■完結■ 竜騎士と花生み〜逃亡奴隷はご主人様に恋をする〜

11ミリ

文字の大きさ
24 / 67

24.悪女の噂

 マルの部屋の前にロナウドが立っている。
 
「ごっごしゅじ……」

 叫びそうになる唇に、人差し指を一本当てられる。

「宿舎で叫んではいけない」
「……むぁい(はい)」
「部屋に呼ばれたいのだが、いいだろうか?」

 こくこくと頷いてマルが部屋の扉を開け、急いで壁と脇机にあるランプに火を灯す。
 ここは一人で暮らすには十分な部屋だ。窓があって、ベッドもあって、棚も机も椅子もある。足らないものは、あの素晴らしい景色と思っていた。そうもそうではあるけれど。もっと大事なものが足りなかった。目の前にいるロナウドが足りなかったのだ。
 きっと、ここがとんでもなく豪奢な部屋だとしても、王宮にあるような庭園があったとしても、同じように思うだろう。
 彼が視界に入るだけで、いつもより部屋が明るい。そんなことあるわけがないのに。あるわけがないから、気が付いてしまう。
 ロナウドを足らないと思っていた理由を。

「困った、これでは足りないな」
「え⁈」
「一人部屋だから、椅子が一脚しかないのは当然か。いや、こちらが押しかけたのだから仕方ない。実はこれを持ってきたのだ」

 マルは考えが筒抜けになってたのかと内心焦ったが、そうではなかったので胸をなで下ろす。
 ロナウドが持っていたのは、籐で編まれたバスケットだ。金具を外して広げると、ワインのミニボトルや食器がバンドで固定されていて、油紙で包んだチーズまで出てきた。

「カシスが花を食べたがって……。違うな、私がマルと食べたかったのだ。そう何度も時間を共有したわけでもないのに、なくなると落ち着かなくてな」
「……ご主人様、まだ一日ですよ」
「私はこらえ性がないのかもしれない」
「気が合いますね。俺もです」

 冷えていた夜の空気が、ふっとあたたかく感じた。
 そうしてベッドに並んで腰掛けたり、一人が椅子に座ったり、立ったりもしたが、どうもしっくり治まらない。身長差と微妙に合わないのだ。

「今度からはもう一つ椅子を用意しておきます」
「待て、これならどうだろう。ほら、ここだ」

 ロナウドが椅子に座り、ぽんと腿を叩く。
 腿。そこは腿の上。そこは主人の膝の上だ。

「座り心地は良くないかもしれんが、高さは合うかもしれない。嫌じゃなければだが」
「い、いやじゃないですけど……いいんですか?」
「私が構わないのだ。あとはマル次第だ」

 マルは少し考えてから、では、とおもむろにロナウドの膝の上に座る。チーズを食べるなら横向きがいいだろうと横を向く。近い。身長差がほどよく埋まり、顔と顔が近くなった。

「どうやら追加の椅子はいらないな。ほら、どうだ?」

 よく磨かれたいつもの細い銀色のフォークにチーズを刺してマルへ向けられる。マルが好きなレーズン入りだ。ぱくりと食べる。

「美味しいです」

 ロナウドが食べさせてくれているのだから。
 マルの首には青々としたつるが絡まって、そこへいくつも花が連なって生まれた。もう一口食べると、さらにつるが伸びて花も生まれる。
 ロナウドに会えて嬉しい、嬉しいと、抑えられない気持ちが花になっていく。

「これは見事だ。だが、つるがある」
「そうですね……」
「悩みがあるのか?」

 以前、マルはロナウドへ『悩むとつるが生まれやすい』と伝えたからだ。本心が現れてしまうのは、花生みの欠点だなと思ったが、今更だった。
 ロナウドに拾われたこと以外は、花生みのせいで損ばかりの人生を歩んできた。

「……ないです。花の生み方をアベルに教えてもらったから、それでたくさん生めたんだと思います」
「そうか、ならいいが……」
「ご主人様の方こそ、悩みがあるんじゃないですか?」
「悩み……?」
「はい。ありそうに見えます」

 一呼吸分だけ逡巡し、実は、とロナウドが切り出した。

「マルが『男をたぶらかす稀代の悪女で浮気者』だと忠告してくれた者がいてな」

 マルの頭には、くりくりのくせ毛の同僚が浮かんだ。

「悪女……なんですか、俺」
「ふむ。それによると、マルは私と付き合いながらアニムスと浮気しているそうだ」
「えぇ、俺、チーズが浮気相手だって聞いたような……気がしたんですけど……。違ったかな?」
「チーズか。それは困った。アニムスが相手なら決闘という手も取れるが、チーズが相手ではかなり厳しい。負けてしまうかもしれぬ。そら、もう一切れどうだ」

 口にチーズが運ばれて、また花が次々と生まれていく。

「マルにこれほど花を生ませられるのは、チーズをおいて他にないからな」

 悪女と付き合うのは大変だ、と付け足す唇は、柔らかな弧を描いていた。

「えーと、そうですね……チーズは強敵です!」
「この花の量を見る限り、かなり手強い相手だ」

 ロナウドはミニボトルから直接ワインを飲む。ロナウドの膝には、つるを巻いて花を散らしたような下働きのマルがいる。
 ひっそりとした非日常があった。クローゼットの中に隠れたり、立ち入り禁止の洞窟を探検をするような、悪さを一匙味わう。

「お返しです。どうぞ」

 マルもロナウドへチーズを差し出す。それを当たり前のようにロナウドも食べた。

「気遣いをする悪女か」
「はい」

 ロナウドが構ってくれるのなら悪女の噂もそう悪くはないと思えた。
 マルがくふふと笑うと、大きな手で頭をくしゃくしゃに撫でられた。
 夜が更けるのが惜しい。チーズを食べるように、ゆっくりと味わいたいと思うのに。


 ■■■


「また呼ばれたいのだが、いいだろうか」
「いつでも歓迎します」

 別れ際に、もう一度頭を撫でられた。
 ロナウドが屋根裏の階段をきしませながら降りていく。その音が聞こえなくなるまで、マルは部屋の扉の前で耳を澄ませていた。
 静かな世界に戻ってしまうと、一層寂しさが増す。ロナウドがいなくなった部屋は、とても暗く見えてしまう。さっきまではとても明るかった。
 そうだ。やっぱりそうなのだ。
 自分はロナウドが好きなのだ。
 マルは崖の上から暗い海へ突き落とされたように、心が沈んでいく。

 逃亡奴隷が主人に恋してどうしようというのだ。

感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】国に売られた僕は変態皇帝に育てられ寵妃になった

cyan
BL
陛下が町娘に手を出して生まれたのが僕。後宮で虐げられて生活していた僕は、とうとう他国に売られることになった。 一途なシオンと、皇帝のお話。 ※どんどん変態度が増すので苦手な方はお気を付けください。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

処刑される悪役令息に転生したらなぜか推しの騎士団長がグイグイ近づいてくる

猫に小判
BL
交通事故で死んだはずの会社員・田中悠人は、気がつくとBL小説『恋と陰謀~はじまりは夜に~』の世界に転生していた。 しかも転生先は、原作で処刑される悪役令息エリオット。 当然そんな未来は回避したい。 原作知識を頼りに慎重に立ち回るつもりだったのに、気づけば王宮を揺るがす事件に巻き込まれていき――。 さらに困ったことに、原作で一番の推しだった騎士団長ガイウスがやたらと距離を詰めてきて……? 平穏に生きたい元悪役令息と、過保護な騎士団長がじれじれ距離を縮める話。 ガイウス(騎士団長)×エリオット(元悪役令息)

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。

冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される

マンスーン
BL
​王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。 泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

贖罪公爵長男とのんきな俺

侑希
BL
異世界転生したら子爵家に生まれたけれど自分以外一家全滅という惨事に見舞われたレオン。 貴族生活に恐れ慄いたレオンは自分を死んだことにして平民のリオとして生きることにした。 一方公爵家の長男であるフレドリックは当時流行っていた児童小説の影響で、公爵家に身を寄せていたレオンにひどい言葉をぶつけてしまう。その後すぐにレオンが死んだと知らされたフレドリックは、以降十年、ひたすらそのことを悔いて生活していた。 そして十年後、二人はフレドリックとリオとして再会することになる。   ・フレドリック視点は重め、レオン及びリオ視点は軽め ・異世界転生がちょいちょい発生する世界。色々な世界の色々な時代からの転生者の影響で文明が若干ちぐはぐ。 ・世界観ふんわり 細かいことは気にしないで読んでください。 ・CP固定・ご都合主義・ハピエン ・他サイト掲載予定あり

強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない

砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。 自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。 ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。 とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。 恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。 ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。 落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!? 最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。 12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生