猫が繋いだ私たちの日々

はるかわ 美穂

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第三章(父:弘昌)

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その日も残業を終えて帰宅すると、リビングに明かりがついていた。

最近は和樹がツナの様子を見るためにリビングで過ごしていることが多いので、その明かりだろう。

「ただいま」

リビングの扉を開けると、「にゃあん」とツナが可愛らしく鳴いて足元にすり寄ってくる。

「ツナぁ。ただいまー」

弘昌はデレデレしながら子猫を抱き上げる。

黒くて丸い瞳孔が、キラキラと明かりを反射している。

「お前はホントに可愛いなぁ」

弘昌が頬ずりをすると、ツナは何度も透き通った鳴き声を上げ、弘昌の帰宅を歓迎してくれる。

「おかえり」

ソファでくつろいでいた和樹が挨拶を返してくれる。

弘昌はもう一度「ただいま」と言い、ツナを足元に下ろす。

脱衣所へ向かいポロシャツを脱ぐと、そのまま洗濯機に放り込み部屋着に着替える。

数年前に社内規定の改革があり、服装の規制が緩くなったため、ここ最近はずっとオフィスカジュアルで出勤している。

「今日のご飯はサバの味噌煮か。うまそうだな」

リビングに戻ってくると、キッチンにある料理を電子レンジに入れて温めた。

白米をよそい、冷蔵庫から副菜を出すと同時に缶ビールも手に取る。

食卓に着いた弘昌は真っ先に缶ビールを開けた。

喉を通るしゅわしゅわとした炭酸とホップの苦みが最高に旨い。

「ぷはぁっ」

この一口を飲むと、ようやく一段落ついたという気持ちになる。

「にゃー」

鳴き声がして、弘昌がふと隣の席を見ると、明美の椅子にツナが上っていた。

弘昌が夕飯を食べている時のツナの定位置だ。

ダイニングテーブルの脇にある猫用の皿を見ると、すでに空になっている。

「よしよし、食べ終わったらご飯足してやるからな」

弘昌の言葉の意味がわかっているのか、ツナはまた嬉しそうに「にゃあ」と鳴く。

ソファで寝転がっている和樹が非難めいた眼差しで見てくるが、口を挟みはしなかった。

少し前までは「あげすぎじゃね」と言っていたが、変わらずツナの体が細いことや、父が言っても聞かないということを理解したのだろう。

妻の明美が作ってくれたご飯を平らげた弘昌は、キッチンに置かれているキャットフードを取り出し、ツナのお皿に入れた。

カラカラ、と餌が追加される音にツナは尻尾をぴんと立てる。

甘えた声を出すツナの小さな頭を撫で、弘昌はお風呂に入るため再び脱衣所へ向かう。

「じゃあ、俺もう自分の部屋行くわ。おやすみ」

弘昌が脱衣所で服を脱いでいると、扉の向こうで和樹がそういった。

「ああ、おやすみ」

弘昌が返事をすると、足音が遠ざかる。

人の気配がなくなったのを確認して、弘昌は少しだけ脱衣所の扉を開けておいた。

「はぁー」

ぬるくなっている湯舟を温め直して浸かると、お風呂場のすりガラスに白い影が映る。

弘昌は笑ってその影の名前を呼んだ。

「ツナ」

ガラスの向こうで短い鳴き声が上がる。

弘昌の胸は愛おしさでいっぱいになり、じっとガラスの向こうで座っているツナを見ていた。

この家はリビングの奥にお風呂場がある間取りになっているので、脱衣所の扉を少しだけ開けておくと、いつもツナがガラス越しに様子を見に来てくれるのだ。

お風呂でゆっくり温まった後は、しばらくツナと遊ぶ時間だ。

百円ショップで買ってきた猫じゃらしをパタパタ動かしてやると、ツナはまん丸な瞳孔をさらに丸くして飛びついてくる。

「あ、いたっ。今爪当たったぞ」

時々勢い余って怪我をさせられることがあるが、弘昌はそれさえも幸せな時間だった。

ツナが来る前は、帰宅すると家の中が暗いことなんて当たり前だったし、今日のように息子と話す機会はめったになかった。

仕事で遅くに帰って来る以上仕方ないとは言っても、やはりどこかで寂しさを感じていたのだ。

弘昌は自分の膝に飛び込んできたツナを抱き上げ、その顔を覗き込む。

「うちに来てくれてありがとうな。ツナ」

ツナはきょとんとした様子で鼻をふんふん鳴らしている。

「お前、最初に来た時と比べたらちょっと大きくなったな。体重も重たくなってる」

確かな成長の証に、弘昌は嬉しくなった。

肌に触れるツナの毛並みは柔らかく、ずっと撫でていると心も同じように柔くなってくる。

職場ではいつも気が張り詰めているので、弘昌にとって自身を癒してくれるツナは何にも代えがたいものだった。

「明日も帰って来たら出迎えてくれよ」

言葉の意味を知ってか知らずか、ツナは短く「にゃん」と鳴いた。


***


「これチェック終わったから、線引いてるとこ修正してくれ。あと売上予測の資料についてはもうまとまってる?」

「あ、すみません。それ今着手中です。もう少しで終わります」

「わかった。あと、明日の朝イチに入っている制作担当との打ち合わせだけど、念のためB案の方も資料が欲しいって話だったから、簡単な図案だけ資料に追加しといてくれ」

「わかりました」

今日も変わらず、営業企画の部署はバタついていた。

一つのタスクを進めていると、二つ目、三つ目のタスクが飛び込んできて落ち着く暇がない。

弘昌は、自身に回されている仕事に不備がないか途中経過をチェックしていると、「中谷くん」と部長に呼ばれる。

「はい」

仕事を中断して部長のもとへ行くと、「悪いけど、営業から修正依頼が来てね。この資料修正してくれる?」とパソコンの画面を見せられる。

それは先日、岡田が作ったものだった。

流れで言えば岡田に仕事を振るところだが、今彼は期限がギリギリの仕事に着手している。

(……俺がやるのが早いか)

正直、自身の手持ちもいっぱいではあったが、残業と仕事の持ち帰りでどうにか都合はつけられそうだった。
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