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34.勝利の瞬間
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翌日マルは多くの隊員たちから声をかけられた。ロナウドがどう話を付けたのか、皆納得していたようだったが、なぜか「竜に蹴られたくない」と口にする者が多かった。
宿泊先の募集で協力してくれたアベルへも、お礼と報告を兼ねて話せたのは、昼休憩のとき。人がいないところで話そうと言うアベルの提案もあり、ついでにラバに乗ることになった。
厩舎の裏は焼却炉があるくらいで、ほとんど人が通らないから、誰かに聞かれる心配がない。もし見られることがあってもラバの散歩だと言えるし、実際散歩が必要らしい。
「こいつらさ、昔は気性が荒かったらしいんだけど、今はもうじいさんだから大人しいんだってさ。でも房の位置も関係あると思うんだよなぁ」
ラバの房は厩舎の入り口に最も近い。隊長たちの大きな竜の横にいるせいか、多少言うことを聞かなくても、十分大人しそうに見えた。
「ラバはどんぐりより背が高いね」
ロナウドの屋敷にいたロバと比べ、ラバに乗ると頭一つ分ほど目線が高くなった。
「馬に近いしな。マル、手綱は短く持てよ。竜を誘導するときと同じだ。ぴんって張るんだ。それからラバが後ろ足で立ち上がったら、背中を反らさないで丸めるんだ。じゃないと落とされるからな」
「うん、どんぐりに乗るときと同じだね」
広い厩舎の裏にラバののどかな足音が響く。ぐるぐると周回をして、余裕ができたあたりでアベルが口火を切った。
「……で、年末の件は、面白いことになったのかよ?」
「あのね、ご主人様のお屋敷で過ごせるんだ。昨日俺の部屋にきてくれたんだ。アベルのおかげ。ありがとう」
「良かったじゃん。いい休暇を過ごせよ」
「ね……ちょっと聞きたいことあるんだけど、王都って、頭を食べるのがはやってたりする? それか俺の頭、どこかおかしいとこがあるかな? そろそろ髪の毛も伸びてきてるし」
「……その質問を聞く限り、おかしいのは髪の毛じゃなくて、マルの頭の中だ」
マルは昨晩のロナウドがした、不可解な行動を説明した。
帰り間際に、マルの頭へ唇を落としたことだ。何かを確認するのでも、匂いをかがれたのでもない。
謎な行動だった。マルにとっては。
「俺はご主人様に人の頭を食べる趣味はない、って信じてるんだけど、王都の流行とか知らないし……。万が一ってこともあるでしょ?」
「流行は関係ないから安心しろよ。マルがロナウド隊長に食われるなら、むしろ別の意味だろう。……あのさぁ、まさかとは思うけど、世の中の恋人同士が一つのベッドで寝たら、普通はどうなるか知ってるよな?」
「朝になるよね」
アベルは首を振った。
「え、違うの? じゃあ、狭くて寝にくい」
アベルは再び首を振った。
「えー、これも違うの? じゃあ、冬はあったかいけど、夏は暑い」
アベルは渋い顔をして首を振った。
「嘘でしょ? どうして違うの? 絶対合ってるのに」
「どっこも合ってねぇよ、このバカーーっ!」
大声に驚いたアベルのラバが後ろ足で立ち上がる。それをアベルはマルへ教えた通り、落とされないように背を丸め鐙を踏ん張って耐えた。ラバは落ち着くまで二、三度立ち上がったが、アベルは振り落とされなかった。
「アベル、ラバに乗ってるときに大声は禁物なんでしょ? 立ち上がったりするから危いって自分で言ってたのに」
「はあ? 誰のせいだって、この脳天気め。ベッドで何をするかも知らないくせに」
「じゃあ、何するの? 教えてよ。頭は食べないんでしょ?」
アベルはあんぐりと口を開け、大きな緑色の目を見開く。そしてそのまま厩舎裏をポクポクと散歩し続けた。いつになったら教えてくれるのだろうかとマルが待っていると、そこへ荷台を押しながらアニムスがやってきた。
「よお、お二人さん、いいものに乗ってるな?」
車輪の付いた大きな籠の中は、書類が乱雑に入っている。それを焼却炉へ投げ込んで、仕上げに火の付いたマッチを入れて蓋を閉めた。
「副隊長なのに、アンタこんな雑用してんのかよ」
アニムスは上背があるとはいえ、ラバに乗るとさすがにアベルの方が高い。上から冷たく言い放たれたアニムスだが、さして気にしてはいないようだ。
「情報漏洩防止。重要機密は平隊員へ任せられないんだぜ。……なあんて、かっこいいこと言ってみただけだ。こいつはただの雑紙。お前たちがここにいるって分かってたら、芋でも持ってきて一緒に焼いたのにな」
「……仕事中だろ、早く帰れば?」
「へいへーい、おっかねぇ、おっかねぇ。じゃあ退散するか」
空になった荷台を押してアニムスは戻っていく。厩舎の角を曲がってその背中が見えなくなるまで、アベルは見送っていた。
「ねぇ、アベルはアニムスが好きなんだよね?」
「はぁ? 僕が、僕が、アニムスを? そ、んな、わけ……なんで? 鈍ちんマルのくせに、なんでそう思ったんだよ?」
「んーとね……本当に嫌いだったらさ、もっとアベルが笑ってる気がしたからかな。誰にでも愛想良くしてるのに、アニムスにだけ全然しないんだもん。ねぇ?」
見目の良い外面より、その下に潜むものへマルは目がいく。笑いながら酷いことをしてくる大人を見過ぎていたせいだった。
アベルに感じるのは、ただの処世術。ただ一人への例外を除いて。
「っ……誰にも……」
「言わない。言わないから、ベッドの中で何するのか教えて」
マルの勝利の瞬間であった。
宿泊先の募集で協力してくれたアベルへも、お礼と報告を兼ねて話せたのは、昼休憩のとき。人がいないところで話そうと言うアベルの提案もあり、ついでにラバに乗ることになった。
厩舎の裏は焼却炉があるくらいで、ほとんど人が通らないから、誰かに聞かれる心配がない。もし見られることがあってもラバの散歩だと言えるし、実際散歩が必要らしい。
「こいつらさ、昔は気性が荒かったらしいんだけど、今はもうじいさんだから大人しいんだってさ。でも房の位置も関係あると思うんだよなぁ」
ラバの房は厩舎の入り口に最も近い。隊長たちの大きな竜の横にいるせいか、多少言うことを聞かなくても、十分大人しそうに見えた。
「ラバはどんぐりより背が高いね」
ロナウドの屋敷にいたロバと比べ、ラバに乗ると頭一つ分ほど目線が高くなった。
「馬に近いしな。マル、手綱は短く持てよ。竜を誘導するときと同じだ。ぴんって張るんだ。それからラバが後ろ足で立ち上がったら、背中を反らさないで丸めるんだ。じゃないと落とされるからな」
「うん、どんぐりに乗るときと同じだね」
広い厩舎の裏にラバののどかな足音が響く。ぐるぐると周回をして、余裕ができたあたりでアベルが口火を切った。
「……で、年末の件は、面白いことになったのかよ?」
「あのね、ご主人様のお屋敷で過ごせるんだ。昨日俺の部屋にきてくれたんだ。アベルのおかげ。ありがとう」
「良かったじゃん。いい休暇を過ごせよ」
「ね……ちょっと聞きたいことあるんだけど、王都って、頭を食べるのがはやってたりする? それか俺の頭、どこかおかしいとこがあるかな? そろそろ髪の毛も伸びてきてるし」
「……その質問を聞く限り、おかしいのは髪の毛じゃなくて、マルの頭の中だ」
マルは昨晩のロナウドがした、不可解な行動を説明した。
帰り間際に、マルの頭へ唇を落としたことだ。何かを確認するのでも、匂いをかがれたのでもない。
謎な行動だった。マルにとっては。
「俺はご主人様に人の頭を食べる趣味はない、って信じてるんだけど、王都の流行とか知らないし……。万が一ってこともあるでしょ?」
「流行は関係ないから安心しろよ。マルがロナウド隊長に食われるなら、むしろ別の意味だろう。……あのさぁ、まさかとは思うけど、世の中の恋人同士が一つのベッドで寝たら、普通はどうなるか知ってるよな?」
「朝になるよね」
アベルは首を振った。
「え、違うの? じゃあ、狭くて寝にくい」
アベルは再び首を振った。
「えー、これも違うの? じゃあ、冬はあったかいけど、夏は暑い」
アベルは渋い顔をして首を振った。
「嘘でしょ? どうして違うの? 絶対合ってるのに」
「どっこも合ってねぇよ、このバカーーっ!」
大声に驚いたアベルのラバが後ろ足で立ち上がる。それをアベルはマルへ教えた通り、落とされないように背を丸め鐙を踏ん張って耐えた。ラバは落ち着くまで二、三度立ち上がったが、アベルは振り落とされなかった。
「アベル、ラバに乗ってるときに大声は禁物なんでしょ? 立ち上がったりするから危いって自分で言ってたのに」
「はあ? 誰のせいだって、この脳天気め。ベッドで何をするかも知らないくせに」
「じゃあ、何するの? 教えてよ。頭は食べないんでしょ?」
アベルはあんぐりと口を開け、大きな緑色の目を見開く。そしてそのまま厩舎裏をポクポクと散歩し続けた。いつになったら教えてくれるのだろうかとマルが待っていると、そこへ荷台を押しながらアニムスがやってきた。
「よお、お二人さん、いいものに乗ってるな?」
車輪の付いた大きな籠の中は、書類が乱雑に入っている。それを焼却炉へ投げ込んで、仕上げに火の付いたマッチを入れて蓋を閉めた。
「副隊長なのに、アンタこんな雑用してんのかよ」
アニムスは上背があるとはいえ、ラバに乗るとさすがにアベルの方が高い。上から冷たく言い放たれたアニムスだが、さして気にしてはいないようだ。
「情報漏洩防止。重要機密は平隊員へ任せられないんだぜ。……なあんて、かっこいいこと言ってみただけだ。こいつはただの雑紙。お前たちがここにいるって分かってたら、芋でも持ってきて一緒に焼いたのにな」
「……仕事中だろ、早く帰れば?」
「へいへーい、おっかねぇ、おっかねぇ。じゃあ退散するか」
空になった荷台を押してアニムスは戻っていく。厩舎の角を曲がってその背中が見えなくなるまで、アベルは見送っていた。
「ねぇ、アベルはアニムスが好きなんだよね?」
「はぁ? 僕が、僕が、アニムスを? そ、んな、わけ……なんで? 鈍ちんマルのくせに、なんでそう思ったんだよ?」
「んーとね……本当に嫌いだったらさ、もっとアベルが笑ってる気がしたからかな。誰にでも愛想良くしてるのに、アニムスにだけ全然しないんだもん。ねぇ?」
見目の良い外面より、その下に潜むものへマルは目がいく。笑いながら酷いことをしてくる大人を見過ぎていたせいだった。
アベルに感じるのは、ただの処世術。ただ一人への例外を除いて。
「っ……誰にも……」
「言わない。言わないから、ベッドの中で何するのか教えて」
マルの勝利の瞬間であった。
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