猫が繋いだ私たちの日々

はるかわ 美穂

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第四章(娘:みのり)

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それはみのり自身、なんとなくわかっている。

(優香が光遠に行くって言った頃からだろうな)

美術部はみんな絵が好きで入っているとは言っても、そのほとんどが普通科の高校に進んで、趣味で終わらせる。

だけど、優香は高校選びの時点で専門的な道に進むことを決めていた。

彼女が目指す高校を告げた時、部員たちは総意で応援した。

優香なら絶対に合格できる、むしろ優香が通らないなら誰も合格できない、など。

その時みのりは、光遠を本気で目指しているわけではなかったが、魅力的な進学先のひとつとして考えていた。

優香があれだけもてはやされている空気の中、自分も光遠を視野に入れているとは言えなかった。

彼女が専門的な道を目指すことを、仲間たちは心底納得した様子だった。

優香にそれだけの才能があるとわかっていたからだ。

(でも、私は?)

自分の絵が下手なわけではないと思っているが、優香と比べたら凡才だ。

それはみのりだけでなく、部員みんなが理解しているはず。

だからこそ、言えない。

みのりは夢見がちな道を進もうとしていると思われそうだったから。

微妙な表情を浮かべる仲間の姿が、容易に想像できた。


***


その日の夜、みのりはいつものように母が寝る時間に合わせて二階へ上がった。

普段ならそこから寝るまでの2、3時間を勉強に当てているが、今日はどうしても集中できなかった。

「はぁ……」

しばらく粘ってみたものの、限界を迎えた。

諦めて一階へ降りると、ソファの上でツナとじゃれ合っている弘昌がいる。

「どうした、みのり」

夜中にリビングへ来た娘を、弘昌は物珍しそうに見てくる。

みのりが二階へ上がる前、帰宅したばかりの彼はかっちりとした服を着ていたが、今は着古したヨレヨレのスウェットを着ている。

ここ最近、弘昌は帰ってくるのが早いので、みのりは帰宅直後の父の姿を見かけることが度々ある。

これまで弘昌と会う時はせいぜい、みのりが朝家を出る前の数分くらいだった。それも、寝起きのぼろぼろの姿。

だから、帰宅直後のよそ行きの弘昌の姿と、家での緩んだ姿を見比べて、「なんだかんだお父さんも外で頑張っているんだな」なんて今更当然なことを思っていた。

「うーん、ちょっと勉強集中できなくて」

言いながらみのりはキッチンへ向かい、コップ一杯の水を飲む。

「受験勉強か。えらいなぁ。まぁそんな日もあるだろ。自分のペースでやればいい」

ツナを抱きしめながら言う弘昌に「うん」とみのりは頷く。

「……和樹は?」

最近、親子ふたりで仲良くゲームをしていると和樹から聞いたことがあったので、この場に弟がいないことをみのりは不思議に思った。

「和樹は明日から大会に向けた朝練が始まるからって言って、三十分くらい前に二階に上がったぞ」

「……そうなんだ」

言われてみれば、和樹が隣の部屋に入る音がしていた気がする。

父親と二人きりというのはなかなかないので、みのりはなんだか変な感じがした。

「みのりは桜賀高校に行くんだったな」

突然振られた話題に、みのりは居心地の悪さを覚えながら、相槌を打つ。

「あそこにはいかないのか?」

「あそこって?」

「あー、なんだ……絵を描く専門的なところの……あっ、たしか光遠だ」

まさか弘昌の口からその高校が出てくるとは思わなかったみのりはたじろいだ。

「え、な、何で……」

「いや、父さんゴミ捨て係だろ?この前、家中のゴミを回収してた時に、その高校のパンフレットがみのりの部屋のゴミ箱に捨てられてるのを見つけてな。ちょっと気になってたんだ」

なんてことないように話す弘昌。

否定しなければと思うのに、喉がつっかえて言葉が出てこない。

言い淀むみのりに対し、弘昌はそれ以上追及してこなかった。

「そういえば、みのりは小さい頃から絵を描くのが好きだったな」

「……うん。そうだけど」

どうして突然そんなことを言うのかわからず、みのりはぎこちなく頷く。

「今はどんな絵描いてるんだ?父さん、みのりが描いた絵は最近見ていないと思って」

確かに、小学生や幼い頃は父や母に褒めてもらえるのが嬉しくてたくさん絵を見せていた。

思春期に入ってからは、美術部に所属したこともあって、自然と親よりも友人間で見せ合うことが多くなった。

「……今は、文化祭で展示する絵描いてる」

「そうなのか。どういう絵なんだ?」

みのりは、画用紙の上に走った頼りない線画を思い出した。

描きたい物が定まらず、迷走している絵だ。

「テーマが希望なんだけど、ピンとくるアイデアが湧かないから、今はほぼ白紙」

「そうなのか」

弘昌は少し落胆した様子で応える。かと思えば、唐突にひらめいたように笑った。

「じゃあ、ツナを描くっていうのはどうだ?」

「……なんで?」

「希望に対するアイデアが湧かないなら、父さんの希望を形にしてもらうのはどうかと思って」

「……ツナが父さんの希望ってこと?」

「そうだ」

自信満々な様子で頷く弘昌に、みのりは閉口する。

(普通、こういう時って家族とかを挙げるもんじゃないの)

傍から見れば、娘を目の前にしてペットの方が大事だとでも言いたげな父に見える。

しかし、父が家族を大切に思っていることはみのり自身よくわかっている。

きっと今の言葉も、家族を愛していることは大前提として出て来た言葉だろう。

それに、「ツナが希望」という価値観は、中谷家においてあながち間違いではない気がした。

どこか冷めていた四人の家族関係が、ツナが来てからというもの、失われていた明かりがひとつひとつ温かさを取り戻すようにこの家に宿っている気がする。

「ツナが希望、ね。考えてみるよ」

みのりが軽い気持ちでそう言うと、「ほんとか?」と弘昌は嬉しそうに笑った。
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