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その鹿を人間にする方法
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気が付けば二人にズンズンと歩み寄っていた私は、その女性と啓太の間に入って彼の腕を引っ張っていた。
「えっ……?」
私と目が合った女性は突然の乱入者に目を丸くしている。
途端に頭の片隅で冷静な自分が「やってしまった」と膝をついて後悔していたが、もう後には引けなかった。
「……真緒?」
動揺した啓太の声が降って来る。
彼の方を振り向くことができず、私は「ごめんなさい。この人、借ります」と女性に言って啓太の腕を掴んだまま歩き出した。
「えっ、ちょっと!?」
追いかけようとしてくる女性の気配に冷や汗が背筋を伝う。しかし、「大丈夫やから。また連絡するわ」と啓太が落ち着いた声で言った。
その言葉に私は顔を歪ませる。
私の身勝手な行動に怒ってこの手を振り払ってもなんら不思議ではない。でも啓太はそうしなかった。
また彼の優しさに甘えてしまったことが情けないやら何やらでため息が漏れる。
「真緒……やんな?帰ったんちゃうかったん」
後ろからそう問われ、彼の腕を掴む手に力がこもった。
彼の質問に答えようと思うのに、今更ながら突発的に行動してしまった恥ずかしさが湧いてきて言葉が出てこない。
啓太に会うために東京から身一つで飛び出してきました、なんて言えない。
「おーい、真緒さん。真緒ちゃん?」
背後から色んな呼び方で名前を呼ばれる。心臓に悪いからやめてほしい。
ようやく啓太を見つけられたのだから、落ち着いて彼と話さなければ。
「……用ないんやったら、俺会社の人らのとこ戻りたいんやけど」
その言葉が大きな重りとなって私の心を抑えつけた。
あの女性と楽しそうに笑っていた啓太の顔が浮かぶ。
もしかして、あの子と楽しんでたから連絡返せなかったのかな。
そうだ。啓太は付き合ってる人はいないと言ったけど、好きな人もいないとは言っていない。
私は自分に都合のいい解釈をして、啓太を決めつけてしまっていたかもしれない。
そう考えると心に冷たいすきま風が吹いたような気持ちになった。
「真緒、どこまで行くねん」
後ろ手に引っ張っていた彼が急に重くなって、私は我に返る。
ふと周りを見渡すと、国立博物館の前まで来ていた。ここも啓太を探すために走り回った場所だ。
足元には変わらず小さな明かりたちが咲いている。
「なぁ真緒。いい加減こっち向いてや」
切実な声。啓太の手を引きながらぐるぐる考え込んでしまっていたけど、その間ずっと私に話しかけていた彼を私はスルーしていた。
さすがにこれ以上彼を無視することはできない。
しぶしぶ啓太の腕から手を放して振り返る。
「やっとこっち見たな」
彼はそう言って口角を上げて笑う。
足元で輝く光が、啓太の滑らかな肌をぼんやりと照らした。
柔らかな髪に右の目じりにあるほくろ。色素の薄い瞳が私を捉えて細められる。
彼の微笑む顔は、とても人懐こい。
――ああ、そうだ。彼はこんな顔をしていたんだった。
返信が来なかった理由とか、彼が女性と笑い合ってたことに対する不満とか恐れとか、色々考えてたはずなのに、彼の顔を見ると全てが吹き飛んだ。
そして思った。
会いに来てよかった、と。
過去を思い出せても、ずっとモヤがかかったみたいで、啓太の容姿を鮮明に思い出すことができなかった。
だけどこうして彼の顔を見ると、どうして今まで忘れていたのか不思議なくらいにしっくり来て、今度はもうどうやっても忘れられない気さえしてくる。
「……啓太だ」
暗闇の中で灯るたくさんの温かい明かりが、間違いなく人間である彼の姿をしっかりと映し出している。
私はそれを確かめるように彼の顔に手を伸ばした。
嬉しかった。啓太を人の姿に戻すための方法を、私は間違えていなかった。
彼の頬に触れた私の手に、啓太は戸惑った様子で自身の手を重ねる。
「もしかして、人間に戻ってる?」
その問いに、私は涙を堪えながら頷いた。
マジか、と彼は喜びと感動が混じった声を漏らす。
お互いの視線が交わって、私たちの瞳の中にはまるで星空を間近で見ているような幻想的な風景が反射していた。
私と彼の間に漂うえも言われぬ幸福感。もう少しだけこの優しさに浸っていたいけれど、私は今日、啓太に全てを話すためにここまで来た。
ずっと伝えたいと思っていたことを、ようやく伝えられるのだ。
「あのね、啓太のこと思い出せなかったことと、啓太の顔が鹿に見えたこと、やっぱり茜とのことが関係してた」
その一言で、離れていた数日の間に私に変化があったことを啓太は察したのだろう。少しだけ表情が強張った。
「……聞かして、全部」
啓太自身も直視するのを避けていた過去を、私が思い出したと彼が悟るのは必然だった。
私は啓太と最後に会った日に記憶を思い出したこと、合わせる顔がなくて一人で東京に戻ってしまったこと、そして、茜と決別の道を選んだこと、その全てを話した。
「茜のこと見送った後に、私居ても立っても居られなくなってここまで来たの。啓太にありがとうって言いたかった」
話しているうちに感情が昂ってまた視界が歪む。
面と向かって彼にお礼を言えたことで、全身からが力が抜けてしまうほど安堵した。
啓太にもらってばかりな私だけど、あなたのおかげ私は変われたということが少しでも恩返しになれば嬉しい。
「啓太はずっと私に言ってくれてたよね。自分の気持ち大切にしろって。その言葉の意味が今になってちゃんと理解できたの」
私が自分を大事にしようと思えたのは、紛れもなく啓太のおかげ。啓太が居てくれたから、私は新しい世界を見ることができた。
「えっ……?」
私と目が合った女性は突然の乱入者に目を丸くしている。
途端に頭の片隅で冷静な自分が「やってしまった」と膝をついて後悔していたが、もう後には引けなかった。
「……真緒?」
動揺した啓太の声が降って来る。
彼の方を振り向くことができず、私は「ごめんなさい。この人、借ります」と女性に言って啓太の腕を掴んだまま歩き出した。
「えっ、ちょっと!?」
追いかけようとしてくる女性の気配に冷や汗が背筋を伝う。しかし、「大丈夫やから。また連絡するわ」と啓太が落ち着いた声で言った。
その言葉に私は顔を歪ませる。
私の身勝手な行動に怒ってこの手を振り払ってもなんら不思議ではない。でも啓太はそうしなかった。
また彼の優しさに甘えてしまったことが情けないやら何やらでため息が漏れる。
「真緒……やんな?帰ったんちゃうかったん」
後ろからそう問われ、彼の腕を掴む手に力がこもった。
彼の質問に答えようと思うのに、今更ながら突発的に行動してしまった恥ずかしさが湧いてきて言葉が出てこない。
啓太に会うために東京から身一つで飛び出してきました、なんて言えない。
「おーい、真緒さん。真緒ちゃん?」
背後から色んな呼び方で名前を呼ばれる。心臓に悪いからやめてほしい。
ようやく啓太を見つけられたのだから、落ち着いて彼と話さなければ。
「……用ないんやったら、俺会社の人らのとこ戻りたいんやけど」
その言葉が大きな重りとなって私の心を抑えつけた。
あの女性と楽しそうに笑っていた啓太の顔が浮かぶ。
もしかして、あの子と楽しんでたから連絡返せなかったのかな。
そうだ。啓太は付き合ってる人はいないと言ったけど、好きな人もいないとは言っていない。
私は自分に都合のいい解釈をして、啓太を決めつけてしまっていたかもしれない。
そう考えると心に冷たいすきま風が吹いたような気持ちになった。
「真緒、どこまで行くねん」
後ろ手に引っ張っていた彼が急に重くなって、私は我に返る。
ふと周りを見渡すと、国立博物館の前まで来ていた。ここも啓太を探すために走り回った場所だ。
足元には変わらず小さな明かりたちが咲いている。
「なぁ真緒。いい加減こっち向いてや」
切実な声。啓太の手を引きながらぐるぐる考え込んでしまっていたけど、その間ずっと私に話しかけていた彼を私はスルーしていた。
さすがにこれ以上彼を無視することはできない。
しぶしぶ啓太の腕から手を放して振り返る。
「やっとこっち見たな」
彼はそう言って口角を上げて笑う。
足元で輝く光が、啓太の滑らかな肌をぼんやりと照らした。
柔らかな髪に右の目じりにあるほくろ。色素の薄い瞳が私を捉えて細められる。
彼の微笑む顔は、とても人懐こい。
――ああ、そうだ。彼はこんな顔をしていたんだった。
返信が来なかった理由とか、彼が女性と笑い合ってたことに対する不満とか恐れとか、色々考えてたはずなのに、彼の顔を見ると全てが吹き飛んだ。
そして思った。
会いに来てよかった、と。
過去を思い出せても、ずっとモヤがかかったみたいで、啓太の容姿を鮮明に思い出すことができなかった。
だけどこうして彼の顔を見ると、どうして今まで忘れていたのか不思議なくらいにしっくり来て、今度はもうどうやっても忘れられない気さえしてくる。
「……啓太だ」
暗闇の中で灯るたくさんの温かい明かりが、間違いなく人間である彼の姿をしっかりと映し出している。
私はそれを確かめるように彼の顔に手を伸ばした。
嬉しかった。啓太を人の姿に戻すための方法を、私は間違えていなかった。
彼の頬に触れた私の手に、啓太は戸惑った様子で自身の手を重ねる。
「もしかして、人間に戻ってる?」
その問いに、私は涙を堪えながら頷いた。
マジか、と彼は喜びと感動が混じった声を漏らす。
お互いの視線が交わって、私たちの瞳の中にはまるで星空を間近で見ているような幻想的な風景が反射していた。
私と彼の間に漂うえも言われぬ幸福感。もう少しだけこの優しさに浸っていたいけれど、私は今日、啓太に全てを話すためにここまで来た。
ずっと伝えたいと思っていたことを、ようやく伝えられるのだ。
「あのね、啓太のこと思い出せなかったことと、啓太の顔が鹿に見えたこと、やっぱり茜とのことが関係してた」
その一言で、離れていた数日の間に私に変化があったことを啓太は察したのだろう。少しだけ表情が強張った。
「……聞かして、全部」
啓太自身も直視するのを避けていた過去を、私が思い出したと彼が悟るのは必然だった。
私は啓太と最後に会った日に記憶を思い出したこと、合わせる顔がなくて一人で東京に戻ってしまったこと、そして、茜と決別の道を選んだこと、その全てを話した。
「茜のこと見送った後に、私居ても立っても居られなくなってここまで来たの。啓太にありがとうって言いたかった」
話しているうちに感情が昂ってまた視界が歪む。
面と向かって彼にお礼を言えたことで、全身からが力が抜けてしまうほど安堵した。
啓太にもらってばかりな私だけど、あなたのおかげ私は変われたということが少しでも恩返しになれば嬉しい。
「啓太はずっと私に言ってくれてたよね。自分の気持ち大切にしろって。その言葉の意味が今になってちゃんと理解できたの」
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