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私と君の過ち
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私の体が硬直したのを啓太が気づかないはずなかったが、彼は構わず私の手を引いた。
「なぁ、もうちょっとだけ話して帰らん?」
そう言って彼が指したのは、通学路の途中にある小さな神社。
正直、今は啓太と一緒にいるのが辛い。どうにかして断ろうと思ったけど、その意思に反するように手を強く握られた。
「学業成就でもお祈りしてこうや」
私を見る彼の瞳が有無を言わさぬ空気を纏っていて、思わず頷いてしまう。
啓太はお賽銭を入れて鈴を鳴らすと、「ちょっとだけ場所お借りします」と言った。私も彼に倣って手を合わせる。
お祈りが終わると、彼は視線を前に向けたまま「真緒って……」と口を開いた。
「全然慣れへんよな」
「……どういうこと?」
「そのまんまの意味。俺ら付き合ってもうすぐで三ヶ月やん?それやのに、手繋ぐ度にびくってなってるし」
目じりにシワを作って笑う啓太。笑っているのに、なんだか責められているような気がして俯いた。
「わ、私たちそこまで恋人らしいことしてへんやろ。だからまだ、全然慣れへんっていうか」
「それは真緒が避けるからやろ?」
怒りなのか悲しみなのかわからない声が降ってきた。
驚いて視線を上げると、そこには感傷的な表情の彼がいる。
「じゃあ荒療治とかアリかもしれんな」
彼は投げやりにそう言って私に一歩近づいてきた。半歩下がった時にはもう遅く、彼の手が私の頬に触れた。
そして近づいてくる啓太の顔。ゆっくりと彼のまぶたが落ちていく様が間近で見える。
反射だった。
「やめて!」
啓太の胸を押し返し叫ぶ。彼の体は数歩下がって、あっけなく私から離れた。
気が付いた時にはもう遅く、深く傷ついた顔の啓太が私を見ていた。
ごめん、と謝る前に彼が遮る。
「なぁ、お前俺のこと好きちゃうやろ?」
背筋が冷えて、奥歯がカチカチと鳴った。
引き裂かれたような声音が、啓太の痛みを私に知らしめる。
「お前が俺のこと好きじゃないとか見てたらわかるわ。だって、一回も俺に好きって言ったことなかったもんな。俺に触られる度に嫌そうな顔してたし」
痛みを堪えるような彼の声が、私の心を激しく揺さぶる。
たった今、私は確実に彼を傷つけた。いや、今だけじゃない。たぶん、これまでずっと。
見ないふりをして、なんとかなるって、好きになれるって言い聞かせて誤魔化し続けていた。
「俺のこと好きでもないくせに、告白なんか受け入れんなよ」
そう言って啓太は自身の額を抑える。彼の表情が見えない。だけど、唇がわずかに震えている気がした。
「……なぁ、なんか言えや」
縋るような声に、私は「……ごめん。ごめんなさい」としか返せず黙り込む。
彼を傷つけたという事実がただ辛くて、流されてばかりの情けない自分が心底嫌になった。
全ての選択を誤った私は、何をするべきなのか、どうすればよかったのか、すべてがぐちゃぐちゃで、もう何もわからなくない。
沈黙した私を見て、彼は大きなため息をつく。
「真緒が俺のこと好きじゃないってわかっても、俺はお前のこと好きやからやっていけると思ってた。……でも、もう限界や」
初めて見る彼の冷めた瞳が私を真っ直ぐに見据えた。
心臓が大きく跳ねて、頭から足先にかけていっぺんに血の気が引いていく。
「結局お前は自分が一番可愛いんやろ。だからずっとフラフラしてんねん。俺は周りなんか気にしてへんかった昔の真緒が好きやった」
心臓を無数の針で突き刺されたように痛みが走った。
鼻の奥がツンとして、視界が歪む。だけど、私に泣く資格はない。涙がこぼれないよう、口の中を強く噛んで気を逸らす。
「……今のお前のことなんか、誰も好きにならんわ」
そう吐き捨てて啓太は神社を出ていく。
一人残された私はしばらくその場から動けなかった。
胃の奥からせり上げてくるような何かが心臓を圧迫する。その何かが悲しみなのか怒りなのか判別がつかない。
啓太から言われた言葉がずっと頭の中をぐるぐる巡っている。
『結局お前は自分が一番可愛いんやろ』
『今のお前のことなんか、誰も好きにならんわ』
その言葉を何度も反芻しているうちに、お腹の奥に溜まったこの感情はとてつもない自己嫌悪だと気づいた。
自分という人間が存在していることにすら拒否感を覚える。
今の私のことなんて誰も好きにならない。彼の言う通りだ。
だって私は我が身可愛さに多方面に流されて、結局最も最悪な形で一番大きな傷を啓太に負わせてしまった。
惨めで、情けなくて、恥ずかしい。
どうして私はこうなんだろう。どうして私はこうなってしまったんだろう。
人に嫌われるのが怖い。だから人に合わせていれば嫌われないはずだった。
それなのに私は結局、啓太を傷つけて軽蔑された。
私だってこんな私は嫌い。だけど今更自分をどうやって変えればいいのかわからない。
どうすれば良かった?啓太の告白を受けた時から間違いだった?
全てが崩れた今でも全くわからない。わからない自分がとてつもなく嫌。
これまで私は自分に対する好き嫌いなんて考えたことがなかった。だけどこの日、ハッキリと自分への感情を理解した。
――私は私が大嫌いだ。
啓太に謝りたくてもメッセージは届かず、教室では目すらも合わなくなった。
完全に私との接触を拒否している彼に私が強気に出られるわけもなく、私たちは別れてから一言も交わさないまま卒業を迎え、別々の高校に進んだのだった。
「なぁ、もうちょっとだけ話して帰らん?」
そう言って彼が指したのは、通学路の途中にある小さな神社。
正直、今は啓太と一緒にいるのが辛い。どうにかして断ろうと思ったけど、その意思に反するように手を強く握られた。
「学業成就でもお祈りしてこうや」
私を見る彼の瞳が有無を言わさぬ空気を纏っていて、思わず頷いてしまう。
啓太はお賽銭を入れて鈴を鳴らすと、「ちょっとだけ場所お借りします」と言った。私も彼に倣って手を合わせる。
お祈りが終わると、彼は視線を前に向けたまま「真緒って……」と口を開いた。
「全然慣れへんよな」
「……どういうこと?」
「そのまんまの意味。俺ら付き合ってもうすぐで三ヶ月やん?それやのに、手繋ぐ度にびくってなってるし」
目じりにシワを作って笑う啓太。笑っているのに、なんだか責められているような気がして俯いた。
「わ、私たちそこまで恋人らしいことしてへんやろ。だからまだ、全然慣れへんっていうか」
「それは真緒が避けるからやろ?」
怒りなのか悲しみなのかわからない声が降ってきた。
驚いて視線を上げると、そこには感傷的な表情の彼がいる。
「じゃあ荒療治とかアリかもしれんな」
彼は投げやりにそう言って私に一歩近づいてきた。半歩下がった時にはもう遅く、彼の手が私の頬に触れた。
そして近づいてくる啓太の顔。ゆっくりと彼のまぶたが落ちていく様が間近で見える。
反射だった。
「やめて!」
啓太の胸を押し返し叫ぶ。彼の体は数歩下がって、あっけなく私から離れた。
気が付いた時にはもう遅く、深く傷ついた顔の啓太が私を見ていた。
ごめん、と謝る前に彼が遮る。
「なぁ、お前俺のこと好きちゃうやろ?」
背筋が冷えて、奥歯がカチカチと鳴った。
引き裂かれたような声音が、啓太の痛みを私に知らしめる。
「お前が俺のこと好きじゃないとか見てたらわかるわ。だって、一回も俺に好きって言ったことなかったもんな。俺に触られる度に嫌そうな顔してたし」
痛みを堪えるような彼の声が、私の心を激しく揺さぶる。
たった今、私は確実に彼を傷つけた。いや、今だけじゃない。たぶん、これまでずっと。
見ないふりをして、なんとかなるって、好きになれるって言い聞かせて誤魔化し続けていた。
「俺のこと好きでもないくせに、告白なんか受け入れんなよ」
そう言って啓太は自身の額を抑える。彼の表情が見えない。だけど、唇がわずかに震えている気がした。
「……なぁ、なんか言えや」
縋るような声に、私は「……ごめん。ごめんなさい」としか返せず黙り込む。
彼を傷つけたという事実がただ辛くて、流されてばかりの情けない自分が心底嫌になった。
全ての選択を誤った私は、何をするべきなのか、どうすればよかったのか、すべてがぐちゃぐちゃで、もう何もわからなくない。
沈黙した私を見て、彼は大きなため息をつく。
「真緒が俺のこと好きじゃないってわかっても、俺はお前のこと好きやからやっていけると思ってた。……でも、もう限界や」
初めて見る彼の冷めた瞳が私を真っ直ぐに見据えた。
心臓が大きく跳ねて、頭から足先にかけていっぺんに血の気が引いていく。
「結局お前は自分が一番可愛いんやろ。だからずっとフラフラしてんねん。俺は周りなんか気にしてへんかった昔の真緒が好きやった」
心臓を無数の針で突き刺されたように痛みが走った。
鼻の奥がツンとして、視界が歪む。だけど、私に泣く資格はない。涙がこぼれないよう、口の中を強く噛んで気を逸らす。
「……今のお前のことなんか、誰も好きにならんわ」
そう吐き捨てて啓太は神社を出ていく。
一人残された私はしばらくその場から動けなかった。
胃の奥からせり上げてくるような何かが心臓を圧迫する。その何かが悲しみなのか怒りなのか判別がつかない。
啓太から言われた言葉がずっと頭の中をぐるぐる巡っている。
『結局お前は自分が一番可愛いんやろ』
『今のお前のことなんか、誰も好きにならんわ』
その言葉を何度も反芻しているうちに、お腹の奥に溜まったこの感情はとてつもない自己嫌悪だと気づいた。
自分という人間が存在していることにすら拒否感を覚える。
今の私のことなんて誰も好きにならない。彼の言う通りだ。
だって私は我が身可愛さに多方面に流されて、結局最も最悪な形で一番大きな傷を啓太に負わせてしまった。
惨めで、情けなくて、恥ずかしい。
どうして私はこうなんだろう。どうして私はこうなってしまったんだろう。
人に嫌われるのが怖い。だから人に合わせていれば嫌われないはずだった。
それなのに私は結局、啓太を傷つけて軽蔑された。
私だってこんな私は嫌い。だけど今更自分をどうやって変えればいいのかわからない。
どうすれば良かった?啓太の告白を受けた時から間違いだった?
全てが崩れた今でも全くわからない。わからない自分がとてつもなく嫌。
これまで私は自分に対する好き嫌いなんて考えたことがなかった。だけどこの日、ハッキリと自分への感情を理解した。
――私は私が大嫌いだ。
啓太に謝りたくてもメッセージは届かず、教室では目すらも合わなくなった。
完全に私との接触を拒否している彼に私が強気に出られるわけもなく、私たちは別れてから一言も交わさないまま卒業を迎え、別々の高校に進んだのだった。
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