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「ああっ、なんてこと。見てくださいアルバート様!」
エレノアは敢えて大きな声で彼の名前を呼び、庭に出る。この位置なら確実にバルコニーからエレノアの姿が見えるだろう。
先ほどまでけたたましく笑っていた男たちの声が、今や水を打ったように静かになっている。
エレノアは庭に咲いている美しい花の葉っぱを指さした。
「こんなに綺麗な花なのに、葉っぱに穴が開いてますわ……」
残念そうな顔をするエレノアに、アルバートが「虫が食べてしまったんでしょうね」と答える。
「以前本で読んだことがあります。美しい蝶たちは、幼虫の時に葉っぱを食料にしているんですよね。そして成虫になった後も花の蜜を栄養にしている」
「……そうですね」
エレノアの行動の意図をつかみかねているのか、アルバートは少し困惑しながらも話を合わせてくれる。
「つまり蝶は、花の恩恵を受けて生きているということですよね」
「ええ」
「なら、蝶は感謝しないといけませんね。自身が多大なる恩恵に預かって今の自分があるということを。安らかに飛べているのは誰のおかげなのか。間違っても自分に恵みを施してくれる者を詰るようなことがないようにしなくては。……もしそんな愚かな行為をする蝶がいたとしたら、それは甘い蜜を啜るだけのただの害虫ですもの」
エレノアは声を張り上げながらバルコニーへ視線を向けた。二人の男とばっちり視線が合ったため、微笑みを向ける。
彼らは顔を引きつらせ、バタバタと建物の中へ戻っていった。
(フン。蛾じゃなくて蝶にしてあげただけでもありがたいと思いなさい)
「……却って気を遣わせてしまいましたね。申し訳ありません」
アルバートが苦笑して告げる。
「いえ、これは私がしたくてしたことなので、気にしないでください」
回帰前にもアルバートは時々社交界で不名誉な陰口を叩かれていた。
精神異常者の件もそうだが、元平民を妻に迎えるなんて高位貴族としてのプライドがないのか、など。
エレノアは彼らに反駁したい気持ちでいっぱいだったが、そんな勇気もなくいつも見過ごすだけだった。
(数年越しだけど、私、ようやく言い返せたわ)
完全な自己満足ではあるが、当時できなかったことを実行できたおかげか、少し心が軽くなった。
「余計に時間を過ごしてしまいましたね。行きましょう」
言いつつアルバートの方を見ると、視線が交わる。どうやらエレノアが見る前からこちらを見ていたらしい。
その瞳が何かを探るように揺れている気がして、エレノアはたじろいだ。
思わず高鳴った胸を抑えながら、「どうかされましたか?」と問いかける。
「……いえ、何でもありません。控室へ向かいましょう」
アルバートはそう言って、何事もなかったかのように視線を逸らした。
その後、無事控室にたどり着き、エレノアは彼にお辞儀をする。
「公爵様、わざわざ送ってくださりありがとうございました」
彼はそのまま立ち去るかと思いきや、こちらをじっと見つめてくる。
「アルバートです」
「……はい?」
「アルバートとお呼びください」
突然の要求にエレノアは目を瞬く。
簡単に他人に名前呼びを許すような人ではなかったはずだが、一体どうしたのだろう。
エレノアの疑問が顔に出ていたのか、アルバートは言葉を続ける。
「皇帝派筆頭である公爵の私と、アスター様の間で信頼関係が築けていると周囲に知らしめるのは大事なことかと思いまして」
「……なるほど」
言われてみればそうかもしれない。
アルバートが専属護衛で居てくれるのは降誕祭の期間だけ。
明日が終わればエレノアとアルバートが直接関わる機会はほとんどなくなるだろう。
今のうちにゼレンハノン家と親密であることを貴族派に印象付けておくのは大事なことだ。
「承知しました。……では、アルバート様」
かつて何度も呼んだその名は口に馴染んでいて、エレノアは思わず笑みがこぼれた。
まさかもう一度彼の名を面と向かって呼べるなんて。
その時、廊下の開いた窓から冷たい夜風が入り込んで来て、エレノアの身体が震えた。
「……風邪を引かれてはいけません。早く中へ」
アルバートの厚意に甘え、エレノアは控室の中へ入る。
扉を閉じる間際、彼の瞳が熱に浮かされているように見えたのは……恐らく気のせいだろう。
控室で束の間の休息を取った後、エレノアは再び会場に戻り、フェリクスの力を借りながら皇帝派貴族たちとの親交を深めた。
その後アマンダが再び絡んでくることもなく、舞踏会は無事に終わりを迎えた。
入場時とは反対に、参加者を見送る立場となったエレノアは、早くお風呂に入って寝たい気持ちを抑えながら微笑んでいた。
最後の家門を見送ると、警備の任務を終えたらしいアルバートが、エレノアとフェリクスの下へやって来る。
「アスター様、私は明日の朝7時から部屋の外で待機しておりますので、ご用命があれば何なりとお申し付けください」
「えっ、それはさすがに早すぎませんか?パレードは11時からですよ?」
「存じております。ただ、アスター様は朝早くから準備を始められるはずですから、私は護衛として部屋の外で待機し、お守りするのが役目です」
「……」
アルバートの申し出に、エレノアは頷くことができなかった。
ただでさえ彼は、降誕祭が始まる数日前からエレノアの護衛として四六時中職務を全うしてくれている。
降誕祭後に休暇が与えられているとはいっても、働きすぎなのは間違いない。
部屋にいる間は安全だろうし、彼にわざわざ早朝から来てもらう必要もないはず。
「いいえ、アルバート様はパレード開始前の10時に合わせて来られてください」
エレノアは敢えて大きな声で彼の名前を呼び、庭に出る。この位置なら確実にバルコニーからエレノアの姿が見えるだろう。
先ほどまでけたたましく笑っていた男たちの声が、今や水を打ったように静かになっている。
エレノアは庭に咲いている美しい花の葉っぱを指さした。
「こんなに綺麗な花なのに、葉っぱに穴が開いてますわ……」
残念そうな顔をするエレノアに、アルバートが「虫が食べてしまったんでしょうね」と答える。
「以前本で読んだことがあります。美しい蝶たちは、幼虫の時に葉っぱを食料にしているんですよね。そして成虫になった後も花の蜜を栄養にしている」
「……そうですね」
エレノアの行動の意図をつかみかねているのか、アルバートは少し困惑しながらも話を合わせてくれる。
「つまり蝶は、花の恩恵を受けて生きているということですよね」
「ええ」
「なら、蝶は感謝しないといけませんね。自身が多大なる恩恵に預かって今の自分があるということを。安らかに飛べているのは誰のおかげなのか。間違っても自分に恵みを施してくれる者を詰るようなことがないようにしなくては。……もしそんな愚かな行為をする蝶がいたとしたら、それは甘い蜜を啜るだけのただの害虫ですもの」
エレノアは声を張り上げながらバルコニーへ視線を向けた。二人の男とばっちり視線が合ったため、微笑みを向ける。
彼らは顔を引きつらせ、バタバタと建物の中へ戻っていった。
(フン。蛾じゃなくて蝶にしてあげただけでもありがたいと思いなさい)
「……却って気を遣わせてしまいましたね。申し訳ありません」
アルバートが苦笑して告げる。
「いえ、これは私がしたくてしたことなので、気にしないでください」
回帰前にもアルバートは時々社交界で不名誉な陰口を叩かれていた。
精神異常者の件もそうだが、元平民を妻に迎えるなんて高位貴族としてのプライドがないのか、など。
エレノアは彼らに反駁したい気持ちでいっぱいだったが、そんな勇気もなくいつも見過ごすだけだった。
(数年越しだけど、私、ようやく言い返せたわ)
完全な自己満足ではあるが、当時できなかったことを実行できたおかげか、少し心が軽くなった。
「余計に時間を過ごしてしまいましたね。行きましょう」
言いつつアルバートの方を見ると、視線が交わる。どうやらエレノアが見る前からこちらを見ていたらしい。
その瞳が何かを探るように揺れている気がして、エレノアはたじろいだ。
思わず高鳴った胸を抑えながら、「どうかされましたか?」と問いかける。
「……いえ、何でもありません。控室へ向かいましょう」
アルバートはそう言って、何事もなかったかのように視線を逸らした。
その後、無事控室にたどり着き、エレノアは彼にお辞儀をする。
「公爵様、わざわざ送ってくださりありがとうございました」
彼はそのまま立ち去るかと思いきや、こちらをじっと見つめてくる。
「アルバートです」
「……はい?」
「アルバートとお呼びください」
突然の要求にエレノアは目を瞬く。
簡単に他人に名前呼びを許すような人ではなかったはずだが、一体どうしたのだろう。
エレノアの疑問が顔に出ていたのか、アルバートは言葉を続ける。
「皇帝派筆頭である公爵の私と、アスター様の間で信頼関係が築けていると周囲に知らしめるのは大事なことかと思いまして」
「……なるほど」
言われてみればそうかもしれない。
アルバートが専属護衛で居てくれるのは降誕祭の期間だけ。
明日が終わればエレノアとアルバートが直接関わる機会はほとんどなくなるだろう。
今のうちにゼレンハノン家と親密であることを貴族派に印象付けておくのは大事なことだ。
「承知しました。……では、アルバート様」
かつて何度も呼んだその名は口に馴染んでいて、エレノアは思わず笑みがこぼれた。
まさかもう一度彼の名を面と向かって呼べるなんて。
その時、廊下の開いた窓から冷たい夜風が入り込んで来て、エレノアの身体が震えた。
「……風邪を引かれてはいけません。早く中へ」
アルバートの厚意に甘え、エレノアは控室の中へ入る。
扉を閉じる間際、彼の瞳が熱に浮かされているように見えたのは……恐らく気のせいだろう。
控室で束の間の休息を取った後、エレノアは再び会場に戻り、フェリクスの力を借りながら皇帝派貴族たちとの親交を深めた。
その後アマンダが再び絡んでくることもなく、舞踏会は無事に終わりを迎えた。
入場時とは反対に、参加者を見送る立場となったエレノアは、早くお風呂に入って寝たい気持ちを抑えながら微笑んでいた。
最後の家門を見送ると、警備の任務を終えたらしいアルバートが、エレノアとフェリクスの下へやって来る。
「アスター様、私は明日の朝7時から部屋の外で待機しておりますので、ご用命があれば何なりとお申し付けください」
「えっ、それはさすがに早すぎませんか?パレードは11時からですよ?」
「存じております。ただ、アスター様は朝早くから準備を始められるはずですから、私は護衛として部屋の外で待機し、お守りするのが役目です」
「……」
アルバートの申し出に、エレノアは頷くことができなかった。
ただでさえ彼は、降誕祭が始まる数日前からエレノアの護衛として四六時中職務を全うしてくれている。
降誕祭後に休暇が与えられているとはいっても、働きすぎなのは間違いない。
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