その鹿を人間にする方法

はるかわ 美穂

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その鹿を人間にする方法

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「真緒、お昼過ぎの新幹線に乗るんちゃうん?」

階下から母の呼ぶ声が聞こえる。

私は重たい体を起こしてベッドから降りた。

体が重たいし、頭がズキズキと痛む。瞼がいつもより言うことを聞かないのを感じて、目が腫れているんだな、と察する。

昨日記憶を思い出してから、まるで壊れた蛇口のように私の目からは涙が溢れ続けていた。

結局睡眠も満足に取れず、ようやく眠りにつけたのは明け方頃だった。

しかし新幹線のチケットを予約してしまっているので東京に帰る準備をしないわけにはいかない。

スマホには、様子がおかしかった昨日の私を心配した啓太からメッセージが届いていた。

それに返信する気になれない。今日は何時に駅に行けばいいか、という質問も来ていたが、そのまま画面を閉じた。

彼に合わせる顔がない。

啓太は私に謝りたいと言っていたけど、あの時の彼が怒るのは当然のことで、原因は全部私にあった。

すでに10時を過ぎているため、あと二時間もしないうちに私は家を出る。

せめてそれまでには返信しなければ。

そう考えると気が重くなるけど、とりあえず家を出る準備をするために私は階段を下りた。

母が用意してくれた朝食を食べ、またしばらくはこの手料理が食べられなくなるんだな、と感傷に浸りながら完食する。

その後荷物をまとめにかかったけど、一人暮らしの部屋から持ってきた物は少ないのですぐに終わった。

「次はいつ頃帰って来る?」

「……わからん。向こうで仕事探すか、こっちで仕事探すかもまだ決まってないし。とりあえずバイトでお金稼ぎながら考えようと思う」

母は私の意志を「そおか」と受け止めてくれた。

「もし気が向けば、いつでも実家に戻ってきてええからな」

それは帰省という意味ではなく、実家で過ごすという意味だと必然的に思った。

少しだけ寂しそうな母の表情に、「……うん」と頷く。

ここに帰って来たばかりの時は、私が一人暮らしを続けたいという思いを家族に打ち明けられるなんて思ってもいなかった。

啓太が私を救ってくれたから、私は自分の気持ちをちゃんと家族に話そうと思えた。

それなのに――

中学の時の出来事を思い出して、胸が引き裂かれるような気持ちになる。

私はあんなに酷いことをしたのに、彼は私を助けてくれた。

それどころか、自分の都合のいいように彼のことを忘れて、昔のことをさらに傷つけた。

自分が情けなくて仕方がない。

自覚した私の想いが彼には全く相応しくなかったことを突き付けられた。

どの面下げて私が彼に歩み寄れるというのだろう。

「真緒、そろそろ出た方がいいんちゃう?」

リビングでぼんやりしているといつの間にか時間が過ぎていたようだった。

「そうやな」

ソファから立ち上がってスマホを持つ。

未だに気が進まないが、メッセージアプリのアイコンを押して、啓太とのトーク履歴を開いた。

『昨日は突然帰ってごめん。今日の見送りだけど、やっぱり申し訳ないから大丈夫』

その一言を送って、私はすぐにスマホを閉じる。

彼の優しさを無下にするようで心が痛んだが、昨日の今日で顔を合わせられる自信がなかった。

「忘れ物ないか?」

「うん。大丈夫。お父さんにもよろしく言っておいて」

お父さんは仕事に出かけてしまったので、昨日の夜ちゃんと別れの挨拶をしておいたけど、すごく寂しがっていたから、後でメッセージも送っておくつもりだ。

母にもう一度別れを告げた後、軽いキャリーケースを引きながら駅への道を歩く。

途中、啓太に会わないか心配だったけど、それも杞憂に終わり、私は無事に新大阪駅から新幹線に乗ることができた。

啓太からはだた一言、『わかった』という返信だけが来ていて、自分が起こした行動なのに心が沈んだ。


***


東京に戻ってきて三日目のこと。

こっちに戻ってからすぐにアルバイトを探していたけど、なかなか良い条件が見つからず苦戦していた。

そんな時、茜からメッセージが飛んできた。

『もうこっち帰って来てる?久しぶりに会いたいし、今日良かったらどこかでランチしない?』

トーク履歴に表示された「茜」という文字だけで心がざわついたことに気づく。

時間が解決してくれると思ってずっと放置していた問題が、再び目の前に現れたことは明白だった。

どうしよう。ここで断れば前回の電話のこともあるし、茜は避けられてると思って傷つくかもしれない。かと言ってこんな中途半端な気持ちのまま会える気もしない。

迷っているうちに、茜から追加でコメントが送られてくる。

『実はちょっと前にすごくいい感じのカフェ見つけて、真緒と一緒に行きたいなって思ってたんだ!』

その文を見て、私の中で暴れているモヤモヤした感情が少しだけ落ち着くのがわかった。

そうだ。茜はあの時の話し合いを過去にして、もう一度私と歩き出そうとしてくれている。

歩み寄ってくれる人に対して逃げることはしたくない。

私は、『いいね行こう!そこ教えてよ』と返信した。

茜からはすぐに『じゃあ13時に新宿に集合ね』と返って来る。思いの外、時間がないので私は慌てて準備を始めた。

ささっと着替えとメイクを済ませた私は、必要最低限のものをカバンに詰めて家を出る。

最寄り駅に着いて発車標を見ると、乗車予定の電車が到着する前で、なんとか13時には余裕を持って駅に間に合いそうだった。
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