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第一章(母:明美)
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「猫ちゃーん」
みのりは先ほどから何度も子猫を呼んでるが、うんともすんとも言わないところを見ると、警戒されているのだろう。
とりあえず今日一日家に置いておくとして、猫のご飯はどうすれば良いのか。トイレだってない。
明美は弘昌の部屋にパソコンがあることを思い出して、すぐに二階へ向かった。
「子猫用のウェットフード?それがなければふやかしたドライフードでも良い……なんて、両方うちにはないわね」
パソコンの画面に映し出された検索結果にため息をつく。
猫用の簡易トイレについては家にあるもので作れそうだったが、コンビニにキャットフードは売っているのだろうか。
そもそも、あの様子じゃソファの下から出て来てくれないかもしれない。
まだ子猫なことも踏まえ、最悪、見えないところで排泄物をされるという可能性も……。
心配と疑問がつきない中、明美はパソコンの電源を落として部屋を出る。
「ただいまー」
その時、ちょうど部活を終えた和樹が帰って来た。
和樹が階下でドタドタとお風呂場へ向かう音がする。
我が家に猫がいることを知れば、和樹も興味津々になるだろう。
そんなことを思いながら一階へ降りると、明美は着替え終わった息子と階段下で鉢合わせた。
「……何?」
普段通りの憮然とした目つきの彼に、「いや……おかえり」とぎこちなく挨拶する。
「ただいま」
和樹は階段を駆け上がり、自身の部屋に閉じこもる。
リビングに戻ると、相変わらずソファ下をのぞき込んでいるみのりがいた。
この姿を見ていればさすがに和樹も気づきそうなものだが、子猫には興味がなかったのだろうか。
「和樹は猫のことなんて?」
「教えてない。言ったら猫につきっきりになりそうじゃん。そしたら猫ちゃん可哀想。だから秘密にしておいた」
「……そう」
自分もさっきまで猫にかまっていたのは棚に上げているらしい。
和樹に知られたら子猫が独り占めできなくなるので嫌なのだろう。
しかしみのりの妨害も虚しく、和樹が夕飯を取りに来た時にはあっけなく見つかり、その日はずっと姉弟でソファの下を覗いていた。
***
六時に鳴ったアラームを止め、明美は一階へ続く階段を下る。
今日はパートが休みなので、ゆっくり支度ができる。
カーテンを閉め切ったリビングは相変わらず薄暗いが、いつもとは少し景色が違う。
ソファの脇に置かれた段ボール。
その中を覗き込むと、目を閉じた子猫がくるまって、小さなお腹をペコペコと上下させている。
板の間で寝るのは寒いだろうと、明美が寝る前にソファ下から引っ張り出して入れてあげたが、大人しく収まってくれている。
両手ですっぽり包めてしまいそうなほど小さい体。
明美は生まれてこの方動物を飼ったことがないが、それでもこの子猫が可愛いということはよくわかる。
(少し撫でるくらいなら大丈夫かしら?)
明美がそっと手を出してお腹に触れようとした時、猫がパチッと目を開けた。
すさまじい瞬発力で段ボールから飛び出し、「シャーッ」と牙を剥く。
「あらら、やっぱりだめね……」
段ボールから飛び出した拍子に後ろ足が当たり、再び手に傷が増えてしまった。
苦笑しながら、「起こしてごめんね」と謝罪し、明美は台所へ向かう。
手の傷が沁みるので、今日の弁当作りは手袋をしなければ。
朝食をとった後、いつものように三人分のおかずを弁当につめていると、視界の端に影が映った。
そちらに視線をやると、子猫がキッチンの入り口でちょこんと座ってこちらを見ている。
しかし、明美と目が合うとすぐに去ってしまう。
食べ物の香りにつられてやって来たのだろうか。
(あの子もお腹が空いてるわよね)
夫の弘昌が昨日、仕事終わりに買ってきてくれたキャットフードがあるので、明美はそれをあげることにした。
小皿に入れたドライフードに、ぬるめのお湯を少しだけ入れる。
しばらく放置すると、フードがお湯を吸って柔らかくなったので、明美は猫の姿を探した。
「ごはんよー」
明美がソファの下を覗くと、猫は案の定そこで身を伏せ、目を光らせている。
ごはんの匂いで出てくるかもしれない、と思い、明美はソファの近くにお皿を置いた。
お弁当作りを再開してしばらくすると、みのりが起きてくる。
「おはよう」
「おはようお母さん。猫は?」
眠そうな目をこすりながら、みのりは開口一番に猫の行方を気にする。
「またソファの下にもぐってるわ」
みのりはカーペットに膝をつき、もぞもぞとソファ下を覗き込む。
「うーん、お風呂がよっぽど嫌だったんだね。昨日から全然出てきてくれない」
「そうねぇ。お母さんが起きてきた時は段ボールの中で大人しく寝てたんだけどねぇ」
「え、ほんと?」
「うん。それで撫でようとしたらまた引っかかれちゃった」
「ええっ。大丈夫なの?また傷増えちゃったじゃん」
みのりが上体を起こし、心配そうな顔をする。
「まぁ少し沁みるけど、大丈夫よ」
みのりは下唇を突き出しながら、「うーん」と唸る。
「君はどうしようもなく怖がりな子ですねー。攻撃は最大の防御ってやつですか?」
再びソファ下を覗き込み、おどけて言うみのりに、「何?それ」と明美は笑う。
「今ハマってる漫画のセリフ」
「あぁ、漫画ね」
いつものことに明美は納得する。
小学校高学年の頃から、みのりは友人の影響で漫画やアニメを見るのが趣味になった。
おかしなことを言い出したと思ったら大体が漫画の受け売りだったりする。
みのりは先ほどから何度も子猫を呼んでるが、うんともすんとも言わないところを見ると、警戒されているのだろう。
とりあえず今日一日家に置いておくとして、猫のご飯はどうすれば良いのか。トイレだってない。
明美は弘昌の部屋にパソコンがあることを思い出して、すぐに二階へ向かった。
「子猫用のウェットフード?それがなければふやかしたドライフードでも良い……なんて、両方うちにはないわね」
パソコンの画面に映し出された検索結果にため息をつく。
猫用の簡易トイレについては家にあるもので作れそうだったが、コンビニにキャットフードは売っているのだろうか。
そもそも、あの様子じゃソファの下から出て来てくれないかもしれない。
まだ子猫なことも踏まえ、最悪、見えないところで排泄物をされるという可能性も……。
心配と疑問がつきない中、明美はパソコンの電源を落として部屋を出る。
「ただいまー」
その時、ちょうど部活を終えた和樹が帰って来た。
和樹が階下でドタドタとお風呂場へ向かう音がする。
我が家に猫がいることを知れば、和樹も興味津々になるだろう。
そんなことを思いながら一階へ降りると、明美は着替え終わった息子と階段下で鉢合わせた。
「……何?」
普段通りの憮然とした目つきの彼に、「いや……おかえり」とぎこちなく挨拶する。
「ただいま」
和樹は階段を駆け上がり、自身の部屋に閉じこもる。
リビングに戻ると、相変わらずソファ下をのぞき込んでいるみのりがいた。
この姿を見ていればさすがに和樹も気づきそうなものだが、子猫には興味がなかったのだろうか。
「和樹は猫のことなんて?」
「教えてない。言ったら猫につきっきりになりそうじゃん。そしたら猫ちゃん可哀想。だから秘密にしておいた」
「……そう」
自分もさっきまで猫にかまっていたのは棚に上げているらしい。
和樹に知られたら子猫が独り占めできなくなるので嫌なのだろう。
しかしみのりの妨害も虚しく、和樹が夕飯を取りに来た時にはあっけなく見つかり、その日はずっと姉弟でソファの下を覗いていた。
***
六時に鳴ったアラームを止め、明美は一階へ続く階段を下る。
今日はパートが休みなので、ゆっくり支度ができる。
カーテンを閉め切ったリビングは相変わらず薄暗いが、いつもとは少し景色が違う。
ソファの脇に置かれた段ボール。
その中を覗き込むと、目を閉じた子猫がくるまって、小さなお腹をペコペコと上下させている。
板の間で寝るのは寒いだろうと、明美が寝る前にソファ下から引っ張り出して入れてあげたが、大人しく収まってくれている。
両手ですっぽり包めてしまいそうなほど小さい体。
明美は生まれてこの方動物を飼ったことがないが、それでもこの子猫が可愛いということはよくわかる。
(少し撫でるくらいなら大丈夫かしら?)
明美がそっと手を出してお腹に触れようとした時、猫がパチッと目を開けた。
すさまじい瞬発力で段ボールから飛び出し、「シャーッ」と牙を剥く。
「あらら、やっぱりだめね……」
段ボールから飛び出した拍子に後ろ足が当たり、再び手に傷が増えてしまった。
苦笑しながら、「起こしてごめんね」と謝罪し、明美は台所へ向かう。
手の傷が沁みるので、今日の弁当作りは手袋をしなければ。
朝食をとった後、いつものように三人分のおかずを弁当につめていると、視界の端に影が映った。
そちらに視線をやると、子猫がキッチンの入り口でちょこんと座ってこちらを見ている。
しかし、明美と目が合うとすぐに去ってしまう。
食べ物の香りにつられてやって来たのだろうか。
(あの子もお腹が空いてるわよね)
夫の弘昌が昨日、仕事終わりに買ってきてくれたキャットフードがあるので、明美はそれをあげることにした。
小皿に入れたドライフードに、ぬるめのお湯を少しだけ入れる。
しばらく放置すると、フードがお湯を吸って柔らかくなったので、明美は猫の姿を探した。
「ごはんよー」
明美がソファの下を覗くと、猫は案の定そこで身を伏せ、目を光らせている。
ごはんの匂いで出てくるかもしれない、と思い、明美はソファの近くにお皿を置いた。
お弁当作りを再開してしばらくすると、みのりが起きてくる。
「おはよう」
「おはようお母さん。猫は?」
眠そうな目をこすりながら、みのりは開口一番に猫の行方を気にする。
「またソファの下にもぐってるわ」
みのりはカーペットに膝をつき、もぞもぞとソファ下を覗き込む。
「うーん、お風呂がよっぽど嫌だったんだね。昨日から全然出てきてくれない」
「そうねぇ。お母さんが起きてきた時は段ボールの中で大人しく寝てたんだけどねぇ」
「え、ほんと?」
「うん。それで撫でようとしたらまた引っかかれちゃった」
「ええっ。大丈夫なの?また傷増えちゃったじゃん」
みのりが上体を起こし、心配そうな顔をする。
「まぁ少し沁みるけど、大丈夫よ」
みのりは下唇を突き出しながら、「うーん」と唸る。
「君はどうしようもなく怖がりな子ですねー。攻撃は最大の防御ってやつですか?」
再びソファ下を覗き込み、おどけて言うみのりに、「何?それ」と明美は笑う。
「今ハマってる漫画のセリフ」
「あぁ、漫画ね」
いつものことに明美は納得する。
小学校高学年の頃から、みのりは友人の影響で漫画やアニメを見るのが趣味になった。
おかしなことを言い出したと思ったら大体が漫画の受け売りだったりする。
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