猫が繋いだ私たちの日々

はるかわ 美穂

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第三章(父:弘昌)

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「別に、なんとなくだよ」

「……そうだな。頼りにされてるかはわからんが、仕事に関する相談はよく受けるぞ」

それは、弘昌が一度も岡田からされたことのないものだ。

さらにダメージを負った弘昌は意気消沈する。

「なんだよ。お前今日、ほんとに変だぞ」

小山が怪訝な顔をする。

「何でもない。別部署で手を抜いて仕事してるお前にはきっと理解できないよ」

「おい、それは聞き捨てならないな。俺は別に仕事で手を抜いてるわけじゃないぞ」

「いつも緩く仕事してるって言ってるじゃないか」

「あのなぁ、手を抜いて仕事をするのと、肩の力を抜いて仕事することは似てるようで全然違うぞ」

真剣な小山の表情に気圧され、弘昌は荒んだ感情のまま口走ってしまったことを反省する。

「……悪い。ちょっと昨日から自己嫌悪が続いてて」

「まぁ良いよ。お前、仕事中はずっと窮屈そうだもんな」

弘昌の謝罪をさらりと受け流す小山。

「実は……部下たちが俺に頼りづらいって話してるのを聞いたんだ。俺に頼ると、これくらいの仕事もできないのかって思われそうなのが怖いらしい」

弘昌の告白に、小山はブフッと吹き出した。

「何で笑うんだよ。結構真剣に悩んでるんだぞ」

「いや、悪い。俺もその部下たちの気持ちはよくわかるな、と思って」

「……は?」

弘昌の表情が意図せず険しくなる。

「だって中谷って、仕事中ずっと気を張ってるだろ?なら、他のやつらが近寄りがたいと思って当然じゃないのか」

「忙しい部署にいるんだから、仕事中に気を張るのは当然だろ」

何を当たり前のことを言っているのか、という言葉は飲み込んで、弘昌は口元を歪める。

小山を肩をすくめて、やれやれと首を振った。

「俺から言えるのは、もうちょっと親しまれやすい人間になれってことだな」

親子丼を食べ終えた小山は、空になったプラスチックの皿を片付けるため席を立つ。

小山の言葉の意味は理解できたが、仕事をする以上、それを実行するのは不可能に思えた。

「一体どうしろっていうんだ……」

小さく呟いた苦悩の言葉は、誰に届くでもなく、休憩室の喧騒にかき消される。


***


「ただい……ま」

その日家に帰って来ると、和樹が玄関で仁王立ちしていた。

「おかえり」

鼻息を荒くして出迎えてくれたと思えば、ズイッとコントローラーを渡されれる。

「どうした?」

「ワイルドクラッシュヒーローズで相手してくれない?」

「ワイ……?何だって?」

「俺が昨日やってたテレビゲームだよ。もしかして今日も仕事?」

「いや、今日は特にないけど」

抱えていた急ぎの案件はもうほぼ昇華された。

しかしゲームなんて、弘昌は幼い頃にやっていたレトロゲーム以来触れていない。

「良いよ父さんは。一人でやればいいだろ」

「CPUに勝っても全然楽しくないし、もう飽きて来たんだよ」

和樹はその場で足踏みする。

CPUとは何だ、と思ったが弘昌は口には出さず家に上がる。

「ねぇ父さんお願い。一戦だけで良いからさ」

「父さん操作方法なんて全然わからないぞ。そのCPU?っていうやつよりずっと弱いだろうし、一緒にやっても楽しくないと思うぞ」

「それでも良いから」

「いや、父さんはご飯を食べたらツナと遊ぶから、一人でやりなさい」

その一言でようやく和樹は諦めたらしく、唇を尖らせながらリビングに戻っていった。

部屋着に着替えてご飯を食べようとすると、いつも駆け寄って来てくれるはずのツナが居ないことに気づく。

ふとリビングの方を見ると、ソファの上で和樹がツナを抱きながら何かを話している。

「なぁツナ。俺は父さんと一緒にゲームやりたいって思ったから誘ったのに、ノリの悪い父さんだよなぁ。ちょっとくらい俺の話聞いてくれたって良いのに」

和樹はツナに話しかけているように見えるが、にべもなく断った弘昌への当てつけであることは明らかだった。

その時にふと思い出されたのは同期の言葉。

『もうちょっと親しまれやすい人間になれ』

ノリが悪い、というのが親しまれない人間の特徴ならば、こういうところから改善するべきなのだろうか。

(……そもそも、昨日は和樹が夜更かししてたとはいえ、当たってしまったのも事実だしな)

それに、せっかく息子が誘ってくれたのだ。

弘昌は少し悩んだ末、和樹の言うワイなんとかというゲームに参加してみることにした。

夕食をとってツナのお皿にご飯を入れた後、和樹にその旨を伝えると、息子はわかりやすく表情を明るくした。

「やった。じゃあここ座って」

和樹が自身の隣を叩く。

弘昌がおずおずと座ると、すぐさまツナが膝上に乗って来た。

「うわ、ずるっ。俺がゲームしてる時は全然来てくれないのに」

和樹はぶつくさ言いながらも、弘昌にコントローラーを渡して、簡単にゲームの説明をしてくれる。

正直、話の内容の半分も理解できなかったが、和樹は「とりあえずやってみよう」と乗り気だった。


「父さんそのクラッシュコア掴んで!それ強くなれるやつだから!」

「掴む?どうやってやれば良いんだ」

「ああーーっ、足場から出ないでー!」

「ん?何か父さんのキャラ居なくなったぞ?」

「今ちょうど落ちてったからな!」

とりあえず一戦を交えてみたものの、操作方法がまったくわからず、全てが不明なまま対戦が終わってしまった。

「ワイルドクラッシュ初めてだから仕方ないとは思いつつも、父さんめちゃくちゃ弱いな……」

和樹が慄いた様子で言う。

弘昌も、先ほどの対戦で自身の選択キャラが置いてけぼりになっていることだけは理解していた。

「ゲームには参加したし、父さんはこれくらいで――」

「じゃあCPUのレベルもうちょっと下げてやってみよう。ステージも、今のより落ちにくいところ選んで……」
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