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第三章(父:弘昌)
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「岡田くん、次の会議の資料ってもう作ってくれた?」
弘昌の問いかけに、岡田はバタバタと席を立つ。
「こちらです」
渡された冊子を「ありがとう」と受け取り、弘昌は中身を確認する。
数ページほどめくると、とあるグラフに目が留まる。
「……ここのグラフって前のとちょっとデザイン変えた?」
「あ、はい。変えました。そっちの方が見やすいかと思いまして……ダメでしたか?」
恐縮する岡田に、「うーん」と弘昌はうなる。
「悪くないけど、ここのクライアントの担当者は結構年代が上だから、従来の物の方が肯定的に見てもらえると思う」
「あー……そうっすよね。すみませんすぐ直します」
岡田は席に戻り、再びパソコンを触り始めた。
弘昌も自分の席に座り、社内外から届いている依頼メールの振り分けを再開する。
その後は別の部下が作った売り上げデータの資料チェックや、自身にも割り振られている資料作成をこなしていると、あっという間にお昼が来た。
明美が作ってくれた弁当を持って休憩室へ行くと、カウンター席に見知った後ろ姿があった。
「隣良いか?」
「中谷か。座れよ」
同期の小山が白い歯を見せて笑う。
彼の手元には会社近くにあるチェーン店のカレーがあった。
「どうだ?そっちの部署は。相も変わらず仕事三昧か?」
小山の問いに弘昌は「そうだな」と頷くと、ランチバッグを開け、彩り豊かな弁当箱を広げた。
「月次の営業報告もあって、ちょっとバタついてる」
「お前、直近で定時で帰ったのいつだ?」
弘昌は記憶をたどり、しばらく考え込んだ。
「……一か月、いや、二か月前くらいか?」
「さすが地獄の営業企画だな」
顔の中心にしわを寄せた小山に、「情シスは時間の流れが穏やかそうだな」と弘昌が言う。
同期の小山は現在情報システム部におり、その部署の様子を度々本人から聞いている。
「そりゃあ、俺もトラブルがあれば時々残業はするけど、それだけだよ。基本的には定時退社だ」
「……羨ましい限りだな」
「前にやりがいがあるから仕事は好きって言ってなかったか。どうした」
弘昌は自宅にいる子猫を思い浮かべる。
「俺、猫飼い始めたんだよ」
「おお、そうなのか」
「って言っても、もう猫が家に来て半年近く経つけどな」
小山は意外そうに「それは初耳だな」と言って、カレーを一口すくう。
「まぁ最近お前とも会ってなかったしな」
小山は納得したように頷いているかと思えば、「ちょっと待て」と眉根を寄せた。
「もしかして、猫に会いたいから早く帰りたいとか、そういうことか?」
「そうだ」
それの何がおかしい、とでも言いたげに弘昌が首を傾げると、小山は目を丸くした。
「あの天下の中谷弘昌が……!」
「天下って何だよ」
またもや要らぬ持ち上げをされる気配がして、弘昌はテンションが下がる。
「いやぁ。だって営業企画の中谷って言ったら、完璧主義で正確な仕事ぶりは有名だろ。そんな男が猫一匹のために早く帰りたいなんて……」
小山は楽しそうに肩を揺らしている。
「あのなぁ、俺も仕事は真面目にやってるけど、家では結構適当だし、許されるなら仕事だってもうちょっと緩くやりたいんだよ」
「やればいいのに」
なんてことないように言ってのける小山に、弘昌はため息をつく。
「俺らが手を抜いたら一番困るのは営業だろ。営業がミスればそれが会社の評判にも繋がってくるし、手を抜くなんて絶対できない」
小山は感心半分、呆れ半分の様子で「真面目だなぁ」と呟いた。
弘昌としては、当然のごとく任された仕事に真摯に取り組んでいるだけ。
それを、いつもお堅いものでも見るかのように傍観している小山の思考回路を、弘昌は一生理解できる気がしなかった。
休憩から戻って来ると、岡田が席に居なかった。
ふと辺りを見渡すと、弘昌の一年後輩である川村と何やら話し込んでいる。
聞こえて来た会話を拾うと、手持ちの仕事がいっぱいだということを相談しているらしかった。
「もしきついなら俺が少しもらおうか」
会話に割り込むのはどうかと思ったが、部下が困っているなら上司として助けないわけにはいかないと思った。
岡田はハッと驚いた顔をして、「あ、いえっ、大丈夫です!」と首を振る。
「私の方でいくつかもらいましたので、大丈夫ですよ」
後ろで一つに縛った髪を揺らし、川村が笑う。
「……そうか、それなら良いんだが」
弘昌は笑みを返し、再び自分の席へ戻った。
岡田は入社して二年目になり、仕事も一通りできるようになった。
コミュニケーションもきちんと取れるし、自発的に仕事をこなそうとする姿勢もある。
しかし、弘昌の中で一つ引っ掛かっていることがある。
それは、相談をされないこと。
弘昌以外の上司に相談をしているのは見かけるが、弘昌自身が岡田から相談を受けたことは片手で数えるくらいしかなかった。
最初は避けられているのかと思ったが、仕事内容の質問は積極的にしてくれるので、嫌われているわけではないと、弘昌は解釈している。
それで仕事が滞ったりトラブルが起きているわけでもないので、今のところ特段問題はない。
が、部下から相談されないというのは、なんとなく弘昌の中で物悲しい気持ちがあった。
弘昌の問いかけに、岡田はバタバタと席を立つ。
「こちらです」
渡された冊子を「ありがとう」と受け取り、弘昌は中身を確認する。
数ページほどめくると、とあるグラフに目が留まる。
「……ここのグラフって前のとちょっとデザイン変えた?」
「あ、はい。変えました。そっちの方が見やすいかと思いまして……ダメでしたか?」
恐縮する岡田に、「うーん」と弘昌はうなる。
「悪くないけど、ここのクライアントの担当者は結構年代が上だから、従来の物の方が肯定的に見てもらえると思う」
「あー……そうっすよね。すみませんすぐ直します」
岡田は席に戻り、再びパソコンを触り始めた。
弘昌も自分の席に座り、社内外から届いている依頼メールの振り分けを再開する。
その後は別の部下が作った売り上げデータの資料チェックや、自身にも割り振られている資料作成をこなしていると、あっという間にお昼が来た。
明美が作ってくれた弁当を持って休憩室へ行くと、カウンター席に見知った後ろ姿があった。
「隣良いか?」
「中谷か。座れよ」
同期の小山が白い歯を見せて笑う。
彼の手元には会社近くにあるチェーン店のカレーがあった。
「どうだ?そっちの部署は。相も変わらず仕事三昧か?」
小山の問いに弘昌は「そうだな」と頷くと、ランチバッグを開け、彩り豊かな弁当箱を広げた。
「月次の営業報告もあって、ちょっとバタついてる」
「お前、直近で定時で帰ったのいつだ?」
弘昌は記憶をたどり、しばらく考え込んだ。
「……一か月、いや、二か月前くらいか?」
「さすが地獄の営業企画だな」
顔の中心にしわを寄せた小山に、「情シスは時間の流れが穏やかそうだな」と弘昌が言う。
同期の小山は現在情報システム部におり、その部署の様子を度々本人から聞いている。
「そりゃあ、俺もトラブルがあれば時々残業はするけど、それだけだよ。基本的には定時退社だ」
「……羨ましい限りだな」
「前にやりがいがあるから仕事は好きって言ってなかったか。どうした」
弘昌は自宅にいる子猫を思い浮かべる。
「俺、猫飼い始めたんだよ」
「おお、そうなのか」
「って言っても、もう猫が家に来て半年近く経つけどな」
小山は意外そうに「それは初耳だな」と言って、カレーを一口すくう。
「まぁ最近お前とも会ってなかったしな」
小山は納得したように頷いているかと思えば、「ちょっと待て」と眉根を寄せた。
「もしかして、猫に会いたいから早く帰りたいとか、そういうことか?」
「そうだ」
それの何がおかしい、とでも言いたげに弘昌が首を傾げると、小山は目を丸くした。
「あの天下の中谷弘昌が……!」
「天下って何だよ」
またもや要らぬ持ち上げをされる気配がして、弘昌はテンションが下がる。
「いやぁ。だって営業企画の中谷って言ったら、完璧主義で正確な仕事ぶりは有名だろ。そんな男が猫一匹のために早く帰りたいなんて……」
小山は楽しそうに肩を揺らしている。
「あのなぁ、俺も仕事は真面目にやってるけど、家では結構適当だし、許されるなら仕事だってもうちょっと緩くやりたいんだよ」
「やればいいのに」
なんてことないように言ってのける小山に、弘昌はため息をつく。
「俺らが手を抜いたら一番困るのは営業だろ。営業がミスればそれが会社の評判にも繋がってくるし、手を抜くなんて絶対できない」
小山は感心半分、呆れ半分の様子で「真面目だなぁ」と呟いた。
弘昌としては、当然のごとく任された仕事に真摯に取り組んでいるだけ。
それを、いつもお堅いものでも見るかのように傍観している小山の思考回路を、弘昌は一生理解できる気がしなかった。
休憩から戻って来ると、岡田が席に居なかった。
ふと辺りを見渡すと、弘昌の一年後輩である川村と何やら話し込んでいる。
聞こえて来た会話を拾うと、手持ちの仕事がいっぱいだということを相談しているらしかった。
「もしきついなら俺が少しもらおうか」
会話に割り込むのはどうかと思ったが、部下が困っているなら上司として助けないわけにはいかないと思った。
岡田はハッと驚いた顔をして、「あ、いえっ、大丈夫です!」と首を振る。
「私の方でいくつかもらいましたので、大丈夫ですよ」
後ろで一つに縛った髪を揺らし、川村が笑う。
「……そうか、それなら良いんだが」
弘昌は笑みを返し、再び自分の席へ戻った。
岡田は入社して二年目になり、仕事も一通りできるようになった。
コミュニケーションもきちんと取れるし、自発的に仕事をこなそうとする姿勢もある。
しかし、弘昌の中で一つ引っ掛かっていることがある。
それは、相談をされないこと。
弘昌以外の上司に相談をしているのは見かけるが、弘昌自身が岡田から相談を受けたことは片手で数えるくらいしかなかった。
最初は避けられているのかと思ったが、仕事内容の質問は積極的にしてくれるので、嫌われているわけではないと、弘昌は解釈している。
それで仕事が滞ったりトラブルが起きているわけでもないので、今のところ特段問題はない。
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