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エレノアが視線を上げると、今日は会場の警備に就いているはずのアルバートが何故か隣にいる。
「あ、アルバート様……これは……」
言い淀むアマンダを無視して、アルバートはエレノアの方を向く。
「アスター様、突然失礼致します。離れて護衛をしておりましたが、私の名前を呼ばれた様子だったので参りました」
「……あ、いえ、ちょうど公爵様のお仕事相手の方とお目にかかったので、話をしていただけですよ」
神出鬼没なアルバートにエレノアの心臓は楽器のように鳴っている。アルバートの登場の仕方にいつまで経っても慣れない。
チラリとアマンダの方へ視線を向けると、眉間に深いしわを刻みながらこちらを睨んでいた。
(そんなに心配しなくても、この場でわざわざ告げ口なんてしないわよ)
アマンダを見たついでに周囲を見ると、雰囲気の悪さに気づいたのかギャラリーが増えていた。
これ以上騒ぎを大きくするのは好ましくない。
「お楽しみのところお邪魔してしまい申し訳ありませんでした。私は一度退出させて頂きますが、皆様はどうぞごゆっくりお過ごしください」
エレノアができる限りの丁寧なカーテシーを披露すると、参加者たちは感心のため息を漏らす。
ついこの間まで平民だったとは思えないほどに美しい身のこなし。その裏に見えた彼女の努力に皆が舌を巻いた。
しかし、エレノアは元平民といえど公爵夫人だった時期もあるため、所作については履修済みなのである。
アスターを生粋の平民だと思っている参加者たちはそんなこと知る由もないため、勝手にエレノアを勤勉な人間だと評価してくれる。
(使えるものは使っていかないとね)
姿勢を戻したエレノアがホールを出ようとした時、「アスター様」とアルバートに呼び止められた。
彼は用がないことを知ればすぐに会場警備に戻ると思っていたので、話しかけられたことについ驚いてしまう。
「……はい。何でしょう」
「控室へ向かわれるんでしょうか?」
「そうです」
「ではお部屋まで護衛致します」
「えぇ?」
いくら降誕祭中はエレノアの専属護衛だと言っても、こんなに警備が固められた会場でぴったりくっついて守ってもらう必要性は感じられない。
それに、ついこの間アルバートとは積極的に関わらないようにしようと決めたばかりだ。
「大丈夫ですよ。すぐそこですし」
「ですが――」
アルバートが口を開いたのと同時に、アマンダが彼の名前を呼んだ。
エレノアは彼の表情が一瞬だけ冷めたものになるのをその目で見た。むしろ懐かしささえ覚える愛想笑いだった。
「……何でしょうか。ウィルズ男爵令嬢」
「その……今日の私のドレス姿、どうでしょうか?何か気づくことはございません?」
頬を紅潮させて恥ずかしがる素振りをするアマンダ。
エレノアは仕事中の彼に一体何を聞いているのかと唖然としたが、アマンダが意図していることはすぐに理解できた。
彼女が着ているドレスはまるで透き通った湖のような淡青色。アルバートの瞳と同じ色だ。
(……アマンダ、あなたもしかして)
嫌な予感が脳裏を掠める。
確かにアルバートは容姿端麗な上、ソードマスターという肩書きをもっている上級貴族のため、一般的に見れば超優良物件だ。
しかし世間で噂されている内容を知っているなら少なからず警戒はするだろう。
エレノアが公爵家に嫁ぐ前にさんざん揶揄してきたのだから、彼女もその噂を知っているはずだ。
にもかかわらず、彼女がアルバートに好意を抱いていることは一目瞭然。一体全体どうしてそんなことになっているのか。
再びやって来た頭痛にエレノアがこめかみを抑えると、アルバートが端的に言い放った。
「業務外のことについてはお答えいたしかねます」
ビシリと固まったアマンダに背を向け、「行きましょうアスター様」とエレノアを休憩室へ促してくる。
そのままの流れで押し切られ、エレノアは思わず「あ、はい」と頷いてしまった。
***
エレノアとアルバートがいなくなった会場では、アマンダが爪を噛みながら二人が消えた扉を睨んでいた。
(何なのよ……あのアスターとかいう女は!)
あの女さえ居なければ、アルバートは今日会場の警備に駆り出されることもなく、アマンダのパートナーになってくれていたはずだ。
父経由でエスコートを頼めばゼレンハノン公爵はこれまで何度も応じてくれたのだから。
「アマンダ様、本日もとても美しいですわ。公爵様もきっとそう思ってらっしゃったはずです」
「そうですわ。アスター様の護衛中という手前、本音を口にできなかっただけでしょう」
会場が元の落ち着きを取り戻すと同時に、遠巻きに見ていた令嬢たちがアマンダに擦り寄って来た。
舞踏会や夜会でいつもアマンダについて回ってくる男爵家と子爵家の令嬢だ。
「アスター様の護衛は降誕祭中だけと伺いましたし、公爵様も任務が終わればすぐにアマンダ様の下へ戻って来られますわよ」
「ええ、ええ。そうでしょうね。なんと言ったってアマンダ様はゼレンハノン次期公爵夫人なんですもの」
二人のおべっかにだんだん気を良くしたアマンダは、「そうよね」と肩にかかる髪をはらう。
「あ、アルバート様……これは……」
言い淀むアマンダを無視して、アルバートはエレノアの方を向く。
「アスター様、突然失礼致します。離れて護衛をしておりましたが、私の名前を呼ばれた様子だったので参りました」
「……あ、いえ、ちょうど公爵様のお仕事相手の方とお目にかかったので、話をしていただけですよ」
神出鬼没なアルバートにエレノアの心臓は楽器のように鳴っている。アルバートの登場の仕方にいつまで経っても慣れない。
チラリとアマンダの方へ視線を向けると、眉間に深いしわを刻みながらこちらを睨んでいた。
(そんなに心配しなくても、この場でわざわざ告げ口なんてしないわよ)
アマンダを見たついでに周囲を見ると、雰囲気の悪さに気づいたのかギャラリーが増えていた。
これ以上騒ぎを大きくするのは好ましくない。
「お楽しみのところお邪魔してしまい申し訳ありませんでした。私は一度退出させて頂きますが、皆様はどうぞごゆっくりお過ごしください」
エレノアができる限りの丁寧なカーテシーを披露すると、参加者たちは感心のため息を漏らす。
ついこの間まで平民だったとは思えないほどに美しい身のこなし。その裏に見えた彼女の努力に皆が舌を巻いた。
しかし、エレノアは元平民といえど公爵夫人だった時期もあるため、所作については履修済みなのである。
アスターを生粋の平民だと思っている参加者たちはそんなこと知る由もないため、勝手にエレノアを勤勉な人間だと評価してくれる。
(使えるものは使っていかないとね)
姿勢を戻したエレノアがホールを出ようとした時、「アスター様」とアルバートに呼び止められた。
彼は用がないことを知ればすぐに会場警備に戻ると思っていたので、話しかけられたことについ驚いてしまう。
「……はい。何でしょう」
「控室へ向かわれるんでしょうか?」
「そうです」
「ではお部屋まで護衛致します」
「えぇ?」
いくら降誕祭中はエレノアの専属護衛だと言っても、こんなに警備が固められた会場でぴったりくっついて守ってもらう必要性は感じられない。
それに、ついこの間アルバートとは積極的に関わらないようにしようと決めたばかりだ。
「大丈夫ですよ。すぐそこですし」
「ですが――」
アルバートが口を開いたのと同時に、アマンダが彼の名前を呼んだ。
エレノアは彼の表情が一瞬だけ冷めたものになるのをその目で見た。むしろ懐かしささえ覚える愛想笑いだった。
「……何でしょうか。ウィルズ男爵令嬢」
「その……今日の私のドレス姿、どうでしょうか?何か気づくことはございません?」
頬を紅潮させて恥ずかしがる素振りをするアマンダ。
エレノアは仕事中の彼に一体何を聞いているのかと唖然としたが、アマンダが意図していることはすぐに理解できた。
彼女が着ているドレスはまるで透き通った湖のような淡青色。アルバートの瞳と同じ色だ。
(……アマンダ、あなたもしかして)
嫌な予感が脳裏を掠める。
確かにアルバートは容姿端麗な上、ソードマスターという肩書きをもっている上級貴族のため、一般的に見れば超優良物件だ。
しかし世間で噂されている内容を知っているなら少なからず警戒はするだろう。
エレノアが公爵家に嫁ぐ前にさんざん揶揄してきたのだから、彼女もその噂を知っているはずだ。
にもかかわらず、彼女がアルバートに好意を抱いていることは一目瞭然。一体全体どうしてそんなことになっているのか。
再びやって来た頭痛にエレノアがこめかみを抑えると、アルバートが端的に言い放った。
「業務外のことについてはお答えいたしかねます」
ビシリと固まったアマンダに背を向け、「行きましょうアスター様」とエレノアを休憩室へ促してくる。
そのままの流れで押し切られ、エレノアは思わず「あ、はい」と頷いてしまった。
***
エレノアとアルバートがいなくなった会場では、アマンダが爪を噛みながら二人が消えた扉を睨んでいた。
(何なのよ……あのアスターとかいう女は!)
あの女さえ居なければ、アルバートは今日会場の警備に駆り出されることもなく、アマンダのパートナーになってくれていたはずだ。
父経由でエスコートを頼めばゼレンハノン公爵はこれまで何度も応じてくれたのだから。
「アマンダ様、本日もとても美しいですわ。公爵様もきっとそう思ってらっしゃったはずです」
「そうですわ。アスター様の護衛中という手前、本音を口にできなかっただけでしょう」
会場が元の落ち着きを取り戻すと同時に、遠巻きに見ていた令嬢たちがアマンダに擦り寄って来た。
舞踏会や夜会でいつもアマンダについて回ってくる男爵家と子爵家の令嬢だ。
「アスター様の護衛は降誕祭中だけと伺いましたし、公爵様も任務が終わればすぐにアマンダ様の下へ戻って来られますわよ」
「ええ、ええ。そうでしょうね。なんと言ったってアマンダ様はゼレンハノン次期公爵夫人なんですもの」
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