猫が繋いだ私たちの日々

はるかわ 美穂

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第四章(娘:みのり)

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「みのりっ、部活行こ」

優香ゆうかの呼びかけに、みのりは笑顔で頷いた。

カバンを持って、二人で美術室へと向かう。

「今日からやっと絵の具使えるよ。線画がマジ大変だった」

「優香がんばってたもんね。色塗る前から傑作になる予感めちゃくちゃしてるよ」

「ほんとー?そう言ってくれるの超うれしい」

頬を染めて笑う優香に、「ほんとほんと」とみのりは繰り返す。

美術部では今、文化祭に出すためのイラストを制作している。

顧問の牧野が定めたテーマは「希望」で、自分が考えるものならなんでも良いそうだ。

みのりも指定のテーマについて色々考えながら取り組んでいるが、なかなか思い通りに描けず苦戦している。

「あ、優香とみのり。やっほー」

先に美術室に着いていた真子まこが、こちらを見て笑顔になる。

「真子はやいね」

みのりの言葉に「今日は帰りの会が終わるの早かったんだ」と真子がピースサインをする。

そんな彼女に相槌を打ちながら、みのりはいつもの席に荷物を置いた。

その斜め向かいに優香が座り、それぞれ部活の準備を始める。

美術室の奥に置かれている絵画収納棚から自分の作品を引っ張り出し、自分の席へ持ってくる。

その間に、帰りの会を終えた部員たちがパラパラとやって来た。

初めは雑談をしながら緩く部活動を始めるが、顧問の牧野がやって来ると、皆集中して作品を描き始める。

筆の音だけがする室内では、遠くで響く運動部の掛け声まで聞こえてくる。

その掛け声の中にはもう、みのりと同学年の人たちは含まれていない。

今は二学期の折り返し地点である十一月上旬。

大会のある運動部は敗退すれば引退というわかりやすい基準があるが、美術部は文化部のため、顧問が決めた時期に引退することになっている。

夏休み以降、三年生は部活が自由参加になるが、設けられた引退の明確な時期は十一月末だ。

文化祭で行う展示品の制作を最後に、三年生は引退することになっている。

「うわっ、優香相変わらず描き込みえぐいね」

その声にみのりが顔を上げると、真子が感動した様子で優香の手元を覗き込んでいる。

「恥ずかしいからあんまり見ないでよー」

優香は照れくさそうにしながら作品を隠す真似をする。

「なんでよすごいのに!ねぇねぇ、みのりもそう思うでしょ?だって見てよこれ。私だったらぜったいここまで細かく描けないよ」

真子が興奮気味にみのりに話しかけてくる。

その時、彼女の視線が一瞬だけみのりの手元に落ちたが、真子は何も言わなかった。

みのりは鉛筆を滑らせていた画用紙を裏返し、「えーどれどれー」と笑顔を張り付けて立ち上がる。

「もうみのりまで!せっかくなら途中経過じゃなくて完成品を見て欲しいんだけどっ」

拗ねた様子の優香に、みのりは真子と二人で「ごめんごめん」と笑った。

優香はこの美術部の中で一番絵が上手い。

そして、真子を始めとする部員たちが、そんな彼女の才能を囃し立て、優香から釘を刺されるというのがお決まりのパターンである。

皆が自身の作業に戻ったのを見て、みのりも自分の制作を進める。

ああでもないこうでもないと、描いたり消したりを繰り返していると、部活終了のチャイムが鳴った。

「はぁーっ、なんとか大まかな下塗りはできた」

満足げな様子の優香。

彼女の画用紙をちらりと見ると、ぱっと見ただけでも数十種類に渡る絶妙な色分けがされていた。

紙面の下部に描かれているのは、恐らく高い位置から見ろした暗く沈む住宅街。

その上はまだ薄い線画なので明確な描写がわからないが、一軒一軒の屋根が別の色で塗り分けられている。

優香の才能は、絵の上手さもさることながら、描写の繊細さにあるとみのりは考えている。

凡人ならなあなあにして塗りつぶしてしまうところを、優香はいくら時間がかかろうとも、細部までこだわって描き切る。

そういうところが見る者を惹きつけ、心を震わせるのだろう。

みのりは自身の画用紙に目を落とした。

鉛筆の線を描いては消したせいで、ところどころが黒ずんでいる。

簡素な線画には生き生きとした精気など乗っておらず、ただそこに引かれただけのように佇んでいる。

じわりと心臓が痛くなって、みのりはすぐに画用紙を収納棚に入れた。

「みのりは明日塾の日だっけ?」

「うん」

片付けの途中、優香から問われたみのりは頷いた。

「そっかぁ。また寂しくなるけど、みのりが次来た時には完成形に近いもの見てもらえるように頑張る」

「おおっ、それは楽しみ」

みのりは笑いながらカバンを背負う。

学校を出ると、家が反対方向の真子とはお別れをして、優香と二人で帰路を辿る。

「そういえば進路希望調査票、みのりはもう出した?」

思わぬ問いに、みのりはわずかに硬直する。

「いや……まだ」

「親にも相談した上での最終決定版だもんね。慎重に書かないと――って言っても、みのりはもう決まってるんだっけ」

みのりはこれまでも何度か周囲の人に漏らしていた志望校を口にした。

桜賀おうが高校ね」

「そうそう、そこ。もう桜賀で決定なんだ?」

みのりは心に引っかかるものがありながらも、「うん、そうだね……」とぎこちなく頷く。

「そっかぁ。じゃあやっぱり高校は別々になちゃうね」

優香は不自然なみのりの様子に気づくことなく残念そうな表情をする。

桜賀高校は自宅から一番近い高校で、偏差値的にもみのりが狙いやすい学校だ。

同級生も、距離の近さから桜賀高校を選ぶ者が大半で、とりあえず普通科に進む人たちにとってのメジャーな高校になっている。

「真子も桜賀目指してるって言ってたし、やっぱり光遠こうえんに行くのは私だけかなぁ」

気落ちした優香に、みのりは苦笑する。

「同学年で探してみれば一人くらいはいそうだけどね」

「うーん。かもしれないけど、やっぱり仲いい子じゃなきゃ意味ないよ」

「それはそうだね」

ちょうどそこで分かれ道が来たため、お互いに手を振った後、みのりは一人で自宅へと向かう。

「おかえり」

帰宅後はリビングでくつろいでいた母に挨拶を返し、洗面所で手洗いうがいをする。

服を着替えるために二階へ行くと、勉強机の上には数冊の高校パンフレットがある。

どれも職員室前にある棚から拝借したものだ。

一番上にあるのは桜賀高校の冊子。それを横に滑らせると、下から出て来たのは光遠高校のパンフレット。
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