猫が繋いだ私たちの日々

はるかわ 美穂

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第二章(息子:和樹)

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過去の嫌な思い出がフラッシュバックしそうになった時、「やっぱそうだよな」という陽斗の明るい声でかき消される。

「……あぁ、うん」

和樹は我に返って、曖昧に返事をする。

三人ともご飯を食べ終えた後はゲームを再開した。

いつものように楽しくステージをクリアしていたが、難易度の高いステージに入った時、連携が上手くいかず、何度も同じ場所で失敗した。

「おいおい、皆しっかりしてくれよ。俺はちゃんと登ってんぞ」

進の困った様子の声に、和樹は「だよな。ごめん」と苦笑して謝る。

「いや、ていうかお前があそこにいたら、俺らが登りづらいってさっき言ったじゃん」

陽斗の声には不満が滲んでいる。

それを聞いた時、和樹の背筋がヒヤリとした。

「でも足場あそこしかないだろ?」

進も負けじと言い返す。

「だからあそこで待つんじゃダメなんだって。もう一個先に待てるとこあるだろ」

「いやいや、ないって。そこまで言うんだったら陽斗がやってみろよ」

「ああ、わかった。じゃ、次は俺が先頭な」

「おう」

わずかに険悪なムードとなった中で、ゲームが再開される。

先ほどよりも口数が減った通話に、和樹はとてつもない居心地の悪さを覚えた。

こういう時はいつも裕司が間に入って中和してくれていたが、あいにく彼はこの場にいない。

結局、その難所では陽斗の言葉通り隠された足場があり、なんとか三人でクリアすることができた。

しかし――

「悪い。俺、今日もう眠いから寝るわ」

昨日よりもずいぶん早い時間に進が抜けた。

和樹は陽斗と残されたが、先ほどの件が後を引いているせいか空気が重い。

陽斗が大きくため息をつくのが聞こえた。

「……ごめん。俺、空気悪くしたよな」

「え、いや……あぁ」

まさかここで謝られるとは思っていなかったので、和樹は何とも言えない受け答えをする。

「たかがゲームってのはわかってるんだけど、熱中するとどうしても周りが見えなくなるっつーか。そのせいでいつも、後でめちゃくちゃ後悔するんだけど……和樹は俺とゲームやってて楽しいか?」

いつもは元気はつらつな陽斗の珍しく弱気な声に、和樹は思わず気が抜けた。

「俺は楽しいよ」

四人でゲーム通信をやろうと言い出したのは陽斗だ。

最初はソフトを持っていなかった裕司も、陽斗の誘いで興味を持ち、自分用のソフトを買ってもらった。

四人でゲームをするのは本当に楽しかったし、時間も忘れるくらいだった。

だけど、最近はどことなく息苦しさを感じる。それは、裕司がいなくなる前から。

この気持ちの正体に漠然と気づきながらも、知らないふりをしている。

「……ありがとな和樹。今日はこれくらいで解散するか」

「そうだな」

未だ元気のない陽斗の声に返事をし、互いに通話を切る。

時計を見ると、いつもより二時間近く早く終わっている。

(陽斗も、別に悪い奴じゃないんだよな)

それでも確かに感じる徒労感。

伸びをして気を紛らわせた和樹は、食べ終わった食器を台所へ持って行くため一階へと降りた。

「あら、今日は早いのね」

リビングに入ると、明美が就寝のためにちょうど二階へ行こうとしていた。

「食器は台所につけておいてね」

「わかってる」

母の言葉にぶっきらぼうに応えながら、食器をシンクに入れて水に浸す。

「ねぇ和樹。ゲーム楽しい?」

唐突な母からの質問に、和樹は眉根を寄せる。

ついさっきも同じ質問をされたばかりなので、少し不思議な感覚がした。

「……何で?」

最近は息苦しい、なんて素直な気持ちを吐露する気にもなれなかったので、明美の質問の意図を探る。

「いや実はね、今日みのりが『どうして和樹をあんなに勝手にさせておくんだ』って言ってて。ふと私も、前は結構怒ってたはずなのに、どうしてかなーって考えたのよ」

和樹は頷きもせず、黙って明美の話を聞いていた。

「それでね、思い出したのよ。和樹が小学校高学年くらいの時、ゲームの仲間に入れてもらえなくて泣いてたのを」

ついさっき思い出さずに済んだ嫌な過去が、わざわざ掘り返されてしまった。

「……それがなに?」

和樹は口をへの字にして明美を見た。

確かに和樹は小学校六年の時、マイナーなゲームの話がわからないからと輪に入れてもらえず孤立したことがある。

たぶんあの時、和樹の友人たちは、子ども特有の「限られた人数で何かを共有するという特別感」に酔いしれていた時期だった。

だから彼らの興味はすぐに移ろって、和樹が孤立していたのもせいぜい一週間程度だった。

はたから見れば大して重たい出来事でもない。が、和樹にとっては長い長い一週間だった。

「別に何かあるわけじゃないのよ。ゲームをすることが和樹にとっての友達とのコミュニケーションの手段なら、私が口出すことでもないと思ってこれまで放任してたなって、ただ思い出しただけだから」

「ふうん」

和樹は明美の話を聞き流し、蛇口をひねって水を止める。

「話それだけなら、もう寝れば」

できるだけ蓋をしておきたい過去を、他でもない親に掘り返された事実が不愉快で、きつい口調になる。

「和樹」

突き放そうとする和樹を、明美が呼んだ。

「明日からしばらくツナの様子見てくれないかしら」

脈絡のない明美からの頼みごとに、和樹は目を瞬いた。

「何で?」

「最近ね、朝起きたらツナがご飯を吐いた跡が結構あるのよ。猫は戻しやすいっていうのは聞いてたけど、やっぱり心配じゃない。せめてお父さんが帰ってくるまでの時間、様子を見てくれる人がいないかなって」

「それなら姉ちゃんに頼めばいいじゃん」

「みのりは受験勉強があるでしょう。お父さんが帰ってくるまでの時間だけで良いから、しんどそうにしてないか見ててくれない?」

そう言われてしまえば断るのも薄情な気がして、和樹は渋々頷いた。

「良かった、ありがとう。ゲームの時間を割いてもらって悪いけど、お願いね」

明美はそう言うと、二階にある自身の部屋へ上がった。

静かになったリビングで、和樹はふとソファの方へ視線を向けた。

ツナが体を丸めて、小さく寝息を立てている。

その体をそっと撫でると、ツナはすぐに目を開けた。

「……ツナ、最近体調悪いのか?」

ツナはその丸い瞳をゆっくりと伏せるだけで何も言わない。

陽斗たちとのゲーム時間が減ってしまうことは少し気掛かりだが、ツナの体調が悪いならこちらが優先だ。

どうせ部屋に戻っても通話は繋がっていないので、和樹は今日からツナの様子を見始めることにした。
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