猫が繋いだ私たちの日々

はるかわ 美穂

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第三章(父:弘昌)

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「え、父さんはもういいぞ」

「よしっ、これなら父さんも楽しめるレベルじゃね?俺もサポートするし」

和樹は父の言葉など聞こえていない様子で、対戦開始のボタンを押した。

切磋琢磨できる相手ならまだしも、操作方法もよくわかっていない素人とゲームをしても楽しくないだろうに。

仕方がないので、弘昌はあと一戦だけ付き合ってやることにした。そうすれば、和樹も父の情弱さに呆れてゲームに誘わなくなるだろう、と。

しかし、一戦が終わればもう一戦、残り一戦と、和樹は飽きることを知らず、延々と弘昌をゲームに付き合わせた。

そのうち、最初は操作に苦戦していた弘昌も、だんだんコツを掴んできて、弱いCPUになら勝てるようになった。

キャラが強くなるクラッシュコアという光る球に触れて、敵を一層した時はさすがに爽快感を覚えた。

「和樹、必殺技を出した後、必ず動きが鈍くなるんだが、これってバグ的なものか?」

「あー、それキャラが硬直してるんだよ。今より強いCPUになったら、そこ狙って確実に仕留めてくるやつとかも出てくるから、対策としては――」

時間も忘れて二人で対戦に明け暮れた。

途中から和樹が本気を出し始めたのでまったく勝てなくなってしまったが、それさえも楽しいと弘昌は純粋に思えた。

家族とこんな風に話したり、コミュニケーションを取ったのはいつぶりだろうか。

キリよく対戦が終わると、ツナがうずくまっている腿が熱かったので、弘昌はそっとツナを下ろす。

ツナは寂しがるように「にゃあ」と鳴いた。

そんなツナの頭を撫でながら時計を見ると、気が付けば夜の十一時になっている。

「和樹、今日はもうここら辺で終わりにしよう」

「えー、せっかく面白くなってきたところだったのに」

和樹は不服そうにしていたが、自身も学校があるためか片付けを始める。

「……父さんは楽しかった?」

こちらを見ずに問いかけてきた和樹に、弘昌は目を瞬く。

「そうだな。ゲームをやったのなんて何十年ぶりかだったけど、楽しめたよ。設定も凝ってて、今は色々進歩してるんだな」

率直な感想を述べると、和樹は満足げに頷いた。

「まぁ、俺が途中熱くなりすぎたせいで、指示厨みたいなことしちゃったのは申し訳ないけど……」

和樹は気まずそうに口元を歪める。

「指示ちゅう?」

「操作中にアレしろコレしろってうるさいやつのこと」

その言葉に、弘昌はゲーム中に和樹からアレコレ指示を受けたことを思い出した。

「まぁ、父さんが下手だから色々言いたくなる気持ちはわかるさ。特に気にしてないぞ」

和樹は「そっか」と口をすぼめて言う。

「というか、和樹こそこんなへっぽこな父さんとゲームして楽しかったのか?」

笑って問いかけると、和樹は「うん」と間髪入れず頷く。

「友達が家族とゲームやったって聞いてちょっと羨ましくて、だから一緒にやってくれただけで俺は……うん、良かったよ」

和樹は少しだけ気恥ずかしそうに視線を逸らす。

「いつもならゲームなんてって顔してる父さんが、一生懸命俺に分からないところ色々聞いてくれたから、嬉しくなって口出ししちゃったな。なんか、父さんのことが身近に感じられて」

反省しながらも、確かに嬉しさが滲む表情で和樹は笑った。

その時、すとんと弘昌の胸の中に何かが落ちて来た。

親しまれやすいとは、こういうことを言うのだろうか。

弘昌はこれまで、仕事で文句なしの成果を上げれば周囲から評価され、自然と親しまれる人間になるのだと思っていた。

だけど、その結果が部下から頼られないという現状だ。

仕事では絶対に弱みを見せないよう気張っていたが、家の中、ましてや息子とやるゲームに関してはプライドなんて端から持ち合わせていない。

そんなスタンスで挑戦すれば、息子は今こうして喜んでくれている。

部署内の人間から嫌われているわけではない。

部下たちも上司も、正確な弘昌の仕事ぶりを評価してくれているから、恐らく尊敬はされている……と思う。

しかし、尊敬と親しみは似ているようでいて全く別物だったのではないか。

「父さん?」

突然放心した弘昌を怪訝に思った和樹が呼びかける。

我に返った弘昌は「あぁ……父さんも楽しかったから気にするな」と笑った。

自室へと上がる息子を見送ると、弘昌はソファに座り直して天を仰ぐ。

(……もしかしたら俺は、大きな勘違いをしていたのかもしれない)

ふと、膝上が重くなって視線を落とす。

ツナが体を折りたたんで丸くなっている。

ゴロゴロと小さく喉を鳴らしているのを聞いて、弘昌は笑みが零れた。

「そうだよな」

これまで生きてきた中で、それは当然の摂理……当たり前だったはずなのに、全然気づけていなかった。

ツナは何かすごいことをしたわけじゃない。

何かしてくれることを期待して飼っているわけじゃない。

それでも、弘昌がツナを切実に愛おしく思うのは、こうして心を開いて寄り添ってくれるからだ。

そう理解した時、弘昌は自分がなすべきことがハッキリ見えた気がした。


***


「岡田くん、このチェック終わったから提出お願い」

「はい、ありがとうございます」

資料を受け取った岡田はそそくさと自席へ戻る。

相変わらず仕事に追われているが、数日前ほどの目が回るような忙しさはない。

キーボードを叩きながら、いつものように仕事をこなしていると、「中谷くん」と部長から呼ばれた。

嫌な予感がして席を立つと、案の定、営業からの修正依頼を告げられた。

「いつも申し訳ないけど、営業には頑張ってもらわないといけないからね。頼んだよ」

そう言って眉を八の字にする部長の前で、弘昌はごくりと唾を飲み込んだ。

「部長。ちょっとした提案なんですが……」

「うん。どうしたの?」
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