蛮勇カイン・ザ・バーバリアン・ヒーロー

湯島

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蛮人カインと淫虐の総督

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静かに玄関ホールで佇んでいたエレナ──その瞼は泣き濡らしたせいか、やや腫れぼったくなっている。
「泣いているのか、エレナ。父の死が悲しいのか、それともこの屋敷を失うことへの痛ましさか?」
「その両方です……父もこの思い出の屋敷も一度に失ってしまったのですから……」

「それならばエレナよ、俺はお前の悲しみの半分はすぐにでも消すことができるだろう」
泣き腫らしたその細面を上げ、エレナがカインに尋ねた。
「どういう意味ですか?」

「正直言って詫びに屋敷を貰ったはいいが、俺の手には余る。あんたが使いたいというならあんたが使うといい。
そっくりそのままこの屋敷は返してやる。その代わりに俺が屋敷を自由に出入りし、好きに飲み食いできるようにしろ」
途端にエレナの表情に生気と輝きが戻っていく。

「その顔つきからすると悲しみの半分は癒えたようだな。もう半分は残念ながら俺にはどうすることもできん。
死人を生き返らせる術を俺は知らんのだ」
「ああ……カイン、貴方は本当に素晴らしい方です、私の命の恩人であり、
父に命を狙われた代償に差し出されたこの屋敷を事も無げに手放してしまわれるなんて、カイン、貴方には欲というものがないのですか?」

カインはその問い掛けに対して首を横に振ると、潤みを帯びたエレナの緑色の明眸を覗き見た。
「俺にだって欲はある。いや、生きていれば誰だって欲望はあるだろう。ただ、俺は文明人とは違う。
文明人が欲する類のものだからといって、蛮人までもが欲しがるというわけではない」

彫りが深く精悍(せいかん)に整ったカインのその相貌は、表情らしい表情を映し出さなかった。
その表情はどこか野生に生きる動物めいている。そんなカインにエレナは曖昧気味な笑みを浮かべた。
それから二人の間にしばしの沈黙が訪れた。



広間にある螺旋階段を両腕のみで昇り降りするカインに召使い達は奇異の視線を移している。
それでもカインは気にする様子もなく、広げた掌を使って階段を再び昇っていった。
それにも飽きると次は右手と左手の人差し指のみで階段を下りていく。

そうしている内に身支度を整えたエレナが衣裳室から出てきた。
青く染めたシルクのドレスに身を包み、メイドに手を取られながら螺旋階段を下りていく。
「どうやら準備は整ったようだな。それでは出かけるとしようか姫よ、護衛は俺が務めよう」

それから二人は屋敷の中庭の控えさせていた場車に乗り込むと外門を横切り、街の劇場へと向かった。
エレナは史劇などを好み、護衛を連れてはこうしてよく出かけるのだった。

目的の場所に着くと二人は馬車を降りた。
大小の劇場が軒を連ねる劇団通りはいつも多くの人々で賑わいを見せている。
カインはエレナを引き連れて劇場へと入っていった。それから二人は休憩を挟んで四刻(八時間)ほどの劇を鑑賞した。

劇を見終えて外へ出ると空はすっかり日が落ちていた。
近くの酒場で暇を潰していた赤ら顔の御者が、酒臭い息を吐きながら戻ってくる。
乗り込んだ馬車で二人は再び揺れた。カインにとって劇はさほど面白いものではなかった。

白馬に乗った気高き騎士が姫を攫っていった卑劣なムスペルヘイムのバーバリアンどもを剣で次々に倒していき、
最後はその救出した姫と夕焼けの中で結ばれるという内容のものだったが、カインにとっては到底楽しめる話ではない。
劇中で醜く戯画されたバーバリアン達は、腰が曲がったただの猿モドキで言葉すら喋れなかったからだ。

それは荒野に生きる蛮人とは似ても似つかない代物だった。
そもそもあのような頭の悪い猿モドキが生き抜いていけるほど荒野は甘くはないのだ。
カインは劇場で見た内容を頭を振って忘れることにした。そんなカインとは対照的にエレナはご満悦の様子だ。

騎士と姫とのラブロマンスに酔いしれているのだろう。
カインはエレナを自らの身体に引き寄せると、布地の上からその滑らかな臀部をまさぐった。
「あ……」

エレナが思わず呻く。だが、抵抗はしない。あの晩、既にカインはエレナを抱いていたのだ。
懸念を払拭しておきたいという考えもあったし、単純にエレナが欲しいとも感じていた。
だからカインはエレナの身体を奪った。

男女の関係になることで、エレナの父が死んだことに対する不信感を取り除いたというわけだ。
エレナの華奢で繊細な身体つきは、この素晴らしい体躯を誇るバーバリアンと比べると酷く儚げに映る。
カインはエレナのスカートを引き上げると、なだらかな曲線を描いた白い尻をすっかり露わにした。

「ああ……」
カインがエレナの可憐に色づいた唇を奪い、自らの舌を絡ませる。
そして樫の木のようにたくましいその両腕で少女を抱擁した。
力強く脈打つカインの肉体の強靭さと情熱にエレナは震えるような思いだった。
そして二人は揺れる馬車の中で、互いに愛欲を求めあったのだった。



またぞろ戦が始まろうとしていた。
ワラギアの隣国であるイスパーニャが、自らの属国であったカノダから蜂起されたからだ。
この蜂起の原因はイスパーニャ王の代理でカノダを統治していたタルス総督は暴君であり、圧政を敷いていたのだ。

重税に次ぐ重税や蔓延する疫病の放置などはまだ良い方で、タルス総督は面白半分に罪のない人々を殺した。
特にタルスは若い娘を好んで嬲り殺した。
淫虐総督、ドブネズミのタロス、そしてタロスの暴虐に耐え切れなくなったカノダの人々は、ついに立ち上がったのだった。

ワラギアはそんなカノダに助力を申し出た。
ワラギアとイスパーニャの間には国同士の確執があり、互いに出し抜く機会を伺っていたのだ。
カノダがイスパーニャからこちらへと鞍替えしてくれれば、ワラギアからすればこれほど愉快な話もなかった。
そして荒野育ちの蛮人もまた、その戦火の中で己の武勲を得ようとカノダの地にその身を寄せた。



激しい雷鳴が轟き、爆発音が木霊した。砲弾や魔法の直撃を受けた兵士達が叫ぶ間のなく吹き飛ぶ。
カインは死屍累々とした血河に染まる敵線の只中で、ただ一人戦っていた。
味方の生き残りは既にいない。

味方の兵士の大半は敵に殺され、カインが囮となって逃がした少数の仲間も今頃はどうなっているのか、
判断つかぬ状況だった。
カインが紅に輝く荒涼とした戦場地を突き進んでいく。
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