■完結■ 竜騎士と花生み〜逃亡奴隷はご主人様に恋をする〜

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14.マル王国の外交

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 いつもよりも速くカシスの支度を調えていたマルの耳に、頭上から高く弾んだ声が聞こえた。それは徐々に大きくなる。

「ロナウドー! 僕だぁー! きたぞー!」

 マルとホセが庭に出ると、もう竜が降り立つ寸前だった。竜は最も多く見られる緑色で、カシスよりも二回りほど小さい。屋敷は住宅が密集している地域からはやや離れた林の中にあるので、朝から大声を出そうと、竜が鳴こうと、迷惑がる隣人はいない。

「よーいしょっと」

 屈んだ竜の背から飛び降りたのは、マルよりもいくつか年下に見える少年だ。頭が丁度マルの肩あたりになるだろうか。真っ白な肌に、真っ黒で艶のある髪、そして茶色い瞳が輝いている。そしてもう一人、恰幅のいい大人の付き添いがいた。竜を操っていたのは、こちらだ。

「おはようございます。ラルフ様。本日もご機嫌麗しいようで、何よりでございます」
「うむ、うるわしいぞ。ホセも元気で何よりだ。おや、見慣れない顔がいるな。さてはそなたが例の花生みなのだな?」

 朝の輝かしい太陽に負けないような笑みが、マルに向けられる。

「は……い! 花生み、です。マルです。よろしくお願いします!」

 お辞儀をしようとして、ふとホセがするように背筋を伸ばしうやうやしく頭を下げた。

「僕はラルフだ。そう畏まらなくても構わん。楽にいたせ。見てみるがいい、そなたの主人は、僕がこうしているのに出迎えもしないぞ」

 少年の見掛けに合わない口調のラルフは愉快そうに、うははと声を上げた。
 ラルフは革手袋に肘当てをして、長ブーツにはトラウザーの裾をしっかり入れ込んでいた。ごく一般的な騎竜の装いで、華美な飾りはどこにもない。けれどシャツもベストもぱりっと火のしがかけられて、長ブーツはよく磨かれている。それに自前の竜と、従者が付き添っているのだ。名のある家の子どもか。マルを花生みだと知っていたのだから、竜騎隊に関係があるのかもしれない。

「まだ寝てるやもしれないな。起こしに行ってみるか。マル、案内を頼むぞ」

 とんでもないことを言っている。
 ロナウドの寝室へ客人を通すなんてできない。けれどもこの子どもは、下手をすればロナウドの上司の子の可能性だってある。

「早く案内いたせ」

 困った。ホセは隣で澄ました顔をしている。ホセからは口が出せないようだった。ならば考えるしかない。どうするべきか。

「……ん……むぅ……むりぃ……かも。ううん、無理。ごめんね」
「無理? なぜだ」
「……だって、俺だってご主人様の寝姿見たことないもん。代わりに俺の部屋だったら案内できるけど」
「マルの部屋を見て、何か面白いのか?」
「面白くはないけど、この庭が見下ろせるよ。きれいだよ。王様になった気分になれるんだ」
「王様か。それは凄い。よし、そちらにしよう」

 使用人だけが使う、狭くて急な階段を二人で上り、何の変哲もない木のドアをくぐる。正面にある木枠の窓を開け、並んで庭を見下ろす。

「きれいでしょ? ホセさんと毎日手入れしてるんだ。あそこのオレンジ色の花が咲いているところは、この前植え替えしたばかりだよ」
「ほう。花壇が花の形をしているのが分かるな。これはかわいらしいぞ。確かに、王様の気分になれる」
「でしょう?」
「うむ。快く招待してくれたことに礼を言うぞ」
「あのね、ラルフは俺の初めてのお客様だよ。俺、自分の部屋とか今までなかったから、ラルフが一番目」

 ぱち、とラルフの透き通った茶色い瞳がまん丸になった。

「僕が最初か」
「うん、一番目」
「それは……それは、嬉しいな。いや、本当だ。嬉しいぞ!」

 うはは、うははとラルフは先ほどよりも顔を綻ばせて笑う。花壇に植え替えた花のように、明るいオレンジ色を帯びて。

「マル、そなたは僕の友だぞ」
「とも……」
「友人だ。ロナウドも僕の友だが、マルも友だ。マル王国の王よ、僕はラルフ王国の王だ。二国間で末永い友好を築こうではないか」

 差し出された手をマルは握り返す。自分よりも小さな手からは、意外にも力強く握られた。

「この次は僕の部屋に招待しよう。む、ロナウドが庭に出ているぞ。ロナウドー、ここだー! 今からそちらへ向かうぞー!」

 ラルフは大きく手を振って、庭にいるもう一人の友へ合図をする。行きでは無言で登った階段を、帰りでは転びそうな速さで駆け下りた。あんまり速いのでおかしくなって、気付けば二人の口から変な笑い声が漏れていた。


 騎竜の練習は、まずロナウドが地上で説明し、次にそれぞれの竜に乗っての実施だ。ラルフは手綱を持っているが、必ず後ろには従者が同乗していた。
 昼食は庭でというラルフの希望で、マルたちは木陰へテーブルを運び、昼食を準備する。

「いいお天気だこと。洗濯物が良く乾くわね」

 マチルダがそう言って見上げた青空には、赤紫と緑の竜が飛び回っていた。先にロナウドが見本を見せて、その後ラルフが模倣している。急降下した後の急上昇、直進からの旋回。動きが滑らかで、竜にも無理がないように見えるのは、やはりロナウドだ。
 ラルフはまだ動きがぎくしゃくとしている。それでも少年が操っているのは見たことがないから、ラルフの技術も凄いのだろう。

「マルさん、今のうちにカシスと緑四号の飲み水も汲んでおきましょう」

 ラルフが騎乗している竜は緑色。名付けの法則に、既視感を覚える。

「ホセさん、『緑四号』って、もしかしてラルフの竜ですか?」
「そうです。ラルフ様の竜は緑四号です。一号も、二号も、三号も存在しないのですが、四号なのだそうですよ」

 ラルフとロナウドは、真反対のようでいて、似ていると思った。
 ロナウドが凪いだ海だとすれば、ラルフは雪解けの小川だ。どこが似てると言われれば、内に持つ心の強さみたいなものだ。ラルフは、ロナウドと同じ世界の住人だ。マルが到底手の届かない空で肩を並べられる。それをほんの少し、うらやましいと思った。

 ブォ、ブォオン。

 どんぐりのいななきがして、ふと我に返る。

「ごめん。どんぐりを忘れてたわけじゃないよ。俺、どんぐりが好きだよ。この前も乗せてくれてありがとね」

 どんぐりの空になった桶にも、水を補充する。
 毎日世話をしているどんぐりは、大人しくて気性が穏やかなロバだし、かわいいと思っている。
 尚もどんぐりが房の中から首を伸ばすので、何か生まれたのかと首筋を撫でる。そこには蕾みがぽつんと一つ。きゅっと固くなったままで、咲く様子はない。見たこともない色をしていた。がくやつると同じ色をしているので、実際咲いてみなければ何色になるかは分からないが。
 蕾は玉虫色にほんのり光っていた。

「あっ」

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