■完結■ 竜騎士と花生み〜逃亡奴隷はご主人様に恋をする〜

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35.多分手を繋ぐ

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 マルはきらきらと目を輝かせている。これから素敵なことを教えてもらえるのだと信じて疑っていない。一方、恋人同士のあれこれを説明するはめとなったアベルは、マルの期待値が上がるほど、がっくりとうなだれていく。
 だがマルにせっつかれて、渋々説明を始めた。

「ま、まず、夜になるとだな……。服を脱いで、いや脱がされて……は、裸になる、んだ……」
「えぇっ。それはやだ。背中とか、見せたくないよ……」
「そうだよな。じゃあ省略。全部は脱がなくても、なんとかなる。次は……多分、唇と唇をくっつける……」
「何のために?」
「だよな。省略。しなくていい」

 歯切れの悪い説明に、マルの素直な感想が直撃する。少しずれた意向を汲みながら、なんやかんやと省略をしつつ、取りあえず一通りの説明をアベルは終えた。最後はあけすけに何でも話したが、マルは徐々に顔が曇っていった。

「……ってこと。これでぜぇんぶ話したけど、分かったか?」
「うん。でもそれ本当に恋人同士がするのかな? 売春宿でやってることと同じだし、とっても痛くて苦しいってみんな言ってたよ……」
「みんなって、誰だよ」
「俺と一緒に暮らしていた花生みたち。売春宿でたくさん客を取らされて、最後は真っ黒い花ばかり生んで『花枯れ』したの」

 『花枯れ』と聞いて、アベルが固まる。悲しみ、苦しみ、憎しみを抱えきれず不幸にまみれて生涯を閉じる。花生みが最も忌避する終焉だ。
 アベルは返事に窮したのか、開きかけた口からは何も発せられなかった。

「だからさ、そんな酷いことを好きな人とするわけないと思うんだ。アベルだって、アニムスを痛めつけようとは思わないでしょ?」
「……まあね」
「きっと恋人同士はベッドの中で、売春宿とは違うことをしているはずだよ」
「……そうかもな。手を繋いだりとか、してんのかな」
「それ絶対してる! それで朝になるんだよ。ね、俺の答えで合ってるでしょ!」
「合ってる。狭くて寝にくいって思ってるし、冬はあったかいけど夏は暑い。全部マルの正解だ。それからロナウド隊長は、マルの頭の匂いを確認しただけだよ、きっと」
「うん、俺、今日からもっと丁寧に洗うことにするよ」

 マルは指を頭皮にこすりつけると鼻先にもっていき、至極真面目な顔をして匂いを嗅いだ。そして「アベルの匂いと比べたい」と言うのをアベルが即座に却下した。
 恋人はベッドの中で手を繋ぐ、という結論は覆ることはなかった。そしてマルが売春宿の花生みたちと暮らしていたことにも触れなかった。
 マルは竜騎隊本部へやってきた当初、アベルからの風当たりが厳しかったのを塵ほども恨んでいない。育った環境が環境だったので、その程度は大したことではなかったし、アニムス絡みのけん制か八つ当たりだったのだろうと納得できる。
 アベルと知り合えて良かったと、今は心から思っていた。

 その晩、チーズを片手にロナウドはマルの部屋を訪れた。
 期待を込めて、マルは背もたれがない小さな椅子を、誰も使わなくなった部屋から調達していた。これで部屋にある椅子は二脚になるので、ロナウドもマルもそれぞれ座れるはずだった。
 けれどロナウドはその小さな椅子へ難色を示した。マルが座ると言っても「チーズを食べさせにくくなる」と言って、元々あった椅子にロナウドが座り、その上にマルが座ることになった。前回と同じである。
 新たに迎えた椅子は、部屋の隅に追いやった。ロナウドを迎えるために用意はしたものの、マルもどちらか自由に選べるのなら膝の方が幸せなので、遠慮なく膝に座ったのだ。
 ロナウドからチーズを食べさせてもらうと、それはそれは美味しく、そして嬉しく、次々に花は生まれた。花生みの心情は花の色に映る。手入れをされた花壇のように、色とりどりの明るい色がマルへちりばめられていた。

「この部屋だけ、春の女神から祝福を受けたようだ」
「春になったら、俺はこの部屋ともお別れに……なれますか?」

 マルは竜騎隊へ臨時で呼ばれた花生みだ。契約期間は五ヶ月。そのころ季節は春になっている。それまでに他の花生みが見つからなければ、期間の延長もある契約だった。
 マルはいつロナウドの屋敷へ戻れるのか気がかりだった。

「新しい花生みは見つかってはいる。今は事務方が説得している最中らしい。だがもしその者が入隊に至らなくても、マルは私の屋敷から通いで務められるよう、掛け合おう。いい加減、マルを返してもらわねば困るからな」

 困るらしい。確かに、マルは元々屋敷の人手が足りないので、ロナウドに拾われた経緯がある。猫の手も借りたいほどなら、マルが長期にわたって不在なのは、ロナウドにとって計算違いなのだろう。

「俺、年末はお屋敷で一生懸命働きます。みんなから色々教わっていたのに、そのままになっちゃったし。続きを教えてもらわないと!」
「マル」
「はい!」
「年末の仕事は必要最低限でいい。暖炉でチーズをあぶる話をしただろう。カシスに乗って出掛けたり、普段できなかったことをしよう。それから新年を共に迎えたい」

 年越しの夜は、王都では祭りになる。繁華街では飲食店が夜通し開き、王城へ続く道はたいまつが焚かれ、屋台が並び、楽団は音楽を奏で、朝まで大層な賑わいだという。

「すご……い。俺、誕生日が楽しみになりました。俺のいた施設って、誕生日が分からない子どもは全員、新年最初の日が誕生日になってるんです。だから俺、もうすぐ十五歳になるんです」

 マルは北部にいたころも、祭りになど行ったことがなかった。娯楽など与えられなかったし、外出も許可されなかったのだ。
 王都での祝賀は、聞く以上に華やかに違いない。マルは祭りへの期待に胸が膨らんだ。

「ならば祝いの品を贈ろう。欲しいものはないか」

 マルは考えた。少し前なら、欲しいものは山ほどあった。その日に食べるパン、痛くない寝床、雨をしのぐ屋根、風を遮る壁、穴の空いていない靴。
 それらは全部手に入っている。マルを使って搾取しようとするごろつきもいない。それどころか、マルを気に掛けてくれる善良な人たちがいる。
 好きな人、大切な人もできた。
 マルは笑った。

「欲しいものはないです。俺、全部持ってます」
「そう言うな。贈り物とは、贈る方も存外楽しいものだ。何か考えてくれ。私に贈る楽しみを味合わせてほしい」

 そうまで言われたので、うんうんと頭をひねる。皿にあるチーズをもう一切れ食べたいけど、それは違うだろうし、きっともうすぐロナウドが口に運んでくれそうだ。
 ひねってひねって、やっと一つ。

「あ、思いつきました、欲しいもの!」
「言ってみろ」
「これです。俺、これがもらえたら、もの凄く嬉しいです」
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