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2日目
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「俺はこれからも真緒と仲良くしたいと思ってるけど、過去のことをなかったことにして真緒に仲良くしてもらうんは違うやろ。だから、真緒が昔のこと思い出したら、もっかいちゃんと謝りたい。そんで、胸張って真緒と友達になりたい」
心臓がぎゅっとする。
私が不安に感じて見ないようにしていた啓太との未来を、彼はしっかり見てくれていた。それが本当に、とてもとても嬉しかった。
「……ありがとう。私も、啓太とはこれからも仲良くしたい。だから頑張って思い出すね」
意気込んだ私に、「急がんでもええよ」と啓太は笑ったが、急ぐに決まっている。
私の記憶が戻らない限り啓太の中できっと私は中学生で止まったまま。私が過去を思い出して初めて、二人の時間が進んでいくのだろう。
啓太が言った酷いこととは何なのか、彼に聞いてみれば手っ取り早く記憶を思い出す手がかりになる気がするけれど、果たして聞いていいものなのか、少しためらった。
昨日、啓太は過去の話をするのを避けていた。ついさっき、思い出してほしいとは言ってくれたけれど、自分がひどく後悔している過去の愚かな行為を人に話すのは勇気がいることだ。
恐らくは彼の柔い部分に存在する核心。それに触れてもいいのかわからない。
その時、聞き覚えのないメロディが車内に響いた。
「ごめん。俺のスマホや」
啓太はそう言うと、路肩に車を停めてポッケからスマホを出す。
「……げ。職場の後輩からや」
鹿の表情がわずかに歪む。通話ボタンを押した彼は「もしもし」とスマホを耳に寄せた。
啓太が相槌を打つ間に、スマホから小さな声が聞こえてくる。その声で、電話相手が女性ということがわかった。
「はぁ?まじか」
不機嫌そうな啓太の声。電話の向こうの人と会話をしながら、彼のテンションは徐々に下がっていく。
「……わかった。今から向かうから、とりあえずそれそのままにしといて」
画面をタップして通話を切る。そして乱暴にポケットにスマホを戻した。
「ごめん、真緒。聞いてたかもしれんけど、ちょっと職場でトラブルあったみたいで、今から戻らなあかんくなった」
彼からの痛切な謝罪。がっかりしなかったと言えば嘘になる。
だけど社会人である以上、会社側のやむを得ない事情で休日に呼び出しを食らうことは稀にあるだろう。
ましてや、彼は私のために急遽休みをぶんどって来たのだから、引継ぎがうまくいっていない可能性だってある。
「……ちょっと残念だけど、しょうがないね。千寿亭はまた行こう」
努めて笑顔で振るまった。啓太は「ほんまにごめん」と言いながら、車を発進させる。
「なるべく早く片付けようとは思うけど、もしかしたら明日も出勤することになるかもしれん」
啓太が気まずそうに言う。
「あ、そうなんだ……。じゃあ、今日が最後かもしれないってこと?」
「最悪の場合はな。それでなんやけど、真緒って明後日の木曜に帰るんやんな?」
「うん。そうだよ」
「何時の新幹線に乗るん?」
「夕方には向こうに着いておきたいから、お昼過ぎの便かな」
「木曜は俺、もともと休みやったから見送り行ってもええ?」
思ってもみなかったお願いに、一瞬思考が停止する。
「……さすがにそれは悪いよ」
「俺がしたくてするだけやから、気にすんな」
まさか啓太がそこまで気を遣ってくれるとは。申し訳ない気持ちはあるけど、正直なところ嬉しい思いの方が強い。
最寄り駅で見送ってくれるなら、そこまで彼の負担にならないだろうし、せっかくだからお願いをしてみようか。
「ちなみに見送りって、最寄り駅だよね」
「いいや、新大阪まで」
「大阪まで出てくるつもりなの!?」
「あかん?」
「いや……ダメでは、ないけど」
献身的すぎやしないだろうか。予定がつぶれたことによる罪滅ぼしなら気にしなくていいのに。
しかし啓太は私のぎこちない肯定を素直に受け取ると、「じゃあ決まりやな」と話を切り上げてしまった。
どうやら機嫌を持ち直したらしい彼に、もう一度考え直せなんて言って水を差すのは気が引ける。
「ほんとにいいの?」
念の為もう一度聞いてみると、「当たり前やん」と言って彼は頷く。
「……じゃあ、お願いします」
居た堪れない気持ちはあるけれど、せっかくの厚意なので今回は啓太の言葉に甘えることにしよう。
「そんなかしこまらんでも」
啓太は私をからかうように笑った。
それから30分程車を走らせ、啓太は私を家まで送り届けてくれた。
「仕事、頑張ってね」
「おう。速攻で終わらせてくるわ。明日のことはまた連絡する」
「うん。待ってる」
走り去る車を見送って、家の中に入る。
靴を脱いで玄関に上がった時、ふと気づく。
「あ、結局昔のこと聞きそびれた」
でも、もしかしたら明日も会えるかもしれないし。明日が難しければ、啓太がお見送りしてくれる日にタイミングを見て聞いてみよう。
そんなことを思いながらリビングの扉を開けると、冷気が体に触れた。
あれ、家出る前にクーラー切ったよね。
怪訝に思いながらリビングに入ると、ソファでくつろいでいた母が「おかえり」と言ってくれた。
「あれ、パート行ってたんちゃうん?」
家に帰ると力が抜けて、自然に関西弁が出てくる。
私の質問に、母はポテチを食べながら「今日は早番やから12時までやってん」と言った。
「そうやったんや」
言いながら、荷物を置いて洗面所へ向かう。
手を洗って、お昼ご飯は適当にカップ麵でも食べようかと思った時、「ちょっとちょっと」と母がすり寄って来た。
「どうしたん」
「どうしたんちゃうで。どこ行ってたん。なんか男の人に車で送ってもらってたみたいやけど」
どうやら家の中から見られていたらしい。両親がいないと思っていたから油断していた。
「もしかして彼氏か?お母さんは大歓迎やけど、お父さん悲しむやろな」
父のことを同情している割に、母の顔は楽しそうだ。
「彼氏ちゃうよ。小中の時の友達」
きっぱり言い切ると、母は「なんや、そうなん?」と拍子抜けした様子を見せる。
「もしかしたら、実家には戻ってこやんと同棲でもするんかなぁって思ったんやけどな」
そう茶化しながら、母はリビングのソファに戻る。
実家には戻ってこない、という言葉に思わず手が止まった。
心臓がぎゅっとする。
私が不安に感じて見ないようにしていた啓太との未来を、彼はしっかり見てくれていた。それが本当に、とてもとても嬉しかった。
「……ありがとう。私も、啓太とはこれからも仲良くしたい。だから頑張って思い出すね」
意気込んだ私に、「急がんでもええよ」と啓太は笑ったが、急ぐに決まっている。
私の記憶が戻らない限り啓太の中できっと私は中学生で止まったまま。私が過去を思い出して初めて、二人の時間が進んでいくのだろう。
啓太が言った酷いこととは何なのか、彼に聞いてみれば手っ取り早く記憶を思い出す手がかりになる気がするけれど、果たして聞いていいものなのか、少しためらった。
昨日、啓太は過去の話をするのを避けていた。ついさっき、思い出してほしいとは言ってくれたけれど、自分がひどく後悔している過去の愚かな行為を人に話すのは勇気がいることだ。
恐らくは彼の柔い部分に存在する核心。それに触れてもいいのかわからない。
その時、聞き覚えのないメロディが車内に響いた。
「ごめん。俺のスマホや」
啓太はそう言うと、路肩に車を停めてポッケからスマホを出す。
「……げ。職場の後輩からや」
鹿の表情がわずかに歪む。通話ボタンを押した彼は「もしもし」とスマホを耳に寄せた。
啓太が相槌を打つ間に、スマホから小さな声が聞こえてくる。その声で、電話相手が女性ということがわかった。
「はぁ?まじか」
不機嫌そうな啓太の声。電話の向こうの人と会話をしながら、彼のテンションは徐々に下がっていく。
「……わかった。今から向かうから、とりあえずそれそのままにしといて」
画面をタップして通話を切る。そして乱暴にポケットにスマホを戻した。
「ごめん、真緒。聞いてたかもしれんけど、ちょっと職場でトラブルあったみたいで、今から戻らなあかんくなった」
彼からの痛切な謝罪。がっかりしなかったと言えば嘘になる。
だけど社会人である以上、会社側のやむを得ない事情で休日に呼び出しを食らうことは稀にあるだろう。
ましてや、彼は私のために急遽休みをぶんどって来たのだから、引継ぎがうまくいっていない可能性だってある。
「……ちょっと残念だけど、しょうがないね。千寿亭はまた行こう」
努めて笑顔で振るまった。啓太は「ほんまにごめん」と言いながら、車を発進させる。
「なるべく早く片付けようとは思うけど、もしかしたら明日も出勤することになるかもしれん」
啓太が気まずそうに言う。
「あ、そうなんだ……。じゃあ、今日が最後かもしれないってこと?」
「最悪の場合はな。それでなんやけど、真緒って明後日の木曜に帰るんやんな?」
「うん。そうだよ」
「何時の新幹線に乗るん?」
「夕方には向こうに着いておきたいから、お昼過ぎの便かな」
「木曜は俺、もともと休みやったから見送り行ってもええ?」
思ってもみなかったお願いに、一瞬思考が停止する。
「……さすがにそれは悪いよ」
「俺がしたくてするだけやから、気にすんな」
まさか啓太がそこまで気を遣ってくれるとは。申し訳ない気持ちはあるけど、正直なところ嬉しい思いの方が強い。
最寄り駅で見送ってくれるなら、そこまで彼の負担にならないだろうし、せっかくだからお願いをしてみようか。
「ちなみに見送りって、最寄り駅だよね」
「いいや、新大阪まで」
「大阪まで出てくるつもりなの!?」
「あかん?」
「いや……ダメでは、ないけど」
献身的すぎやしないだろうか。予定がつぶれたことによる罪滅ぼしなら気にしなくていいのに。
しかし啓太は私のぎこちない肯定を素直に受け取ると、「じゃあ決まりやな」と話を切り上げてしまった。
どうやら機嫌を持ち直したらしい彼に、もう一度考え直せなんて言って水を差すのは気が引ける。
「ほんとにいいの?」
念の為もう一度聞いてみると、「当たり前やん」と言って彼は頷く。
「……じゃあ、お願いします」
居た堪れない気持ちはあるけれど、せっかくの厚意なので今回は啓太の言葉に甘えることにしよう。
「そんなかしこまらんでも」
啓太は私をからかうように笑った。
それから30分程車を走らせ、啓太は私を家まで送り届けてくれた。
「仕事、頑張ってね」
「おう。速攻で終わらせてくるわ。明日のことはまた連絡する」
「うん。待ってる」
走り去る車を見送って、家の中に入る。
靴を脱いで玄関に上がった時、ふと気づく。
「あ、結局昔のこと聞きそびれた」
でも、もしかしたら明日も会えるかもしれないし。明日が難しければ、啓太がお見送りしてくれる日にタイミングを見て聞いてみよう。
そんなことを思いながらリビングの扉を開けると、冷気が体に触れた。
あれ、家出る前にクーラー切ったよね。
怪訝に思いながらリビングに入ると、ソファでくつろいでいた母が「おかえり」と言ってくれた。
「あれ、パート行ってたんちゃうん?」
家に帰ると力が抜けて、自然に関西弁が出てくる。
私の質問に、母はポテチを食べながら「今日は早番やから12時までやってん」と言った。
「そうやったんや」
言いながら、荷物を置いて洗面所へ向かう。
手を洗って、お昼ご飯は適当にカップ麵でも食べようかと思った時、「ちょっとちょっと」と母がすり寄って来た。
「どうしたん」
「どうしたんちゃうで。どこ行ってたん。なんか男の人に車で送ってもらってたみたいやけど」
どうやら家の中から見られていたらしい。両親がいないと思っていたから油断していた。
「もしかして彼氏か?お母さんは大歓迎やけど、お父さん悲しむやろな」
父のことを同情している割に、母の顔は楽しそうだ。
「彼氏ちゃうよ。小中の時の友達」
きっぱり言い切ると、母は「なんや、そうなん?」と拍子抜けした様子を見せる。
「もしかしたら、実家には戻ってこやんと同棲でもするんかなぁって思ったんやけどな」
そう茶化しながら、母はリビングのソファに戻る。
実家には戻ってこない、という言葉に思わず手が止まった。
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