猫が繋いだ私たちの日々

はるかわ 美穂

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第二章(息子:和樹)

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「もうちょっと、目の前の友達と向き合ってみても良いんじゃないかしら」

戒めるようなその口調に、もしかして母は自分が無理してゲームに参加していることに気づいているのだろうか、と和樹は思った。

そして背筋が冷えると同時に感服した。

毎日明美と顔を合わせる時間なんて合計すればたった数分程度。

それだけで果たして、息子の本音なんて見破れるものだろうか。

(適当言ってるだけだろ)

和樹は母に本心を知られている事実を認めたくなくて、その考えをすぐに振り払った。

「何言ってんのか意味わかんねぇ。もう寝ろって」

吐き捨てるように告げると、「……おやすみ」と明美は二階へ上がっていった。

先ほどからイライラが止まらない和樹は、ソファで眠っているツナの隣に乱暴に腰かけた。

「あーもー、イライラするっ」

小さなツナのお腹におでこをくっつけ、和樹は首を左右に振った。

起こされたツナが不機嫌そうな顔をしている。

しかし、猫に癒しでも求めなければやってられなかった。

「なぁ、ツナ――」

和樹が話しかけようとした瞬間、ツナが「こぽっ、こぽっ」と喉を鳴らし出す。

「え、はっ?」

えずくようなツナの仕草を見て、嘔吐の二文字が和樹の脳裏をかすめる。

(これ、俺のせいか?いや、そんなことよりも今は……)

ソファの上に吐かれるとまずい。

革張りじゃなくて普通の布なので、汚れが染み込んだら取れなくなってしまう。

ビニール袋は近くにない。

せめてティッシュで受け止めようかと思ったが近くにない。

その他に何か吐しゃ物を受け止められそうなものはないか、ゼロコンマ数秒の間に和樹は辺りを見渡したが、使えそうなものはどこにもなかった。

そうこうしている間に、ツナはその口から消化前のフードを吐き出した。

「あああっ」

和樹は慌ててツナの前で両手を受け皿にする。

べちゃべちゃ、と落ちてくる何とも気持ち悪い感覚を手のひらで受けながら、和樹はツナが吐き切るのを待った。

全てを出し切ったツナは、ふんふんと鼻を鳴らした後、顔の毛づくろいをしてまた寝る体勢に戻る。

「ツナ、大丈夫か?俺がお腹にすりすりしたから気持ち悪くなったのか?」

初めて大事な子猫が吐く姿を見た和樹は、ツナの容態が心配で仕方なかった。

吐しゃ物は思ったほど水分を含んでおらず、ティッシュで簡単に拭き取れた。

それを小さなビニール袋に入れた後は生ごみ用のゴミ箱に捨て、和樹はすぐにツナのもとへ戻る。

しかし、ツナはなんだかけろりとした様子だった。

「猫はよく吐くって、やっぱホントなのか?」

気持ちよさそうに寝息を立てているツナを見ながら、和樹は訝し気な顔をする。

先ほどの件に加え、目の前で猫が吐く姿を見た衝撃が追い打ちとなり、和樹は眠りにつくまで胸にしこりがつっかえたような気分だった。


***


翌朝、いつもの時間に登校すると、すでに登校していた裕司たちが三人で固まっていた。

和樹もその輪に入るため、彼らのもとへ行くと、そこには何故か消沈した様子の陽斗がいる。

「おはよう……どうしたんだ?」

「ああ、おはよう和樹」

裕司が苦笑しながら挨拶を返してくれる。

「聞いてくれよ和樹。こいつ昨日さ、お前が抜けた後にまた感情に任せてキッツイこと言ってきやがったんだよ」

進が眉間に皺を寄せ、不満全開の表情をしている。

発生してしまった恐れていた現実に、和樹は「そ、そうなんか」とぎこちない返事をする。

「だから俺もついにカチンと来てさ。通話越しに大喧嘩したわけ」

「……まじか。だ、大丈夫だったのか?」

「大丈夫じゃないから喧嘩してんだよ。まぁ荒れた荒れた。別の部屋に居た母さんがわざわざ来て、本気で止められたからな」

進は肩を竦めてため息をつく。

「で、今日は絶対陽斗とは口利いてやんねぇって思ったんだけど……こいつ、朝どこにいたと思う?」

陽斗を指さす進に、「さぁ……」と和樹は首をひねる。

「俺の下駄箱の真ん前に立ってんの!この世の終わりみたいな表情で!靴履き替えられねっつの!」

進は心の底から楽しそうに笑い声を上げた。

「いや、だって……言い過ぎたなって思って……だから、朝イチで進に謝ろうと思って……」

陽斗はしどろもどろに言葉を紡ぐ。

「あー、まぁ確かにお前の言い方には腹立ったけど、もういいよ」

進が陽斗の肩に腕を回し、バシバシと叩く。

「今朝見たお前のあの顔見れただけで十分だわ」

ガハハ、と笑う進と、恐縮している陽斗。

思っていたよりも軽い二人の空気感に、和樹は目を瞬いていた。

その時、突然腕を小突かれる。

「な、言っただろ?」

裕司のひそめた声に、和樹はぎこちなく頷く。

「確かに陽斗は感情的になりやすいし、進も売られた喧嘩を買うとこはあるけど、陽斗が結構繊細なやつだからな。ほとぼりが冷めたら謝るだろうとは思ってた。反対に進は切り替え早い方だし、後も引かないだろうなって」

裕司の言葉に、和樹はよく見ているな、と思った。

しかし、そこでふと、昨日の母の言葉を思い出した。

『もうちょっと、目の前の友達と向き合ってみても良いんじゃないかしら』

もしかして、自分が彼らのことをちゃんと見ていないだけだったのだろうか。

和樹は過去の経験から、仲間外れにならないよう事なかれ主義を貫いていたが、それは反対に、目の前の友人と向き合う機会から逃げ続けていたということなんじゃないか。

「あ、そうだ。俺今日からゲームできるようになった」

裕司の発言に、進が「マジ?」と目を輝かせる。

「思ったより早かったな」

陽斗の言葉に「条件付きだからな」と、裕司は頷く。

「通信ゲームは週一回、しかも二時間まで」

「はぁ?短っ」

進が戦慄した様子で後ずさる。

「まぁ、土日はわりと自由にしても良いって言われてるから、部活終わりにでも集まってやろうぜ」

「そうだな。……けど、他の日に三人体制のゲームは変わらずか」

陽斗の言葉に、和樹は唾を飲み込んだ。

言うなら、今しかないと思った。

「……あのさ、俺も、週二回くらいの参加でも良いかな」
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