その鹿を人間にする方法

はるかわ 美穂

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その鹿を人間にする方法

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込み上げてくる感情に、視界が歪む。

迷惑かも、とか、お金が、とか、そんな言い訳を全部すっ飛ばして、私はその身ひとつで東京駅に向かっていた。

クレジットカードでチケットを購入して、一番早い発車時刻ののぞみに飛び乗る。

自分でも驚くほど大胆なことをしているとわかっている。だけど、ただひたすらに、啓太に会いたかった。

新幹線の中で最も早く大阪に着くのぞみに乗っていても、二時間半がとても長くて、乗車中ずっと気持ちが急いていた。

今日は日曜日だから、前に啓太が言っていたことから予定が変わっていなければ、彼は会社のメンバーと燈花会に行っているはずだ。

大阪に着いたのは18時前で、そのまま奈良方面の電車に乗って奈良駅を目指した。

そこでようやく啓太に連絡を入れるという選択肢が浮かんで、慌てて『今どこにいる?』と送った。

奈良駅に着くまでに返信があるかと思ったけど、スマホを見ていないのか既読にすらならない。

目的の駅に着いてしまった私はとりあえず奈良公園を目指して歩き出した。

啓太が燈花会に来てなかったら確実に無駄骨になるな、なんて思いが一瞬脳裏を掠めたけれど、望みは捨てずに歩みを進めた。

奈良公園へ続く三条通りでは、表に白いカップを置いているお店がいくつかあった。

手のひらより少し大きいくらいのカップの中ではろうそくの明かりがゆらゆらと揺れていて、一足早く燈花会の雰囲気が楽しめる。

燈花会のメイン会場へ行けば、そのカップが何千と並べられており、圧巻の光景を目にすることができる。

本格的な点灯が始まるのは19時かららしいから、きっと今頃はすべてのエリアでスタッフの人たちが奔走しているだろう。

公園に近づけば近づくほど人が増え、以前奈良町を訪れた時の比ではなかった。

こんな中で啓太を探し出せるだろうか。

人で溢れ返っている歩道を、何とか人の間を縫って進み続ける。

奈良公園は広いから、やっぱり啓太と連絡を取り合わないと合流は不可能だろう。

相変わらず既読のつかない履歴を開いて、彼のアイコンを押して電話をかける。

しかし、出ない。

会社の人たちとお祭りを楽しんでいて、気づいていないのかもしれない。

でも折り返しがくるのをじっと待つのも嫌で、私はスマホを握りしめたまま再び歩き出した。

燈花会のメインになっている会場をいくつか見て回れば、そこに啓太がいるかもしれない。

スマホで調べた情報によれば、采女が身投げしたと言われているあの猿沢池や、公園内にある興福寺などが燈花会エリアになっているらしかった。

駅から最も近い会場である猿沢池に着くと、池を囲むように並べられたろうそくも、お店の前にあったものと同じように明かりがつき始めていた。

火が灯ったろうそくが水面に反射し、幻想的な様を描いている。

時刻は19時前と言っても夏の日は長いので、まだ少し空が明るい。

今でも十分に綺麗だけど、空が完全な暗闇になった時、池の周りに並んだろうそくたちは一層輝くのだろう。

多くの人が写真に収めているその美しい風景に私も一瞬目を奪われたけど、すぐに本来の目的を思い出して啓太を探した。

若いグループにはより目を光らせて池の周りを一周してみるけれど、そこに彼の姿はない。

「どこ……」

相変わらず彼からの返信はなく、焦燥感に駆られる。

……いちいち落ち込んでる場合じゃない。ここにいないなら、次の会場を探してみないと。


そうして私はできる限り色んな会場を回ったけれど、啓太を見つけることはできなかった。

最終的に東大寺より奥にある園地で限界を迎えて足を止めてしまう。

気が付けば燈花会の点灯が始まって一時間近く過ぎている。啓太からは返信もないまま。

ここまで返信がないなら……啓太はそもそも私からのメッセージを受け取らないように設定してしまったんじゃないか。

そう考えた時、頭のてっぺんからつま先まで血の気が引いた。

心臓が握りつぶされたみたいに痛い。日が落ちてもこんなにも蒸し暑いのに、指先は氷水に浸かったみたいに冷たい。

彼が私との連絡手段を断ったのだとしたら、私はどうすればいいのだろう。

そもそも衝動に突き動かされるまま奈良に戻って来たけど、啓太が会ってくれる保証なんてどこにもない。

私が啓太を突き放した時、彼はもう私を見限ったのかもしれない。

考えれば考えるほどネガティブな感情が湧いてきて、東京から弾丸でここまで来た自分が途端に間抜けに思えてきた。

今から大阪に向かったとしても、今日の最終の新幹線には間に合わないかもしれない。

意気消沈しながらも帰りの電車を調べようとした時、「金森先輩、見てください!」という女性の楽しそうな声が聞こえてきた。

反射的に顔を上げて周囲を見渡す。

「めっちゃいい写真撮れました」

声がする方に目を向ける。あたりはもう真っ暗で、足元にいくつも輝いている小さな明かりだけが頼りだった。

「おぉ、ほんまや。写真撮るん上手いな」

「でしょう?先輩もかっこよう撮ったりますよ」

「いらんわ」

数メートル先でじゃれ合う二人の男女。シルエットしか見えないけど、直感した。

啓太がそこに居る。

「何でですか。じゃあツーショにします?」

女性が笑いながら啓太の腕に触れる。

それを見た瞬間、腹の奥から突き上げてくるような怒りが湧いた。
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