーリーカッター」 習得度 星一つ


解説

「僧侶などの聖職者が覚える最初の攻撃魔法の筆頭。基本的に聖職者が覚えるのは回復呪文系統なので、
この魔法は攻撃手段をあまり持たない僧侶や神父からすれば結構有難いものである。
また、アンデッドや悪魔系統の魔物には更に効果が高まる。
ただし、使い続けると頭の毛が抜け落ちていき、ハゲるという噂もある」



途端に人々がどよめき、そしてトーマス目掛けて殺到する。そして手に持った凶器を振り下ろし、この僧侶の五体を散々に痛めつけた。

ああ、だが、その時、再び不幸が起きた。
トーマスに向けたはずの刃や魔法が、ちょっとした弾みで別の群衆を傷つけてしまったのだ。

傷つけられた者は叫んだ。
「こいつら、このクソ坊主の仲間だっ!」と。

気が立っている人々はその言葉に充血した両眼をギラつかせ、他の群衆へと襲いかかった。
街路では大乱闘が勃発し、それを皮切りに次々に各所で暴動が巻き起こった。

「どうせ俺達はあのネクロマンサーに殺されるんだっ!だったら好きなだけ暴れてやるぜっ」

そして野獣と化した男達は女を引きずり倒し、路地裏に連れ込むと数人掛りで暴行を働いたのである。
人家は放火され、建物は打ち壊された。

店という店は略奪によって荒らされ、通りでは殺された人々の亡骸が打ち捨てられた。
幼子の泣き声が夜空へと吸い込まれては消えていく。

「それっ、街中に火を放てっ!」
教会に油を撒き散らした男が燃え上がった松明を放り投げた。松明が引火し、教会が炎に飲み込まれる。

「略奪はし放題っ、女は犯し放題っ、家は燃やし放題っ、人は殺し放題だぜェッ!」
狂気が次々に伝染し、それに比例するように暴徒が数を増していく。

群衆は理性をかなぐり捨て、残虐と暴力に酔いしれた。
街中のそこかしこに鮮血の臭気が漂っている。安全場所などもはや存在しない。

ヒューマニズムなど幻想でしかないことを野獣と化した群衆が物語っている。
人々は夥しい血の雨を降らせ続けた。群衆の上げる叫喚、怒号、悲鳴が闇の中で交錯する。

こうしてモルケスの街は地獄の坩堝と化したのである。




一方、パーティーから抜け出して城のテラスから街を眺めていた二人は異変に気がついた。
「セイジロウ、何か街の様子がおかしいぞ。大勢の人間が暴れまわっているようだが」

「ああ、街で何かあったのかもしれないっ、すぐに行こうっ」
セイジロウはエリックを掴むとテラスから街へと一直線に飛んでいった。

セイジロウが人気のない路地へと降り立ち、街の通りへと進んでいく。

そこで二人は見たのだ。長剣や鎌を振り上げて互いに殺し合い、あるいは強奪を繰り広げる狂った獣達を。
「どうやら暴動が起きたらしいな、セイジロウ」

「ああ、エリック、どうやらそのようだね」
「それにしてもなぜ暴動が起きたんだ?」

「誰かが危険な呪物を使って、人を狂わせたのかもしれない。あるいは人々の鬱憤が爆発したのかも。

最初はちょっとした火種程度でしかないんだ。でもそれが燃え広がっていくと大きな炎になる。
そういう意味では暴動も火事もよく似ているんだ」

「つまりこういう事か。誰かが暴れまわっているのを見て、他の誰かがそれに加わる。
するとどんどん暴れる人間の数が増えていき、暴動にまで発展する」

「うん、僕が前にいた世界にも君と同じ事を考えた社会学者がいたよ。

その学者の名前はマーク・グラノヴェッターと言ってね、彼は人間の集団思考や集団行動について研究していたんだよ。
そして彼は暴動モデルを作り出した。人はなぜ暴動を起こすのかっていうね。

グラノヴェッターはそこで人が他者の行動を真似ること、それから閾値(いきち)というこの二つの考えを持ち出したんだ。

具体的に言えば十の閾値を持つ人は、十人が暴動を起こしていれば、それに参加する。
でも五人の人間が暴れていても参加はしない。そして閾値は人それぞれ異なるということ。

閾値が高い人もいれば低い人もいるんだ。

そして暴動に限らず、デマの広がりや集団ヒステリーも他人の行動を真似ることから始まるんだよ」

「なるほどな。人間は模倣する生き物ということか」

その時、けたたましい哄笑と共に石畳を蹴りつける激しい蹄鉄の音が街路に響いた。
「ヒャハハハハッ」

見ると馬に跨った男達が、縄で縛り付けた子供達を引きずり回しているではないか。
「うわあああんっ、お父さんっ、お母さんっ」

「ヒャハハハッ、てめえらの親父もお袋も既にこの世にゃいねえぜっッ、俺達がとっくに殺しちまったからなあァッッ、
ヒャハッ、ヒャハハハッ!!!!!」

「もっと泣き喚けっ、叫べっ、俺達を楽しませろっ、ヒャハハハッ」

セイジロウとエリックはその余りにも残酷無残な光景に顔を歪めた。
「何て酷いことを……エリックっ、すぐに止めなければっ」

「ああ、急ぐぞ、セイジロウっ」

二人は激しく駆ける馬の前に立ちはだかり、その動きを制した。

「なんで人間同士でこんな酷い真似をするっ、いますぐその子供達を解放するんだっ」

エリックが男達に向かって大声を張り上げて抗議する。

だが、男達の耳にエリックの言葉は届かなかった。
「あ、悪魔だァッ、俺たちはもうおしまいだァッッ!!!!!!!」

何故ならばセイジロウの顔を見た男達が激しい恐慌状態に陥ったからだ。

「うわあああっ、こ、このガキどもを差し出しますから命だけはお助けくださいっ、なんなら他にも見繕ってきますんでっ、
お慈悲を、どうかお慈悲をオオッッ!!!!!!」

「それならすぐにその子供達を離してあげてください」

そのセイジロウの言葉に暴徒達は急いで子供を解放した。こうして子供達の命は救われたのである。
助け出された子供たちの中には、エリックをいじめていた少年グループも混ざっていた。

「大丈夫だったか?」
エリックが血と擦過傷に塗れた少年達に声をかける。

だが、少年達は二人の姿を見るなりうわああああっと叫びながら別々の方向へと逃げ出していった。

蜘蛛の子を散らすように逃げていく子供達の後ろ姿を眺める二人。
「どうやら酷く混乱しているようだな、あれだけひどい目に遭えば無理もないが……」

「そうだね、エリック。子供達の怪我が心配だけど……」
「ああ、そしてこのまま暴動が続けば、ますます犠牲者が出ることになる。俺達でこの騒動を鎮めないと」

「うん、君の言うとおりだよ、エリック。まずは人々に落ち着くように呼びかけよう。
それと怪我人の治療もしないと」
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